『Liquor GIRLS NIGHT』「ちょ……っと、真純!」
「なんだよ、志保姉」
「どういうことなのよ、ボクと個人的に飲みに行こうって言ってたじゃない」
「1対1なんて一言も言ってないだろ」
「謀ったわね……!」
「なーにコソコソ話してんのよ、飲み物決まったの?」
「あ、じゃあボクはオレンジジュース」
「私はモスコー・ミュール……」
「オーケーオーケー。蘭は?」
「じゃあ私はピーチ・アイスティーにしようかな」
「蘭、ほんとそれ好きよね〜。おつまみは園子様に任せなさーい!すいませーん!」
園子が手元の銀のベルをターンと勢いよく叩けば、人の良さそうな若い女主人がにこにことしながら注文を取りに来た。
盛夏。時刻は17時半、杯戸町にて。
園子おすすめのカジュアルな小皿料理居酒屋。店内は木目調の家具で揃えられ、素朴な印象を受ける。切り盛りする女主人の趣味なのか、レトロな雑貨が多い。ピンクの公衆電話、ジュークボックス、壁に貼られた右向きから読むポスターなど。小皿の創作料理が家庭的で美味しく、お酒の種類も豊富。若女将と2人の女性従業員でに切り盛りされている、こじんまりとしたお店。そのテーブル席に4人が収まったのはつい先程だ。
4人とは毛利蘭、鈴木園子、世良真純、宮野志保。大学が同じだが学部は異なる彼女たちは、講義が終わる時間が被れば頻繁に大学のカフェテリアや駅前のチェーンカフェでガールズトークに花を咲かせていた。時には4人でショッピング、旅行なども楽しんでいた。が、年次が上がるごとに大学の忙しさも増していき、会う回数は右肩下がり。
「だからー、園子様は思ったわけよ。飲み会してないなって!」
「どういう脈絡なんだよそれ……」
「多分ね、私と園子は学科同じだから帰りに飲みに行くことあったんだけど。世良ちゃんと志保さんとはなかったからって」
「なるほどな〜。蘭くんのフォローないとわかんないぞ」
「世良ちゃん、にぶーい!」
園子はアハハと笑いながらお通しの和風ポテトサラダを一口。あまりに美味しそうに食べるその姿に志保も釣られて一口。白だしベースとマヨネーズの味付けにアクセントとして軽くガーリックが効いている。鰹節が多めにかかっているが、使用しているのはじゃがいもとキュウリだけ、というのもシンプルでいい。ホクホクとしたじゃがいもとシャキシャキとしたキュウリと共演。お酒が着く前に食べ切ってしまいそうなくらい美味しくて、志保の箸が止まらない。
「志保さん、お通し気に入ったの?」
志保の目の前に座る蘭がにこにこしながら話しかける。もぐもぐと咀嚼していた志保は頷いて、口の中を空にしてから口元に弧を描いた。
「シンプルなんだけど、食感と味付けが好みなの。お酒が来る前に食べ切ってしまいそう」
「ふふっ、志保さん好きなものはいっぱい食べちゃう派だもんね」
「ら、蘭さん!」
顔を真っ赤にしながら照れる志保。それを見てさらに蘭は口に手を当てて笑い声をあげた。
「けど、この調子なら他のお料理も気に入ってくれそうだよ、園子」
笑って少し目尻に滲む涙を拭いながら、左横の園子に蘭が笑いかける。それを言われた園子は自分の胸に拳をどん、と当てる。任せてよ!のようなノリ。あまりに拳を当てる勢いが強かったのかゴホゴホと咳き込むおまけ付きではあったが。
「ごほ!や、そーよ、園子様に任せなさい!」
「園子ちゃん、今日は一段と楽しそうね」
4人分の飲み物をお盆に載せてきた若女将は微笑みながら園子の前にカシスオレンジをことりと置いた。コリンズグラスの縁に櫛形のバレンシアオレンジがひとつ載せられている。ボトムからクレーム・ド・カシスの深紫色、ミドルとトップにかけてのオレンジジュースの鮮やかな橙色のグラデーション。攪拌用のガラスのマドラーはトップに愛らしい金魚のガラス細工がついている。
