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    Kakitu_prsk

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    Kakitu_prsk

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    「我らが王に万雷の喝采を!」続編予定の冒頭。ル視点の"あの時"のお話。またはとある錬金術師の独白
    ※終始シリアス&鬱&悲しみ
    ※ルのメンタルド底辺。鬱が凄い。誰か精神分析してやって
    ※途中なんで後からいくらでも変わる可能性あり

    役立たずの錬金術師――僕は、自分が想っているよりも"ハッピーエンド"が好きらしい

    子どもの頃に初めて見た"人魚姫"は、それこそ一般的には"悲劇的"とされる物語だろう。
    それでも、"悲劇"だって人の心に想いを残すことはできる。こうして僕が"演出家"としての道を歩んでいるのがその証拠だ。

    ……それでも、僕は何時だって"ハッピーエンド"を望んでいた。

    悲しい未来も、避けられない地獄も、今は何も考えなくて良い。
    全ての人が心から笑える幸福な未来を作りたい。それは僕だけの願いではなく、ワンダーランズ×ショウタイムみんなの"想い"でもあった筈だ。

    ――僕らの一等星

    君が望むなら、この錬金術師はいくらでも奇跡を起こそう。
    時に君を振り回してしまうこともあるけれど、僕らの同じ"本当の想い"のために、何度だって君を幸福な未来へと導くんだ。


    だから……ねぇ、司くん


    君の苦しみを悟れず、君の"心"も"友"も救えず、人々から笑顔を奪い去って――


    ……そんな役立たずの錬金術師でも、まだ、君の隣に立つ権利はあるのだろうか。


    今だって夢に見てしまう。
    あのまま幸福に手を取り合った"少年"と"王さま"の輝かしきハッピーエンドを。

    ――でも、そんな未来は泡となって消えてしまった。

    僕の夢は"幻想"でしかない。
    そうして強烈に刻まれた"悪夢"が、"現実を見ろ"と未だに僕の脳裏で上映され続ける。


    ……あの日、君の心が砕け散ってしまった瞬間を見せつけながら。



    ***

    「大切なオレの"想い主"。どうか、これからも―――」

    穏やかな黄色目の"王さま"が、ぬいぐるみ姿の"友"へと手を伸ばす。

    ここにいる誰もが、優しくも幸せな未来を想起していた。
    それは僕だって例外じゃない。約束されたハッピーエンドを迎え入れるため、腕の中に収めた暖かい"彼"を緩やかに抱き締めるだけだった。

    ――あの時、僕は"運命"を変えられる立場にあった筈なのに



    「司くん!!!!!!!!」


    えむくんの悲痛な叫びが耳に入った時――全ては終わってしまっていた。

    "王さま"の背後で蠢く黒い影。それが立ち上がり、彼の背へと"爪"を振り下ろす。
    無様な僕は身構えることすら忘れ、その光景を観劇することしかできなかった。情けない話だ。役者がアドリブの一つも対応できないなんて。

    ……そういう意味では、司くんはこれ以上なく素晴らしい"役者"だったのだろう。

    彼は瞬時に状況を理解し、自分の為すべきことを"判断"した……いや、してしまったんだ。

    ――腕の中から不意に、優しくも暖かい感覚が"消えた"

    弱まったこの腕の力は、強い"想い"を抱く君を引き留めることすら叶わない。



    そうして、僕の眼前で……君は"殺されて"しまった。


    君は馬鹿だ。どうしようもなく大馬鹿だ。
    何故そのボロボロの姿で彼を庇おうなんてしたんだ。彼ならばなんとかできたかもしれないだろう。
    僕の"治療"だってとっくのとうに意味を失っていたのに、それでも君は飛び込んだ。大切な"友達(想い)"を守るために、自分の"心"すら投げ打って。


    ――散る、弾ける
    白い雲、淡い薄布、黒の石が2つ


    そして


    "ぱりん"


    ……その時、僕は確かに聞いた。
    柔い体に包まれただけだった君の"心"が、"想い"が、脆く砕け散った透明な音を。


    ……身体が熱い、音が遠い、視界が狭まる

    周囲の混乱も、誰かの泣き叫ぶ声も、必死に駆け寄ってその身をかき集めようとする動きも

    理解できない。したくない
    でも、動かなければ。皆が必死に救おうとしているのに、僕だけが何もしないなんて、許される筈がない。

    ――それでも、僕はあまりに無力だった。

    止まったままの頭でも、視界は容赦なく"現実"の上映を続ける。

    司くんを文字通り切り裂いた影は、カイトさんの杖の一打で地に打ち倒される。
    元より"強い光"が致命的となるそれは、最早この場に差す陽光によって消滅をするしか道がない。

    ――それなのに、怪物は"消滅"よりも"破壊"を選んだ。

    僕ら全員が笑って迎えるハッピーエンド。たったそれだけを台無しにするために。


    「……消えてくれ」


    杖の先に踏み潰され、絶叫の中に薄れてゆく影。
    ――――俯いたカイトさんの顔を、僕は知ることができない。
    それでも、震える口より零れたたった一つの言霊は、"想い主"譲りの暖かさを完全に失ってしまっていただろう。

    僕はそんな彼にかける言葉を持てない。
    ……元より、何もできなかった"役立たず"に今更何ができる?


