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    オレオクラッシャー

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    POIPOI 9

    番外編
    トップヒーローの祝日

    聖夜番外 日々平穏が危機に晒されているこの国にも行事というものはある。その中でも今日は特別な日だ。まあ大抵の行事の由来は残されておらず殆どが形のみ伝わっているといったもので、聖祝日ホリデーと称されるこの日も例に漏れずそのルーツは不詳なのだが、それでも特別と言うには相応の理由がある。
    というのも、どういう訳かこの日に限っては例え国の何処であろうと怪物が現れないのである。同じ地域に怪物が暫く現れない程度はままある事だが、全域に出現しないと言うのは明らかに異常事態であり、その異常こそが例年の平常だった。結局の所、原理がどうあれ大抵の人間はそれが事実として保証されていれば特段気にせずその平和を享受するものだ。
    そして怪物が現れないこの日は日々その対処に追われる患者達にとっても唯一心からの安息を得ることが出来る日だった。彼らにとって、この日は命懸けの戦闘を免れる以上に自身が人間であることを保証されるという暗黙の意味があった。だからこそ、この日ばかりは何に心を脅かされる事も無い聖なる日として重視されているのである。
    さて、そんな皆の休日であるが、例え全身に赤を纏ったこの男だろうと例外ではない。普段はトップヒーローらしく次から次へと休む間も無く奔走している16番だが、怪物が出ないのでは働きようがない。更に言えば、この日は大抵皆各々や知人の家で過ごす為に犯罪を犯す人間どころか外を出歩いている人間自体が殆ど居ないので一応と巡回する意味もない。と言う訳で、この日は彼にとって唯一の休日なのだ。
    「どうしたもんかねえ…」
    実の所、16番は毎年恒例のこの日が少々苦手だった。どうせ共に過ごすような知人が居ないのは今更なので気にする事もないが、生憎一人で時間を潰す術もロクに知らないのである。つまるところ、年中国民の未来の為に駆け回るこの男は筋金入りのワーカホリックなのだった。
    毎年飽きずに悩んでいるのも莫迦らしいが、如何せんそれ以外の日はルーティンのように仕事に励んでいる所為で16番は当日まですっかり休日の存在を忘れている。
    「去年は何したっけな…」
    そう呟いて思い返してはみるものの、昨年も同じように悩んで無為に時間を消費した事しか思い出せない。
    「街…降りてもなあ」
    以前には一度外で時間を潰してみようかと思い立った事もあるのだが、何せ目立つ容貌をしているものだから街に出た途端あっという間に囲まれてしまい休息どころでは無かった…程度ならまだしも、彼らの安息を邪魔してしまったのを16番は少々気にしているのだ。折角の聖祝日を心穏やかに過ごしたい者は多いだろうに、水を指すのは偲びない。
    となると自宅で時間を潰すしか無いのだが、掃除は既に済ませてしまった上に片付けようにも物が無い。すると怠惰を貪るくらいしか残らないが16番の身体では過睡眠も出来ず、ただ浪費する時間としては長すぎる。