「わ、ちょっと!女将さん、しーっ!」
園子が頬を桃色に染めながら、あわあわと両手を左右にぱたぱたと振る。それを見た若女将は愛らしいものを愛でるような微笑をたたえていた。
「あらいいじゃない。楽しいことはいいことよ。えーっと、ピーチ・アイスティーは……」
「あ、私です!」
「ありがとうございます。こちらに置くわね」
蘭の注文したピーチ・アイスティーもコリンズグラスに入れられ、ピーチリキュールの琥珀色が美しい。こちらにも攪拌用のマドラーがついており、ステンレス製のトップは可愛らしい桃が鎮座している。
「ありがとうございます!桃のマドラーですか?すごく可愛い〜」
「ピーチ・アイスティーは琥珀色だからピンクが映えると思ったんです。喜んでもらえて嬉しいわ」
真純の前に置かれたオレンジジュースはレトロな花柄が散りばめられた脚付きグラス。そこにジュースが並々と注がれ、園子と同じく櫛形にカットされたバレンシアオレンジが縁にかけられている。極めつけは縦に白と赤のストライプの入ったストローが刺さっていること。
「世良ちゃんの可愛い〜!レトロなお店にぴったり!」
「そうだな〜。ボクこんな可愛いの飲むの初めてかも」
うきうきとした真純の反応を見て、女将も破顔した。そして、志保の前にモスコー・ミュールが置かれる。こちらは打って変わって銅製マグカップに櫛形にカットされたライムが液面に載せられている。攪拌用のマドラーも黒いアルミ製のシンプルなもの。
「銅製なのね。オシャレだわ」
褐色のぽってりとしたフォルムに天井の昼白色が鈍く反射している様子をじっと見る志保に女将が声をかける。
「うちの店で1番人気なんです。普通、ベースはウォッカなんだけど、バーボン・ウィスキーにしてます。お気に召したら嬉しいわ」
「バーボン……」
志保は思わずその単語を舌の上に転がす。蚊の鳴くような声だったそれに気づいたのは横の真純だけで。彼女だけが志保の誰かを思い出して恍惚を浮かべる瞳を垣間見て……にやりと悪そうな笑みを浮かべていた。
「なあに、世良ちゃん。悪そうな顔〜」
そんな園子の声で忘我から帰還した志保は、瞬きによって先程の感情を押し込めた。時すでに遅しとは知らずに。
「いーやー?何でもないさ」
「お料理も運んできますね、ごゆっくり」
楚々と若女将が立ち去り、園子がコリンズグラスを手に取る。
「じゃあ〜乾杯しますか!」
「何に乾杯する?」
その動作を見た蘭、真純、志保の順で各々グラスを持つ。
「久しぶりの志保姉に、とか」
「なんでよ。みんなに共通するものでしょ、普通は」
「初めての飲み会に!とかは?」
「え〜蘭、オッサンくさい」
「もう!そんなこというなら園子が決めてよ」
「リカー・ガールズナイトに乾杯!!」
小気味いい声をあげ、コリンズグラスを掲げた園子に3人の視線が突き刺さる。
たっぷり1拍固まった3人は志保から笑い声をあげ始めた。つられた蘭や真純も各々けたけたと笑い始める。園子はグラスを掲げたまま存外恥ずかしかったらしく、赤い顔のまま動かない。
「園子さんにしては、」
「園子にしては」
「園子くんにしては」
「「「おしゃれ」」」
3人の声が見事に揃ったところで、それぞれグラスを掲げて乾杯の運びとなった。
「う、うう、うっさいわね!早く飲む!」
%
宴も半ば。
近頃の講義はどうだ、研究は、バイトは……そんな近況報告を一通り終えたところ。
注文した園子おすすめのおばんざいたちは、ほとんど食べ尽くされていた。