    ぬいぐるみ"だった"ものを必死にかき集めるぬいぐるみ達、ミクくん達、えむくんと寧々……

    怒り、泣き、憤り、嘆き……

    そこに先刻まで見ていた夢のような一時は存在しない。
    あるのは地獄のような現実と、定められてしまったバッドエンド……それだけで。


    「………なんで」


    悲しみの渦の中、その"声"だけはいやにはっきりと耳に届いた。
    ――僕は、僕と同じように"動けなかった"その人物を、見た。

    呆然と"残骸"を見つめ、絶望の表情で心を吐露する"王さま"
    かつて捨てられ、それでもすくいあげてくれた想い主は、彼の目の前で無慈悲に壊された。
    虚空へと伸ばす手も、微かに震える口も、痛いくらいに見開かれた目も、その全てが痛々しい。

    ――なぜ、この物語はハッピーエンドにならなかった?

    僕は"演出家"ではないのか。
    どんな悲劇でも喜劇に導くのが役目ではないのか。

    ……なら、なんで僕は動けないんだ。

    動け。動けよ……動いてくれ!!!
    まだ、まだ終わりじゃない。ショーの幕は下りてなんかいない!
    考えろ!無駄に賢い脳みそで、ここからハッピーエンドへと導く筋書きを創り上げるんだ!誰も失わない、あの時に夢見たままの結末を!!


    そうでないと、僕は――


    僕は、何のためにここにいるんだ



    「――諦めるな、"演出家"」

    ……その時だった。
    黒く塗りつぶされた思考に光を灯す、その"声"が聞こえたのは。

    「……つかさ、くん」

    それは確かに明るい星の声で、今目の前にある光景が"幻"だと示すように僕へと瞬いてみせる。
    何も考えられない頭のまま、僕はその声に導かれるように頭を上げ――


    『違う』


    現実が、僕の頭を容赦なく叩きつけた。

    目の前には"天馬司"の姿をした"王"が立っている。
    先ほどまでの愕然とした姿は最早影も形もなく、確かな"意志"持つ黄色の目が、腑抜けた僕の心ごと射抜いていた。

    『諦めるな。お前たちが諦めれば、二度と"天馬司"は帰ってこれない』
    「……けど、僕に何ができる?彼の傍にいながら何一つできなかった僕が」

    自分でも哀れに思ってしまうほど絶望に濡れた声。
    そうなってしまうほどに、その時の僕は"光"を見失っていたんだ。

    ――そんな情けない僕を、彼は嗤うことなどなかった。

    『"できる"。オレが"ハッピーエンド"への道筋を正す。それを演出家たるお前が繋げば良い』

    ……夢物語ではない。虚言でもない。
    途絶えかけた夢を誰よりも信じ、王たる威厳をもって確かに彼は宣言した。
    「諦めるのにはまだ早い」と

    ――その言葉は周囲の混乱を収めるほどの"光"だった。
    僕は目を見開き、彼を見つめた。泣き腫らしていたえむくんも寧々も、彼の"希望"に心を奪われていた。

    「っ!なら、僕は何でもしよう!!司くんを救い、この物語をハッピーエンドにできるならいくらでも…!!」
    「あたしだって!絶対に絶対に絶対に諦めたくないよ!!」
    「お願い…!司を救う方法を教えて!!」

    地獄に垂らされた蜘蛛の糸はあまりにも眩しい。
    あの時何もできなかったという罪から逃れるように、僕らはその救いの言葉に縋った。
    まだ、あの時に夢見たエンディングに"皆"で辿り着くため……

    『……そうか。お前たちにその意志があるなら、託しても良いのかもしれない』

    気高き"王"は僕らの"想い"を受け取り、柔らかい笑みを浮かべる。
    それは今までの彼がしてこなかったような…それでいて、"司くん"ですらしたことのないような穏やかな微笑。

    ……それなのに、何故だろう。
    僕はその笑みに"幸福なる終わり"を導きだすことができなくて。


    『なら――"消えゆく"オレからの"願い"は一つだけだ』

    彼は笑った。泣きそうな顔で、それでも幸福な未来を祈って――


    『――オレの寂しがりな友達のために、これからも一緒にいてやってくれ』


    "王さま"は――友を救うために全てを受け入れた"彼"は、"優しい願い"を僕らに託したんだ。


    「き、える…?」

    寧々の呆然とした声が聞こえる。
    それに応えるように、"王さま"は穏やかな表情で語り出した。

    『ああ、オレは消える。
    友の砕けた"心"を、オレの存在を使って繋ぎとめる。今ならばまだ間に合う。完全な修復は望めなくても、"天馬司"はまたお前たちとまた夢を紡ぐことができるんだ』
    「っ!!いやだ!!!王さまが消えちゃうのも、司くんの心が壊れちゃうのも!!全部いやだよ!!!
    "司くん"も"王さま"も、二人がいないとハッピーエンドにならないんだよ!!」

