リリィ(続き) まんまと『運動』してしまった。失敗した僕を慰めるためだろうか、土方さんは普段よりももっと煽ってきた。おかげでこのありさまだ。
「土方さん、お風呂入れます?」
「ん……」
とろんとした赤い瞳が、僕を見上げる。無防備な姿はとてもとても可愛いのだけれど、今はそればかり言ってはいられない。
「湯船にバスソルト入れたんですよ、すっごいいい香りしてますよ」
「……俺はいい、お前だけ入れ」
間接照明の薄灯りの中、土方さんの身体にはキスマークや歯型が点在している。特に乳首は赤く腫れ、乳暈を囲むようにくっきりと歯型がついている。酷い。誰がこんなことを。僕だ。
業を煮やして担ごうとすると、土方さんは僕の手を振り払ってブランケットをかぶってしまった。ほどなく、すぅすぅと寝息が立つ。
さすがに毛布のおまんじゅうになった人は起こせない。僕は諦めて、一人でお湯をいただくことにした。
土方さんちは、お風呂も広い。ユニットバスでおちおちお湯も張れない僕の家とは違い、湯船には追い炊き機能まである。さすがに男二人で入るのは少し厳しいけれど。
シャワーで身体を流し、洗い髪にタオルを巻いて、香り立つ湯船に足を入れる。僕でもわかる、バニラと蜂蜜の匂いだ。
肩まで浸かって、湯船の縁に後頭部を預ける。身体を伸ばしてお風呂に入れることのありがたみと、そのことに僕自身は何も寄与していないことのもどかしさ、ふがいなさ、悔しさ。
はたから見たら、僕は彼氏というよりヒモとかツバメとか言われる類(たぐい)の男なんだろう。
「早く就職してぇな……」
ぽろりと漏れた言葉に、驚いた。
土方さんと出逢う前は、同い年かひとつふたつ歳の違う連中とつるんでいた。だらだらした生活は、それはそれで楽しかったし、いつまでも学生生活が続けば……なんて思っていた。
それが今は、早く一人前の男になって好きな人に認められたい、と考えている。
女は男で変わると言うが、男だって相手で変わる。
このバスソルトは、バレンタインのチョコレートと一緒にもらったものだ。
いわゆる本命チョコだったと思うのだけど、あまり誰かといる必要を感じなかったからホワイトデーに無難なお返しだけした。
その直後に土方さんと出逢った。
もうすぐ年が暮れる。本当に、激動の一年だった。
こんなに人を好きになれるとは思わなかった。セックスの経験はあったけれど、自分がこれほどがっつく性質(たち)なのも知らなかった。
別れたくない。別れなんて考えさせないくらいのいい男になりたい。
来年は就職活動が始まる。髪も切らなければいけないし、忙しくなって土方さんと会う時間も削らざるを得なくなるだろう。
けれども、これは乗り越えなければならない試練だ。今後ずっとずっと土方さんと一緒にいるための。
いい香りのする湯船に浸かっていると、昔読んだ童話を思い出す。ヒトではない何かから言われるままに自分の身体に味つけをして食材になる、あの話だ。
髪を乾かしてベッドに戻ったら、土方さんの食欲を刺激するだろうか。寝ぼけて末っ子モードになった人から、がじがじと味わわれるのもいい。
そうしてまた汗みずくになって、追い炊きした湯船に二人で浸かりたい。
あ、バスソルトの入ったお湯を追い炊きするのってどうなんだろう。後で調べないと。
この、いろいろなことをしたい感じ。決して義務感でなく、自ら決めて動きたい感じ。
僕は幸せなのだ、と今年何百回目かの気づきを得た。