甘いビヤク(ヒュン×ダイ編)ビジネス街にある広い公園は、昼間ならば人が多いが、夜になると一変して人はまばらで静かである。その公園のベンチに、ダイは所帯無さそうに座っていた。
今日は、寒さが一段と厳しい。普通ならばとっくの昔に急いて帰宅する程だ。
今日は、寒さが和らいで欲しかった。
寒さの馬鹿とボヤきながら、ダイは首に巻いた青いマフラーに顔を埋め、素手同士で擦り合わせる。
本日、久々に大事な人と会う約束をしていた。前日までどんな事を話そうかと考え、今日という日を待ち侘びていた。なので、寒くても帰る訳にはいかない。
何時間でも待ってやるぞー!寒さなんかに負けるか!
うつむき加減の顔を起こし気合を入れた次の瞬間、強い北風が吹き荒れた
。風は顕になっている顔を強く叩きつけ、髪を乱暴に遊んでいった。
痛い程の冷たさに、思わず身を竦めた。
と、次の瞬間だった。
冷たい頬に、突然温かい何かが触れた。
「ひゃっ、」
小さな悲鳴を上げたダイは、頬に当たったものを確認する。
それは、缶だった。
そして、その缶を持っている腕の持ち主へと視線を移した。
「すまない。待ったか?」
ロングコートを羽織った銀髪の男が、すまなさそうな顔で見下ろしていた。
その男を視界に入れた瞬間、ダイは顔を綻ばせた。
「ううん、時間通りだよ。おれが早く来て待っていただけだから。」
気にしないでと笑い掛けるが、相手は悪かったとまた謝罪を口にした。
もう本当に良いのに。
そう言いかけた矢先に、「お詫びに」と眼の前に一つの缶が差し出された。それは、先程頬に触れた物だった。
「ココアを買ってきた。」
それは、この時期に何時も好んで飲んでいるココアだった。
「ありがとう。」
天の恵みのように感じたそれを、素手で受け取ろうとしたのが間違いだった。
手袋をし忘れ悴んでいる手にとっては、熱い缶を持つのは酷だった。案の定、指先が缶の表面に触れた瞬間、耐えられない熱さを感じ取った。
「熱っ、」
「大丈夫か?手袋を貸してやる。」
思わず手を引っ込めたダイに、すかさずもう片方の手で大きな紫色の手袋を差し出された。
それは、以前ダイが彼に宛てたプレゼントだった。
形が少々崩れている所を見るに、きちんと使用しているであろう事が伝わり、ダイは嬉しさで満たされる。が、今この現状はまた別問題である。ダイは困惑し、やんわりと断りを入れる。
「え、ても、ヒュンケルの手が寒くなるから、悪いよ。」
「何時までも持てないと、飲めないだろ?」
気にするなと苦笑するヒュンケルに、ダイはそれじゃあと遠慮がちに受け取り、ゆっくりと手に嵌める。大きな手袋はやはり小さな手には合わず、大きく余ってしまう。しかし、掴む事は出来るので、そのまま缶を受け取る。すると今度はじんわりとした温かさが手袋越しに伝わった。
「温かい。」
思わず安堵し、少しの間その温もりを感じる。そして手が温まると、プルタブを引っ張り開ける。途端に白い湯気が立ち昇る。
熱そう。
ダイは開いた口に息を吹きかけ、少しでも冷ます。
静かな公園に、一生懸命息を吹きかける音が響く。
何度かした後、ダイは漸く口を付け飲んだ。
しかし。
「アツ、」
ダイは思わず缶から口を離し、小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫か?」
「火傷しちゃった。」
「見せてみろ。」
大丈夫だと言いたかったが、思った以上に痛い。此処は相手に見てもらった方が良いと判断し、素直に甘える事にする。
ヒリヒリする舌を、ダイは相手に見やすい様に出す。すると、ヒュンケルは顔を近づけ真剣に観察する。
目と鼻の先の距離になり、暗闇でも相手の顔が良く見える。
眉目秀麗な顔を目の前にし、まだまだこの距離に慣れていないダイは思わず赤面し視線を彷徨わせた。心臓が煩く鳴り響き相手に伝わらないかと焦燥する。
お願い、早く終わって。
思わず目を閉じて、この拷問に近い時間を耐えようとした。
「少し火傷みたいな症状が出ているが、大丈夫だろう。」
「良かった。」
これで終わりかと安堵した、次の瞬間だった。
「ダイ」
少しだけ緊張した声に、何だろうと顔を上げた。
と、離れたはずの距離がまた縮まっている。
驚き、身を引こうとしたが、いつの間にか後頭部と腰に手が回され身動きが取れなくなっていた。
半ばパニックに陥ったダイは、相手が接近している事に気付かなかった。
不意に唇に温もりを感じ、大きな瞳が見開いた。
少しだけ口も開く。
その瞬間を逃さず、するりと相手の舌が入り込む。
小さな肩が跳ね上がり、相手の胸にしがみ付く。
驚愕し縮こまる小さな舌に、大丈夫だと宥める様に相手の舌が触れる。何度かすると、緊張を解いた幼い舌がおずおずと差し出した。
すると、火傷をした部分を労わる様に、撫でられる。
「ん、」
ダイ口から甘い声が漏れる。
何度も執拗にその部分を撫で続けられ、次第に煽情的な声色に変わる。
握り締める手が震え、全身の力が抜けそうになる。しかし、手にはココアを持っている事を思い出し、持っている指に力を入れる。
どうしよう、気持ちいい。
この行為に溺れそうになる手前で、漸く唇が離された。
足の力が入らずふら付き倒れそうになる。
すると、すかさず引き寄せ抱き締められた。
パシャ、缶の中の液体が揺れ動く音が、大きく響く。
恍惚とする思考の中、ヒュンケルはダイの耳元に口を寄せた。
「こっちを見ない、罰だ。」
少しだけ拗ねた声色の相手に、ダイは耳まで真っ赤にし強靭で広い胸へ額を押し付けた。
「ねえ、ヒュンケル。今直ぐ、コートの中に入ってもいい?入って良いよね。」
「いや、流石に外は不味いだろ。」
「さっきキスしといて、それはないや!……うう、恥ずかしい。」
入りたいよお。
掠れた小さな願いに、ヒュンケルは喉を鳴らして笑った。