[虎兎]鳩のいる公園 駅まで送る、そう言って一緒に部屋を出てきた。
目を覚ましてから、交代でシャワーを浴び身支度を整えてしまうまで、ほとんど会話らしい会話もなく。帰りますと言ったバーナビーが虎徹の部屋を出てしまえば、そのまま何もかもがなかったことになるのではないかと思うほどだった。
バーナビーが部屋を訪れたのは初めてだったので、確かに駅までの道順は知らないだろう。だが、そんなことは調べればわかることだったし、ただ単に虎徹がこのままで良いのかと本能的に別れのタイミングを先延ばしにし、バーナビーもそれを受け入れただけ――それは二人ともがよくわかっていた。
ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、ついいつものようにショートカットになる公園を突っ切る道へと進んでしまった。ああ、しくじった、そう思ってふと見ると、隣を歩いていたはずのバーナビーが少し遅れている。
「……な、そこのベンチでパンでも食ってかねぇか」
努めて何事もないように振舞っているけれど、歩みがゆっくりなのはもしかしたら昨夜の無茶のせいかもしれない。振り返ってそういうと、幾分ほっとしたような顔で「はい」と頷いた。
屋台でレタスとハムを挟んだパンを買って、ベンチで待たせているバーナビーにひとつ渡すと、立ったまま自分の分にかぶりつく。バーナビーはじっと虎徹の食べる様を見つめていたが、普段ならうるさく注意するような零れるパンくずを見ても何も言わず、やがて視線は外されてパンをかじりはじめた。
何か飲み物でも買えば良かった。
飲み込みにくそうにもそもそとパンを咀嚼するバーナビーを見てそう思ったが、この場を離れるのが何だか嫌だった。
朝の光はまだ街を照らしきらず、公園は夜の冷たい空気を残したままだ。二人の間にも昨夜の名残が横たわっているはずなのに、見ない振りをしたほうが良いのか、そうでないのか決めかねている。
ポロポロこぼれるパンくず目当てに、足元に鳩が寄ってきた。
――酔った勢いで?
――場の雰囲気に流されて?
そんなもので越えるには高いハードルで、二人は隔てられていたはずだ。けれど、確かに昨夜ベッドになだれ込んだのは、勢いに流されたからでもあった。
だから躊躇する。そこへ飛び込んでいくには、虎徹には抱えるものが多すぎる。
このまま黙って駅まで送り届けてしまえば、きっと虎徹もバーナビーも何事もなかったように相棒の顔に戻ろうとするだろう。再び職場で顔を合わせるときには、きっと最高のバディの姿をしているはずだ。
それが正解なのか? 相手はそれを望んでいるのか?
――自分はそうしたいのか?
そうして虎徹が言葉もなく堂々巡りの思考をもてあそんでいると、バーナビーはあと少しで食べ終わりそうなパンを口には運ばずにちぎって足元へ落としはじめた。
人に慣れているのか物怖じせずに寄ってくる鳩たちは、バーナビーの撒いたパンくずをついばんでいる。
よくよく見ると、鳩から目を離さずに手元を動かすバーナビーの顔はこわばり、唇は固くひき結ばれていた。
小さく小さくちぎられたパンは、明日の朝バディとしての日々をはじめるために帰ってしまわずに、この時間を引き延ばしたいというバーナビーの気持ちの現れなのだろうか。
もしそうならば。本当は二人の間を隔てるものが、虎徹に――壊し屋に打ち倒せるものでしかないのなら。
あと一歩踏み出しても構わないのか?
「……――なぁ、バニー」
俺はお前が好きだって、言っても構わないだろうか?