かくあれかし 外は雪が降っている。
村外れは森林に面していて特に雪深く、明け方にはまた積もっているだろう。だが今日の雪掻きはきっと無駄ではない。放っておけば教会への道は閉ざされてしまうのだから。
ありふれた日々の繰り返しが如何に幸福であるか、過去の私は振り返ることも、また気付くこともなかった。
バタン。
「ん?」
遠くで窓の開く音がした。組んでいた指を解き、居間を出て屋敷の主の部屋に向かう。果たして、そこには雪を纏わせたノースディンが立っていた。
「ノースディン」
「……ああ」
吹雪の悪魔——いや、氷笑卿。纏わりついていた雪は全て氷結し、パラパラと床に落ちては砕けていく。その直中で、彼はその名の通り薄らと笑っていた。
「酔っているのか?」
手にしたランプでやっと見えるその肌は、いつもより少しだけ色付いていた。しかし、漂う冷気は外のそれと同じだ。火種を持っていても指先が悴んでくる。……ドラルクから譲り受けたタンバリンを居間に置いてきたのは失敗だった。
「……冷気を抑えてくれ。これでは、お前を抱擁できない」
暖炉の上にランプを置いて、両腕を広げる。と、半眼がすっと開かれて、血のように赤い瞳がランプの灯りを照り返す。——ああ、美しい。そんなことを思った刹那の内に、冷気が緩んだ。
仕立ての良い靴が鳴り、こちらが身構える間も無く腕が背に回された。まるで幼子が母親にするように、甘やかな胸に安寧を求めるように。その美しい瞳は、眠るように閉ざされている。
コートを着たままの冷たい身体を抱き寄せ、端正な背中を軽く叩き、撫でた。
——身勝手にも。
人間と違い体が冷たくとも、冬の寒さに耐えうるとも、心までそうある必要はない、と私は思う。
彼を取り巻く様々なことなど私は知る由もない。しかし、時折ひどく疲れて帰ってきたとき、決まって言うことがある。
「おかえり、ノースディン」
そうして、控えめに呟かれる「ただいま、クラージィ」という返事に満たされた心のままに、暖かな居間へと彼の手を取り導くのだ。
夜明けまでは、まだ遠いのだから。