鋭百々 ※付き合ってない 静けさに満ちた部屋の中、鋭心は暗闇をじっと見つめていた。
眠れない。
いつもならばすんなり眠れるはずなのに、今日はなんだか全然眠気が降りてこない。なぜだろう。もしかしたら、先ほどまで見ていた映像の興奮のせいかもしれない。
今日はクラスファーストの三人で、鋭心の家のシアタールームの大画面で先日の運動会のアーカイブ映像を見ていたところだった。前後編に分かれたそのアーカイブ映像はかなりのボリュームで、全て見終わった時には夜中になってしまっていたので、当然の流れのように百々人と秀の二人は鋭心の家に泊まることになっていた。
とりあえず、なんだか喉が張り付いたようだから、水でも飲んでこようか。そう考えて、鋭心がベッドの脇に足を下ろした時だった。
「まゆみ、くん……?」
ベッド脇に敷いた布団で静かに寝息を立てていたはずの百々人が、目を擦りながら顔を上げた。
身を起こした百々人の向こう側に、秀がスマートフォンを握りしめて寝ているのが見えて、鋭心は声を潜めて返事をする。
「すまない、起こしたか」
「……ねれないの……?」
鋭心の問いかけには応えないまま、百々人は呟いた。まだ夢を見ているようにふわふわとした声の百々人に、鋭心は一瞬ためらった後、頷いた。すると、百々人はふわあ、と小さくあくびをしてから、鋭心の腰掛けているベッドに滑り込んでくる。そして、壁を背にして、鋭心のほうを見上げて、こう言った。
「……まゆみくん?ねないの?」
「……ん?」
百々人の行動がいまいち理解できずに首を傾げると、百々人は焦れたようにベッドの空いている方をぽんぽんと叩いた。鋭心は少し遅れて百々人の行動の意味を理解して、ぎこちない動きで、いまは面積が半分になってしまったベッドに逆戻りした。
「……失礼する」
「んん?へんなの……まゆみくんのベッドだよ」
鋭心が枕に頭をおいて、仰向けで寝転がると、百々人が腕の力で上にずり上がってきた。そのまま、鋭心の頭を胸の位置で抱え込むようにする。
「……きこえる?」
百々人に頭の上から囁かれて、鋭心は耳をすませてみた。
聞こえるのは、自分の呼吸、百々人の呼吸、そして少し遠くに秀の呼吸。どこかで、かすかなじじじ……という音が聞こえるのは、虫だろうか、それとも冷蔵庫だろうか。
鋭心が自分の胸から頭を離して聴覚に集中していることに気が付いたのか、百々人は鋭心の頭を抱えて自分の胸にくっつけた。
「……そうじゃなくて、ぼくの、心臓」
言われて、鋭心は初めて百々人の心音を意識した。とく、とく、と落ち着いた小さな音が聞こえる。加えて、耳を塞がれたことで自分の体内の鼓動も聞こえてきた。百々人のものより、少し早く聞こえる。速度のことは言わず、鋭心はただ頷いた。
「……うん、よかったあ……ぼくがちいさいころ、おかあさんにこれ、やってもらって……よく、ねむれてたから……」
百々人の言葉は不明瞭で、半分寝言のようだった。
俺は、初めてだ。そう言おうとして、自分を抱き寄せる百々人の腕の力が弱まったのを感じた。また眠ってしまったらしい。
口をつぐんだまま、鋭心は、しばらく百々人の規則正しい心音を聞いていた。とく、とく、とく。先程までの頭の冴えが嘘のように、頭がどんどん重くなっていく。そのまま目を閉じて、訪れる眠気に身を任せた。眠る前の頭の片隅で、百々人に抱きしめられて眠る自分はまるで子供のようだ、と思った。
自分の頭より高い位置にあるせいで、自分を抱えて眠る百々人の表情は見えない。それだけがとても、残念な気がした。