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    主にフェリリシ

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    再録2  白き郷愁

     わたしの髪は好きじゃない。色が消えて、真っ白になった髪は自分のものに思えない。未だに鏡を見ても、頭の中にある本来の色を思い出して驚いています。
     白い髪──。光の加減で銀色に見えなくもないですけど、馴染めそうにない。両親からもらった彩が消え失せた別人の色。

    「……真っ白」

     櫛で梳かした時に抜け落ちた一本の髪を取ってみる。艶や髪質は、以前と変わらないのもタチが悪いです……。わたしの髪なのに他人のものに思えてしまう朝が、今日も訪れた。


     ガルグ=マク大修道院――フォドラの中心地に鎮座するセイロス教本部。その付属の士官学校には、わたしと同じ髪の色をしている人物がいます。
     アドラステア帝国の皇女、エーデルガルト──。凛とした佇まいに王者の品格、濁ることのない鮮烈な瞳は、見ていると焼かれそうなくらい鋭く感じます。似たような地位にファーガス神聖王国のディミトリ皇子、レスター諸侯同盟の盟主クロードがいますけど、彼女は一際威圧感が強いように感じます。……クロードは薄過ぎる気もしますが。
     エーデルガルトに対して、冷血な皇女様と思ったことはあります。でも、わたしと同じ色をしていたから、その印象は瞬く間に消え失せた。……きっと、わたしと同じ。理由や経緯、結果は違うでしょうけど、何をされたかは想像がつきます。
     だから、知らない振りをした。触れていいものではないし、わたしも触れてほしくなかった。同じ学級じゃないから会う機会は少なく、すれ違っても用が無ければ話すこともない。
     それでいい……そう思っているのに、顔を合わせる度にエーデルガルトは何か話そうとしていました。よく体を気遣ってくれて、休むようにとしつこく言ってきます。わたしの当番の仕事を代わりにしてくれたこともあって、ちょっと過保護に感じます……。
     彼女は誰に対しても凛とした高貴の花でいるのに、わたしの時は萎れた枯れ野菜のように見えました。わたしは、貴女に何か言う気ないのに……。お互い知らない振りでいいって思っているのに。もうどうしようもないことだって、わかっているのに。だけど──。

    「エーデルガルト、少しいいかしら?」

     わたしに優しくしてくれる人を放っておくことはできませんでした。……言い訳を探して逃げる方が、ずっと子どもっぽい。

    「リシテアが私に用なんて珍しいわね。さあ、入って。お茶でも淹れるわ」

     声をかけたらお茶に誘われたのは、少し前のことです――。

     ★★★

    「甘くて美味しいのに、何がいけないんでしょう?」

     先日のお茶会で貰ったアンヴァルの伝統菓子を中庭の外れのベンチで食べていました。木陰のおかげで人目に入り辛く、陽の光もちょうどよく遮られて、お菓子を食べる際の隠れ場所です!
     お菓子もちょうど良い質量と甘さで、至福のひと時を得られます。 エーデルガルトには甘過ぎるようで、たくさん貰ったから嬉しいです!

    「……美味しい。人生はこの時のためにあると言っても、過言ではないわね~」

     いつ食べてもお菓子は、わたしに至福の時を与えてくれます! 食べ過ぎると後が大変なので、我慢をしなければいけないのが辛いところです……。こんな素敵なものを嫌いな人がいるなんてとても信じられません!

    「……お前の感覚はさっぱりわからんな」

     ひとつ食べ終わって、お菓子袋に入ったもう一つに手を伸ばそうとすると、呆れた声とため息が降ってきた。顔を見ていないのに、顰めっ面で珍獣を見るような目を向けられているのがわかります!
     どうして毎回毎回、わたしの至福の時にやってくるんですか!

    「また、あんた!? お菓子は美味しいですし、甘いものは頭の働きをよくします!」
    「それは甘過ぎると言われてる菓子だろ? よく食えるな……」
    「知っているんですね!? わたしはつい最近知ったのに、甘いものに理解がないあんたが、先に食べているなんてずるいです!」
    「ずるいも何もあるか。帝国の菓子くらい食べたことはある」

     わたしは、エーデルガルトとのお茶会で初めて食べたんです! 甘いものを嫌ってるフェリクスの方が、先に食べていたのは悔しい。こんなに甘くて美味しいのにお菓子の分からず屋が、先に口にしているのはずるく感じます!