    えむくんは泣きながら首を振る。
    それはこの場にいる誰もが想い、願ったことだった。
    ――それでも、"王さま"は泣く子を宥めるように静かに話す。

    『元より、オレは消え去る運命だったんだろう。
    "友"に酷い仕打ちをし、あまつさえその心を殺しかけた。その罪を思えば、最期に"友"とその仲間たちの助けになれるなんて、これ以上の幸福は存在しない』
    「そんなこと、司が許す筈がない!それにわたしたちだって…!」
    『別にそれで構わない。――第一、"記憶にも残らない存在"を、アイツがどうやって許すというんだ?』

    あっけらかんとそう告げられた瞬間、僕らは愕然としただろう。
    ……そして、理解してしまった。

    彼の"心"を救うため、その"存在"を使うという"王さま"
    "存在全て"を使って彼の心を治すなら――それを為した君の行く先は……

    「君は……消えるのか。司くんの中から、その"記憶"すらも」
    『そうだと言っているだろう。どうせ"取るに足らない思い出"が一つ消えるだけだ』

    "王さま"は告げる。当然だと言った顔で。
    本当に自分がそんな存在だと肯定するかのように。

    ――それを認めた瞬間、"ぷつり"と頭の中で何かが千切れた


    「ふざけるな…!!」

    衝動だけがこの身を突き動かした。
    "彼"の想いを無下にしたように言い放つ"王"の胸倉を掴み、沸き上がる怒りが感情をかき乱す。
    ――そんな心の何処かで、「お前に怒る資格などないだろうに」と冷笑する"僕"は、確かにいた。

    「司くんがそんなことを望むはずがない!誰か一人を犠牲に作るハッピーエンドなんて御免被るよ!それに彼なら――」

    『"諦めない"。必ず皆が幸せになるハッピーエンドを模索する……だろう?』

    その"王"の言葉は、僕の頭に冷や水を浴びせた。
    それは正しく僕が描いていた司くんの言葉であり――同時に、どう足掻いても叶わない夢物語であると、"王さま"は静かに、現実的に提示していたんだ。

    『ならば問うが、お前たちに代替案はあるのか?
    言っておくが時間はないぞ?司の心は時期に消え去る。そうなれば、此処に残るのは意思のない"人形"だ。もう二度と妹と過ごすことも、お前たちとショーをすることも叶わない。
    それともなんだ。まさかお前たちはこんな"偽物"を代わりにするとでも言うのか?それはとんだ薄情者だな』

    "王"の言葉はどれもが鋭く研がれた"正論"で出来ている

    ――夢を見る者は、時に誰よりも強い

    ……けれど、夢すら見れない現実の中では、それは虚しい泡沫でしかない。
    僕の憎みたくなるほど聡い頭は、"王さま"の言葉に何処までも同意をしてみせた。己の反発する感情すら押さえつけて。

    『それでもまだ、夢を見るつもりなら――オレが幕を下ろしてやる』

    王は――"少年の友達"は、
    己の覚悟を完全なるものとするために、僕らに"刃"を振り上げた。


    『お前たちは――"天馬司"と"ただのぬいぐるみ"、どちらが大切なんだ』


    その"問いかけ"は、あまりにも残酷だった。

    「どちらを救いたい?」――そう問われれば、僕らは迷わず両者を挙げただろう。それがどんなに夢物語でも、今まで多くの夢を叶えてこれた僕らならできると、愚かにも信じていられた。

    だけど――『どちらが大切か』
    その問いは、"夢"を前に"現実"を見せつける刃にしかならない。

    たとえ"王さま"が司くんにとって大切な想いでも、僕らは"王さま"と僅かな時間しか触れ合えなかった。
    彼の苦悩も、司くんの想いも、そのいくつかが理解できていたとしても……

    それでも――それでも、僕らは"王さま"が生き残る未来を手に取れない。

    僕らが大切に想う存在は"天馬司"で、その"大切"は、ワンダーランズ×ショウタイムとして過ごす間にあまりにも大きくなりすぎてしまった。

    僕も、寧々も、えむくんも、司くんと王さまを同じ"大切"に置くことは、できない。"時間"という巨大な壁が"僕ら"と"彼"を断絶してしまっていた。

    ――"時"は残酷だ

    こうしている間にも彼の心は消えてゆき、僕らが選べたかもしれない"未来"を容赦なく閉ざしていく。

    ……僕は、彼から手を離した。
    司くんのように「全てが大切だ」とすぐに言い切れなかった己の浅ましさと愚かさが、ただただ心を飲み込んでいた。

    『――すまない。お前たちに酷いことを言うつもりはなかった。……ただ、理解してほしい。

    ……オレだって、"友達"を失いたくはないんだよ』

    先ほどまでの冷たい雰囲気は失せ、"王さま"は申し訳なさそうにそう告げる。

    ……やめてくれ。君は悪くないのに。
    僕らを冷たいと罵る権利だってあるだろう。
    それでも、そんな優しい"王さま"に、僕らは言葉を紡げない。彼の提案を越す"最良"を、示すことができない。