大根の天ぷら、山芋の雲丹和え、クリームコロッケ、たこアボカド、サクサク厚揚げ、トマトサラダ……。どれも美味しくて普段食の細い志保もぱくぱくと食べ進めたため、彼女たち4人のお気に入り・クリームコロッケは2回ほど追加した。
今残っているのは酒のツマミになりそうな、自家製つくねとサーモンマリネだ。
園子は2杯目の白ワインベースのサングリア、蘭も2杯目の梅酒ソーダ割り、真純も2杯目のアップルジュースと飲みを進める中、志保はというと。
「え?志保さん何杯目だっけ?」
「今運ばれてきたので4杯目よ」
「志保姉ずっとモスコー・ミュール飲んでるじゃないか」
「飲みやすくって美味しいの」
ふうわりと真純に笑いかける志保は顔もそこまで赤くなく、口調が少しおっとりしているくらい。気の置ける人達との会だからか目元も弛んで穏やかだ。ほんの少しお酒に強いらしい志保だがアルコールを含むと普段より饒舌になるようで、先程からよくしゃべる。
園子は今が好機と思い、ちらと蘭を見遣る。その目線がかち合った蘭も小さく頷き、斜め前の真純にも目配せする。
自称・青のキューピッド(由美タン)伝授された作戦を決行する時が来た。
「なあ、志保姉〜前から思ってたけどそのネックレス可愛いな」
「あら、ありがとう。最近気に入ってつけてるの」
ひょい、とネックレストップを摘み、にこりと微笑む志保。蘭がすかさず畳み掛ける。
「それって、シュテルファーマだよね?前に新一と見たんだけど」
「ええ。そういえば蘭さん、工藤くんからネックレスもらったの?前に会った時、やけに詳しくて。蘭さんにあげるの選んでる、って言ってたから」
「もらったよ!私のはラグーンハーツっていうところの……今日つけてるこれだよ」
「コーラルモチーフなのね、とっても可愛いわ」
「えへへ〜そうかな……あ……」
とここで蘭ははたと気づく。自分の話から遠ざけられた?と。どうやって軌道修正しようかと頭を捻る蘭をよそに、園子が唸り始めた。
「あーー!もう!やっぱ駄目だわ、しゃらくさいわ!」
指を綺麗に揃え爪を見せずに掌を上に向けて志保を示した園子はこう言った。
「志保さん彼氏いるんでしょ!!」
沈黙。
まさか一気に核心を付くとは思わなかった蘭は目を皿のようにしているし、真純はあーやっちゃったか……と左手でこめかみを押さえた。
一方、示された志保はきょとんとしており、口をポカンと開けている。だがそれはすぐに閉じられて、小首を傾げるポーズに移行した。
「い、る……わよ?あれ?言わなかったかしら?」
「はあ?!聞いてないわよ!」
「ボクも初耳なんだけど!」
「私も聞いてないよ!」
「え?そんな、工藤くんには言ったっ」
むぐ、と慌てて口を抑える志保。どうやら新一の名前は出してはいけなかったらしく、焦燥の色を浮かべている。
「え?新一?新一は志保さんの彼氏知ってるの?」
そこに食いついたのは蘭だ。彼女は志保の彼氏事情など新一からとんと聞いていない。
「や、あの……」
しどろもどろの志保はどうしたものかと俯いてしまった。
「やっぱり、あの時あたしが見たのは彼氏だったのね」
「園子さん、見たの……?」
真横で繰り広げられる会話を小耳に挟みながら、真純の中の探偵がフル回転する。
工藤くんと気軽に話せる人。恋愛事情なんてよほどの既知なはず。
事前に電話で聞いていた園子の目撃情報によれば歳上の男で金髪。
もしかして。
1人の人物に行き当たる。
あの人なら、志保があの名詞を聞いた時に心ここに在らずになることにも納得だ。
なぜならバーボンは誰かを聞いていたから。
