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    ときたまご

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    読切ドラロナオンリー展示

    #0122ここ千
    0122kokoSen

    「どらるくのこと、すきなんだ」
     内緒な。
     すっかり赤くなった頬を机に預けながら人差し指を立てるロナルドに、カボチャとツチノコは顔を見合わせた。
     彼が晩酌をするのは珍しいことではない。機嫌のいい日は事務所の帰りにコンビニに寄り道をして、一缶のビールとキャンディチーズ、それからカボチャとツチノコの好きなお菓子をそれぞれ一つずつ買ってくれる。柔らかくなる口調といつもより温かいてのひら、そして大抵ベッドまでたどり着けずに眠りにつく主人に擦り寄って眠ることができるこんな日を、二匹はとても気に入っていた。
     カボチャとツチノコはロナルドのことが大好きだ。言葉にはしないが、ロナルドも二匹のことが大好きだと思う。しかし、ロナルドが先ほど言っていたドラルクに対する"好き"が、自分達が双方に向ける"好き"とは違う種類のものであることを、二匹はうっかり理解できてしまった。

     まもなくして静かに寝息を立て始めた彼を前に、二匹は頷き合う。
     大好きなご主人様のため、ここは自分達が一肌——いや、一皮脱がせていただこうではないか。

    ***

     次の日、空の色が赤から紫に変わるころ、ロナルドたちはドラルク城へと訪れた。今日の依頼は地元での退治であったが、二匹は「ジョンに話がある」とロナルドに無理を言って、しごと終わりに連れてきてもらうことに成功したのだ。いつかロナルドが言っていた『ぜんはいそげ』。おそらく使い方はあっている。

     リビングに通されて早々、二匹はロナルドのもとから飛び降りて、中央に鎮座するゲーム機の前に立ち塞がった。案の定、二匹の前に膝を畳んだ吸血鬼は、阻まれたハードを見て困ったようにへらりと笑って尋ねる。
    「ええと、どうしたの?」
     この男。この男だ。ドラルクという名の吸血鬼。ご主人様の想い人。自分達のミッションは、このターゲットに主人と同じ種類の"好き"の気持ちを抱かせること。そのためには内通者の存在が不可欠だろう。
    「ノコッ! ノコノコッ!」
    「え、え、なんて?」
    「ジョンと話したいって」
    「ヌン?」
     思えば、ジョンを訪ねることなど初めてのことである。呼ばれるまま不思議そうに近づいてくるジョンと、膝をにじる野次馬の二人。ツチノコが「ノコーッ!」と一喝すると、ロナルドがショックを受けた表情で動きを止めた。
    「大事な話だから二人はお部屋出てって、っつってる……」
     普段ならロナルド側についてくれるはずのカボチャも、今日ばかりは申し訳なさそうにブーツを向こう側へ押しやっている。控えめなその力にも大げさによろめいたロナルドは、形だけドラルクに支えられて口元を押さえた。
    「反抗期……って……何日で終わる……?」
    「まあまあ、私たちは別の部屋で待ってようよ」
     ドラルクは「その前におやつを作ってあげようね」と続けて、ロナルドをソファに座らせた。作りたいケーキがあったんだというウキウキした声に、食いしん坊の三匹がぴくりと反応する。
     そうだなあ、おやつを作る時間くらいあげてもいいだろう。すっかり口の中に唾液を溜めた三匹は、ソワソワしながら放心状態のロナルドの周りに腰を下ろした。

     すっかりお腹が空いたのに、ケーキが焼けるまで一時間ほどかかるらしい。焼けたら食べていいからね、とオーブンに型を押し込んだドラルクは、未だソファで項垂れていたロナルドを連れて二階に上がった。仕方ないので、今は棚に入っていたクッキーを食べている。
     内緒話をするように身を寄せ合いながら、二匹はジョンにこれまでの経緯を説明した。どうやらロナルドはドラルクのことが好きらしい。自分たちはロナルドの応援がしたいのだ、と。
     ジョンはうんうんと頷いて、二階の方を見上げた。
    「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌンヌオヌヌヌヌッヌリヌヌヌ」
     どらるくさまも、ろなるどくんのお話ばっかりしてる。
     きっとドラルクもロナルドのことが好きだと思う。少なくとも、特別に思っているはず。そう続けたジョンは、"ヌンにできることならなんでもお手伝いするよ!"と胸を叩いた。

     とはいえ、具体的な作戦を立ててここに来たわけではない。そもそも恋心を抱かせる、ということ自体にピンときていない二匹に対して、ジョンは得意げな顔で問いかけた。
     ——ふたりは、ろなるどくんに何をしてもらったときに幸せを感じる?
     二匹は顔を見合わせて、交互に答えていく。
     頭を撫でてもらったとき。ご飯をもらったとき。抱きしめられたとき。褒められたとき。一緒に眠るとき。おでかけに連れて行ってくれるとき。笑いかけてくれたとき。
     主人との触れ合い、そして心のつながり。きっとそれはドラルクとロナルドに当てはめても例外ではなく、それらの積み重ねで人は人を理解して、心を許しあって、お互いを特別に感じるようになっていくのではないかと、齢百八十のマジロは言った。