    ――そしてこの瞬間、運命は完全に定まってしまったんだ。

    「――ごめん、なさい。ごめんなさい」

    俯き、涙を流す寧々の懺悔が虚しく響く。
    えむくんの嗚咽も、成り行きを見守っていた周囲の悲しみも、全てが静寂のセカイに零れ落ちていた。

    ……僕らは、あまりに無力だった。
    完全なるハッピーエンドの筋書きは、あの時に燃えて失われてしまったんだ。

    『……それでも。一つだけ、願わせてくれないか』

    ぽつり、と落とされる言葉――あるいは、"想い"
    僕はゆっくりと目の前の"彼"を見る……きっと、人に見せられないほど酷い顔で。


    『……もし、全てを忘れたアイツが、それでも"願う"時が来たのなら――その時は、一緒に応えてやってほしい』


    『そして……アイツを"神様"になんかしないでくれ。
    誰よりも寂しがりやな、オレの友達なんだ』


    "王さま"は微笑んだ。
    自分をすくいあげてくれた"友達"を助けるため、彼は冷たい海へと歩み出すのだろう。
    その胸に抱いた小さな願いは、何処までも"想い主"に似た優しさで彩られていた。


    「――約束しよう」

    気づけば、僕は言葉を紡いでいた。
    あれだけ役に立たなかった身体を動かし、彼の手に己の手を重ねる。
    断ち切られた蜘蛛の糸を握りしめながら――それでも、未練がましく彼に伝えるんだ。

    「"僕ら"はハッピーエンドを諦めない。それが、ワンダーランズ×ショウタイムの"想い"の力だ」

    その言葉は相当に滑稽なものだっただろう。
    今でさえ目の前の彼すら救えていないのに、そんな綺麗ごとが一体何になる?

    ――それでも…その"想い"だけは、絶対に捨てたくなんてなかったんだ…!

    痛いくらいに握り締めるこの手に、ふと誰かの温度が重なる。
    僕の両隣に並ぶように、寧々が、えむくんが、"王さま"の手を握っていた。
    何もを言わず、今だけは涙も耐えて――僕と同じ"想い"を彼に示していたんだ。

    ――"王さま"は少しだけ、その黄色の目を見開いた。

    そうして、その表情が少しだけ嬉しそうに和らげば、静かに目を伏せ言葉を紡いだだろう。


    『そうか――なら、任せた』



    『オレの"友達"を、よろしく頼むよ』



    それが――彼の最期の言葉だった

    伏せられた瞳が急速に温度を失っていく。
    ぐらり、と大きく揺れた身体が前のめりに倒れ――僕らは、その身を受け止めたんだ。
    力を失った"君"は重く、受け止めた僕らは崩れるように座り込む。

    「……王さま」

    えむくんの弱弱しい呼び声が、寂しいセカイに零れ落ちる。
    僕は呆然としたまま、受け止めた彼の顔へと視線を向けた。

    ――悪夢なんてなかったと言いたげに穏やかに眠る、僕らの星

    ……その身体は暖かく、確かに生きている。
    砕け散った心は静かに再生され、彼を構成する"想い"はこの器へと注ぎ込まれていくのだろう。

    なら……その器を補った"王さま"は、どこへ消えた?

    ――その答えは、もうわかっている筈だろう


    「っ、司くん!!司くん、起きてよ…!!」

    その身を地面に横たえる。
    眠る彼に縋りつくように、えむくんが必死に呼びかけていた。
    寧々は涙によって言葉を生み出せないのか、彼の手を握りしめたままその目覚めを待っていた。

    そして、僕は――眠る彼を見ることしかできなかった。


    ぬいぐるみ達が"王さま"のもとに駆け寄り、悲しみの涙を流す。
    何時いかなる時も僕らを見守ってくれていたバーチャルシンガーたちも、今は僕らの"悲しみ"に静かに寄り添い続けてくれた。


    セカイが悲しみに沈む中――僕の心にあったのは"絶望"だった。


    救えなかった。司くんの心も、彼の大切な友達も。
    僕はハッピーエンドを紡ぐことができなかった。バッドエンドを打ち破る奇跡を生み出すことができなかった。

    ――何が錬金術師だ

    この手の届く全てを救えず、"笑顔の魔法"すら使えなくて、僕は一体何をしていた…!
    一等星が陰った時、僕がそのそばで支えなければいけなかった筈なのに……


    ――それでも、絶望し続けることは許されない。

    司くんの大切な"友達"から託された願いを、僕らは叶えないといけないんだ。
    そのために……僕らは、今から目にする"絶望"を受け入れなければいけなかった。







    「……なんだ、あれ」


    目を覚ました君は、僕らが最後に会った時と同じ"天馬司"だった。
    ショーによって人々を笑顔にしたいと望む、輝ける未来のスター……

    その筈だったんだ。


    ――ねぇ、司くん。君の"瞳"は、そんなにも温度のないものだったっけ

    遠く散らばったかつての"友"を無感動に見つめる瞳。
    零れた言葉に感情などなく、ただ漠然と"現実"のみを告げてみせる。
    寧々やえむくんよりも一歩離れて、僕はその"地獄"を全て捉えていた。