例の犯罪組織が壊滅してから真純は長兄に説明しろと詰め寄った。詳しくは話せない、と言いながら赤井秀一が教えてくれたあの時の、あの人のこと。ベースを教えてくれたスコッチと会った時にいた……キャップを目深に被った金髪の男。
「安室くんだよ。真純も知っているだろう」
「やっぱり!いつだったか聞いたらはぐらかされたんだよな〜。ってことは、安室さんは秀兄と同じNOCだったってことか?じゃあ喫茶探偵も嘘ってことだよな……?」
「……それはどうかな」
カランとロックのバーボンを傾けながら、ニヒルに笑う兄の顔を忘れてない。真純はやはり間違ってなかった!と嬉しく思ったと同時に、あのライブハウスで安室が話を逸らしたことは無理もないことだと悟った。
そんなことはさておき。
もし志保の相手があの人なら、好奇心がくすぐられまくる。
真純はじい、と自分より少し明るめの碧の瞳を持つ志保の横顔を見つめる。すっと滑らかな鼻筋と小さな顎。猫のような目を縁取る髪色と同じ紅茶色の睫毛はくるんと上向き。少し煌めいているのはいつだったか志保が言っていたお気に入りのクリアマスカラだろうか。形のいい小さな唇は桜色。普段は低血圧と貧血のダブルコンボを持つ彼女だがアルコールを摂取しているからか血色が良い。柔らかな笑みを浮かべ、楽しそうなそれを見て真純は思う。身内の贔屓目で見ても、志保は美人だ。安室がどんな人間かはイマイチ知らないからビジュアルだけで判断するなら美男美女すぎる。
(……志保姉、美人だもんな〜。ってか、もしそうなら、秀兄何て言うんだろ)
真純が志保をじっと見つめている視線に気づいた彼女は自分より彩度の低いスモーキーグリーンの双眸を期待を込めて見つめた。この状況をどうにかしてほしかったからだ。だが、そうは問屋が卸さなかった。
頬杖をつきながら、にんまりとチェシャ猫のような笑みを浮かべた真純が放つ……ぽつりと、だがはっきりとした声色。
「志保姉の彼氏って……安室さんだろ?」
静寂が包む。
志保はつまんでいたつくねを箸からぽろりと落とした。園子は口をあんぐりと開けたまま固まり、蘭は目を見開いて口元を抑えている。驚きを隠せない彼らと対照的に真純はのんびりとアップルジュースをすする。その音で我に返った蘭と園子が綺麗にハモって叫んだ。
「「そーなのー!?」」
従姉妹に最大の爆弾を投下された志保は……テーブルに突っ伏した。
「し、志保さん!」
「ちょっと大丈夫?」
「おーい、志保姉〜起動しろ〜」
ゆさゆさと真純に身体を揺さぶられながら、志保の頭は高速演算をしていた。
彼氏がいることがバレるのは良い。寧ろ言ったはずなんだけれど。ただ、相手が知れるのは……その、いや、自慢したいくらいなのだけれども。どんな表情をしたらいいのかとか、どういうタイミングで話せばいいのか……そういったものが解らなくて避けていただけだ。自分の色恋なんてとんとご無沙汰で疎かったから、もうなんというか……。志保は困り果てた末に、こう宣う。
「恥ずかしい……」
小さく呟いた一言に、ぽんと志保の肩に手が添えられた。
「志保さんが照れ屋さんなのは知ってるけど……。彼氏さんのこと大好きなんでしょう?その気持ち、わたしたちにも教えてくれたら嬉しいな」
志保がぱっと顔を上げると、女神の微笑をたたえる蘭。
「わたしや園子だって、その……新一とのこととか、京極さんとのこととか……話したくなるもん。これからは志保さんも話してみて」
ああ……敵わないなと志保は居住まいを正す。
そうなのだ、せっかくの唯一無二の友人達。勿論どうしても話せない過去のこともある。だが、ありのままの志保を尊重し、気にかけてくれる存在を無下にはできなかった。これが、そうなのか。人と喜怒哀楽を共有するということ。みんなで笑ったり、泣いたり。そうやってプラスの感情はより記憶に焼き付けて思い出にできるし、マイナスの感情は心を苦しめる前にプラマイゼロへと昇華できる。
