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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    ビームス兄弟 ワンライ
    お題「ドライブ」お借りしました。アカデミー時代、父親と運転の練習をする弟の話。父親の人柄や設定の捏造が多くあります。

    ##ビームス兄弟

    男のはなし 並んだ家々の前庭の芝生が、青い直線を伸ばす間。新芽が形づくる林冠を、透かした木漏れ日が揺れる中。湖沿いのゆるいカーブに沿って走ると、父さんの手が右から軽くハンドルを正す。
     緑眩しく心地よい五月の終り、俺は金曜日の教科書を抱えたまま、車に揺られて実家へ戻った。電話を受けていた運転手は、このままお父様の方へ向かいますと、カーナビの行き先を変更している。長い陽が真西に近く沈もうとする、そのかすかな空の明るさとビル街の煌めきとの混ざり合いが、もうそろそろ夏が近いという感慨を呼び起こしたところで、父さんが後部座席に乗り込んできた。俺が席を詰めると、軽く微笑み扉を閉める。息子を見とめてその顔は、外務省の要人から父親になったらしい。運転手と二言三言話すと、思い出したように、フェイス、お前もそろそろ運転できるようになった方がいいんじゃないか、と言ってきた。その飾らない、あたたかな父親の声音。親子を乗せた自動車が、街の中を滑るように走り抜けていく。

     アカデミーに入る前に運転免許を取っておいた方がいい。それは入学後のスケジュールからして火を見るよりも明らかだったのだけれど、何だかんだと言っているうちに月日は進んで、結局入学から一年近くが経ってしまっていた。別に、車が必要なわけでも、車に乗ってどこかに行きたいわけでも、車が好きなわけでもない。運転手を雇うような家なのだから尚更だ。けれど、いつかは俺も運転ができるようになるのだと、ごく自然にそう思いながら育ってきた。そして今こうして運転の練習に勤しんでいるのが、やんわりとした反対を受けながらも結局アカデミーに入学した俺そのままの姿で、ああ、一年近くが経ったところで人間は変わりやしないのだと思い知らされる。どんな扱いを受けたって、兄の、ブラッドの姿を追おうとする、俺という人間は変わっていない。


     湖畔の駐車場に苦労して車を停める。一時間もないくらいのドライブだったのに、庇を潜ろうとする身体は妙に軋んで、脇の下にはへんな汗をかいていた。コーヒースタンドで一息つくことにして、眺望の良いテラス席に腰掛ける。煙草をふかす父さんは、昨日のかっちりとした姿とは違って、いくぶんラフで力を抜いた感じがした。昔はブラッドが父さんに似ている、ブラッドの年不相応なしっかりとしたところが、お堅い職業の父さんに似ていると思ったものだけれど、今こうして休日を満喫する父さんを見てみると、あまりそうは思えない。視線に気づいた父さんがピースサインをする。案外お茶目なところがあって、今はむしろ、俺に心を閉ざしたブラッドの方が、よっぽど近寄りがたく思える。

    「しかし、フェイスは運転に向いているかもしれないな。緊張はしていたが上手だったぞ」
    「え……そうだった?」
    「ああ、ブラッドよりよっぽど筋が良い」

     吸殻を揉み消した父さんがそんなことを言うので、俺は口元まで運んだカップをそのままに硬直した。

    「いや、流石にそれは無いでしょ。俺は別にそうでもないけど、ブラッド、ドライブ好きじゃん」
    「まあ、今はそうだな。だがあれは、苦手を克服しようとして燃えた結果だろう。もしも最初から上手かったなら、あいつはきっと執着もしないさ」

     ブラッドは家を出る前には既に、一丁前な顔つきで父さんの車を乗りこなしていたように思う。俺もブラッドの運転する車に乗せてもらったし、いつかは自分も運転ができるようになる、そのためにはブラッドに運転を教えてもらうんだと、当たり前のように考えていた。
     今は自分の車を買って、休みにはドライブに出かけることもあるらしいブラッド。それを公言している彼が、劣った弟の俺よりも運転を苦手としていたなんて、知っているのは父さんただ一人だろう。

    「……フェイス、アカデミーはどうだ?」

     父さんはコーヒーを啜って、さりげなくそう尋ねた。始めはブラッドの後を追う必要は無いと言ったこの人も、運転の練習に付き合ってくれるのと同じように、俺が一歩を踏み出してしまえばそっと背中を押してくれる。

    「……可もなく不可もなく、ってとこかな」
    「そうか。ブラッドは、アカデミーは運転と違って初めから上手くやっていたらしいが……順風満帆でもないのなら、ゆくゆくはお前の方が、ヒーロー業に向くのかもしれない」
    「……」

     父さんは立ち上がり、ブラッドの時よりは安心して家に帰れそうだ、と、空になったカップを引き取る。それじゃ、俺の運転はこの先、ブラッドほどは上達せずに終わるのかもしれない。それじゃ、ブラッドを追おうとするのをやめられない俺、今はアカデミーでも燻っている俺は、この先――

     ポケットのキーを取り出して、父さんの後を追った。月曜日の授業は何だったか、今までは考えもしなかったことを頭の中に浮かべながら。




    男のはなし 完
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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