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    オレオクラッシャー

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    POIPOI 9

    #ヒーローズ・シンドローム
    政府組の番外編
    本編出てないのに番外を出すな

    ヒーローズ・シンドローム番外「はァ…」
    この国の国家元首たるレイア・グラッドストンはひたすらに捺印を続ける手を止め、額を押えて一度深く息を吐いた。
    「…ん」
    紙屑と化した書類の束を抱え、処分の為持ち出そうとしていた側近が振り返る。
    「…疲れたか?」
    「問題無い…否、それの処理が終わったら珈琲を頼む」
    相変わらず言葉数の少ない端的な問いに返す。
    「承知した」
    アンドゥがドアノブに手を掛けようとした瞬間、外から扉が開かれた。
    「レイアさん、コーヒーをいれてきたよ」
    顔を覗かせたのは、アンドゥの弟の少年…リドゥである。
    「君は気が利くな…丁度君の兄に頼んだ所だった」
    軽く微笑んで珈琲を受け取ると、彼の方もどういたしまして、と笑顔で言い、彼の兄に目を向けた。
    「…アンドゥ」
    その視線にどうやら気付いていない兄の方に一声掛けると、流石に気付いたらしくドアノブに掛けようとしていた手を駆けてきた弟の頭に移す。
    「…お前は本当に気配りが上手いな」
    「えへへ」
    不器用な手つきで頭を撫でられながら、まだせいぜい齢十二程度に見える少年は屈託の無い笑顔を見せた。兄の方も表情を幾らか緩ませている。
    そうして戯れていた二人だが、アンドゥは抱えていた紙束の存在を思い出したようで、少し慌てた様子で手を引いた。
    「…処分してくる」
    「ああ、頼む。…さて」
    側近を見送り、残りの未確認の書類の山に目を移す。リドゥが淹れた珈琲を口に含み、再び判を手に取った。

    「…難航しているな」
    数度目の往復から戻ってきたアンドゥは高さの変わらない書類の山を見て開口一番に言う。
    「少しな…、…此方は保留にして後回しにするか…」
    そう呟いて、紙の山から数枚取り出し脇に除ける。
    「お前がそう悩むのも珍しいな…」
    「見るか?」
    除けて重ねた紙束を上から一枚取ってひらひらと振って見せる。アンドゥはそれを覗き込むと、他の文書にも目を通し始めた。
    「…全て異能者について、だな?」
    「もう少し正確に言うなら…彼らの権限についてだな」
    確かに縛り過ぎるのも考え物だが、制限を緩めてしまうと何か起こった時の強行的な対処が難化する…と、レイアはその匙加減に頭を悩ませていた。
    しかし一度保留を作ってしまうと気は楽なもので、珈琲を啜りながら判を押し、没案と保留は除けてを繰り返している内に気付けば山を捌き切っていた。…保留は保留のままではあるが。
    「レイアさん、おつかれさま!」
    「ああ、有難う」
    「…良い時間だが…どうする?」
    リドゥの労いに感謝の言葉を返すと、アンドゥが時計を指差して何かを期待するように言う。終業時間も間際で仕事自体もキリが良く、帰る時間にも余裕があるので久々に三人で外食でもどうだろうか…と言いたいらしい。我ながらこの無口な大男の思考を読むのも慣れたものだと思う。付き合いの長さを思えば当然であるが。
    「…外出の準備をしてきなさい」
    幸いな事に、保留にした書類の中に期日が逼迫しているものは無い。決断は明日以降でも問題ないだろう。

    「…妙だ」
    慣れた様子の店員に個室に通され、ステーキ肉を頬張っていたアンドゥが静かに呟く。
    「どうしたの、兄さん?」
    その隣でオムライスに立っていた旗をくるくると手で弄んでいたリドゥが尋ねる。
    「レイア」
    「解っている」
    妙、と言うのは人の少なさだろう。平日だのまだ早い時間帯だのと様々な事情を鑑みた上でもやけに不自然だ。
    「二人とも、態勢を整えておけ」
    「…ああ」
    「うん!」
    リドゥもレイアとアンドゥのやり取りで概要を把握したらしく、しっかりと頷いた。
    …店内で何か起きるとは思わないが、警戒するに越したことはない。