いつだったか、彼も、人と関わることの大切さを説いてくれた。
(そう……。それが今なのね)
「そーよー、話しちゃいなさいよ」
「ボクも興味ある!」
「……真純、貴方……シュウさんにペラペラ話すのだけはやめてちょうだい」
「なんでだよ、家族なんだからいいだろ〜」
からからと笑い声をあげる真純。
「話せば長いわよ」
「望むところよ、ね、蘭?」
「うん!」
各々ドリンクを追加注文し、聴く気満々興味津々のリスナーを前に志保はどう話せばいいのやらと天を仰いだ。
「はい!」
元気よく手を挙げるのは園子。質問式にするつもりなのかと、志保は少し身構えたが自分で話すよりはマシかと思い直して園子に発言を促す。
「いつからお付き合いしてるの?告白はどっちから?そもそも安室さんって何歳?そのネックレス安室さんにもらったのよね?あと……」
「園子待って!聞きすぎだよ、ほら見て」
蘭の声に園子がはっと志保を見れば、ぷしゅ〜と頭から湯気の幻が見えそうなくらい真っ白になった彼女がいた。
「あ、ごめん志保さん!つい聞きたくなっちゃって」
「い、いえ……いいのよ……」
オーバーヒート状態だったが、園子の質問はちゃんと聞いていた志保。モスコー・ミュールでカラカラになった口を潤し、重い口を開いた。まずは答えやすいものから……と。
「……安室さんは私より11歳年上よ」
「へ?11……ってことは、33歳?見えないわね……」
「ほんとだね。わたしたちが高校生の時に大学生ぐらいなのかと思ってた」
「キチ兄とほぼ同い年じゃないか!キチ兄も大概若く見えるけど……安室さんすごいな」
各々口走る、「若く見える」という総論に志保は頷いていた。ほんとそう思うから。
「だからお兄さんって感じしたのかな。お父さんの弟子していた時も、私やコナンくんのこと気にかけてくれていたし」
「確かにそーね。あたしの無理も聞いてくれたし、優しいよね」
「ああ、あのバンドの時のことか?」
「そーそー。ビッグマウスはほどほどにって言われたけど」
4人が声を上げて笑う。園子、蘭、真純は思い出し笑いだが、志保としてはあの人は私の友人に的確な注意をしたものだという面白さからくる笑い。
「なあに、それ。あの人園子さんにそんなこと言ったの?」
「や、けどね。安室さんは正しいの。あたしが悪かったんだから。ポアロでガールズバンド組みたい、ギターなんて簡単よって大口叩いたら店にいたギタリストのおじさんに絡まれてさ。安室さんが気を利かせてギターソロ披露して助けてくれたのよ」
「ギターソロとっても上手だったよね」
自分の彼氏が友人に褒められている。
自分のことではないけど、なんだかむずがゆい。嬉しく思っている自分自身を志保はマドラーを忙しく動かすことで誤魔化す。
「志保姉、照れてる」
志保は目敏い真純を少し朱を帯びた顔できっと睨む。
「……真純ったら」
「ね、あとは?志保さん話してくれないと、あたしずっと質問止められないんだけど」
聞きたくてうずうず、わくわくしている園子。
聞きたいけど志保を慮って無理強いはしない蘭。
目をキラキラさせて好奇心を爆発させている真純。
三者三様。
「あの、その……お付き合いは、2年前から、よ……」
「2年前?!なんでもっと早く言わないのよ!」
「だから言ったつもりだったのよ」
「あ、そっか……ごめん。で、いつ?いつ?」
「園子ったら食いつきすぎよ」
「だあって」
「ありがとう、蘭さん。……2年前の夏ね。一緒に花火大会行った時だったわ」
「へーえ。安室さんてロマンチストだな」
