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    オレオクラッシャー

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    #ヒーローズ・シンドローム
    7話 英雄会議

    英雄会議「定期開催、怪物対策英雄ヒーロー会議!きみの相棒も連れてくると良い、って事でヨロシク頼むぜ!」
    あの後、突如現れた16番はロロの返答も待たず、言うだけ言って颯爽と去ってしまった。残されたロロはぽかんと立ち竦んで暫く呆気に取られていたが、如何することも出来ないので諦めて帰宅したのだった。
    日時や場所の指定も無く、そもそも定期開催されているという会議の存在すら疑わしい。そして音沙汰も無く数日が経ち、ロロがその宣言を記憶の隅に追いやりかけた頃のある日、唐突に玄関のベルが鳴る。
    「そういう訳で、迎えに来たぜ66クン!」
    朝早くからその姿を表したトップヒーローは、開口一番にそう言った。
    「…はあ」
    ロロは若干16番の勢いに気圧されながら覇気の無い返事をする。
    「そう言われても…」
    今にもロロの手を引いて身を翻しそうな16番を前にしながら、ロロはちらりとリビングのカレンダーがある方に目を遣った。ここから直接見える訳ではないが、それによって記憶にある予定を脳内で確認する。
    「何か問題でもあったかい?」
    16番もロロの煮え切らない反応に疑問を示してその視線の先を追う…追ったところで16番がカレンダーを目視できる訳は無いのだが。
    「いえ、その…今日は別の仕事が」
    本日の欄に記していた巡回の二文字を思い返しながら、ロロは控えめに主張した。
    「…ああ」
    それを聞いた16番は納得したように頷いて、あっけらかんとした様子で付け足した。
    「それなら問題ないぜ、その仕事入れたのオレだからさ」
    「は?」
    ロロは思わず耳を疑う。…疑う部分が多すぎて何も突っ込めない。
    「きみが予定を入れてたら困るからね、押えさせて貰ったよ。まあそこはほら…オレの権限ってやつで」
    情報を処理しきれず絶句するロロに畳み掛けるように16番が続ける。いよいよ微動だにしなくなったロロを見て、16番は堪え切れなくなったように体を震わせた。
    「…っはは、ジョーダンだよ!流石にそんな権限はないぜ。まあきみを呼ぶ為に入れられた予定なのには違いないからさ、安心して着いてくると良い」
    16番は軽やかに笑いながら先程までの発言を撤回すると、硬直しているロロの肩を叩く。…16番は誤魔化したが、それはつまりロロの予定を把握していた事自体は事実ということではないだろうか。
    「…ロロ?」
    ロロが16番に不信の目を向けていると、たった今起きてきたらしいソラが顔を覗かせた。ソラはそれ以上出て来ようとはせず、何かに躊躇しているように此方の様子を伺っている。
    「…ソラ。悪い、起こしたか」
    ロロが振り返って声を掛けると、ソラは頭を横に振った。
    「ううん、大丈夫。それより…あなたは?」
    ソラが16番に視線を移す。ソラには人見知りという概念など存在しないものと思っていたが、流石に一切露出の無いフルフェイスヘルメットの男は不審者にカテゴライズされるのだろうか。
    「ああ、此奴…この人が…16番、サンだ」
    ロロのぎこちない紹介に、ソラは以前16番に会った日の夜にロロが話していたことを思い出したのか…或いはその名声だけならリクに聞いていたのか、その素性を理解したようでおずおずとロロの後ろに回る。
    「初めましてだな、少女ソラ」
    「…えっと…」
    ソラが現れてから黙って様子を見ていた16番は、彼女が自らの正面に来て初めてその口を開いた。16番が親交の握手を求めて手を差し出すが、ソラはすぐにはそれに応じず困り顔でロロを見上げる。
    「ソラ?」
    流石に怪しさを抱いたロロが名前を呼ぶと、ソラは我に返ったようにまた首を振った。
    「…ごめんなさい、少し…びっくりして。はじめまして」
    そう挨拶を返したソラは16番が差し出した手をぎこちなく握り返して、ヘルメット越しの目の位置に視線を合わせる。16番はこてんと首を傾げて(恐らく微笑みを表現した心算なのだろう)、握った手を軽く揺らしながら親しげな調子でソラに語り掛けた。
    「似た者同士ヨロシクな、ソラ!ま、オレの見てくれはこんなだが…これでもきみのセンパイみたいなモンだからさ、そう警戒しないでくれよ」
    「うん、よろしく。…ええと、君のことはどう呼べば良いかな?」
    ソラは未だに戸惑いを滲ませてはいるものの16番を受け入れたらしい。16番は握っていた手を解くと、少し顎に手を当てて考える素振りを見せた後、ソラの問い掛けに答えた。
    「あー、そうだな、自己紹介が先だった。オレは16番…ユウ。改めてよろしく、未来の英雄サン」
    「こちらこそ。改めてよろしくね、ユウ」
    ソラが口元を緩めて、16番も満足気に頷く。二人を見守っていたロロは緊張した空気感が緩和した事に安堵するが、少し間を置いて16番の台詞に内心で首を捻った。以前ロロがユウというニックネームを呼ぼうとすると拒まれたのだが、ソラに呼ばせるのは良いのだろうか?
    警戒を解いたらしいソラに代わってロロは16番に再び疑念の目を向けるが、16番は素知らぬ様子でロロに向き直る。
    「さて66クン、それで彼女は連れて行くのかい?」
    その質問に本来の話題を思い出したロロは、気不味さを覚えながら静かにソラに目を向けた。一度もこの話を耳にしていないソラは話の流れが読めずに疑問符を浮かべている。
    「いや…それは…」
    「ロロ、どこか行くの?」
    「おっと、まだ話してなかったか」
    歯切れ悪く不明瞭な言葉を発するロロにソラが直接質問を投げ、そのやり取りに仔細を把握したらしい16番が顔を上げた。
    「…スミマセン」
    「いや、寧ろこれで詳しく説明する機会ができた。助かるよ」
    ロロは後ろめたさに視線を逸らすが、16番はそれを特に咎めもせずに言う。この流れで放たれたその台詞が一切皮肉や嫌味の類に聞こえないのは彼の人柄故だろう。16番は注目を誘うようにぴしりと人差し指を立てた。
    「オレ達は貢献度に応じて序列が付けられている…告知されるのは大体上位の十人程度だけだけどな。これは知ってたか?」
    「…何となく」
    「そうなの?」
    咄嗟に返すが、実の所半分は虚勢である。『トップヒーロー』然り、強い異能者の噂を耳にすることは度々あり、その中に時折そのような話は紛れている。…しかし真偽を知る手段などは無く、ロロも今16番が明言するまでは都市伝説の類だと思っていたのである。よってソラが知らないのも不思議は無い。
    「それで、だ。定期的にそのメンバーで集まって話をしようって会があるんだが…話ってのはまあ怪物対策やら何やらだな。そこにきみ達を呼ぼうって訳だ」
    16番は大仰に両腕を広げた。
    「って事で英雄会議、二名様ご招待だ!着いて来てくれるかい?」
    ハイテンションの16番とは対照的に、ロロは未だ納得が追い付かず困惑顔で返答を考える。しかし、隣のソラの表情を見て悟ったように目を伏せた。
    「…行きたいんだな」
    「勿論!私ね、強い人達がどうして強いのか知りたいんだ。…リクの宿題なんだけど、何か分かるかもしれないから」
    ソラは何時もの様に好奇心に目を輝かせている。…先程までの警戒した様子が嘘のようだ…と言うよりは先程までの様子が異様だったのだが。
    「宿題だって?」
    聞き返したのは16番だった。同じ事を尋ねようとしたロロは口を噤むが、16番も初対面の少女の事情に口を挟む不審者度合いを自覚したらしく少し大袈裟に誤魔化した。
    「ああいや、難しそうな宿題を出すセンセイも居るもんだな。だが良い心構えだ、頼もしいぜ」
    16番の言葉はある種の真摯な響きを持っていて、世辞や出任せには到底聞こえない。頼もしいと言うのも本心らしかった。…それがどれ程咄嗟に出た言葉だとしても、と考えるのは意地が悪いだろうか。
    「おっと悪い、話が逸れたな66クン。きみは来るかい?」
    話を戻した16番は、そう言ってロロに手を差し出した。
    「…安全運転で頼みます」
    ソラの表情を横目に返す。こうなっては断る理由も無いのだ。ロロは八割の本音を滲ませた軽口を叩きながら、差し出された手を取った。

