プロトタイプ・プロローグ ヒーローズ・シンドローム…通称英雄症候群、現代に蔓延した奇病である。
感染経路も原因も不明、治療法はおろか予防法すら確立されておらず、それどころか患者同士の共通点すら碌に発見されていないという正に奇病と呼ぶべき徹底した謎ぶりだ。
確かなのは、
一つ、発症すると異能が発現すること。
そして、
患者の遺体は、時折制御不能の怪物と化すこと。
全く傍迷惑な病だ、と街を歩く長身の男は一つに結った黒の長髪を靡かせながら顔を顰めた。視線の先では現在進行形で異形の怪物が暴れている。
男は気怠げな顔で溜息を吐いて、髪留めを外す。 鴉の羽のように拡がったそれは、忽ち意志を持ったようにざわざわと動き始めた。
「大人しく墓に戻ってろ」
途端、宙を漂っていた黒髪が一束になり、漆黒の槍を形作ると、
「…穿て」
怪物の腹を穿いた。
怪物の残骸を英雄症候群対策研究課…通称英研(何時見ても気が抜ける略称だ)に引き渡すと、男はまた憂鬱そうに溜息を吐いた。
この国において、政府直下の訓練部隊でもない民間人が怪物に太刀打ちする術は無い。そこで駆り出されるのが異能者達…つまり他の患者達である。…毎度思う事だが、本当に最悪だ。
最も、発症者に人権が無いのは今に始まったことでもない。そもそも、怪物予備軍である発症者達は基本的に政府に徹底管理されている。
…発症が確認されると、まず奪われるのは名前だ。本名を名乗る事が禁じられている訳では無いが、それがかつて示していた個人証明の効果は全て与えられた患者番号に移る。…患者達はお互いの番号や能力からの渾名で呼び合うことが今日での通例となっている。
また、同時に職を奪われる。発症した人間は対怪物の戦闘員として強制転職させられるのだ。…あまりにも戦闘向きでない異能を発現した者は、患者専用施設…飲食店に学校etc…の職員となる。
曲がりなりにも立場上は国家公務員だ、給金自体は悪くない…どころか一般市民よりは充実した生活を送れるような額だ。…しかし、他の待遇を含めると到底それで釣り合うものでは無い。
かくいう男も当然異能者…患者である。能力は先程見せた通りの頭髪操作、患者番号は六十六。通称は、
「ロロ」
男…ロロは、突然自分の名を呼んだ声に驚いて声の方向を振り向いた。
「…って、君のことで合っているかな?」
声の主は、金色の髪と同じ色の瞳を持って、空色のパーカーと赤いヘッドホンを身につけた、齢せいぜい十五程の少女だった。彼女は呆気に取られるロロに続けて言う。
「私はソラ。政府の命令を受けて今日から君のコンビになる相手だよ。…よろしくね?」