痛む胸を誤魔化して 脈動する大地の音を聞きながら横になり、涙の流れるに任せて泣いて。流石に落ち着いた頃、見計らったかのようなタイミングで翔蟲の羽音がした。
「なァにやってんだァ?」
「……音を、聴いてる」
「音?」
不思議そうに見下ろす目をちらりと見上げて、黙ってまた瞼を閉じた。
「この音に、溶けたらいいのにって」
生命の円環に還りたい。ずっとそう願い続けている。それを実行するだけの勇気が、まだ無いだけで。
「…それは、ダメだ」
驚いて目を開けると、思ったより近くに顔があってまた驚いた。
「お前はまだ、死んじゃダメだ」
どうして。
「お前は、まだ、お前の人生を生きてねェ」
ぐい、と引かれてそのまま腕の中に閉じ込められる。ぎゅう、と抱き締めてくれる腕は逞しくて、優しくて、温かかった。
「もうちょっとだけ、自分の幸せを願ってやってくれよ」
頼むからさ、と囁く声が震えていた気がした。
泣き腫らした目で水車小屋に戻ると、しばらくしてヒバサ兄が来てくれた。何も聞かずにそっと目元に絞った手拭いを当ててくれるのが嬉しかった。
「…そのままで聞いてくれ」
真剣な声がした。思わず座り直して聞く姿勢を取る。手拭いを取ろうとしたら押さえられたので、仕方なく押さえたままで聞くことにした。
「ウツシとは、もう望みが無くなった訳だが…ただな、恋は、ひとりでも出来るんだぜ」
「…え?」
誰かを好きでいるのは自由だからな、と言う声は優しくて、そっと髪を梳くように撫でられた。
「片想いは誰にも咎められねェ。お前がこの先ずっとウツシを想ってたとして、誰にも迷惑なんか掛からねェんだからな」
恋は独りでも出来る。
そうか、どうしてそんな簡単なことを忘れていたんだろう。今までずっとそうだったのに。
「ンで、だ。…あー、その、な。この先、もしお前さえよければ…オレを、隣に置いちゃくれねェか」
……?
「一目惚れ、しちまったんだよなァ、お前に」
…一目惚れ?ヒバサ兄が?俺に?
「冗談…」
「じゃねェんだなァこれが。オレも自分でビックリなんだけどな」
「いや、でも、一目惚れって…」
「…お前の目が、な。ずっとチラついて離れねェんだ。あんなに綺麗でキラキラしてて、なのに泣きそうなくらい傷付いてるの、すぐわかっちまったからさ」
「っ……」
「……お前さえよければ、その傷を癒やす手伝いをさせちゃもらえねェかな」
とんでもないことを言われている気がする。俺の気のせいでなければ、ヒバサ兄は教官を忘れられないままの俺でもいいと言っている。
「それ…それは、ヒバサ兄に、失礼なんじゃないの?」
「どこが」
「だって…俺、みっともなく引き摺ったまま、いつまでも教官のこと、諦め切れないと思うし…」
「別に構わねェよ。大体そんな簡単に割り切れンなら悩まねェだろうに」
「そ…れは、そうだけど…」
「なァに付き合ってダメなら別れりゃいいんだよ。そうだろ?」
「そ、そんなんでいいの?」
「あン?普通だろ。そこらの男と女見てみろよ、そんなモンだから」
「ええ…?」
そんな風に、言われたら。
「オレと一緒に行かねェか」
此処じゃない何処かへ、と。差し出された手を、俺は。