シアワセの味ってたぶんコレ『悪い、帰り遅くなる。昼は適当に食べててくれ』
朝からおじいさんの店に手伝いに出かけたカザマからメールが届いたのは、十一時を過ぎた頃だった。画面に指を滑らせて「了解」と返そうとして、ふと先日買っておいたものの存在を思い出した俺は、その先に一言追加した。
「了解。カザマの分も用意しとく」
キッチンの戸棚から炊き込みご飯の素を取り出す。
先日一緒に料理を作った(と言えるかはわからないが)時に、カザマは俺が炊いたご飯を「うまい」と言って食べてくれた。そこで俺は、コレなら一人でも食事の用意ができるんじゃないかと考えた。
なにせ研いだ米に入れるだけなのだ。米が炊けるなら失敗するハズがない。
さっそくキッチンへと向かい、三合分の米を研ぐ。ちょっと多いかもしれないが、残った分は夜に回せばいい。
カザマみたいに本格的な料理はできないが、俺だって調理実習なんかで米を研いだコトくらいはある。一人暮らしを始めてすぐの頃は、自炊を試みて何度か炊飯器だって使用した。日々の経過とともに使用頻度は下がっていったのだが。
研ぎ終わり、メモリまで水を入れる。あとは袋から取り出して中身を入れるだけだ。
……なのだが。
「え、これ、こんなモン?」
中身を全部入れたところで、急に不安に駆られた。
(めっちゃ水分多くない? え、俺、ちゃんとしたよな?)
もう一度箱を確認する。パッケージにも二合から三合と書かれている。量は間違っていない。ハズだ。
「けど、もし、水加減間違ってたら……」
せっかく褒めてもらったのに、ガッカリされてしまう。
(それはイヤだ……)
釜の中をジッと見つめる。
それからゴクリと喉を鳴らして、ゆっくりと手を伸ばした――。
「ただいま。悪い、遅くなっ……た?」
帰ってきたカザマが、俺の様子を見てギョッとする。
「ど、どうしたんだよ。この世の終わりみたいな顔して」
「う……」
ミスった。少しと思って減らした水分だけ、米が固くなってしまった。
「この匂い――炊き込みだよな? 作ってくれてたんだな」
「ゴメン」
「え?」
首を傾げるカザマに、事の顛末を説明した。
テーブルに並べられた料理を前に、感動で言葉を失う。
「炊き込みご飯で作る和風リゾット。一回作ってみたかったんだよな」
「え、スゴ……フツーに神じゃん……。カザマはやっぱり魔法使いだった……」
「大袈裟。食ってみろよ」
笑顔で促され、感動のままスプーンを握る。驚きの大変身を遂げたリゾットをゆっくりとすくい、ほかほかの湯気に息を吹きかけた。
ドキドキしながらひと口目を頬張る。
「――ウマい!」
和風というだけあって、炊き込みご飯の味がちゃんと活かされている。固くなっていた米もリゾットにしたおかげで柔らかくなっていた。
アレがコレになったのだ。俺からしたらじゅうぶん魔法だった。
「よかった。チャーハンとかドリアとか、お茶漬けにもできるし、夕飯は違うものにするか」
カザマがいつになく輝いて見える。俺は思わず両手を合わせて拝んだ。
「……ゴメン。俺一人でもちゃんとしたの作れたら、負担減らせるかもって思ったんだけど――」
「いいって、その気持ちが嬉しい。それに理由もちゃんとわかってるんだから、次は失敗しない。だろ?」
フォローもカンペキだ。こんなにできた恋人がいる俺はなんて幸せ者なのだろう。
「一生カザマのメシが食べられたら、俺、シアワセだなー……」
ポツリと零れた本音だった。
次の瞬間、カザマの手からスプーンが落ちた。
「それ、って、もしかして……プ、プロ……」
ビックリした顔で頬を染めるカザマ。一瞬遅れて、俺も同じ顔になったあと、手からスプーンが滑り落ちた。
そのあとちゃんとやり直しさせてもらえました。