    「…遅い!」
    結局安全とは言い難い運転に振り回されたロロ達を出迎えたのは、仁王立ちをした見知らぬやたらいかめしい男だった。男はずかずかと此方へ歩み寄ると、自動二輪を押して建物の裏手に回ろうとしていた16番のヘルメットに人差し指を突付けた。
    「ユウ!貴様、序列一位の自覚は無いのか」
    16番に詰め寄った男はそのまま苦言を連ねようとしていたが、その前に16番が明るい声で遮った。
    「おっ、久しぶりだな二ー二!相変わらず活躍してるんだって?ついこの間もきみの評判を聞いたところだ!オレとしても鼻が高いよ」
    つらつらと並べられた賞賛に勢いを挫かれたらしい男は言葉を詰まらせ、我に返ったように一連の動作で乱れたコートの襟を整える。鮮やかな青色のチェスターコートは全身に赤色を身に付けている16番と丁度対になるような印象を醸し出していた。
    「…今その話は良いだろう、ワタシは誤魔化されないからな!大体そこの…ソイツ等は何者だ?知らん顔だぞ」
    男は取り繕うように咳払いをして、真黒なサングラス越しの視線をやっとロロ達に向ける。…そう言えばその名には確かに聞き覚えがあった。
    「あー…俺は、」
    「はじめまして、私はソラ!活躍ってことは貴方も凄い人なんだね、是非話を聞きたいな」
    ロロの挨拶は興奮した様子のソラの声に押し退けられる。16番の事は警戒するのにこの自己主張の強い要人警備員のような見目の男には不審感が無いらしい…16番の場合は素性が知れていなかった為だろうか。
    「ワタシは、だ。見慣れん少女。…しかしその様子ではワタシを知らんと見た。…これだから郊外地区の者は…」
    男はソラを一瞥してぶつぶつと呟くと、今度はロロに向き直る。
    「それで貴様は誰だ」
    「…俺も異能者の…66番です。初めまして」
    少し逡巡を挟みながら自己紹介を述べると、男はぴくりと片眉を上げた。
    「66番?そのような異能者が序列に加わったとは聞いていないぞ。何が目的だ?」
    目的と言われても、連れて来られただけの自分に尋ねられても困る。答えに詰まったロロは助けを求めるように16番に視線を送る。
    「そう詰めてやるな、オレが連れて来たんだ。後進育成も大事な仕事だろ?」
    ロロの視線を受けた16番は自動二輪を一度停めると、男の肩に手を回して割り込んだ。
    「後進育成だと?貴様の口からそのような言葉は初めて聞いたが、一体何の心変わりだ?」
    「心変わりのつもりはないぜ、未来の平和の為だ。…おっと、ところで時間が迫ってるんじゃないか?オレはコイツを停めてくるからソラ達を案内してやってくれ、頼むぜ二ー二」
    「なっ!?元はと言えば貴様がこんな時間に来るからだろうが!…もう良い、ワタシは先に行く!」
    16番の言葉に、男は露骨に慌てた様子で身を翻して大股で歩き出す。一人で入口の無機質な扉をくぐった男は、少しの内に引き返して来るとまた不機嫌そうに顔を出した。
    「おい、何をしている?早く着いて来んか、迷子の面倒までは見んぞ」
    男はロロ達にそう言うと、再び靴音を響かせて扉の奥へ消える。ロロは男の言葉にソラと顔を見合わせて、慌てて男の後を追った。

