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    mitsuhitomugi

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    mitsuhitomugi

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    高1の美鶴の誕生日小説です

    等身大の祝福を今日は忙しくなる。それはとうに分かりきっていたことだ。

    5月8日。大型連休が明けて二日目の火曜日ともなれば、校内の誰も彼もが気の緩みきった顔をしている。クラスメイト達も例に漏れず、教室を見渡せばそこかしこで欠伸をしたり居眠りをしたりする者が目についた。連休中の不規則な生活が抜けきっていないのだろう。
    だが、その中にあっても自分は常に襟を正して、いかなる時も桐条の名を背負う者として恥ずかしくない振る舞いをしなければならない。そう自分に言い聞かせると、美鶴は余計な緊張を逃すように小さく息を吐いた。

    今日は授業が終わったら、そのまま実家へ向かうことになっている。迎えの者が用意した車に乗り、身嗜みを整えて、正門を通って屋敷の中へ。その最中に出会うだろう客人にも失礼の無いように。頭の中でシミュレートするが、どうも気分は憂鬱だった。
    顔に使い慣れた笑顔を貼り付け、すっかりご立派になられて、などと言いながら豪華なラッピングを施された調度品を渡してくる大人達の様子がありありと浮かぶ。その笑顔の下にあるのは祝福ではないことは、とうの昔に知っていた。自分の利益だけを考えた作り物の笑顔と、打算と下心だけで構成された薄っぺらい祝いの言葉。感情を取り繕ってそれに応えるのも自分の役目だと気付いたのは、一体何度目の誕生日だったろうか。
    (お父様とお母様は、来てくださるのだろうか)
    ほんの一瞬だけ、年相応の少女らしい不安げな顔をした美鶴に気付く者はいなかった。

    やがて放課後になり、美鶴は予定通り校門を抜けて自分を待つ車へと向かう。いやに目立つ黒塗りのリムジンには学園中の視線が集まっており、道行く生徒達が顔を向ける先を辿ればすぐに見つかった。向こうもこちらの姿が目に入ったのか、美鶴を出迎えるべく車内から使用人が姿を現す。
    「お待ちしておりました、お嬢様」
    「ああ」
    恭しく頭を下げる使用人に簡素な返事をして荷物を預けると、促されるまま後部座席に乗り込んだ。淡々と告げられるこの後の予定を聞きながら、横目で遠ざかる学園を見やる。今日は本来ならばフェンシング部の活動があったはずだ。そんな思いがふと浮かび、苦笑する。自分にとっての「本来」とは、平穏な学生生活のことでは無いはずなのに、一体何を思っているのか。
    窓越しに目に映る生徒達がやけに眩しく見えた。

    「お帰りなさいませ、美鶴お嬢様」
    車を降りると、数人のメイドが声を揃えて美鶴を迎えた。その内の一人が美鶴の傍へとやって来る。美鶴の側仕えを務める彼女は、美鶴の顔を見るや柔らかな笑みを浮かべた。
    「お誕生日おめでとうございます、お嬢様」
    「ありがとう、菊乃」
    今日初めて自分に向けられた言葉に、美鶴は思わず顔を綻ばせた。邪な思いが一切含まれていない、純粋な祝福。真っ直ぐに向けられる好意。たったそれだけのことで自分の心が温まり、満たされていくのを感じる。
    一番最初に君から聞けて良かった。美鶴は胸の内でそっと感謝を伝えた。

