【玲マリ】子ども部屋の話。いらっしゃい、とキスと共に出迎えられる。
恋人同士で過ごす何でもない、お休みの日の始まり。
今日は玲太くんのお家で、勉強もしつつのんびりする予定になってる。
「お茶持ってくる」
「ありがとう。手伝う?」
「もう準備は済んでるから、ゆっくりしてろ」
玲太くんのお部屋に入れてもらって、定位置になったベッドにポスッと腰かける。
もうすっかり慣れたものだし、詮索はしないけれど、ぐるりと室内を見渡すくらいはしてしまう。
小学生用の低めの棚や、ポールハンガーがかわいいし、中に収められてる小物や本が昔のままだったりする。
ランドセルはないけれど、黄色い帽子はまだ置いたまま。
玲太くんのことだから、大切に思ったり、好きだったりしたものが丁寧に残されているのかな、と想像する。
ベッド脇の棚に飾られた地球儀が目に入って、ふと、イギリスでの部屋はどうだったのかな、と考える。
玲太くんの好きなもの、釣りのルアーが飾られてたり、アンティークな小物があったりしたのかな。
英語で書かれた本をたくさん並べて、一生懸命に勉強したりもしたのかな。
日本でそのまま小学生してたら、どんなお部屋になってたかな。
机もベッドも変わったかな。
そんなふうにぼんやりと思考を巡らせている間に、玲太くんが紅茶を淹れて戻ってきた。
「ぼーっとして、どうした?」
「え? 特に何でもないんだけど……」
「そうか?」
お茶をテーブルの上に置いてから、玲太くんはわたしの隣に腰かけた。
手を握ってくれるものだから、わたしは甘えて玲太くんにくっついて、その肩に寄り掛かった。
「このお部屋にある物って、まだ使えるでしょ?」
「そうだな」
「だから、子どもが生まれたら、そのまま子ども部屋にできちゃうなって」
「……へ?」
「ランドセルだけ追加すれば、そのまま小学生の部屋かなって……」
思ったことをそのまま話し続けてるうちに、玲太くんが慌て始める。
「いや、待て。待ってくれ……。それは、その……?」
「え、なに?」
玲太くんの顔が赤いやら青いやらで混乱している様子に、わたしは訳が分からず首を傾げてしまう。
「できた、って、ことか……?」
真剣な眼差しで訊ねられて、その言葉の意味するところをようやくゆっくりと理解して、急速に沸騰したみたいに顔が熱くなってしまう。
「ち、ちがうよ?! たとえ話で、全然、何もなくて!」
そりゃいきなり「子ども」の話とかしたら勘違いしちゃうよね?!
わたしが大慌てで首をぶんぶん振って否定すると、玲太くんはふーっと長く息を吐きながらわたしのことを抱きしめた。
びっくりさせてしまった。
結婚するけど、まだ正式じゃないし、学生だし。
今の少しの時間で、色んな事を考えさせちゃっただろうな……。
「ややこしい言い方してごめんなさい……」
「いや……こっちも、変に深読みしすぎた」
「安心してね」
「ん……。けど、なんか複雑なような……。順番は大事だけどさ」
「うん。だから、あの、いつかは……」
「そうだな。いつかは……」
お互いの耳元で、少し恥ずかしいからぽそぽそと小声で、遠すぎない未来について確認し合う。
「それから」
と、玲太くんはコホンと咳払いをひとつして、わたしから体を離した。
今度は目を合わせてから口を開く。
「この部屋は、俺とお前だけの部屋にしたいから、誰にも渡さない」
「そっか……」
「俺たちの新しい家でさ、二人で考えて子どものための部屋を作りたい。そういうのはダメか?」
「ううん。素敵。すごくいいと思う」
玲太くんの言葉にわたしは心が躍るようで、笑って頷いた。
それからまた抱き合って、キスをする。
こうして少しずつ、未来を形作りながら、少しずつ二人の道を歩いていくのだと、そう思った。
[end]