    それ以降振り返って此方を気に掛ける事もせず先を歩く男の後に着いて白いタイルの敷き詰められた廊下を進んでいると、男…二ー二は両開きのガラス扉の前で停止した。
    「…さて、此処が会議室だが。貴様らを本当に通して良いものか…」
    「ダメなの?」
    此処に来て今更のように呟いた二ー二にソラが思わず尋ねると、彼はソラの純真な視線から逃れるように目を逸らす。
    「おっ、どうやら追い付けたみたいだな?」
    場に流れた気不味い沈黙を破るように後ろから駆けてきたらしい16番が割り込んで来ると、苦い顔をしていた二ー二は血相を変えて16番に噛み付いた。
    「遅いわ!貴様が連れてきた者の面倒など自分で見ろ!」
    二ー二は喚きながらも収拾を付けられそうな16番が来たことに安堵したようで、表情の堅苦しさが幾分か和らいでいる。16番は二ー二の剣幕をいなしながらロロに声を掛ける。
    「はは、悪い悪い。でもちゃんと案内してくれたんだろ?ありがとな。さあ、行こうか66クン。きみ達の事は口利きされてるハズだ、安心してくれ」
    「口利きされてる…ですか」
    ロロはちらりとサングラスの男に目を向ける。どう思い返しても二ー二はロロ達のことを聞いている様子では無かったのだが、一体誰に口利きをしているのだろう。
    「ああ、二ー二じゃなく…おっと!本当にもう始まる時間だな、入ろうか。不安ならソラも66クンもオレの後ろに居ると良い」
    「待て、遅れて来た貴様がワタシより先に入るんじゃない、ワタシが遅刻したように見えるだろうが!」
    「確かにオレを健気に待っててくれたきみが先に行くのが道理だな、どうぞお先に」
    「ええいおかしな言い方をするんじゃない!」
    16番は説明を切り上げて、二ー二を揶揄いながら扉の先を譲った。二ー二は不機嫌そうに言い返しながら扉の先へ進む。16番は少し遅れて自身もそれをくぐり、ロロ達も手招かれるまま後に続いた。

    明るく清潔感のある部屋の中央には長机が設置されており、奥側の壁は一面が白板になっている。長机の周囲には白板を囲むように十三の席が並び、その上に座す双眸の群れが値踏みするようにロロ達をめつけた。
    「遅くなったな、すまない。始めてくれ」
    「待ってたよ。ユウさん。二人のことは皆に話しておいたからね」
    16番の言葉に答えたのは白板の前に立つ幼い少年だった。少年は16番の後ろで身を竦めるロロとその横に立つソラに視線を回して誘導する。
    「ソラさんとロロさんだね。空いている席にどうぞ」
    少年の前に置かれた席を除いた空席は三席だ。場違いな居た堪れなさをひしひしと感じながら大人しく指示に従うソラに続いて席に着いた。それを確認した少年は一度頷いて仕切り始める。
    「それじゃあ、定例会議を始めます。いつも通り進行は僕、リドゥが務めるよ」
    少年の簡素な挨拶で幕を上げた会議は淡々と進む。とは言え紛れ込んだ見知らぬ異人の存在に気を取られている人間も居るようで、会議中にも時折視線を感じる。ソラは気にしていない様子で真剣に会議の流れに耳を傾けているが、この状況で集中出来るほど胆の座っていないロロは早々話に見切りを付けて卓に着いている面々に視線を巡らせた。
    「まず、最近の活動実績の確認とそれを踏まえた担当地域の見直しだね」
    ロロは少年の司会を話半分に聞きながら、意見を交わし合う異能者の面々を見回した。如何やら端に座る16番から時計回りで序列の順に並んでいるらしい。ロロは会話から各々の風体を把握しようと試みる。

    序列一位。16番、ユウ。
    「オレは特に変わりないぜ。ただ最近怪物の出現数が増えてる気がする、見直しの方は要るかもな」
    見知った通りの赤いライダージャケットにヘルメット、陽気な口調のトップヒーロー。

    序列二位。22番、二ー二。
    「そうなのか?貴様の担当区に偏っているのかもしれんな、ワタシが手伝ってやろうか」
    入口でロロ達を出迎えた、青いロングコートにサングラス、そして色の薄い灰髪をオールバックにした男。16番を余程ライバル視しているらしく、彼の言動に一々反応を示している。やたら尊大な態度だが、活動実績は序列が示す通り優秀なようだ。

    序列三位。29番、ニカ。
    「わたしも!わたしも手伝えますよ!そういえばあの人たち結局誰なんですか?」
    明るい栗毛の髪を三つ編みにした、丸く大きな目が特徴的な女。身に付けているデニムオーバーオールの生地の端が擦り切れており、素朴で活動的な印象を受ける。16番の言葉に身を乗り出して手を挙げながら反応した彼女は、思考が素直に口と態度に出てしまうらしい。面々の中では最もロロやソラに視線を向ける回数が多く、この場における異物に興味津々のようだ。

    序列四位。269番、フルーク。
    「話を聞いてなかったのか?リドゥが説明してただろ。それであんな誰も知らないおじさん連れて来るのは理解できないけど。女子の方は分かるけどさ、俺と同じくらいだろうし」
    艶のある金髪と済んだ青い瞳を持つ、ソラより少し背の高い少年。白を基調とした仕立ての良い服装だが、装飾といい腰元に提げられた剣といいファンタジックな雰囲気だ。憎まれ口を叩くのは子供故の生意気だろう、とロロは後半の言葉を聞かなかったことにする。