    僕は、心の何処かでまだ甘えていたのかもしれない。

    "王さま"の存在と司くんの中の彼の記憶。
    それを代償に彼の"心"は無事に戻ってくるのだと。そう信じ切っていた。

    ――だから、彼の硝子玉のように無機質な橙を見てしまった時、僕はようやく自分の間違いに気づけたんだ。

    一度割れた心が、壊れる前と同じに戻れるとどうして思えた?
    大切な友を失って取り戻した"心"が、どうして"痛み"を持っていないと楽観できたんだ。

    ……彼はもう、失った大切な"友達"を思い出すことができない。
    その"友達"を想い、心から泣くことすらできなくなってしまった。

    治されたばかりの心は"想い"や"感情"すら上手く編めない。あの太陽のような彼の心は、二度と以前と同じようには戻らない。

    「……司くん」

    それでも、僕は縋りついた。未練がましくもあの"優しい声"が戻ってこないかと願って。
    突然背後から聞こえた声に驚いた君は、確かにいつも通りの大袈裟な態度で僕に反応してくれただろう。

    ――それなのに、



    「なぁ、類。教えてくれないか?皆は何で泣いてるんだ?

    オレが倒れたにしてはおかしいし、あの"落ちてる物"が何かもわからないんだが……」



    "友達"を見ながら僕に尋ねるその言葉には"温度"が感じられない。
    地に落ちた彼を"どうでも良いもの"として扱う君の瞳は、どれだけ望んでも硝子玉のように渇ききってしまっていた。
    きっと、君自身すら気づけていない大きな"傷"。深く刻まれたその"痛み"が君の"心"に残ってしまったのだと。

    ……そう悟った瞬間、僕の"心"ですら限界を迎えてしまった。

    殆ど崩れ落ちるように君の背後に座り込み、その背に頭を預ける。
    ――暖かい。君の身体は確かに生きているというのに、君の"心"に宿った熱は冷たい海に沈められている。

    ……優しい君は、きっと全てを知れば泣いた筈だ。

    それが叶わないというのなら――せめて、僕らを"代わり"としてくれないだろうか

    君に癒せない傷をつけてしまった罪を懺悔するように、僕はその背に縋るが如く寄り添った。

    ……セカイが流す涙をこの身に浴びて、僕らはいつまでも泣いていた。
    君だけを置き去りにして。



    ――そうして、どれほど雨に打たれていただろうか

    「……司くん、こちらへ」

    カイトさんが司くんへと近づき、その手を向ける。

    司くんは最初、悲しみに沈みこむ僕らを気にかけていた。
    ……それでも、君は優しかったから。
    『今、この場に自分がいても皆は笑顔にはならない』と理解してしまったのだろう。

    「――わかった」

    カイトさんに手を引かれ、司くんは立ち上がる。
    彼はこちらを気にする素振りを見せていたが、やがてカイトさんに背を押される形でサーカステントへと歩いて行った。

    ――僕自身情けないことだが、司くんについぞ顔を見せることはできなかった。
    座りこんだまま、手で目を抑える。
    冷たい雨に降られたまま、その場から動くことすら叶わなかっただろう。

    「………類」

    それでも……時が経たない内に、寧々が僕を呼ぶ声が聞こえた。
    ゆっくりと伏せていた顔を上げれば、僕と同じようにひどい顔をした彼女が僕を見つめていただろう。

    「寧々、僕は――」
    「……今は、そういうのやめよう」

    彼女は僕が紡ぎかけた懺悔の言葉を断ち切った。
    そうして、寧々はある方向へと顔を向けた。

    「――それよりも、"王さま"を雨に濡れないようにしないと」

    彼女の向いた先――そこには、降り始めた雨から"彼"を守るように、散らばった欠片を集める皆がいた。
    ぬいぐるみ達も、バーチャルシンガー達も、僕より早く立ち上がったえむくんも、それを"残骸"だとは認めていなかった。

    大切な仲間の、大切な友達

    彼を少しでも取りこぼさないように、闇のように暗いセカイであっても、人々はそれでも立っていた。
    ――全ては、友達を救いたいと願った"彼"の"想い"を取りこぼさないために。

    「……わかった」

    それを認めれば、僕は立ち止まることなどできなかった。
    雨で濡れ始めてしまったセカイを探し、取りこぼした"彼"がいないかを探す。最初に切り裂かれてしまった時、皆が咄嗟に集めてはくれたが、それでも全てを集めきったとはとても言えなかった。

    ――僕らの手の中に集まった"王さま"は、あまりにも小さい

    かつて大海へと旅立ち、僕らを助けるために大立ち回りをしたその身がそんな矮小な形で収まるものか。
    そんな自棄に似た想いすら抱いて、僕はセカイで"彼"の"欠片"を探していたんだ。


