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    つつ(しょしょ垢)

    @strokeMN0417
    げんしんしょしょ垢。凡人は左仙人は右。旅人はせこむ。せんせいの6000年の色気は描けない。鉛筆は清書だ。
    しょしょ以外の組み合わせはすべてお友達。悪友。からみ酒。
    ツイに上げまくったrkgkの倉庫。
    思春期が赤面するレベルの話は描くのでお気をつけて。

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    POIPOI 33

    とあるきっかけで「花屋をやっている先生」というのがツボにはまってしまったほろわっさんに勝手にささげるショショ小話

    ##小話

    花守花守

    その日はなんとはなしに忙しいという香菱に、食堂に飾る花を買ってきてほしいと頼まれて昼食を報酬代わりに花屋へと向かった。博来の店は高いからと別の店を教えられ向かっていくとも店先で見慣れた美丈夫が愉し気に「やぁ」などと挨拶してくるものだから相棒の白いふわふわことパイモンが彼の名前を絶叫した。
    「なにやってんだよしょぉりぃぃぃいーーー」
    天衡山を超えて層岩巨淵を貫くような絶叫も意に介さず、長身の青年…鍾離は旅人に積極的に花を勧め始める。
    「無視かよ…」
    「花屋というものは用がなければ立ち寄るものでもあるまい。誰かに贈るのか それなら今日は軽策荘からいい琉璃百合が入ったぞ」
    てきぱきと桶から花をいくつか選ぶと器用に紙に包んで木箱へと移していく。
    いつもの隙のない重厚な三つ揃いの装いではなく、動きやすさを重視したシャツに作業用の清潔感はあるが厚めの生地と見て取れるズボン、あちこちに草色の染みがついたエプロンを身に着けてはいるものの、見目の良さは隠せないようだ。逆に素朴な衣装だからこそ見栄えの良さが際立つ。当人には自覚があるのかないのか、分かっていて隠す気もないのか、旅人が璃月にいる間、時折色恋沙汰に巻き込まれて意味もなく苦労するのはこの浮世離れした美貌を持つ「凡人」のせいだ。
    その凡人が商品とはいえ花を選別し愛でている姿は一幅の絵画のようで、思わず足を止めた通行人たちはやはり思わず勧められるままに花を買っていく。
    数人の客の相手をし終えて、店先に静けさが戻る。
    「えーと、あ、まあ、買いに来たのはそうなんだけど、先生は何で花屋をやってるの 」
    「とうとう往生堂をクビになったのかぁ…」
    単純な好奇心、それから同情と得心が行ったと言わんばかりの声質にははっと軽い笑い声が返ってくる。
    「ここは往生堂が懇意にしている花屋だ。店主に奥方それに店員も流行り病に罹ってしまってな。数日とはいえ休業は痛手だろうと堂主殿が助け船を出したというわけだ。それに往生堂の仕事に花は欠かせないから、ある意味業務の一環とも言えるかもな」
    ふむと形の良い顎を摘まみながら、箱に入った花を数える。よしと短く達成感に喜びを滲ませた青年にパイモンは頭を抱える。
    「天下の岩王帝君を日雇いに派遣するとは恐れ入るぜ…」
    「俺は凡人で往生堂の客卿だ。主の頼みとあれば無下にもできまい。それにここの花屋の店主はよい花を届けてくれるからな。日頃の働きに公平をもって報いるのは悪くない」
    公平かぁと旅人は軒先に並ぶ花を一瞥する。
    色とりどりの花々は手入れが行き届いており水を撒いたばかりなのか小さな光の粒が乱反射している。
    鍾離が特別花に詳しいかどうかは分からないが、送仙儀式の際の霓裳花の知識一つ取っても並みの凡人など遥かに凌駕した知識を持っているのは想像に難くない。
    客に合う花を見繕うなど朝飯前だろうなとぼんやり考えていると、日雇い店主殿が先ほど花束を詰め終えた箱を持ち上げて軒先の小さなテーブルに乗せる。いくつかの小さな文字を書き込んだ紙切れを箱の隙間に差し込むと、再び花をいくつか選び始める。
    ぽつんと置かれたままの箱に、会話も途切れて手持ち無沙汰になってしまった旅人がふと思い当たったことを口にする。
    「もしかしてこれ、どこかに持っていくの」
    「ん ああそうだが」
    「その間お店はどうするの 先生だけだよね、店番」