    序列五位。127番、アダム。
    「あたしのとこも増えてるしやっぱ全体的に増えてるんじゃない?対策するならさっさと決めちゃおうよ、早く帰りたいし」
    ライラックの髪をサイドに纏め、ガーリーな格好に身を包んだ若い女。丈の短いスカートから伸びた脚を退屈そうにゆらゆらと振り、手元の爪を弄りながら議題に沿って発言している。ただ、態度から見える通りあまりこの会議に興味が無いようだ。

    序列六位。番号不明、サーヴィ。
    「また討伐目標数も増えるんですかね…いえ、やりますよ、仕事ですから」
    くすんだ赤髪で草臥れた様子の女。髪は短いが隈のある目の片方は前髪で隠れており、それによって一層疲れた印象を受ける。皺の寄ったシャツとスラックスを身に着けてその上からジャケットを重ねたスーツスタイルだが、胸元が留まらないのかジャケットは前開きになっている。

    序列七位。番号不明、通称不明。
    席が空いている。欠席のようだ。

    序列八位。134番、ワーテル。
    「ええと、被害状況はどうなっているのでしょう?私の担当区では…いえ、リドゥ君が纏めてくれていますよね」
    毛先に近付くほど青色が深くなる水色の長髪を背中まで垂らした、線の細い顔立ちの整った中性的な女。色素の薄い肌や起伏の少ない体、チュール生地のブラウスに幾分か掠れた声が合わさって繊細で病弱な雰囲気を纏っている。控え目な態度で手を挙げて尋ねたが、自問自答で台詞を切った。

    序列九位。83番、クレア。
    「我々も変わり無いよ、調子が良いくらいさ。それと少年、他人にそう生意気な口を聞くものではないよ。幼く見えるからね」
    影を人の形に固めたような、光を通さない黒を全身に纏う女。ふわりと裾の拡がったオールインワンに丈の短いカーディガンを羽織り、闇を紡いだような黒髪は先端がくるりと跳ねている。序列四位の少年…フルークとは親交があるらしく、度々揶揄うような口調で言葉を交わしている。

    序列十位。113番、ジュダ。
    「僕も問題は無いですよ!増援するなら他の所に回してください」
    態度も容貌も柔和そうな、少し気弱な雰囲気のある青年。シャツの上にセーターを重ねた学生然とした服装をしており、人の好さそうな顔立ちに遠慮がちな人畜無害を主張するような柔らかな微笑みを浮かべている。…人畜無害と言うよりは虫も殺せないような、という風にも見える。しかしこれで実力者であると言うのだから人は見掛けに依らないのだろう。

    最後に先程リドゥと名乗った司会の少年に目を向ける。褐色の肌に少し粗い質感の白髪を持つ少年は適確に議論を進めており、その神秘的な容貌も相俟って浮世離れした聡明さが窺えた。襟付きのシャツにサスペンダーを身に付けており、身なりも整っている。しかしそれに反して年頃は非常に…それこそソラよりも更に幼いように見える。会議上の立場を窺う限り彼は異能者ではないようで、益々難なく進行を務めている上にそれが平然と受け入れられている様子の異様さが際立っていた。
    リドゥの円滑な進行のお陰で会議は滞り無く進んで行く。ロロが眺めている中で議題は着々と移り変わり、区域ごとの怪物出現数や直近の被害状況、それに伴う配属の采配、最近確認された注意すべき怪物の形態、その対策法の共有などが行われた。リドゥは話題に合わせて白板に資料を提示していく。ソラは集中している顔で交わされる意見に意識を向けているようだ。ソラの様子を横目で確認したロロは少し居直って態度を正すが、真面目に聞いたところで基本的に序列入りの面々についての議題なので直接ロロに関わりのあるような話は殆ど無い。序列持ちの配属先を聞いた所で口の挟みようも聞いた話の活かしようも無いというものだ。
    ロロが役立てる事が出来そうな話と言えば…怪物は具体物の形を取る程生前の異能者が獲得していた能力に近いものを保持しており、不定形や抽象的な物体に近付く程生前の能力を失い怪物の形質による攻撃行動のみを行うらしい、という情報くらいだろうか。確かにロロが一人で対峙した事のある怪物は精々ぼんやりとした人型を取っていた程度で、それらが行うのは大抵単純な物理攻撃だけだった。逆に16番と初めて行動を共にした際に目にしたあの道化の人形のような怪物は、同時多発的に強力な爆弾を生成するという能力を持っていた。あれは生前に由来する能力だったようだ。