    『ウエーン……』

    そんな時だったか。
    雨音に紛れるように、幼い少女のような泣き声が耳に入る。
    その声に導かれて視線を向ければ、"風船をつけたうさぎのぬいぐるみ"が泣いている姿を僕は見ただろう。

    ――彼女は、幼い司くんと共に育ってきた存在だ。

    このセカイのぬいぐるみ達が等しくそうであり、"王さま"のことだって知っていた筈なんだ。
    彼を失ってしまった悲しみは、きっと司くんと同等に深いものであり、泣けない彼の代わりに、彼女たちは今も泣き続けているのだろう。

    ……身勝手なことかもしれない。
    それでも、泣き続ける彼女を見続けるのは、心が痛むことだった。

    僕は悲しみに沈む彼女へと歩み寄る。

    「――大丈夫かい?」

    泣き続ける彼女へ――一瞬、迷ったものの手を伸ばし、その頭を撫でる。
    このセカイやぬいぐるみ達を調べる過程で、この行為も癖のようになってしまった。

    ……そうして撫でている内に、僕の脳裏にとある"記憶"が蘇ってきた。

    ――それは、僕がまだ何も知らなかった頃……
    セカイから"偶然"ついてきてしまったぬいぐるみを、僕は気まぐれで助け出した。
    司くんが直すと聞いたばっかりだったのに、何故かあまりやったことのない裁縫にまで手を出して、そのぬいぐるみを補修してあげた。
    司くんや瑞希に任せるよりもずっと不格好だったけど、彼は……いや、"君"は、その時どう思っていたのだろう。
    ……目の前の仲間にすら気づかなかった僕に不満をぶつけていたって、きっと許された筈だ。

    「……ルイクン」

    深く堕ちかけた思考は"彼女"の呼び声によって引き上げられる。
    気づけば、彼女―うさぎのぬいぐるみは、嗚咽交じりながらもこちらを心配そうに見上げていただろう。
    ……その手に、見慣れない"糸"のようなものを持ちながら。

    「すまない、少し呆けてたみたいだ。
    ……君の持っている物は一体――」

    尋ねかけた言葉は、しかし僕の視界がはっきりと"それ"を認識したことから不自然に途切れた。

    ……くたびれたように彼女の手にひっかけられた"糸"
    それは僕の指先から肘までの長さぐらいしかなく……血のように"真っ赤な色"をしていただろう。

    『――コレハね、王サマを探シテルトキに見ツケタノ』

    うさぎくんはすすり泣きながらも、その"赤い糸"を僕へとそっと差し出した。

    どうして、なんて言える筈がない。
    その"糸"は――確かに僕が、"彼"の首を治すときに使った一本だったのだから。

    『王サマ、消エチャッタ……セカイにモ、ツカサクンの想イの中にモ、何処ニモイナイの……』
    「………」

    『――デモ、コノ糸、トッテモアッタカイ"想イ"が残ッテル』

    「……!」

    その言葉を聞いた瞬間、僕は息を飲んでいただろう。
    驚愕のまま見つめれば、彼女は微かな笑みを浮かべてその"糸"を僕へと手渡そうとする。

    『キット、コノ糸で治サレタ子はトッテモ嬉シカッタンダヨ。ソノ子を想ッテ大切ニ繋イデクレタ糸ダカラ……』
    「――それを縫ったのが、"彼"に気づかなかったくらいの薄情者だったとしても?」
    『ソンナコトナイヨ!ソノ子は…"ツカサクン"は、ゼッタイ嬉シカッタと思ウノ!』

    彼女は語る。今はもう失われてしまった司くんの"想い"をなぞるように。
    ……その言葉を聞く内に、冷たくなったこの"心"がじわりと暖かくなってゆくのを覚えただろう。

    あの時、ぬいぐるみだった君を治そうとしたのは僕の気まぐれだったのかもしれない。
    ……それでも、あの不格好でも穏やかな時間は――僕にとっても心地よい一時だった。

    それはもしかして――"君"にとっても同じだったということなのか。


    『――ルイクンが持ッテテ』

    小さな彼女の願いに応えるように、僕はこの手を差し出す。
    果たして、掌に乗せられた"赤い糸"はあまりにもか細く、ともすれば見失いそうなほどくたびれていただろう。

    ――それでも、僕にとってその"糸"は、地獄に延ばされた"蜘蛛の糸"よりも眩い"光"だったんだ。

    『大丈夫!キットツカサクンなら"王サマ"を取リ戻シテクレルヨ!!』

    ぱっと両手を広げ、精一杯の笑顔で未来を願う彼女は――友であった少年と同じ"笑顔の魔法"を使いこなしていただろう。

    ……ああ、なんということだ。
    僕よりもずっとずっと、彼女は未来を見据えていた。
    紡がれてしまった現在を嘆くよりも、まだ確定していない"結末"をより良きものにしたいと、彼女はそう願っている。