    ちらりと店舗…というほど広いものでもなく、まっすぐ五歩も歩けば奥に突き当たるような広さの中に、数冊の台帳が置かれた作業机に所狭しと並べられた花々や桶、包装用の紙や贈答用の箱や花瓶が昼時の日差しに浮かび上がっている。当然人影はない。
    「手伝おうか」
    「ああ、それなら大丈夫だ。さすがに店番に配達となると手が足りないからな。堂主に断りを入れてもう一人雇った。報酬は俺の分を少し分けるだけで事足りると言ったら快く了解してくれたぞ」
    「それってほとんどただ働きじゃないかっ。そんな親切な奴が…ん、待てよ、鍾離の手伝いを快く引き受けそうなやつぅ」
    まるでパイモンの疑問に答え合わせするかのごとく、たたっと軽い足音が二人の背後で止まる。
    「早かったな。戻ってきてすぐにすまないがこれを中の書付の場所に運んでくれ。今回のは代金を後でもらう手はずだから届けるだけでいい」
    「承知しました」
    どこか幼さの残る、だが凛とした声に旅人とパイモンは勢いよく振り返る。
    突然の行動に少し身じろぎした人影は二人の姿を認めると「なんだ」と不機嫌そうな呟きを漏らす。
    フード付きのケープを目深に被り、顔は殆ど影になって見えないが、きゅっと結ばれた形の良い唇一つとっても造形の美しさに見とれそうになる。
    普段の彼の服とは違い、璃月の一般的な服を身に着けてはいるものの贔屓目に見ても「ちゃんと仕立てた」と見て取れる。
    璃月を護る仙人なのだがある人物にとっては保護する対象であり、ときに過保護ではないだろうかと思ってしまう人物。
    「まさか魈が日雇いの日雇い…」
    「職権乱用ってこういうことをいうんだぞ、しょぉりぃぃぃ」
    「お前たち…」
    呆れとも怒りともとれる呼びかけに二人して慌てて両手を合わせて謝る。
    「ははっ…何せ日中手が空いていて、誰よりも早く正確に配達に行ける人物となると一人しか思い当たらなくてな。凡人の願いを魈上仙に聞き届けてもらった次第」
    「帝君・・っ」
    箱を受け取りそのまま恐縮して固まってしまった魈に旅人は小さくため息をついた。
    「もう、前にも言ったでしょ。あまり魈をからかわないであげて」
    凡人の振りを楽しむ鍾離に相変わらず不慣れで泡を喰うのを見て助け船を出すも、不敬と安堵の狭間でますます言葉を失う魈に、もう一艘の助け舟が出る。
    「ほら、お客様をあまり待たせるものではない。魈、遣いの任、引き続き任せたぞ」
    やや硬めの物言いに魈は我に返ったように箱を軽く持ち直して足早に去っていく。
    「やれやれ…お願いではなく命令だとよく理解できるというのは、今となっては好ましくないな」
    「一応凡人と仙人だもんね。慣れるといいね」
    旅人の率直な感想に、ひと呼吸おいて鍾離が返事をするが、どことなく歯切れの悪い声に旅人の頭に疑問符が浮かぶ。
    しかしそれが何なのか明確にはならず、それよりも気になることを尋ねた。
    「魈、業障は大丈夫なの 城内にいるのもすごいけど、花の配達なんて人と接する機会しかないよ」
    凡人の生活に少しは慣れるつもりだと相談に乗ったことはあるが、それもあくまで鍾離の生活を守るための知識としてという前提のようだった。それが突然凡人の、しかも話し好きの璃月人たちと接するとなれば口下手な彼は苦労するのではないかと懸念を伝える。
    「それなら問題ない。いつもの魔除けの法具は凡人から見れば大げさすぎる。簡易的なものだが代わりに俺の守護を与えてある」
    つんつんと鍾離は己の左耳を突く。そこにはいつも揺れている石珀の耳飾りがない。
    ほどなくして配達を終えた魈が戻ってきて、パイモンが「早すぎる」と突っ込みを入れる。
    「そんな凡人離れした配達をしてたら、あっっっというまに璃月港の七不思議に入れられるぞ」
    そんな話あったっけ と小首を傾げながらまじまじと魈を観察する。するとケープの隙間から見慣れた房が覗ぎ出ているのを見つけた。
    「魈、ひょっとして先生の耳飾り…」
    不躾な視線にフードの向こうで秀麗な眉を顰めていた少年仙人はそのことかと小さな息を吐く。
    「て…鍾離様が降魔杵では目につくからと…」
    ケープを軽く払いのけると、胸には革紐で簡単な首飾りに仕立てられた鍾離の耳飾りが揺れていた。