     ——というわけで、急遽明日のロナルド吸血鬼退治事務所をお休みにしてきた!
    「どういうわけだよ」
     ——お父さんに相談したら旅館を予約してくれたよ。
    「え!? ほんとだ、覚えの無い着信履歴がある……」
     ——かぼも、いける?
    「いや、どうあっても連れて行くが……」
     一泊二日の小旅行。お城と新横浜の真ん中にある、温泉旅館。もちろんペット可だ。
     窓の外を見ると、ようやくうっすらと月が輝き出したころだった。勢いで押し切ればいけると判断した三匹は、相変わらずプランのひとつも考えないまま煌びやかな舞台だけを整えた。
    「……ま、待って、もしかして今から?」
     すっかり空になっていたケーキ皿を持ち上げたドラルクが振り返る。自信満々に頷いた三匹に、主人たちは顔を見合わせた。

    ***

    「……いい部屋だな」
    「……うん」
     どこか呆けた声色で、二人は室内を見渡した。
     仲居に案内されて足を踏み入れた部屋は、恐らくこの旅館の中で一番いいグレードのものだった。露天風呂が付いている部屋などドラマでしか見たことがない。ドラウス曰く、大浴場だとうっかり死んでしまった時に大変だからという配慮らしい。それにしてもやりすぎである。

     少しして、一人と三匹分の料理が運ばれてきた。低い机の前に腰を下ろし、お盆の上に視線を滑らせたロナルドが「ふうん」と興味ありげな声を漏らす。ご丁寧に添えられた日本酒は有名な銘柄だった。ドラルクのほうにはブラッドワインが置かれている。
    「刺身なんて久しぶりだ」
    「和食はほとんど出さないからなあ。ジョンもあまり見慣れていないだろう?」
    「ヌー」
    「うちのもだな。ああツチノコちょっと待て、食いやすいように取り分けてやるから。カボチャ大丈夫か? 海老怖い?」
     二人の言う通り、和食にそれほど精通していない三匹にとって生の魚は新鮮だ。大皿に乗る真っ黒な目に怯えてロナルドの後ろに隠れたカボチャを、はやくたべたいと主張するツチノコが机の前に引き摺り出した。食べ物を前にしたツチノコは決まって力が強いのだ。
     こんなもんか、というロナルドのつぶやきを合図に、全員で手を合わせる。それぞれの「いただきます」が部屋に響き、ドラルクは一人ワイングラスを傾けた。
    「ん、うまい」
    「ヌヌヌイ〜!」
     鮮やかな刺身を一つまた一つと口の中に放り込んで、ロナルドと三匹が目を輝かせる。思わず進む日本酒に、「ああ」と声を上げたのはドラルクだった。
    「あんまりペース上げないでね。晩酌用に取っておこうよ」
    「晩酌?」
    「明日はお休みなんだよね? せっかくだから、お風呂に入った後に改めてゆっくり飲みたいな」
    「……そうだな」
     ツチノコが「ロナルドはキャンディチーズがすきだよ」と付け足すと、酒のおかげかほのかに赤い耳のロナルドに「うるさい」と小突かれた。ドラルクは変わらずニコニコしながら首を傾げていた。


     木々のさざめきの隙間を縫って、檜の縁から溢れ出たお湯が重たい音を立てた。冬の寒空を覆い隠すように湯気のカーテンが二人と三匹を覆う。はあ、と吐き出したその息もまた、白く濁って澄んだ空気に溶けていった。
    「……いいお湯だねえ」
    「……せま」
     裸の膝を突き合わせたドラルクとロナルドは、小さな使い魔とペットが溺れないよう腕に抱えて月を見上げた。
     もちろん、一人用の浴槽に定員オーバーの人数がぎゅうぎゅうに詰まっているのには訳がある。行き当たりばったりの三匹が、急にみんなでお風呂に入りたいと言い出したのだ。それも、大浴場は嫌だと。
    「お前ら今日はどうしたんだよ。城でなに話したんだ?」
     誤魔化すためにロナルドの胸に擦り寄れば、彼は満更でもなさそうに「今度は甘えたか?」と二匹の頭を撫でた。思惑に勘づかれれば、ロナルドは絶対に帰ると言い出すだろう。それでは困るのだ。
    「たまにはいいじゃない。きっと働き詰めの君に羽を伸ばしてもらいたかったんだよ」
    「ヌンヌン!」
     都合よく勘違いしてくれたドラルクに、ジョンは力強く頷く。ドラルクには自分が巻き込まれている自覚など塵ほどもないのだろう。
     ドラルクはふふ、と笑って、白く濁ったお湯を掬い上げた。
    「実は温泉ならうちにもあるんだ。よかったら今度みんなで入ろうか」
    「足伸ばせんのか?」
    「伸ばせるよ」
    「……考えておく」
     どうせドラルクにツチノコの言葉はわからない。声を潜める素振りも見せずにツチノコが「入るって言えばいいのに」と言うと、ロナルドはわざとらしく咳払いをした。