    「今日の議題はこれくらいかな。他に何か報告事項がある人は居る?…居ないようだから…そうだね、これで今回の定例会議は終わり。次回も日時が決まり次第僕達から連絡します、よろしくね」
    その後も特に拗れる事は無く、順調に進んだ会議はリドゥの言葉で締められた。各自解散という流れになったが、現在地が分からない為ソラと二人で帰る事が出来ないので、大人しく隣に座っているソラと話しながら16番が来るのを待つ。
    「どうだった?」
    ソラが満足したのであれば、少なくとも此処に来た甲斐はある。ロロの質問に、ソラは何処か遠くを見るような表情で答えた。
    「皆色んな事を考えてるんだね。区域ごとの警備とか、区画を比べるとか、あんまり考えたこと無かったから…今日は良い事を知れたと思う」
    ソラの視点は少し意外だった。上位がどうと言う話ではなく、机上理論自体にあまり馴染みが無いのだろうか。ロロの推測を余所に、ソラはロロに向き直って言葉を続けた。
    「皆が見てる景色と私が見てる景色が違うこと、忘れてたよ」
    その言葉で腑に落ちたロロは息を呑む。この少女はあまりにも自然に日々を送るので、すっかり忘れていた。ソラは白板に整然と貼り付けられた紙面の一枚、どころかこの国全体の地図一枚さえ視る事が出来ない。どれ程真剣に議論を聞いていても、前提情報となる資料が見えなければ理解に苦労する部分は多かっただろう。
    返す言葉を見失ったロロに、ソラは静かに微笑んだ。
    「だから、皆が見てる気色を知る方法を探そうと思うんだ」
    「…そうか」
    確かに前を向いているソラに向けて、ロロは相槌の後それに付け足す。
    「お前は強いよ、ソラ」
    「…そうかな」
    ソラは一度ぱちりと目を見開いて、それから照れ隠しのように笑った。釣られて気恥しくなったロロは思わず目を逸らして正面に向き直る。すると、ロロの頭上からハスキーな調子の声が降ってきた。
    「少し話を、と思ったんだがね。如何やらお取込み中だったかい?」
    その声に、ロロは咄嗟に顔を上げる。すると、垂らされた黒髪の暗幕の中で、ロロを真上から覗き込んでいた序列九位…クレアと目が合った。
    「っうわ」
    「だ、大丈夫」
    ロロが驚いた拍子に椅子からずり落ちると、横からソラが慌てた声を出した。辛うじて腰を打ち付けずに済んだロロは、薄く笑って己を見下ろしているクレアを仰ぐ。
    「フフ、これは相当驚かせてしまったらしい。失敬、青年」
    くすくすと笑うクレアの後ろから、不満気な少年の声が聞こえた。
    「はあ。そいつらに何の用があるんだよ、クレア。俺たちが得することは何も無いだろ」
    不機嫌そうな顔で腕を組んでいるのは序列四位のフルークだ。会議中にもよく言葉を交わしていたが、このやり取りを見ると矢張り親しい間柄なのだろうか。生意気口を叩くフルークを嗜めるように、クレアは一歩前に出て軽く頭を下げた。
    「私の相棒が失礼な口を聞いて済まないね。これでも素直で可愛い所はあるんだ、大方今は君達が上に特別扱いされているようで妬いているのだろう」
    「な、か、勝手な事を言うんじゃない!そんな訳ないだろバカ!」
    クレアがそう言った途端にフルークの顔が赤く染まる。およそ図星だったらしく羞恥を誤魔化すように噛み付くフルークに、クレアは笑ってその頭を撫でた。
    「まあこんな所さ、実に年相応だ」
    「うるさい、ボクを子供扱いするなこのデカ女!」
    …二人の発言を鑑みるに、彼等もロロとソラのようにコンビとして活動しているらしい。そして会議中は気付かなかったが、フルークの言う通りクレアは非常に長身のようだ。足下はヒール付きのショートブーツを履いているとは言え、それを込みにしてロロよりも目線が高い。恐らく靴を脱いでも男の中で長身のロロより少し低い程度だろう。ロロが情報を整理している間にも二人は未だ口論…と言うより一方的な揶揄を続けていたが、クレアはその最中で唐突に此方に視線を向けた。
    「大体、彼女の事が気になっているのだろう?少年、私は君が友人を作る機会を設けようとしただけさ」
    クレアはソラを指して言う。ソラも自分が話題に出された事に気付き、喜色の混じった声を上げた。
    「そうなの?私も友達ができるのは嬉しいな。よろしくね、フルーク」
    ソラはフルークに満面の笑顔を向けたが、年頃の少年には同年代の女の子と友人になりたいという願望はあまりにも恥辱的なのだろう、耐え兼ねた様子で林檎のような顔を逸らしてしまった。
    「はぁボ…俺がお前なんかと友達になりたいはずないだろ!」
    フルークは照れ隠しに声を荒げたがソラには通じなかったようで、それを額面通りに受け取ったソラは眉を顰めて口惜しそうな表情をする。
    「そっか、残念だな」
    フルークも真逆悲しまれるとは思っていなかったらしく、取り乱した様子でまた大声になった。
    「なんだよ、俺が悪いみたいだろ!…そんなに仲良くしたいのか?」
    フルークは顔を背けたまま、視線だけをソラの方へ向けて尋ねる。ソラは当然のように頷いて返した。
    「うん、だけど無理にそうしたい訳じゃないから大丈夫」
    ソラの返答に跋が悪くなったらしいフルークは、歯切れの悪い調子で言う。
    「いや、別にいい、お前がそこまでなりたいって言うならなってやる」
    「本当?」
    途端に顔を輝かせたソラに、フルークはまた顔を逸らした。二人の会話を一頻り眺めていたロロは、同じくそれを見守るクレアに小声で尋ねる。
    「それで…何の用です?」
    ロロの質問に、クレアは目を細めた。
    「言っただろう?少年を手伝っただけさ」
    「……」
    ロロが軽く睨むと、クレアはまたくすくすと笑う。
    「…フフ、冗談だよ…当然、他にも用はある」
    クレアはロロに目を合わせた。光の灯っていない黒々とした瞳は見ていると吸い込まれるような錯覚を覚える。背筋に走る寒気から意識を背けながら、クレアの次の言葉を待つ。
    「そう構えなくて良い。実の所大した用じゃないんだ…ただ少し気になってね」
    「…気になる、とは」
    少しの間が空いた。ソラはフルークと親しげに…と言うには距離を置かれているが…話している。
    「…実際特例なんだ、外部の異能者がこの場に来ると言うのは。更に16番君の御墨付きと来た」
    クレアは16番に視線を投げた。…今は二ー二に絡まれているらしい。
    「御墨付き、という訳では無いでしょう」
    確かにソラとロロを連れて来たのは16番だが、それを決定したのは彼ではない…その権限は持たないと言っていた。クレアは面白がるようにまた目を細くする。
    「おや、自覚が無いのかい?彼が誰かを気に入ること自体異例だよ」
    「…はあ」
    ロロは釈然としない生返事で返した。気に入られていると言って良いのだろうか。確かに一見そう思えるが、彼は妙な所で人間味が薄いため内心が掴み切れない。ただクレアはそう確信しているようで、それを揶揄するように薄く笑っている。
    「まあ、それだけの他愛無い用事さ。さて、彼方の会話も落ち着いたようだ。縁があればまた会うだろう…それじゃあ失礼、ロロ君」
    クレアは軽く手を振って、此方の会話が終わるのを待っていたらしいフルークの側へ戻って行った。
    「彼奴とは仲良くなったか?」
    戻って来たソラに尋ねると、ソラは笑顔で頷いて話し始める。
    「うん、沢山話せたよ!あんまり友達って作ったことなかったから…フルークが仲良くなってくれて嬉しいな」
    「そうなのか?」
    ロロは目を丸くした。この社交的な少女が?
    「今までずっとリクと一緒に居たから…」
    ソラは台詞を途中で切り上げ、突然表情を硬くする。
    「…何か来てる?」
    「敵か」
    ソラの言葉を聞いて警戒態勢を取るが、ソラは小さく首を振った。
    「…外に居る!」
    「少し集まってくれ!」
    ソラと16番が同時に叫ぶ。非常事態の気配に、室内に散らばっていた異能者達は即座に卓の周囲に集合した。