    口では凡人といいながらも仙祖である「岩王帝君」の護り、仙術に長けていることも想像に難くない。なるほどこれなら業障の影響を一時的に抑えられるものなのかもしれないなと眺めていると、もういいだろうとばかりにさっとケープを被せられてしまった。
    「ご苦労だったな、魈。今日はあと…三十七件配達を頼まれている。夕刻までには済むだろうから今しばらく付き合ってほしい」
    「さ、さんじゅうなな件 璃月人ってそんなに花を愛でる習慣があるのか」
    パイモンの絶叫に旅人も首を傾げる。鍾離の手際の良さと魈の(凡人離れした)早さなら問題はないだろうが、いつもこの店が三人で一日でそれほどの量をこなしていたらさすがに重労働ではないだろうか。時刻も昼を過ぎた頃合い、この店が普段何時ごろまで開けているか明確ではないが、夕刻にはさすがに閉めるだろう。
    ふと沸いてきた疑念に旅人は目を半分にして問う。
    「先生、先生がここで手伝い始めたのいつ」
    「ん 一昨日からだな」
    話しながらも次の商品を作り上げていく。今度は少し大きめの花束のようだ。
    「魈が手伝い始めたのは」
    「まるで煙緋がやるような素行調査だな。もちろん一昨日からだ。仕事の内容を聞いた時点で俺一人ではいささか困難だと判断したからな」
    素行調査という単語に魈がむっとした雰囲気を感じる。気迫に負けるわけにはいかない。
    「ここの店、いつもそんなに忙しいの」
    「俺の知る限りでは、店主夫婦と店員が暮らしていくには困らない程度には繁盛していると記憶している。配達は…そうだな、普段は新月軒や瑠璃亭といった食事処、北国銀行に卸に行く姿は見かけるが…ふむ、頻繁に一般家庭に運んでいる姿はそう見かけないな。定期的な卸先があるような花屋というのは安定した経営ができ、一般買い物客相手の流動的な販売よりは…」
    朗々と元商売の神の講義が始まりそうな流れを手を上げて止めると、大げさにため息をついて見せた。
    「もしかしなくても、お客さん、魈目当てに配達頼んでない」
    ん とさすがに鍾離の手が止まる。
    「初日はさ、その新月軒とかに配達に行ったんでしょ で、通りすがりに花束持った魈を見かけたら、目を奪われるに決まってるよ。フードで隠れているとはいえ魈の顔、目立つでしょ…」
    ふむ、と鍾離は完全に手を止めて旅人の推理に呆れかえっている少年仙人を見下ろす。
    「それは予想外だった」
    「てっ帝君」
    「道理で僅か三日の間にこの店のひと月の売り上げを更新してしまったわけだ。ははっ、店主たちには逆に気の毒なことをしてしまった」
    さらりととんでもないことを言ってのけた鍾離にパイモンが絶叫を上げる。
    「気づかなかったで済むかーーー 働かせすぎだ 魈、今すぐ煙緋に相談して、過剰な労働だって訴えるぞっ」
    「働いていたのは鍾離様も同じだ。花を仕入れ、花束を作り、モラの計算をし、店先を清める。我はただ運んだだけ。この程度降魔に比べれば他愛もない。しかし凡人の尺度でそれが過剰な働きというのであれば…鍾離様、少しその…休まれてはいかがでしょうか」
    帝君に進言するのは畏れ多いといわんばかりの口調に鍾離は軽く笑う。
    「俺が楽しかったからつい普段のこの店のとの商売の公平さを見失っていたな。とはいえ配達はすでに請け負った契約。明日からはちゃんと制限を設けることにしよう。魈、すまなかったな」
    主君の詫びに魈は完全に表情を凍らせ、ぐぐぐっと向けようのない怒りの矛先を旅人たちに向ける。
    「魈ーーーそんなに怒るなよぅ…オイラ、魈が大変そうだな―って思っただけで…」
    「そうそう。いくら何でも昼は慣れない璃月港で配達、夜は降魔じゃ仙人でも疲れるでしょ。先生、その配達、香菱の花代と引き換えに少し手伝わせてよ」
    旅人の推察に少し考え事をしていたような鍾離は弾かれたように顔をあげて旅人の提案を呑む。
    「それは助かる。そうだな…香菱の花は俺が直接夕食のときに万民堂に持っていこう。自分で選んだ花を眺めながら食事をするのも悪くない」
    「おう だったらついでに花代以上に働くから夕食も奢ってくれよな」
    「配達するの俺なんだけど」
    「旅人の労働はオイラの労働 安心しろ、配達先はちゃんとオイラが覚えてやるからな」
    わいわいとはしゃぐ旅人たちに商品を渡しながら、魈は鍾離の表情が少し陰っていたのが心に刺さっていた。