    「わたしは食べたことがなかったんです。なのに、あんたが先に食べているのは理不尽です!」
    「何を言っているんだか……。たまたま口にして、二度は御免だと思った菓子で恨まれる覚えはない」
    「恨んでいません。……悔しいですけど」

     コーデリア領は帝国に内政を介入された経緯で色々あって、帝国に関する物は避けているところがあります……。エーデルガルトから貰わなければ、アンヴァルの伝統菓子を食べる機会はなかったかもしれませんね。

    「いいでしょう。教えてくれたお礼に、あんたにも分けてあげます」
    「何故、甘いとわかっている菓子をわざわざ食わねばならん。要らん」
    「じゃあ、こっちの甘さ控えめのお菓子を差し上げましょう! わたしが焼いたので、あんたの口に合うんじゃないですか?」
    「まあ、それなら……食えないわけではない」

     ふふっ、これでフェリクスのお菓子布教が一歩進みました! 信じられない話ですけど、彼の苦手という甘いお菓子と二択を迫る方が良いのかもしれません。
     渡した焼き菓子を手にして、隣に座るフェリクスを観察していきます。ちゃんと食べるか窺うのはお菓子の指導者として当然の義務です! それに感想を聞いておかないと困りますし……わたしはもっと甘い方が好きなので、味見をしてもよくわからないんですよね。
     すっかり、わたしの視線に慣れたフェリクスは無表情で愛想なく食べていきます。もう少し美味しそうに食べてほしいところですが、前より仏頂面でなくなっているので、甘いものが好きになってきたように思えます。

    「ふふっ! あんたも、ようやくお菓子の魅力がわかってきたようですね!」
    「お前の菓子なら食えるだけだ。他のは甘ったるくて敵わん」
    「なっ!? まだ成長途中ですか」
    「お前は、どんな風に俺を見ている……」

     呆れた目を向けられるのはもう慣れましたので、わたしも気にせずお菓子を食べていきます。
     早く砂糖菓子やクリームの美味しさを知って、至福の時を一緒に過ごしたいのですが、この調子ではまだまだ先のようです。……それはそれでいいとも思っていますが。

    「そういえば、フォーガスのお菓子は何が主流なんですか? 寒国と聞くので、チーズやココアあたりかと思っているのですが」
    「俺が知るはずないだろう。そういうのは、他の奴に聞け。ああ……だが、名産菓子はあった気がする」
    「どんなのですか! 焼き菓子ですか! それとも冷気を活かした冷蔵菓子やシャーベットとかですか! あっ、もしかしてキルシュのお菓子ですか!」
    「……菓子の話になると喧しいな」

     ほんとに分からず屋ですね! お国柄が表れるお菓子に興味を持つのは普通じゃないですか! 寒冷地だからこそのお菓子は、レスターでは味わえない美味しさがあるはずです。

    「雪兎を模した菓子なら食ったことがある」
    「雪兎……ですか?」
    「ファーガスでは雪が馴染み深い。雪像が作れるくらい降り積もって、氷雪の路上や楼閣が出来上がる厳しい環境だ。ガルグ=マクでも降るようだが、この気候なら積もらないだろうな」
    「そうなんですか? 同盟領でも場所によって降るようですが、わたしは数えるほどしか目にしたことがありません。氷雪の景色は想像がつかないですね」
    「ちょうどお前の髪色と似ている。辺り一面、真っ白の銀世界になる」

     ……無神経、なんて思うのはよくないですね。フェリクスだけでなく、他の生徒も先生も誰も知らないんですから。此処でわたしの本来の髪を知っているのは、わたしだけ──。

    「……真っ白なんですか?」
    「そうだな。風が強ければ、吹雪になって襲う凍てついた兵器だ。だが、陽の光を浴びた景色は悪くない。雪に囲まれた城壁や街並みは、ファーガスでしか見られないだろうな」
    「わたしは絵画や本でしか見たことがありませんが、あんたにはそれが日常なんですね」
    「冬は何処に行っても、雪に覆われているからな」

     そういうものなんでしょう。わたしにはピンときませんが、フェリクスや青獅子学級のみんなは当たり前の風景なのかもしれません。
     白い雪、ですか。わたしの髪と同じ色。好きじゃない真っ白な彩。

    「わたしの髪を見て、故国が懐かしくなりましたか? 随分と楽しそうに話しますから恋しくなったのかと思いました」
    「そこまでは思っていない……いや、そうかもしれん。思い出したのは否定できん。この時期になっても厚着をしていないのは違和感がある。ファーガスでは、もうすぐ初雪が降るからな」
    「鷲獅子戦が終わったばかりなのに、もう降るんですか!?」
    「そんなもんだ。秋は一瞬に過ぎ去って、冬将軍が遠征してくる」

     王国特有の気候なんでしょうか? 想像するだけで自然の猛威を感じます。ガルグ=マクでは、まだ穏やかな秋ですからファーガスの厳しさが伝わってきます……。

    「たしかに、お前を見ると懐かしくなるな」
    「雪の代わりに見られても複雑なんですが……」
    「そうだな。馴染みの色が無くなると、意外と寂しいのかもしれん」
    「なるほど。では、エーデルガルトにも同じことが言えますか?」
    「……無理だ。哀愁を感じるより先に、氷漬けにされそうだ」