    すっかり陽が落ちて空が暗くなった頃。来客に一通りの挨拶を終え、疲れた身体を休ませるために自室へ向かった。
    柔らかなソファに身体を預け、溜息を吐く。
    「仕方がないか……」
    先程使用人に言われたことを反芻し、美鶴は表情を曇らせた。父も母も、今日は屋敷に来られないのだという。仕方がない。桐条グループの総帥たる父は多忙な身で、病弱な母は遠方で療養している。だから、自分になど構っている余裕は無い。仕方がないのだ。勝手に湧き上がる寂しさを押し殺すように、美鶴は自分にそう言い聞かせ続けた。
    コンコンコン、と扉をノックする音が聞こえ、美鶴の意識は現実に引き戻される。どうした、と声を掛けると、扉の向こうから菊乃の声が返ってきた。
    「車の準備ができました。出発のご用意を」
    もうそんな時間か。疲れたままの頭でぼんやりと考える。教科書などは全て学生寮に置いてあるため、今夜中に寮に戻らねばならないのだ。美鶴の名残惜しさなど構わず、明日からも生活は続いていく。
    (むしろ、余計な期待を断ち切れる……か)
    もしかしたら、夜通し待っていれば父と会えるかもしれない。母が帰ってくるかもしれない。そんな子供じみた身勝手な希望を捨てきれない自分には好都合だ。自分の情けなさに呆れて、美鶴はもう一度溜息を吐いた。
    「分かった。今行く」
    ソファから立ち上がり、ドアノブに手を掛けて扉を開け、待機していた菊乃と共に外へ向かう。長い廊下を渡る途中、菊乃は落ち着いた声で美鶴に声をかけた。
    「まだお疲れでしょう。荷物なら取りに行かせて、今夜はこちらにお泊まりになっても良いのでは?」
    「そうもいかないだろう。それに、勝手に部屋に入られては私が困る」
    「それもそうですね。失礼しました」
    菊乃の労いは嬉しかったが、今の美鶴にはその気遣いが心苦しかった。心配そうな顔をした菊乃は、きっと本当に自分の身を案じているのだろう。彼女との付き合いが長い美鶴にはそれが容易に分かってしまった。だからこそ、ここに留まってはいけない。その想いに甘えて自分の我儘を許しているようでは、桐条の跡を継ぐ者としてあまりに不甲斐ない。菊乃には悪いと思いながら、美鶴はわざと突き放すように断った。

    そうしている内に二人は玄関まで辿り着き、菊乃がドアハンドルに両手を添えて重厚な扉を開く。一歩外へ出ると、夜風に吹かれて美鶴の長い髪が屋敷の方へ向かって靡いた。
    「お身体を冷やしてはいけません。さあ、早く車へ」
    丁寧に扉を閉めると、菊乃は足早に美鶴を案内する。先程断ったのは自分だというのに、美鶴はどこか複雑な思いだった。本当はもう少しここにいたい。今ここでそう言えたら、いや、言ってはいけない。葛藤を悟られないよう、俯いて表情を隠すようにしてリムジンに乗り込んだ。

    寮へ向かう車内は静かだった。
    車に乗ってしまえば案外諦めは付くようで、先程まで抱いていた寂しさはいつの間にか影を潜めていた。自分の弱さが案外簡単に身を引いたことに安堵し、鞄から英会話の参考書を取り出す。桐条宗家の長女といえど、高校生である以上その本分は学業だ。ブックマークを挟んだページを開き、例文に目を落とす。随分前に覚えたイディオムを頭の中で暗唱していると、不意に菊乃が口を開いた。
    「あの、お嬢様」
    「ん、どうした?」
    「先程のことですが……」
    先程。菊乃と交わした会話を思い返すと、今夜は泊まっていってはと提案したことを指すのだろう。屋敷を後にして暫く経ってからこの話が出るとは、一体何事かと美鶴は首を傾げた。
    「いえ、大したことじゃないんです。ただ、あれはお嬢様が心配なのも本当ですが……私がもっと、お嬢様と一緒にいたかったんです」
    「菊乃……」
    「すみません、とんだ我儘を。忘れてください」
    菊乃は恥ずかしそうに笑っている。頬を赤らめて眉根を下げており、彼女にしては珍しく感情が分かりやすいくらい顔に出ていた。ただ、ほんの少し瞳が潤んでいるのはきっと恥じらいだけのせいではないのだろう。
    (そうか。寂しいのは、私だけではなかったのか)
    そう思うと、嬉しいはずなのに何故だか涙が込み上げてきた。きっと今の自分は菊乃と同じ顔をしている。それが少し可笑しくて、二人は涙目のままくすくすと笑い合った。
    「ああ、学生寮が見えてきましたね」
    菊乃に言われて窓を覗くと、見慣れた巌戸台分寮がすぐ近くにあった。一階の電気が点いているのを見るに、寮生の二人はまだ眠っていないのだろう。
    「名残惜しいが、君とはここでお別れだな」
    「ええ」
    ブレーキを効かせ、車は徐々に速度を落としていく。やがて完全に停止し、菊乃が先に降車する。ドアマンの要領で扉を開けたまま、美鶴が出てくるのを待った。
    ゆっくりとした動きでリムジンから降り、美鶴は目の前の寮へ向かう。その背に向かって、菊乃はもう一度お嬢様、と呼びかけた。
    「お嬢様。改めて、16歳のお誕生日、おめでとうございます。良い一年を過ごされますよう」
    「ありがとう。君も、元気でな」
    美鶴も足を止め、振り返って礼を言う。
    暫しの別れを惜しみながら、二人は再び笑顔を交わした。