アップルジュースのストローをくるんと回しながら真純が言う。その意見には園子も蘭も、告白シチュエーションとして良すぎることに頷いていた。だが、志保は味変のため、モスコー・ミュールにライムを絞りながら首を傾げていた。
「どうかしら。その時言うつもりはなかったらしいわ、口が滑ったって」
「はあ?なんだよそれ」
あ!と蘭が手を打つ。
「わかった!浴衣姿の志保さんが可愛くて、言っちゃったとかかな?」
「それよ!」
確かにそうなのだが、改めて人に言われると恥ずかしさが増すな……と志保は思いながら軽く頷いた。
「安室さんも人間なんだな」
「世良ちゃんの感想なんなのそれ〜」
「いや、あんまり回数会ったことないけどさ。隙がない感じしたから」
「そうね〜、何でも出来そうなタイプだったものね」
「けどなんで、蘭わかったの?」
「新一のお母さんが志保さんの着付けしたって言ってたから。新一に蘭もしてもらえよって言ってくれて、私も着たの」
ここで初めて園子がため息を漏らした。
「園子さん?」
「あー……あたしも真さんと花火大会行きたい……」
ぽってりとしたフォルムのグラスの中身は白のサングリア。まるでビールジョッキをあおるように飲む彼女を見て志保は頭をめぐらせた。
「京極さんは今海外なの?」
「そーなの。来週帰ってくるらしいけど花火大会終わってるじゃない」
「いえ……来週は延期した花火大会があるわ。杯戸川のだったかしら」
「え!ほんと!じゃあ行かなきゃ」
「……もしかして志保さんも行くの?」
「ええ」
はにかむように微笑む志保。それを見て園子ははっとする。つい自分の話をしてしまった。
「あ、違う。あたしのことじゃなくて。なんて言われたの?ストレートに?」
「おーい、園子くん。今日はここまでのようだ」
「え?あ、もう11時なの?」
今いる店は閉店時間23時なのだ。時計の長針は10あたり。そろそろお開きにしなければならない。
「まだ聞き足りないのに〜」
口をとんがらせた園子に志保は笑いながら、
「今度話すわよ。またみんなでおいしいもの食べましょ」
志保の口から「また」が聞けた園子は満足気に頷いた。
こうして解散したのは23時。
蘭と園子は鈴木財閥お抱えハイヤーで、真純は愛車のXT400アルテシアを駆り、めいめいが帰路に就いた。
志保はというと、予め連絡しておいた待ち人がいる居酒屋からほど近い大きめのコインパーキングへ急ぐ。
乗りなれた白いボディは入口近くですぐに見つかった。するりと助手席に乗り込めば、柔らかな冷気。冷えすぎるこの車を彼は窓を開けてエアコンをかけるというスタイルで冷えすぎ防止をしてくれたようだ。彼は暑そうだが。
ハンドルに上半身をもたげていたドライバーがぐるりと顔だけを志保に向けた。
「おかえり」
「ただいま……遅くなってごめんなさい」
「楽しかったみたいだね」
「ええ……とっても」
「しかも話したいことがあって、うずうずしている顔だ」
ちょっと汗ばんだ褐色の左手が伸びてきて、志保の少し桃色の頬をすりすりと愛おしげに撫でる。彼女はその左手を頬に当てたまま手に取り左手に頬擦りする。そしてニヤリとからかうような笑みを浮かべて言う。
「さすがね、元喫茶探偵さん。貴方大人気だったわよ」
「……へえ。ほら、あとで聞いてあげるからシートベルト締めて」