    日没とともにいくつかの花束を抱えた美丈夫が万民堂に現れた。
    先ほどまで来ていた作業着ではなく、いつもの、魈の言葉を借りるなら「着るとなると不便な」三つ揃いだ。
    香菱に事情を話して自ら各席に活けると旅人たちと同じ席に腰を下ろす。
    「やっぱり魈は来てくれなかったか…鍾離の誘いなら断らないと思ったんだけどな」
    ちらりとパイモンが空いた席に目をやる。
    「日が落ちれば妖魔の蔓延る時間。そしてそれは降魔大聖としての時間だ。俺にそれを邪魔する権利はない」
    茶を一口含むと少し長めに息を吐く。
    「仕事の後の一服は格別だな」
    「あーその仕事なんだけど」
    旅人は気まずそうに切り出す。
    「問題でもあったか」
    「大ありの大ありだっ。行く先々で「なんだ、あの可愛い子じゃないんだ」とか「明日はあの子が持ってくるように店主に言ってよね」とか、めちゃくちゃ嫌な顔されたんだぞ」
    頭から湯気を出しそうな勢いでパイモンがまくしたてるのを笑いながら聞く。
    「ごめんね。お客さんを怒らせちゃった」
    「いや、旅人も不快な気持ちになっただろう。すまなかったな」
    「ま、まあ、旅人だって分かったら璃月の英雄が花の配達してるって驚いたり喜んだりしたやつもいたけどさ」
    眉を下げた鍾離の落ち込みように慌てて言葉を追加する。
    「ああ、それはよかった。しかし客たちには悪いが店主たちの体調も回復してきたようだと連絡をもらってな。明日には店員が復帰するそうだ。明日は俺だけが手伝いに向かうことになるな」
    ことりことりと小気味よい音を立てて万民堂本日のおすすめが並んでいく。
    「そっか。じゃあ魈の配達は璃月港七不思議「なんかきれいな顔した少年が疾風の如く配達する花屋」に数えられて終わりだな」
    だからそれなんなんだろう…と疑問を持ちながら、四方平和を口に運ぶ。目の前では淡々とした調子で椒椒鶏を口に運ぶ鍾離の姿があったがその様子がいつもと違う気がする。パイモンの謎の怪談話と同じくつかみどころのない疑念だった。