    「良いか、聞いてくれ。複数箇所に怪物が出た。数が多い、手分けして向かおう」
    16番の端的な状況説明に、各々神妙な顔で頷く。16番は一度言葉を切ると、序列六位のサーヴィに顔を向けて指示を投げた。
    「場所はオレが指示する、飛ばしてくれ」
    16番はリドゥが用意していた白板の地図に印を付けていく。それを眺める面々の中でソラは今にも出て行きたがっている様子で頻りに外に意識を遣っているようだったが、己一人で飛び出すより指示を待つべきであるとも理解しているらしく歯噛みしながら16番の指示を待っていた。
    16番の組分けによる結果、ロロとソラは二ー二、そして序列八位であるワーテルと行動を共にする事になったようだ。
    サーヴィは空間転移の異能者だったらしく、各組を16番に指示された場所に転送する役目を負っている。16番が単身飛ばされた後、ロロ達も纏めて転送された。僅かな浮遊感の直後、刹那の内に周囲の光景が変わる。
    「ふむ。確かに多いな」
    二ー二は怪物達を前にして納得するように頷いた。ワーテルも至極落ち着いた様子でその群れを眺めているが、ロロは動揺を隠す事が出来ない。…ソラは事前に気付いていただけあって覚悟はしていたようだが、その表情は緊迫していた。
    怪物はどれも殆ど同じ靄を纏った等身大の人型をしており、一体一体はそこまで強くないように見える。
    …しかし、多い。
    16番は数が多いと形容したが、多いどころでは無い。四方を埋め尽くすような数の怪物を前にロロは戦慄する。
    「…この数を?」
    思わずロロが不安感を口から零すと、二ー二が振り向いて呆れるように言った。
    「貴様、真逆怖気付いたとは言わんだろうな。こんな十把一絡げの連中など恐れるに足らん、ワタシ一人でも充分だ」
    傲岸不遜な二ー二とは対照的に、同行していたワーテルはロロやソラを気遣うように声を掛ける。
    「心配ありませんよ、私達が居ますから。ご不安な様でしたら、私の後ろに居てくださいね」
    事実として自分より強者であるとは言え、華奢な令嬢のような容姿をしたワーテルにそう言われては立つ瀬がない。
    「…いえ、済みません。大丈夫です」
    二ー二の喝を噛み締めるようにロロは一度自らの頬を叩き、それからソラに視線を向ける。
    「ソラ、俺達も行こう。お前が居るなら大丈夫だ」
    ソラも二人の励ましを受け取ったようで、表情も先程より力が抜けていつもの自信あり気な笑みになる。
    「うん、行こう。私達なら大丈夫」

    二ー二は飛び込んで行った後進達の姿を確認しながら、懐から白く輝く指揮棒タクトを取り出した。
    「全く、ワタシ一人で充分だと言うに…あの男め、見縊りおって。まあ良い」
    ぶつくさと苦言を垂らした二ー二は、構えたそれを振り下ろす。流麗に操られる指揮棒の動きに合わせ、何処からかクラシック調の音楽が流れ始めた。
    「一網打尽にしてくれるわ」
    音に連なるように空中に五線譜が出現する。音譜を載せたそれは意思を持った生物のようにうねり伸びていき、怪物を捕らえては貫き締め上げ圧し潰して進む。怪物の断末魔は悠然とした楽曲に掻き消され、音がその場を支配する。

    「さて、私の方も終わらせてしまいましょう」
    黒い群れを制圧する二ー二を横目で見ながら、ワーテルは両手を広げた。その正面に透明な粒子が集っては結び付き、やがて巨大な水の刃が形成される。ワーテルが腕を振るった途端、刃は空中を滑るように飛び、解けながら怪物の半身を刈り取っていく。伸びてきた五線譜にも屠られる中、程無くして積み上がった残骸の山から致命傷を免れた怪物達がゆらりと再び頭を上げた。
    「大方は片付きましたかね。仕上げの時間にしましょうか」
    今度は片手を翳す。その動きに呼応して、ワーテルの手元に片手剣が精製される。澄んだそれを手に取ると、ワーテルは残党に向かって切り込んだ。

    ロロはソラを担ぎながら怪物の群れの中を進む。ソラの指示に合わせながら周囲に現れる怪物を穿ち、捩じ切り、切り裂いていく。
    「右前方向から時計回りに振り払って、その次は左手前の…そしたら少し余裕ができるから、そこからもう一度戻ろう」
    「ああ、分かった」
    ソラに首肯を返してその通りに進む。そして引き返そうとした時、ソラは慌てた声でロロを呼び止めた。
    「ちょっとストップ!」
    「あ!?」
    急ブレーキを掛けたロロの眼前を黒い帯が通過する。帯には多様な記号が載っており、異能による生成物であると分かる。
    「ま、またか」
    先程から繰り返し遭遇するそれは、如何やら二ー二の異能であるらしい。危うく楽譜に轢かれかけたロロは胸を撫で下ろして辺りを見回す。自分の周囲に集中していて殆ど気付かなかったが、視界を埋め尽くす程だった怪物の群れはいつの間にか密度を大幅に減らしていた。二ー二やワーテルは余程派手に戦ったらしい。
    「…危なかったね、次に行こう」
    「そうだな…」
    ソラと頷き合ったロロは、気を取り直して残った怪物が集まっている方へまた駆け出した。