    「じゃあ、私たちは窓から遠い方のベッドをもらうね」
    「俺たちはこっちだな。ツチノコ、カボチャ、ほら」
     こっちこい。
     ロナルドに手招きをされて、二匹は素直に主人の腕の中に潜り込んだ。もちろんこの部屋は日の光が入らない構造になっているのだが、遮蔽されていてもその裏に光がある状態というのがなんとなく落ち着かないのだとドラルクは言っていた。
     結局、この短時間では二人の距離を縮めるには至らなかった。次はもっと直接的に体を触れ合わせたり、積極的に二人きりにしなければならないかもしれない。よく考えれば、自分達は今日一日お邪魔虫だった気もする。
     また今度新しい作戦を考えようか、とツチノコとカボチャが目を閉じた時、七十センチほど先のベッドからジョンの声が響いた。
    「ヌン、ヌヌヌヌヌッヌヌ ヌヌイ!」
     ——ヌン、にひきといっしょにねたい!
    「「え?」」

     我らが孔明の一声により、二人と三匹の組み合わせでベッドを共有することに成功した。セミダブルに高身長の男二人は狭いだろうが、急接近チャンスであること間違いなしだ。三匹は二人にバレないよう布団に潜り込み、お互いを称え合った。
     ジョンさすがだね。さすがに前より仲良くなるでしょ。好きになっちゃうかも。お風呂も一緒に入ったしね。やっぱり旅館にしてよかった。料理もおいしかったし。なにが一番好きだった? えび! 一番怖がってたのにね。
     布団の山から聞こえてくる可愛らしい会話は、しだいにぽつり、ぽつりと減っていく。やがて静かになった三匹に、隣のベッドに腰掛ける二人は肩を触れ合わせながら笑った。

    「ぜーんぶ聞こえちゃったね」
    「なんかおかしいと思ったんだよな」
     ゆるく指を絡ませあった手は、そっと布団の中に隠して。ドラルクが甘い声で「ろなるどくん」と呼べば、ロナルドはこんもりと盛り上がった布団を一瞥してから、ドラルクの唇に自らのそれを軽く触れ合わせた。
    「……ねえ、いつ話そうか。私たちがもう恋人同士だってこと」
    「変に気ィつかわれそうでよ。こういう時、やっぱりあいつらも連れてきてやりてぇし」
     なにより、シンプルに照れくさいのだ。そして、自分のために頭を悩ませながら奔走している姿がいじらしくて可愛らしいと思ってしまっていることも認めよう。騙しているようで、少しだけ心が痛むけれど。
     なんとなく居心地が悪いまま、ドラルクの左手をきゅっきゅっと握る。応えるように力が込められた細い指を、やっぱりもうしばらく自分だけのものにしたいなとロナルドは思った。
    「……まあ、どうせそのうちバレるだろ」
    「どうだろう。君、ポーカーフェイスだもの」
    「そうか?」
    「シラフのうちはね」
     微笑んだまま、こてん、と可愛らしい音がしそうな仕草でドラルクが首を傾げる。揺れる前髪の隙間から覗く赤い瞳が、どこか色を帯びて細められた。
     挑発に乗るように、ロナルドもわざとらしく足を組み直して顎を引いた。僅かに浴衣の合わせ目が乱れる。掬い取るように視線を返しながら、赤い爪から逃れた指を細い腰に回した。
     愛しい三匹に聞こえないよう、声を顰めて囁き合う。
    「それ、晩酌のお誘いか?」
    「そう、お誘い。……あ、待って。ダブルミーニングにしても怒らない?」
    「ばぁか」
     いつもより長い夜。愛しい子たちがくれた、静かで幸福な時間。ベッドがギ、と軋む音にもくすりと笑いながら、彼らは再び口づけを交わした。



     次の日、三匹が目を覚ますと、ドラルクとロナルドはすでに起床していた。綺麗に畳まれた布団と浴衣。二人はもういつもの装いで、楽しみだねえなんて呑気な会話を交わしながら昼食を待っている。
     彼らはうまく距離を縮めることができたのだろうか。昨日はすっかり眠ってしまったから、ちゃんと同じベッドで眠ったのかもわからない。そういえば、プールに行く夢を見ていた気がする。じゃばじゃばと跳ねる水の音が、妙に鮮明に耳に残っていた。
    「日が落ちるのを待って、お城に帰ろうね」
     ドラルクがまだ眼を擦るジョンに笑いかけた。ジョンはうつらうつらと僅かに船を漕ぎながら、ドラルクに問いかける。
     どらるくさま、きのうはどうだった?
     ドラルクは一瞬ジョンを撫でる手を止めて、意味ありげに口角を上げた。いや、上がってしまったのだろうか。隠すように口元に手を当てて、彼は小さな声で「たのしかったよ」と耳打ちをした。
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