    暫く悩んでいた16番は、結局外に出ることに決めた。どうせ窓一つない閉塞的な自宅で無機質な針の時間経過を観測して過ごすよりは、外に出て往来を眺めている方が幾分か気も紛れるだろうと判断したのだった。人集りへの不安についても、要は見付からなければ良いのだ。その程度なら造作もない。
    「よっ、と」
    玄関の扉を開け、掛け声と共に軽やかな跳躍で屋根上へ登る。周囲一帯の建造物はほぼ高度が平坦になっているので見晴らしが良い。とは言え人の通りも無い場所で佇んでいても仕方が無いので、そのまま身を隠しつつ屋根を伝って移動する。
    時折人通りが見られるようになって来て、16番はようやく腰を落ち着けた。無心で跳び渡る内に、随分と自宅から離れた所まで来ていたようだった。…無心で、というのは僅かに嘘を含んでいるが叶う期待ではない。
    出歩いている人間は当然のように少なかったが、零ではない。
    近辺の公園にでも足を運んでいたのだろう、幸福そうな親子連れが歩いている。はしゃぐ男児が駆け出して、それを彼より少し背の高い女児が追い掛けている。両親らしい男女の組は子供たちが転ばないように窘めながらも微笑ましく見守っていた。
    暫くして、今度は子供数人の集団が駆け抜けていく。彼らの親は外の危機に心配することなく子供達を送り出したのだろう。念の為身を伏せて彼らを眺める。活力に溢れている子供達はじゃれ合いながら、見る間に通りを横切っていく。
    再び静寂が訪れる。次に通った人影は、見覚えのある男だった。
    「…あ」
    思わず声が零れた。いや、この距離だ。届いてはいないだろう。いない筈だ。…しかし、彼はその音を拾ったようだった。立ち止まって周囲を見渡し始めた。身を隠すべきだと理解していたが、欲が出た。
    「…」
    目が合って、彼の口が小さく動いた。相変わらず無愛想な目付きは睨んでいるようにも呆れているようにも見える。声を掛ける訳にもいかず上から眺めていると、彼はひとつ溜息を吐いて歩き出した。
    早足の彼はすぐに角を曲がって直接見ることが適わなくなり、それでも暫く目で追っていると、入り組んだ路地裏に突入したところで立ち止まり此方を振り向いた。彼の方から16番が見えている筈は無いのだが、覗き見はバレていたらしい。
    再び周囲を確認して数軒を跳び越え、彼の居る路地の傍らの屋根から見下ろす。着地の靴音で16番の来訪に気付いた彼はゆるゆると振り向くと、手招く16番に応えて上ってきた。
    「やぁ66クン、奇遇だね」
    態とらしく片手を挙げた挨拶に、ロロは視線を泳がせた後小声で口を開いた。
    「…こんな所で何やって…る、んですか」
    ぎこちない丁寧語も相変わらずで、彼の方も如何やら特に話題を用意している訳では無いようだった。見透かされても疎まれてもいないらしい、と安堵感を覚えながら質問で返す。
    「きみこそ相棒は一緒じゃないのかい?店も開いていないんだ、買出しって訳でもないだろ」
    てっきりこの青年は彼女と過しているものと考えていたし、だからこそあまり期待していなかったのだが。16番の質問にロロは刹那目を見開いて少し視線を脇に逸らし、また戻した。その反応に相棒のことを彼自身から聞いた事は無かったか、と思い出す。仏頂面の割に思考が読みやすい男だ。
    「彼奴は…自分の家に。…俺も誘われましたが、断ったので」
    それでお前は如何なんだ、と言いたげに黒々しい瞳が此方に向いた。
    「オレは…まあ退屈凌ぎだよ、ただの」
    態々これについて誤魔化す理由も無いので正直に答える。尋ねた彼の方は今ひとつ納得していないのか疑わしげな目をしていた。
    「態々民家の上で?」
    「人目には付かない方が良いだろ?」
    疑問形で返すと、それ以上追及しても無駄だと悟ったらしい。少しの間沈黙が漂う。別に16番が話題を提供しても良いのだが、話題探しに目を泳がせているロロの様子が可笑しかったので敢えて黙って眺めてみる。
    「…まあ、退屈なのは…俺もそうなので」
    ちらりと16番の方を窺うロロに相槌を返すと、そのままぽつぽつと言葉を続け始めた。
    「一人で…居るよりは、外の方がまだ…気も紛れるかと」
    大方当初は一人で時間を潰していたものの、静かな家は彼にとって随分と広く感じたのだろう。素直な男だ、と思いながら率直な感想を口に出す。
    「似た者同士かもな、オレ達…なんてね」
    言葉の途中でロロが非常に複雑な表情になったことに気付き、最初から冗談のつもりだと言うように付け足した。冗談だと思ったからこそ真面目に捉えてしまったのだろう。まあ特に冗談でも無かったが。
    それから暫く他愛のない話をして日が茜色になるまで時間を潰した。冬風の当たる屋根の上なので当然寒いのだが、それを言葉にすると分かりやすく動揺していたのが愉快だった。その後一人で納得していた様子も飽きさせない男だと感じさせた。
    そうして、トップヒーローの休日は過ぎ行くのだった。
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