    菊乃がリムジンに乗り込んだのを確認すると、美鶴は寮へ続く短い階段を登り扉を開いた。外から確認した通りラウンジには明かりが点いているが、その割には誰の姿も見当たらない。美鶴が扉を閉めるのとほぼ同じタイミングで奥の扉が開き、荒垣が顔を覗かせた。
    「おう、帰ったか。お疲れさん」
    先程まで共用の風呂に入っていたのだろう。歩いて来る荒垣の髪は僅かに濡れており、首にはタオルを掛けている。
    「ああ。一人か?明彦はどうした?」
    「あいつなら走り込みに行くってよ」
    「もうそんな時間か」
    明彦は毎日、朝晩二回同じ時間に走り込みへ行き、同じ時間に帰って来る。三人での寮暮らしを始めて一ヶ月が経過した今となっては、美鶴や荒垣にとってはもはや時報の役割を果たしていた。
    「明彦はどんな時も変わらないな。大したものだ」
    連休の余韻を引き摺る同級生達を想起し、思わず感心する。一方荒垣は椅子に腰を下ろすと、呆れたような顔でかぶりを振った。
    「テメェ一人でやってんならいいけどよ。あのヤロー、一人じゃつまらんとか言って朝たまに起こしに来んだよ」
    人を巻き込むんじゃねえよな、などと言いながら、荒垣はテーブルの上のペットボトルを手に取って水を口に流し込んだ。後で飲もうと思って置いていたのだろうか。
    「二人は本当に仲が良いな」
    「や、今のそういう話じゃねーだろ……」
    美鶴としては真っ当な感想のつもりだったが、当人にその気は無いらしい。荒垣は眉間に皺を寄せて訝しげに美鶴を見た。それでも、遠慮無く他人を誘えるのも、何だかんだと言いつつそれに付き合うのも相当な信頼がある証拠だろうと美鶴は思う。
    美鶴には、二人のように気兼ね無く対等に付き合える親友どころか、躊躇いなく友人と呼べる存在すらいなかった。つい数分前まで笑い合っていた菊乃だって、あくまで使用者と仕える者の関係で、そこにある信頼は友情とは異なる性質のものだろう。昔馴染と呼べる仲ではあるが、彼女を友と言うのは自分の傲慢ではないか。何かと考え過ぎる傾向にある美鶴は、そのようにして菊乃に対しどこか後ろめたい思いをも抱えていた。
    「時々、君達が羨ましくなるよ」
    「お嬢様が憧れるようなモンじゃねえよ。つーかあんな喧嘩毎日見といてよく言えんな」
    自嘲を込めた賞賛は、またしても荒垣に否定されてしまった。しかし、言葉に反してその顔はどこか嬉しそうにも見える。
    この一ヶ月で分かったことだが、荒垣はどうも照れ屋でシャイな気があるらしく、褒められるとすかさず否定する癖がある。それを考慮すると、これは単なる否定ではなく照れ隠しなのではないかと思えてきた。
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    mitsuhitomugi

    DONE3月5日には間に合わなかったし言うほど3月5日に寄せた話でもない、後輩達の卒業を祝う美鶴の話です。
    スターチス その日中に終えねばならない粗方の仕事を片付け、ふうと息を吐く。するとふっと力が抜けて、こんなにも肩に力を入れていたのかと美鶴はようやく気が付いた。
     ここ暫くは公安と共同での非公式シャドウ制圧部署の設立及び始動に向けた各所への調整、交渉、加えて各地に出現したシャドウの対処など、やるべきことが隙間なく詰まっていて休む暇がほとんど無い。当然、仕事で手抜きなどするつもりは毛頭無いが、やはり疲労は相応に溜まってしまうものである。
     気分転換に紅茶でも淹れよう。そう思い立ち席を立った時、窓から差し込む夕陽が目に入った。時計を見やると、時刻はそろそろ18時になろうかという頃だった。
     ほんの少し前までは、この時間になるととっくに陽は落ち切っていた気がする。春というのはこうも知らぬ間に訪れているものだったか。大人になると時の流れが早くなる、とは聞いたことがあるものの、いざ実感すると何かに置いて行かれてしまったような寂しさがあった。それはきっと、1年前まで寮で共同生活をしていた仲間達を想う懐かしさと一体の感情なのだろうと美鶴は思う。
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