降谷はしゅる、と志保の右手から左手を抜き取る。ちょっと残念そうな志保の桜唇に軽く唇を落とすのを忘れずに。自身もしっかりシートベルトを締め、タタン、とリズムをハンドルに刻みながらハンドルを握る。ブレーキとクラッチを同時に踏みながらミッションを1速に入れ、サイドブレーキを戻す。ブレーキから足を離しアクセルペダルを徐々に軽く踏み、クラッチを徐々に上げる。半クラッチになり、緩やかにRX-7は滑らかに動き始めた。ロータリーエンジンの独特なエンジン音を響く。それを見計らい、クラッチを戻しながらゆっくりアクセルを踏み込む。クラッチペダルから足を離し、場内徐行を遵守してゲートへ。
その一連の動作を見ていた志保は、嘆息を漏らす。
「私、ミッション車の運転できないと思う」
「慣れたら楽しいよ、今度試してみるかい?」
「……やる」
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カァァンとローターを高速回転させる音を響かせて、首都高速を白い悪魔が法定速度で駆ける。
杯戸町から帰るのに首都高速など使う必要は本来ないが、降谷たっての希望だったのだ。今日は夜の首都高走りたい……と。
カーラジオをつけないタイプの降谷は、ロータリーサウンドを楽しみながら運転しているなと、いつも志保は思っている。そんなところに水を差すようだけど、聞いておかねばならないことがある。
「ねえ、この前銀座に行った雨の日なんだけど。あなた園子さんが見てるの知ってたの?」
「見てるのは知っていたよ」
即答されたので志保は眉をひそめた。この人、確信犯だ。
「遠回しな物言いね……」
「安室と君が付き合うと解釈される分にはいいかと思ったんだ」
「詭弁よ。どちらにしろ貴方じゃない」
「公安の人間じゃない一般人の安室透と宮野志保が付き合ってる……それなら問題ない」
ばしりと言い切る降谷に志保は不思議に思ったけれど。お酒に酔っていつもよりお喋りな自覚のある今を利用して……前から聞きたかったことを声に乗せた。
「工藤くんに私とのことを話したのって、事件に首を突っ込ませたくないからって言ってたけど。それだけじゃないのよね?第一、あのカフェにいる時、わざと私を呼び出しておいて貴方は工藤くんと接触してたんだもの」
ミチ、とハンドルを握る彼の左手から不穏な音がしたが、構わず志保は続けた。
「周りに私たちのお付き合いを認めさせたかったんじゃないの?……私が恥ずかしがって人に言わないから外堀から埋めようってところかしら」
タン、タン、とシフトレバーを叩く褐色の指先。
「ねえ、零さん。どうなの?」
運転中のため当然前を向いている降谷のアイスブルーの双眸は無表情に見えるが、志保にはポーカーフェイスだとわかっていた。あの一瞬のハンドルを握り締めた行為が証拠。
彼もつくづく素直ではない。
いつもなら安室と俺は違う、なんて言うのに今日は変わらないなんて宣うのだ。
「……悪いか」
ぼそりと呟く彼のテノールに、志保は笑いを堪えきれなかった。この一言にすべての肯定が含まれていると感じたからだ。
「ふふ……、零さん可愛いのね」
「うるさい」
ウインカーレバーに手をかけ、左へと指示器を出す。もう降り口が近いからだ。みるみる減速してカーブへと吸い込まれる。料金所のETCレーンを通り一般道へ。高速を降りてすぐの交差点で赤信号に引っかかった。
「君を独り占めしたかったんだよ」
最前列にいるため、信号の赤が映る褐色の肌。口端に笑みを浮かべて志保をちらりと見遣る。その朱が混じるアイスブルーは志保しか映していない。いつでも。降谷零以外の誰かになったとしても。
それを如実に味わった志保は途端、心臓に火がついて頬にまで飛び火する。暗いし、信号が赤いからバレなくてよかったと思いながら、窓枠に腕を置いて車窓を見ながらぽつんと零した。
「……別に……公に認められなくたって。私には貴方だけだわ」
この言葉が夜闇に溶けただけだったのかは……神のみぞ知る。