    「こんなもんか」
    その頃、既に担当地点の完全制圧を終えた16番は手を叩いて呟いた。一面には怪物の残骸が転がっており、所々焦げた臭いを放っている。
    「他は…まあ大丈夫だろうな。住人の居る地点は無かった筈だ」
    そして顎に手を当て少し考え込んだ後、己のミスに気付いて空を仰いだ。
    「現地解散で言いぜって言うの忘れてたな。確認ついでだ、言って回るか」
    更に行動を重ねようとした16番はまた別の事にも気が付いて、独り零す。
    「…オレの二輪車置いて来たな…」

    また別の地点では、フルーク、クレア、サーヴィが怪物と対峙していた。
    「なんかデカいのが居るな」
    「居るねえ」
    「居ますねえ。…私に任せてもらって良いですか」
    怪物の群れの中に数回り程巨大な個体を見付けた三人は、あまり緊張感の無い反応を見せる。その相手を名乗り出たサーヴィに、他の二人はその意を問おうと目を向けた。
    「…というか、他のやつをお二人に蹴散らして貰いたいんですよ」
    サーヴィは元々丸い背筋を更に丸めて言う。クレアは納得したように頷いて補足した。
    「ああ、確かに君の力は小さい的には向かないね」
    クレアの言葉を聞いてサーヴィの言意を理解したフルークは、剣の柄に手を添えて承諾する。
    「それなら仕方ないな、任されるよ。もたもたしてたら俺が倒しちゃうけど」
    「さて、行ってくるよ」
    怪物の群れに向かって行く二人を見送り、サーヴィは一つ溜息を吐いて巨人に視点を合わせた。

    「さあ、もう寝る時間だ。安らかな内に終わると良い」
    クレアが語るにつれ、足元の影が拡がる。クレアの影に怪物の影が呑み込まれると、怪物達は動きを停めていく。やがて影は地表を離れ、捕えられた怪物たちの表面を覆うように包み込んだ。
    「少年、やってくれ給え」
    「言われなくても!」
    クレアの呼び掛けにフルークが応える。フルークが腰の剣を抜くと、すらりとしたショートソードの姿が露わになった。
    「行くぞ」
    フルークの声に合わせ、剣が光の刀身に覆われていく。光剣を手にしたフルークは、掛け声と共にそれを振るった。
    「光に灼かれろ!ラスタ・ノヴァ!」
    光剣の刀身はクレアが捕獲していた怪物の胸部を分断する。斬られた怪物の上半身が切断面から滑り落ちて地に転がった。クレアは別の集団を固めながら、たった今活躍を遂げたフルークに疑問を呈す。
    「前々から思っていたが、少年。あの掛け声は何なんだい?」
    「必殺技。名前があった方がかっこいいに決まってるだろ」

    「それじゃあ、面倒ですけど…やっちゃいますね」
    指示通り群れを蹴散らす二人から目を切ったサーヴィは、巨人の頭に目を合わせる。視線に合わせてだらりと垂らしていた腕を掲げ、その人差し指を向けた。その瞬間、
    ぱつん。
    頭部を奪われて身長の小さくなった巨人は突如消え失せた感覚に戸惑ったように歩みを止める。サーヴィはそれに構わず、右腕に視線を向けた。
    「倒れたら危ないですし…削らなきゃダメですよねえ…」
    気怠げに溜息を吐き、その調子のまま四肢を転送して抉り飛ばしていく。サーヴィは芋虫のような姿になって転がった怪物を見て、最後にその胸部を指さした。
    「あなたがコピー元。本体なんでしょうね。同情しますよ。でも…仕事ですから」