    月の傾く深夜、望舒旅館の露台に一陣の風が舞い降りる。
    気配は察知していた。しばらくそのまま膝をついていると優しい声で近くに来るようにと招かれた。
    露台に置かれた小さなテーブルで酒を月見酒を愉しんでいた鍾離は一歩離れた場所に止まってしまった魈に微笑みかける。
    「夜分にすまない。お前に耳飾りを預けたままだったのを思い出してな」
    はっと打たれたように身じろぐと袂から取り出し恭しく捧げる。
    「持っていたのか」
    何気ない問いかけに魈は恐縮して身を震わせた。
    「申し訳ありません。降魔に向かう前に部屋に置いておこうとは思ったのですが…その、あの…」
    ん と小首を傾げる。その仕草に魈は言葉を飲み込んでしまった。
    万人に対して威風堂々と振る舞う彼は自分の前だけ見た目相応のいじらしい振る舞いを見せる。愛おしさが募り手を取るとそのまま膝の上に乗せた。
    泡を喰う仙人に構わずくるり背中を向けさせると、腰に手を回して逃げられないようにする。
    「あ、明日も花屋の手伝いがあるのでは…」
    「ああ、明日はもう来なくていい」
    わざと冷淡に言えば案の定分かりやすく動揺が振動で伝わる。
    「…わ、我は何か失態を…」
    いっそ哀れなほど震える声ににぃっと口の端が上がる。
    「失態を演じたの俺だな。お前に手伝いを頼んだのが間違いだった」
    ふるふると腕の中の仙人が震え始める。手の甲にぽたりと水滴を感じ、おやと思わず言葉を漏らした。
    浅い呼吸が繰り返され、小さなうめき声の後覚悟を決めたように言葉が紡がれた。
    「今、今すぐ我を…我を罰してください。我は…我は傲慢でした。鍾離様のお役に立てていると…凡人として過ごす鍾離様の生活の一助ができたものと自負しておりました…も、申し訳ありませ…っ」
    背中から抱きしめていて表情が見えないことが惜しまれる。ただとめどなく零れる涙が落ちる感触にほの暗い喜びが溢れるのを自覚していた。しかし申し訳ありませんと弱弱しく繰り返される言葉に心の臓をちくちくと刺される心地がして耐えられずに少し力を込めて抱きしめる。
    「数千年と演じたことのない失態だ。お前の美貌を璃月の民に知らしめてしまった。凡人の生活に多少は馴染めればと願ったのは俺なのに、いざ馴染ませればあっという間にお前の風貌は凡人たちの心を捕らえてしまう。それが少々…腹立たしい」
    震えの止まらない手を優しくほぐしていく。広がった手の中にある耳飾りごと手を握り締め直す。
    「失態だ。お前の美しさは俺だけが知っていればいい」
    旅人や幾人かの凡人たちは友として魈に接してくれる。それだけでいいと願ってしまう。
    「傲慢なのは俺だ」
    震えは止まった。
    恐る恐るといった体で鍾離の手を握り返してきた。
    「先ほどの答えを言っておりませんでした…耳飾りは明日も必要だろうと持っておりました。ただ、鍾離様のものと思うと…その、あの、離し難く…」
    そこまで言って思い出したように振り返る。ぽろりと涙の球が月明かりに散る。
    「お、お返しいたします 申し訳ありません 明日からは不要なのですからすぐに」
    手の中の耳飾りを取ると鍾離に向き直す。じっと自分を見下ろす石珀色の瞳がいたずらっぽく嗤った。
    「付けてくれるか」
    きょとんと黄金色の瞳が揺れる。とんとん左耳を叩くと慌てて膝から降り、失礼しますと硬い声で一礼すると呼吸を整えて耳飾りに息を吹きかける。仙気で清められた耳飾りの冷たさを一瞬感じたあと久々の重みが耳に加わる。
    大仕事を終えたかのように大きな息を吐く仙人をもう一度、今度は真正面から膝に乗せた。
    「離し難いものだな、お互い」
    こつんと額を寄せる。