     わたしは怖くないって言ってるんでしょうか。抗議したくなりましたけど、フェリクスの言い分は理解できます。わたしとエーデルガルトでは生まれも育ちも年齢も違うし、何より纏う雰囲気が違い過ぎます。
     氷漬けは大袈裟に思いますが、彼女にはそれくらいの威厳と強い意志が溢れ出ていますから。……お供のヒューベルト臣下が助長させていますし。

    「エーデルガルト本人は、そこまで思われるのは不本意だと思いますが」
    「そうかもな。家臣の方が適切だな」
    「あの方は、凍らせる前に仕留めてきそうな気がしますが……」

     『よくおわかりで』と、頭に浮かんだヒューベルトが黒い笑顔で答えた。急に寒気に襲われて、お菓子を食べる手が止まった……。隣のフェリクスも似たようなことを考えたみたいで、神妙な顔つきで黙っています。
     ──話題を変えましょう!

    「さっきの話に出てきた、雪のお菓子が気になります! もっと教えてください」
    「さあな。雪兎と冠していた通り、兎の形をしていたのは覚えている」
    「大事なことなんですから思い出してください! きっと白いお菓子ですよね……クリームチーズにシュガーパウダー、ミルク風味の生地の可能性もありますね」
    「よくそこまで頭が回るな……」

     普通です。レスター諸侯同盟で見られないお菓子は期待に胸が膨らみます。どんな味なのか、どんな食感なのか、考えるとワクワクします!

    「はぁ~一度は食べてみたいですね~!」
    「なら、ファーガスに来ればいいだろう」
    「……え?」
    「何を驚く?」

     驚きます。そう簡単に言われても困りますし、フェリクスがそういうことを言うのが意外です。……なんだか、顔があつい。時々、変なこと言い出すから困ります!

    「あんた、気軽に行ける距離じゃないですよ。ガルグ=マクからならまだ近いですが、ファーガスは遠いじゃないですか」
    「だが、行くしかないだろう。その菓子はファーガスにしかないのだから」
    「お菓子のために遠方の国に行くって……いえ、行っても良いと思いますが、初めての所へ行くのは気後れします。土地勘もないですし」

     余命が、いつまでなのかわからない。先のことは考えられない。……なんて言えないですけど、遠くの地へ行くには勇気がいります。道中、何もないとは限りませんし。

    「ああ、それなら俺が案内してやる」
    「はぁっ……?!」
    「商人の道を通れば問題ないだろうが、そこを狙った野盗はいる。お前の魔法なら心配ないが、土地勘がない場ではやり辛い。入り組んだ道もあるから案内はあった方が良い」
    「はぁ……そういうことですか」
    「何がだ?」
    「なんでもないです!」

     思い違いです。別に嬉しいとか、案内してくれると助かるとか、フェリクスと一緒なら行きたいとか思っていないです。ええ、全然思っていません!

    「ず、随分、親切じゃないですか。わざわざあんたが道案内を買って出るなんて、どういう風の吹き回しですか?」
    「そうか? そうかもしれん……興味がある。お前がどんな顔をして、頬張るのか見てみたい」
    「わたしは見世物じゃないです!」
    「そういうわけじゃない。お前の幸せそうな姿を見るのは悪くない」

     子ども扱いしてるんですか! 違う……フェリクスはそんなことしません。こんな風に目を細めて笑って、揶揄う人じゃないです。
     だから、きっと本心で言っている。心から、わたしの至福の時を見たいと思っている──?!
     ないです! そ、そんなわけないです、フェリクスのことだから深い意味はありません!
     ……あり得ないとわかってるのに勝手に体が熱くなっていく。誤魔化すように残りのお菓子を食べたけど、どんな味だったかわからなくなってしまいました。

    「け、見物料を貰いますよ」
    「道案内で手を打て」
    「ついでに観光案内もしてください。何処に何があるのか、わからないんですから!」
    「口が減らんな。まあ、そのくらいなら構わん。お前となら楽しめそうだ」

     無性にベンチから突き落としたくなった。変なことばかり言うフェリクスのせいで、ますます体温が上がっている。良い天気と気候なのに、わたしだけ翠雨の節に戻ったみたいです!

    「おい、具合が悪いのか? 顔が赤いぞ」
    「あ、あ……あんたのせいです!」
    「はあ?」
    「聞きましたよ! ちゃんとファーガスまでエスコートして、観光もお菓子屋巡りにも付き合ってもらいますからね!」
    「あ、ああ……?」

     叫ぶ勢いで伝えた後、立ち上がって野兎のように逃げました。今のわたしは見られたくない。……こんな顔でどうやって話したらいいのか、わからないんですから。
     でも、風に乗った小さな返事が聞こえると胸が弾んだ。また頬が熱を持って、ちっとも冷めてくれません。

     ――ああ、もうっ! しばらく外でお菓子を食べるのはやめておきます!
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