    殆ど怪物を倒し終えた頃、ロロは急激に疲労感を覚えて肩を落とす。
    「…あと何体だ…?」
    「あと一桁くらい…あ、後ろ!」
    ソラも動く物が密集する中で索敵し続けていた疲労が祟ったのか、その指示が少し遅れる。怪物の腕がロロの首に届く寸前、怪物は伸びてきた五線譜に貫かれた。
    「終わりが見えて気が緩んだか?油断はするんじゃない」
    その後ろから呆れ声の二ー二が歩み寄ってくる。ロロは返事をする気力も湧かず、ゆっくりと相槌を打った。
    「ワタシが考えていたよりは健闘だったな。…しかしユウの奴が贔屓する程とは…」
    真顔で突然褒め言葉らしきものを挟んできた二ー二は、すぐに眉根を寄せて独り言を漏らす。…その背後に撃ち漏らしたらしい怪物が近寄っている。
    「…二ー二さ…」
    ロロが声を掛ける前に、二ー二は指揮棒を振り上げた。短い一音だけが辺りに響くと同時に出現した巨大な音符が怪物を圧壊させる。
    「ワタシが気付かないと?こんなもの、音で解る」
    二ー二が忌々しげに吐き捨てると、残りの怪物を討ち終えたらしいワーテルが駆け寄ってきた。
    「皆さん、終わりましたよ」
    「ああ、そうらしいな」
    ワーテルの報告に、二ー二が首肯する。辺りの様子を調べていたらしいソラも少し遅れてそれに同意した。
    「うん、他の気配は無いね」
    周囲の無事を確認し、全員で一呼吸置いた後、ソラが思い出したように二ー二へ話し掛ける。
    「そういえば、貴方の力は凄く綺麗だね」
    「む?」
    突然の賞賛に、二ー二が片眉を上げて反応した。
    「…ふむ、中々分かる少女ではないか。そうだろう」
    二ー二は満更でも無さげに何度も頷いている。…ソラの褒め言葉がお気に召したようだ。
    「私にもそれが分かる力って初めてだったからびっくりしちゃった。良い音だね」
    「それが理解できるとは、貴様相当良い耳を持っているな。…大抵の奴は音の方には言及しないからな…」
    「うん、耳は凄く良いよ。また貴方の戦いを聴けるかな」
    目の見えないソラにとって、聴覚的な効果のある二ー二の能力は心底衝撃的だったらしい。今日別れることを惜しむように今後の縁に思いを馳せている。
    「会わん事は無いだろう。…名前は…確かソラと言ったな。覚えておこう、聡い少女」
    二ー二はそこでロロに向き直る。
    「そこの相棒の男、彼女が望んだら貴様を贔屓にしているあの男に言え。癪だがそれが一番早い」
    ロロの名前は覚える気が無いらしい。本当に癪な提案らしく、二ー二は苦虫顔で言った。
    「そういえば、ロロさん。一つお伝えしたい事があるのですが…」
    二ー二との会話が一段落するまで律儀に待っていたらしいワーテルが何かを言おうとするが、その言葉は途中で自動二輪車の轟音に遮られた。
    「やあ66クン、それにソラ、迎えに来たぜ。遅くなったな」
    颯爽と現れた16番は、周囲の様子を確認して満足気に頷いた。
    「人的被害も出てないみたいだな、流石」
    「当然だ、ワタシを誰だと…はあ、貴様の顔を見て興が冷めた。早く連れて帰れ」
    二ー二が16番を追い払うように手を払って急かす。16番もそれに合わせてロロ達に後ろに乗るように促した。
    「そう言えば、何か言い掛けてましたか」
    ワーテルが何か言おうとしていた事を思い出したロロは、自動二輪に跨る前に彼女に尋ねる。しかしワーテルは静かに首を振った。
    「いえ、またお会い出来た時にでも。お気を付けて」
    「…そうですか」
    ロロは首を傾げながら、端正な微笑を浮かべるワーテルに見送られて16番とソラの待つ自動二輪に向かう。…この後に待ち受ける恐怖を想像しながら。

    「二人共、今日はどうだった?」
    無事ロロの家に二人を送り届けた16番は、自動二輪から下りた拍子に蹌踉めくロロを傍目に問い掛けた。
    「色んな人に会えて楽しかったよ。連れて来てくれてありがとう」
    ソラの感想に、16番は得意気に頷いて返す。
    「そうか、それは良かった。オレも連れて行った甲斐があったぜ。特に親しくなった奴は居たかい?」
    16番が何気なく発した質問に、ソラは特によく話した二人の名を指折りながら挙げた。
    「フルークと二ー二かな。二人とも仲良くなってくれたんだ、また会えるかな」
    「…成程。流石に大物だな、あの二人は特に気難しかったんじゃないか?」
    ソラが挙げた名前は16番にとっては意外だったらしい。少し驚き声になった16番は、少し考えて納得したらしく手を叩いた。
    「確かにあの少年は歳が近いからな、それに彼奴も耳が良かった。うんうん、成程な。66クンはどうだった?」
    ロロは少し返答に窮する。先程の戦闘の印象が強すぎた所為で、会議の感想が上手く出てこない。
    「…まあ…実りがあったとは思います」
    適当にそれらしい事を返したが、16番は取り敢えずそれで満足したようだ。
    「それできみの方はどうだい?話した奴についてとかさ」
    ソラからフルークと二ー二の名前が出たのが相当予想外で面白がっているのか、16番はロロにも同じ質問を投げ掛ける。ロロはクレアやワーテルの名を挙げようとしたが、思い直して否定した。
    「いえ、俺は特に」
    クレアや二ー二の発言を思い返しながら、16番の顔を窺い見る。彼女等はロロが16番に贔屓されていると言ったが、彼自身はどう考えているのだろう。しかしヘルメット越しに感情を読み取れる筈も無く、ロロは諦めてそっと目線を外した。
    「ま、オレもきみ達を皆に会わせられて良かったぜ、何にせよ顔合わせってのは大事だからな。…さて二人共、今日は疲れたろ。家に戻ってよく休むと良い」
    16番はひらひらと手を振ってロロ達を見送る。ロロはソラを先に家に入れると、扉を閉めて振り返った。
    「…何か言い忘れた事でもありましたか」
    「…我ながらこの引き止め方は無かったなと思ってるよ」
    16番はきまり悪そうに顔を背けると、己の指に巻き付けていたロロの髪の数本を解く。ソラが完全に扉の奥へと消えている事を確認して、16番は小声で口を開いた。
    「オレから一つ忠告だ、66クン」
    16番は口辺りの前に人差し指を立てて言う。
    「隣人愛はきみの美徳だが、あまり入れ込み過ぎない方が良い」
    ソラのことを指しているようなその台詞に、ロロは反射的に刺々しく反論した。
    「…彼女の事なら余計な世話です。貴方に口を出される事じゃない」
    しかし16番は取り乱す様子ひとつ無く、ゆっくりと首を横に振る。
    「いや、ソラの事じゃない。きみの相棒の話には何も文句は無いさ」
    「誰の話を?」
    全く予想外の返答に、肩透かしを喰らったロロは虚を衝かれて尋ねた。
    「そのうち分かるさ。…じゃあな、また会おう、66クン。ソラを待たせてるだろ?早く戻ってやるといい」
    16番は全く答えになっていない答えを返して、ロロが引き止めようとするのも構わず去ってしまった。行き場の無い気持ちを抱えさせられたロロはそれを誤魔化すように頭を掻いて、ソラが待つ自宅へと戻る。
    …16番の言葉の意味を理解するのは、そう遠くない出来事だ。
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