    結局会計を済ませ車に乗り込んでも特段何かが起こることは無く、杞憂だったかと気を緩ませかけたその時だった。
    「…止めてください」
    人気の無い道の脇、薄暗い路地の手前に何かが落ちている。運転手に申し付けて車を止める。
    アンドゥと一度視線を交わし、車から降りる。アンドゥはレイアを庇うように一歩前に出ると、それの正体を確認した。
    「…子供…」
    「…」
    それは、身体を縛られたまま転がされている子供だった。リドゥと同じくらい…もしくはそれ以下だろうか。口も塞がれているが、それ以前に気を失っているようだ。
    「アンドゥ」
    「解った」
    レイアが縄に触れようと屈んで手を伸ばした瞬間、路地から人影が躍り出る。しかし、即座にアンドゥに首元を捕まれ、地面に押え付けられる。
    「…稚拙な罠だ」
    「ぐ…ぅあ!」
    取り押さえられた男が、咆哮と共にアンドゥの手を振り払い後ろに飛び退く。それが合図であったかのように、ぞろぞろと更に人影が現れる。
    「…七…八か」
    最初の男を含めて八人。一見した限りでは身体上の異形化は見られないが、レイアが把握している限り全員ヒーローズ・シンドロームの患者である。追い詰められた獣の様にぎらぎらと光る計十六の瞳が此方を見ている。
    「この様な場所で来客とは。目的を伺いましょうか」
    薄笑いを貼り付けて、至って平静な口調で尋ねる。レイアの態度は彼らを逆撫でしたのだろう、八対の双眸には怒りの色が浮かんでいる。
    「…オマエのせいで…」
    誰からともなく言葉が漏れる。ぎり、と歯を食いしばる音がする。
    「オマエのせいで」
    「ああ、対話する気が無いなら結構。それとも既に脳を侵されていたかな?…さて、彼らは私の身を狙っているらしい」
    解りきっていた事だが、と内心で付け足して、上辺だけの笑みは消して側近に言う。
    「全員実に単純な身体強化型だ。頼む」
    「ああ」
    端的な肯定。
    瞬きひとつの後、痺れを切らしたらしい一人が飛び掛ってくる。が、次の瞬間にごき、と鈍い音が響くと同時に白目を剥いて泡を吹く。
    「…安心しろ、後遺症は残らない。…と言ってもまあ…あまり関係無いだろうが」
    仮にも異能持ちの仲間が刹那の間に無力化されて流石に恐れが芽生えたようで、皆一様にじり、と僅かに後退する。かと言って元々玉砕覚悟の計画だったのか撤退する気もないようで、臨戦態勢のまま小声で何か呟き合っている。
    暫く様子を窺っていると、方針が決まったらしく今度は二人同時に突撃して来る。一瞬でもアンドゥに隙を作ってレイアを害するつもりだろうか。
    「甘い」
    レイアを狙った方の足を払い、バランスを崩した隙に自分に向かって来た方を素早く的確に落とす。
    「がっ…!」
    可笑しな声を上げて動かなくなったのを確認すると、先程足払いを掛けた方に向き直る。
    「…兄さん、レイアさん、大丈夫?」
    そこで場に不釣り合いな幼い声が響き、アンドゥとレイア以外の動きが一瞬止まる。その間にレイアを狙った方も落としたアンドゥは残党の方を振り返るが、彼らの関心と視線は既に声の主に移っていた。
    「…捕まえろ!」
    敵の一人の声に呼応するようにまた二人が今度はリドゥに向かって飛び掛かる。
    「…ふふ」
    リドゥが目をきゅうと細めた。
    「…な、ぐあ!」
    丁度タイミングを合わせるように、リドゥが右手側の敵の腕を掴み、勢いを利用して逸らす。逸らされた先にいたもう一方の敵を巻き込んで、そのまま轟音を立てて壁に激突する。
    幼いリドゥを人質にでもする心算だったのだろうが、彼の方が兄より非力で戦闘能力が劣り、その上相手の攻撃威力をそのまま利用する分手加減を知らずむしろ容赦がない。
    哀れ、この短時間で三人にまで減らされ血の気の引いた顔で震える彼らに問い掛ける。
    「君達がここで投了するなら…この後の処遇も一考しよう」
    「誰が…っ!」
    見るからに戦意喪失が窺える態度にも関わらず、まだ此方を睨む彼らを一瞥して、アンドゥに命じる。まあ、どの道彼等の先は長くない。レイアにとっては至って如何でも良かった。
    「もういい。手早に頼んだ」
    腰が抜けたのか、アンドゥがゆったりと歩みを進めても立つことも出来ず、芋虫のように退る。
    「…?」
    ふと、彼らの視線の先がアンドゥではない事に気付く。レイアでもない…その後ろ?
    「レイア!」
    咄嗟に振り向くと、鉄パイプを振り上げた青年と目が合った。九人目、異能は確か…気配遮断!
    「うああああ!」
    叫びと共に、瞳孔の開ききった青年がそれを振り下ろす。レイアが反射のように、その手を伸ばす。