    ――そうだ。立ち止まって悔やむのは後で良い

    僕は信じている。あの日、屋上で見た星の輝きを。
    だからこそ――僕がやれることは……きっと一つだけ

    「――ありがとう」

    込み上げる感情を抑え、彼女に礼を告げる。
    そのまま踵を返せば、僕は全力をもってその場を走り出しただろう

    「類…?」「類くん!」と驚愕に彩られた声を背に、僕は走る。走る
    ――彼が立ち去ろうとしているサーカステントへ、その速度を緩めずに。


    ……途中、彼を見送ったであろうカイトさんとすれ違った。

    「……がんばって」

    雨音の中でもよく聞こえた激励は、僕の心を支えるのに十分すぎるほどの"想い"が込められていただろう。



    「……司くん」

    ――そうして、僕がテントへと辿り着いた時、司くんはまさに帰ろうとしていた瞬間だった。

    ……彼がその身体に戻ってから初めて、僕らは正面から相対した。

    彼はじっと僕を見つめる。
    普段は雄弁に感情を語る瞳は、まるで凪いだ水面のように沈黙を続けていたか。
    その視線がふと、僕の傷だらけの腕へと向かい――少しだけその眼が見開かれた。

    かつて小さな君を守るために投げ打ったこの身を責めてくれてもいい。
    自分が負った怪我すら棚に上げて、僕に一つでも感情の込めた"想い"を吐露してくれないか――――


    「類……その、大丈夫か?」


    ――僕が浅ましくそう願ったところで、君の"心"が動くことなどなかった。

    かつて目の前で見て、その理由だって知ってる筈の"傷"を、彼は"初めて見た"かのように扱う。
    "友達"の記憶と共に、かつてぬいぐるみであった時のことすら忘却してしまったのだろう。

    ……あの時、君は僕の怪我を見て我が事のように心配してくれたね

    だけど――心が一度砕けてしまった君は、僕との間に"壁"を一つ挟んで物を見ている。
    "王さま"が繋ぎ止めてくれた"心"は、まだ治りきってなどいなかった。
    ……いや、そもそも一度でも砕けてしまった時点で、彼は二度と前に戻れないのかもしれない。

    ――そう思うと、僕の心はまた挫けてしまいそうだった

    ……それでも、僕は止まらないと決めていた。
    "王さま"が繋ぎ止めた君の"心"を、僕らが今度こそ癒しきるんだ。

    そして、かつての君なら必ず望んだであろう"願い"を――僕が繋いでみせる。絶対に



    「座長殿、どうか少しばかり僕らに"暇"をくれないか」


    ようやくはっきりとしだした頭が、取りこぼした"ハッピーエンド"に向けて静かに動き出す。

    この場で最も最良な選択を導き出し……僕は、司くんと"交渉"することを決めた。

    ――今の彼の"心"では、ショーをすることは叶わない

    きっと彼は、自分の"異変"に薄らと気づいている。
    その状態で自分の"心"がおかしいと気づけば――優しい彼を深く追い詰めてしまうだろう。

    だからこそ、司くんには"休息"を取ってショーやセカイから離れてもらう必要がある。
    "王さま"の言葉を信じれば、いずれ司くんの心は戻ってくるだろう。その時までに彼は自分の心を癒し――そして、僕らは為すべきことをするんだ。

    全ては――最良のハッピーエンドにもう一度至るために

    そのためなら、僕は……



    「……わかった。ただし、ワンダーステージに支障がないようにしてくれ。それは絶対だ」

    優しい君は僕の不明瞭な回答でも了承をしてくれた。
    そうして、一変した周囲を前にしても、ボロボロの心で僕らを気遣い続けてくれただろう。

    その微かな"想い"が泣きたくなるほど優しくて……消えたくなるほど辛かった。

    「わかっているよ。……ありがとう。
    そして、」

    (君の大切な友達を、君自身の心を……)

    ……すくえなくて、ごめん


    彼の記憶にすら残ってない、僕の自己満足に溢れた謝罪。
    それを何処か困ったように眺めながら、君は悲しいセカイより立ち去ったんだ。



    僕は彼が消えた空間を静かに眺め――目を閉じた。

    ……どれくらいそうしていただろう


    「――類くん」

    背後から投げかけられた声に瞼が上がる。

    振り向けば、テントの入り口には"皆"が立っていた。
    僕に声をかけたミクくんは、何処か心配そうな表情を浮かべ――それでも、僕を"信じる"ように言葉を続ける。

    「君は……司くんのために、どうしたい?」

    彼女の両隣に立つ寧々とえむくんは、多くを語らずに僕をじっと見ている。

    ――その瞳に"絶望"は最早ない。

    きっと、僕の抱いた決意を感じ取った上で、彼女たちもまた、覚悟を決めていたんだ。
    『僕らの星を取り戻すため。そして、最良のハッピーエンドを手繰り寄せるために、最期まで舞台に立ち続ける』という選択を

