ディーノの祖父であること〜反抗アルキード王国の嫡女たるソアラ姫の守役を拝命していた男は、姫の出奔と共に解役され王城への出入りを禁止された。
今は元貴族となった、クリスと呼ばれる男はソアラ姫がその御子と共に連れ戻されたと聞き、厚顔無恥にも王城へ押しかけ王に面会を申し込んだ。
御前を穢すなど言語道断と撥ね退けられるが一向に諦めず王の私室の前で座り込む姿は、解役された時の潔さとは別人のようだった。
「そちは頑固者だ。ソアラの為に働く時は更にな」
王は諦め顔で面会を許し、程なくクリスは望みの内諾を得た。
それから直ぐに彼は地下牢へ行き、かつて姫を連れ去り今度は大人しく投降した男、バランに姿が見えぬ位置から話しかけた。
「私の三男は国外のさる貴族に文官として仕えております」
「武官の家に生まれたが荒事が苦手で、気が優しいだけの子だが夫婦仲は良いのですよ。ただ長年子に恵まれなくて」
バランの気配が僅かにゆらいだ。
「王に願いでてディーノ様を養子に賜わる許しを得ました」
「明日の朝ディーノ様と共に出航し、二度とこの国に戻りません。……私にできることはこれだけです」
バランは最後まで声を発さなかったが気配の棘が幾分薄れたのが返答だろうとクリスは思った。
翌日ディーノ様を養子先へ送り届ける船の上で、そろそろ処刑の刻限だろうとクリスがアルゴ岬を振り返った時、世界は白く染まった。
万雷が耳元で炸裂し、客船としては大型にあたる船がバルジの大渦に投げこまれた木の葉のように揉みくちゃにされる。
咄嗟に揺り籠にしがみついて海に諸共放り出されるのを防ぎ、荒波がおさまってからアルゴ岬の方を再度振り返ると、天に届かんとする白い雲の柱が屹立していた。
「神よ…」「何があった!」「早くアルキードに戻ろう!」
船員や警備兵らが口々に叫ぶなか、幼子の火がついたような泣き声が続いた。
「いや、ディーノ様を目的地へお連れするのが先だ」
警備隊長が一喝し、今は王命中でありディーノ様は国外追放の身ゆえアルキードへ戻れば処刑される可能性がある、といえば皆黙るしかなかった。
白い雲の柱がゆっくりと姿を変えていき、破れた帆を張り直しているといつの間にか幼子は泣きつかれたのか眠っていた。
夕闇が迫る頃には船員の鋭い感が嵐の予兆を捉えており、慌ただしく荒天の対応に向った。
クリスはそれをみて、赤子を抱いたままオロオロしている乳母を船室に入れて、
「乳母殿、今の内にディーノ様に乳を差し上げて下さい」
と言いながら揺り籠を持ち出した。
そのまま甲板へ向いながら、幼子を守るべく避難用の小舟に乳母と、年寄りな私より体力があり冷静な判断力を備えた警備隊長を乗せる方法を考える。
今日ディーノ様は父と、恐らくは母を失った。神はその上幼子の命まで奪おうというのか?
今日祖父となったばかりだが、私は最後の一息まで孫を守ってみせよう。
私はアルキード国王も認めるほど頑固で諦めが悪いのだ。
神の恩寵を自ら見限り、敬虔な信徒として常に持っていた聖なる守りを荒れはじめた海に投げ込んで、クリスは揺り籠を避難用の小舟に固定し、雨避けをするのに必要な物を集める。
増々波のうねりは強くなり、遠くから雷鳴が近づく。全てを滅せんとする天の意思が嵐になって押し寄せてくる。
神よ。これが運命というならばディーノ様、いや我が孫ディーノの為に最後まで抗おう。
嵐が、運命がやってくることを知らずディーノは眠り続けた。