    音が消えた。

    「…やれやれ」
    レイアがゆっくりと首を振る。最近缶詰仕事に耽っていたせいで鈍っている。
    「………は?」
    全てを見ていた彼らが間の抜けた声を漏らす。鉄パイプごと、青年の姿が影の一欠片残さず立ち消えていた。
    「レイア、大丈夫か?」
    「問題ない」
    やや心配そうなアンドゥの声に答えて、縛られていた子供に手を伸ばした。…未だに気を失っている。背中越しに聞こえる彼らの声を無視しながら、縄を解く。レイアの記憶の中には存在しない為、恐らく彼らに囮に使うためだけに囚われた一般人だろう。
    「終わったぞ」
    程なくして声は聞こえなくなり、直後にアンドゥから告げられる。
    「研究課に引き取りの連絡を…」
    「僕がしておいたよ」
    リドゥの言葉に、電話に伸ばしかけていた手を戻す。
    「…本当に気が利くな…」
    兄の鈍感を補う為なのか、本当にこの少年は察しが良い。
    「その子はどうするの?」
    リドゥが目を覚ます気配もない子供を指す。
    「…病院に頼むか」
    「そうだな」
    アンドゥの提案に頷いて、子供諸共車に乗りこみ、運転手に病院に寄るように告げる。
    「襲撃も久々だな」
    「…そうだな」
    ぽつりと零されたアンドゥの言葉に相槌を打つ。短絡的な手段は彼ら自身の首を絞めている事に気付かないのだろうか。まあ彼らを自棄にさせたのもレイアであるのだが。
    「…見られたが、良いのか」
    「彼らの行先は分かっているだろう」
    何を、とは聞くまでもない。だが、どの道彼らは牙を向いた時点で…次の退治の対象になるだけだ。死人に口なし、問題は無い。
    その後は話題が差し障りのないものに移り、車影は闇夜に溶けていった。

    病院に子供を預け、兄弟を家まで送り届けた後、レイアは一人執務室に戻る。
    部屋に入ると、真っ直ぐに保留にしていた書類の束を手に取った。
    無意識に手に力を込めていたのか、くしゃりと皺が走る。
    「こんな物」
    衝動に任せるように、白い束を引き裂いた。無意味と化した紙屑が宙に舞う。
    「何を迷う事があったのだろうな。まだ何も進んではいないと言うのに。嗚呼、俺が莫迦だった」
    暗示のように一人呟いて、真暗な執務室を後にした。
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