    ほどなくして露台から人影が消え、沈みゆく月だけが取り残された。


    「…という噂話が璃月に流れだした。ただ不思議なことに日が経つごとに人々の印象が薄れていくというか、どんな顔立ちだったか思い出せなくなっているそうなんだ」
    「「イケメン花屋の神速の配達人がこれまた絶世の美少年だった件」なんて稲妻の娯楽小説みたいな名前が付いたな。オイラの「なんかきれいな顔した少年が疾風の如く配達する花屋」はどこに行っちゃったんだよ…」
    いつもの万民堂で昼食を取っていた煙緋に会ったのは件の花屋の主人が復帰し往生堂の客卿殿が通常業務に戻って数日後のことだった。
    「中には錯乱したように「とても美しい配達人だった。あれは人じゃない」と繰り返す人もいたそうだが、これもまあ次第に落ち着いて「よく考えたらそうでもなかったかも」という始末。私に人探しを頼んでおいてなんなんだそれは これだから民事は苦手なんだ。何が美形の男と配達の少年に騙されて高額な花を買わされた、だ。鍾離先生の顔に見とれて値札も見ずに花を買ったのが明らかじゃないか意味のない帳簿をすり合わせほど詰まらないものはないあああいっそ不当廉売に過剰請求、脱税までおまけにしていてくれたほうがどれほどよかったか鍾離先生がそんなことするはずないだろうモラを持ち忘れることはあってもモラの価値を見誤ることのない恐ろしいひとなんだ絶対敵に回したくないお父様とも懇意だしというかなんであんな懐かしい感じがするんだああああ」
    早口だが小気味よいほどすんなりと耳に入ってくる。なるほど、いつか辛炎とラップをやってみたいと夢を語るだけのことはある。
    「先生に直接聞けばいいんじゃないの」
    「もちろん最初に聞いた。だか知り合いの男性に頼んだが少年ではないそうだ」
    あれ と旅人とパイモンは顔を見合わせた。胡桃にも許可を取ったというのだから魈に手伝いを頼んだことをはぐらかす必要はないはずだが。
    旅人たちの仕草を時に気に留めるでもなく、勧められたお茶を一気に飲み、沈思黙考することパイモンがチ虎魚焼きを食べ終わる頃合い、
    「正直言うと、僅かだが仙術の痕跡があった。しかし鍾離先生が仙術を使うはずもない。神の目を持っているのと仙術の心得があるのは別だ。彼が誰かしらの仙人の弟子だという話も聞かない。となると仙人が鍾離先生の花屋を手伝ったことになる。一応甘雨先輩やヨォーヨに当たったみたが二人ともそんな真似はしていないというし、そもそも二人とも少年じゃない。それに目撃者の印象を消すようなことをする必要性がない」
    滔滔と推理を述べていく煙緋には悪いが、鍾離の正体を察していない彼女に真相を話すわけにもいかず、あいまいな相槌を打ち続けるしかない。旅人は心の中で必死にパイモンが口を滑らせないようにと祈る。
    「少年の外見で仙人といえば魈を思い出すが、降魔大聖と鍾離先生の繋がりなんてないし、それこそ花の配達なんてありえない。まあパイモンの言う通りこの話は璃月港の七不思議に数えられて終わりになるだろう」
    「あるの」
    思わずそこにはつっこみを入れてしまった旅人に、にまりと煙緋は笑って見せると時間の許す限りと前置きしつつも小気味よい調子で璃月港に伝わる奇々怪々な話を二人に披露したのだった。


    璃月港に住む人々の花屋の配達人に関する記憶が朧気になったことにうっすらと寒気を感じたものの、パイモンと示し合わせて二人もそれ以上は触れないことにした。
    二人の中で璃月港七不思議としてしっかりと刻まれた「神速の花屋の配達人」は今日も岩王帝君の篤い加護のもと荻花洲を駆けていることだろう。
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