    そして、その為の"脚本"を僕へと委ねてくれている。
    ……その"信頼"を強く感じるからこそ、もう僕が憂う理由など何もなかった。


    「――そんなこと、初めから決まっているよ」

    「まだ、幕は下りていない。今も戦い続けている"彼"のために……どうか、僕に力を貸してくれないか」

    ――これで終わり?いいや、冗談じゃない!
    ここからがワンダーランズ×ショウタイムの本領発揮にして、運命を覆す大一番の始まりだ。

    僕らを救い続けてきた君を、今度は僕らが救い上げる。
    その"想い"は誰にだって砕けやしない。

    目を赤くしながらも強く頷く寧々とえむくんに僕も応じれば、この"悲劇"を覆す"筋書き"を皆へと語り出しただろう。


    ……"役立たず"だと罵るこの心の声も、今だけは無視しよう

    全ては最良なるハッピーエンドのために。
    ――僕は今度こそ、絶対に間違えない。
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    Kakitu_prsk

    PROGRESS相互さんに捧げるF/F/1/4の世界観をベースとしたファンタジーパロ🎈🌟の序章
    兎耳長命種族冒険者🎈×夢見る冒険者志望の幼子🌟
    後に🍬🤖ちゃんも加わって🎪で四人PTを組んで冒険していく話に繋がる…筈。

    ※元ネタのF/F/1/4から一部用語や世界観を借りてますが、完全同一でないパラレルくらいに考えてください。元ネタがわからなくてもファンタジーパロとして読めるように意識しています。
    新生のプレリュード深い、深い、森の中――木々が太陽すら覆い隠す森の奥深くに、小さな足音が響き渡った。


    「待ってろ、お兄ちゃんが必ず持って帰ってくるからな……!」

    そんなことを呟き足早に駆けているのは、金色の髪をもつ幼い少年であった。質素な服に身を包み、不相応に大きい片手剣を抱くように持っている。

    人々から『黒の森』とも呼ばれているこの森は、少年の住む”森の都市”を覆うように存在している。森は都市から離れるほどに人の管理が薄くなっており、ましてや少年が今走っている場所は森の比較的奥深く……最深部ほどではないものの、危険な獣や魔物も確認されている地帯だった。
    時折、腕利きの冒険者や警備隊が見回りに訪れているものの、幼子一人が勝手に歩いて良い場所ではないのは明らかだ。だというのに、その少年は何かに急かされるように、森の中をひたすら走っていたのである。
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    Kakitu_prsk

    DOODLE人間🎈がうっかり狛犬🌟の封印を解いたことで、一緒に散らばった大量の悪霊を共に封印するために契約&奔走することになるパロの冒頭ができたよ!!
    書きたいネタをぶつぎりに入れたりもしたけど続く予定はないんだぜ。取り敢えず投げた感じなので文変でも許してちょ
    大神来たりて咆哮す(仮)――ねぇ、知ってる? 学校から少し離れた場所にある森に、寂れた神社があるんだって。
    ――そこに深夜三時に訪れて、壊れかけてる犬の像に触れると呪われるんだってさ
    ――呪われる?
    ――そう!なんでも触れた人は例外なく数年以内に死んじゃうんだって!
    ――うわ~!こわ~い!!


    ……僕がそんな噂話を耳にしたのは、昨日の昼休みのことだった。

    編入したてのクラスには噂好きの人間がいたのか、やたらと大きな声でそう語っていたのを覚えている。
    現実的にも有り得ない、数あるオカルト話の一つだ。そう信じていながら、今こうして夜の神社に立っている僕は、救えないほどの馬鹿なのだろう。

    絶望的なまでに平凡な日々に変化が欲しかった。
    学校が変わろうと”変人”のレッテルは変わらず、僕は何時だって爪弾き者だ。ここに来て一か月弱で、早くもひそひそと噂される身になってしまった僕は、この現実に飽き飽きしていたんだ。
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    recommended works

    hukurage41

    DONE #ritk版深夜の60分一発勝負
    演目)七夕
    ※画像でもあげたのですが、なかなか見にくかったのでポイピクにも同時にあげます。

    ・遠距離恋愛ルツ
    ・息をするように年齢操作(20代半ば)
    ・かつて書いた七夕ポエムをリサイクルしようと始めたのに、書き終えたら案外違う話になった
    星空を蹴っ飛ばせ「会いたいなぁ」

     ポロリと口から転がり出てしまった。
     声に出すと更に思いが募る。言わなきゃよかったけど、出てしまったものはしょうがない。

    「会いたい、あいたい。ねえ、会いたいんだけど、司くん。」
     類は子供っぽく駄々をこねた。
     電子のカササギが僕らの声を届けてくれはするけれど、それだけでは物足りない。
     
     会いたい。

     あの鼈甲の目を見たい。目を見て会話をしたい。くるくる変わる表情を具に見ていたい。
     絹のような髪に触れたい。滑らかな肌に触れたい。柔らかい二の腕とかを揉みしだきたい。
     赤く色づく唇を味わいたい。その奥に蠢く艶かしい舌を味わいたい。粒の揃った白い歯の硬さを確かめたい。
     匂いを嗅ぎたい。彼の甘く香ばしい匂い。お日様のような、というのは多分に彼から想像するイメージに引きずられている。チョコレートのように甘ったるいのともちょっと違う、類にだけわかる、と自負している司の匂い。その匂いを肺いっぱいに吸い込みたい。
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