事務所総出の運動会、後半戦。俺は主な出番が前半戦だったから、正直、応援席でかなり気を抜いていた、と思う。同じユニットの先輩たちとはチームが違ったし、借り人競争で自分が呼ばれることもまずないだろうとたかをくくっていたのもあった。
競技場から応援席の扉を開けて飛び込んできた百々人先輩に、先輩と同じ、黄色のチームカラーのジャージを着た人たちがそわそわと腰を浮かせるのが見えた。
でも、百々人先輩の視線はその人たちの頭の上を素通りして、赤いチームカラーのジャージの集団を誰かを探すようにぐるり、と見回した。誰を探してるのかなんて、聞かないでもわかる。……ついさっき鳴ったお父さんからの激励の電話を、律儀に席を外して受けに行ったうちのユニット最年長の先輩のことだろう。
二、三周赤いジャージ集団の中に目を彷徨わせたあと、百々人先輩はようやく諦めたらしく、青いジャージの集団、つまり俺の方、に目を向けた。
百々人先輩は事務所のみんなと違和感を抱かせない程度には親しくしていたが、そうは言ってもやはりどこか遠慮しているような雰囲気を常に纏っていた。同じユニットである、というだけで知ったようなことをいうのはちょっと憚られるけど、なんとなく、百々人先輩がユニット外の人を『ナントカな人』だとかって一方的に定義付けして手を掴んで走っていけそうな気はしなかった。
俺の方に目を向けつつも、百々人先輩はまだ目を彷徨わせる。その間に、百々人先輩より遅くお題を手にした北斗さんが折り返し地点を過ぎるのが見えた。そちらに目をやって、百々人先輩はさっきよりもっと焦ったような顔で応援席を見渡す。
せっかく、百々人先輩がリードしてたのに。北斗さんは同じチームで、百々人先輩は敵チームだから、こんなことを思うのはおかしいかもしれない。でも何故か悔しい気持ちが湧き上がってきて、気がつけば立ち上がって百々人先輩に話しかけていた。
「百々人先輩、お題なんですか」
「えっ、あ、仲良しな人……」
「それって、俺じゃダメですか」
気がつけば、ぽろっとくちからそんな言葉が飛び出ていた。言いながら、百々人先輩の手をぎゅっと握って、体勢を整える。百々人先輩がいいよと言ったら、いつでも走り出せるように。
「う、……ううん、ダメじゃない」
うつむいて返事をした百々人先輩の手を引っ張って走り出す。後ろで先輩がちょっと体勢を崩したのが見えた。でも百々人先輩は抜群の運動神経で、すぐしっかりと地面を踏み締め始める。前にいた北斗さんは、電話をしながらのんびりと走っていたようだ。その背中に追いついて、追い越す。あともう少し、と思って百々人先輩の腕を引くと、思ったよりしっかりと握り返してくれた。
それぞれの借り人のお題発表の時には百々人先輩は、もういつものつかみどころのなさを取り戻していた。さっきの応援席での狼狽えっぷりがまるでなかったことみたいに。
いつものあの笑顔で、百々人先輩がお題を発表する。
「仲良しな人、ってお題で……ユニットメンバーの顔がぱっと思い浮かんだんです。アマミネくんがそばにいたから、連れて来ちゃった。僕、アマミネくんと仲良し……でいい、のかな?」
連れてきちゃった、だって。むしろ俺の方が引っ張ってきたのにな。でもそれをあえて言うのはやめておいた。代わりに、繋いだままだった手を持ち上げて百々人先輩と目を合わせて、こう言った。
「俺と百々人先輩は仲良しですよ。聞くまでもないでしょ」
にや、と笑いかけると、百々人先輩はまさか俺がそんなことをするとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いたみたいな顔をした。俺にしかわからないくらいだったけど。
「あ、うん……だね」
でも、そのあとちゃんと俺の方を見た百々人先輩の顔はすっごく幸せそうに緩んでて、俺は恥ずかしいような嬉しいような、嬉しさを噛み殺したような変な顔になってしまった。おまけに、さっき言った『俺じゃダメですか』なんて恋愛漫画の当て馬みたいで恥ずかしかったかも、なんて今更考え始めてしまって、でも百々人先輩は全然そんなこと気にしてないみたいに嬉しそうで、もうどうしたらいいかわからず、消えそうな声で
「……そりゃね」
とかなんとかよくわからないことをごにょごにょ言うことが精一杯だった。