心の瞳で君を見つめればっていうけど心の瞳って何私の好きな人は優しすぎる。
例えばそれは、🪡や❤️🩹への気遣いだったり。
例えばそれは、天使の被害に遭った人達だったり。
例えばそれは、施設にいる子どもたちだったり。
例えば例えば例えば……上げていくとキリがないほどに彼は他にひどく優しい。
それとは正反対に、何故か彼は彼自身にとても厳しいのだ。
きっと過去に何かしらあったのだろうが彼自身が閉口してしまい分からないままでいる。
知りたいと思う気持ちと「そんなことないんだよ」と言いたい気持ちが溢れて気づいた時には簡単に彼に堕ちていた。
「主様、どうしたんだい?何か困りごとでも」
「あ、ああいや。なんでもないよ!今日は本邸で演奏だっけ?」
「そうなんだ、すまないね。主様と共に居られなくて……」
「ううん。貴方の演奏は素人目に見ても素晴らしいものだから、むしろ『うちの執事はすごいだろー!』って自慢したいくらいかな」
「私なんかまだまだだよ、主様。もっと素敵な演奏をする人は彼方にもたくさん居るしね」
ああほら、また彼は自分を卑下する。
そんなことはないのに、実力も才能も申し分ないと言いたいけど彼にはきっと私の声は届かないのだろう。
心にまるで堅牢な砦でも築いているように。
彼を満たす言葉は今の私にはないことをまざまざと知らされて胸の真ん中が締め付けられた。
「主様?やはり何かあったんじゃないかい?」
「なんでもないよ、🕯!ほらそろそろ馬車が来ちゃうから。玄関ホールに行かないと」
「……本当に何かあったら教えてほしい。主様の不安や悩みを取り除きたいんだ」
「私自身の問題だから、大丈夫!だから、気をつけていってらっしゃい」
「主様がそう言うならわかったよ。いってきます」
私の顔はきっと泣きそうな顔で笑っていたのかもしれない。彼の何か言いたげな顔が頭から離れない。
多分、言わないほうがいいのだと思う。この気持ちは彼にとってもきっと迷惑だろうから。
「主様、そんな顔しなくても🕯先生はすぐ戻られますよ」
「🪡……ごめん。そんな心配そうな顔してた?」
「それはもう。『心配で仕方ありません』って顔に書いてありましたよ」
「あらら、逆に🕯を心配させたかもしれないね」
「大丈夫ですよ主様。🕯先生はきっとその気持ちも理解してますから」
「ありがとう、🪡」
「さ、温かいココアでも淹れましょう。俺がお部屋までお待ちいたします」
「わかったよ。お願いね」
ぱたん、とドアが閉じると同時に深く息をつく。顔に出ていたとは情け無い限りだなあ……。
気分でも入れ替えようかと思い窓を開くと冷えた風が澱んだ空気を巻き上げてくれた気がして少し楽になった。
考えすぎて突っ走って、頑張ってすぐ心を潰してしまう私を掬い上げてくれたのは間違いなくここにいる執事達で、そしてその中の🕯だ。
私は同じようなことを彼にしたいし、頼られたいと思っている。残念ながら、彼は望んでいないようだけど。
どうしたら望んでくれるのか、なんて烏滸がましいかもしれない。けど、せめて彼の心の壁の数枚だけでいい、内側に入れて欲しいなと言う呟きを心に一つ落とした。
「主様、失礼します。ココアをお待ちいたしました」
「ありがとう。換気したらちょっと冷えてしまって……助かるよ」
「お体に障りますよ?主様が体調を崩したら俺も🕯先生も心配します」
「ごめん、でも空気がこもっちゃったのが気になって」
「言ってくだされば俺たちがやりますから」
テキパキとココアの入ったカップをローテーブルに置いてトレイを片手に腰に手をやって口を尖らせる🪡の幼い仕草に心がほぐれる。
今は彼のことを考えるより、他のことを考えていたほうが建設的か。
「主様……」
「ん?なんだい🪡」
「いえ、本当に何かあったら俺たちにご相談くださいね?……なんだか、今の主様はとても消えそうな気がして」
「そんなにやわじゃないよ、私は。心配性だね」
「俺は別にそんな、気にしてませんよ。ただ、他の人が」
「そうだね、他の人達のためにも元気でいないとだ」
「そうじゃなくて、その」
🪡が何を言いたいかは何となく察している、だけどごめんね。これは私自身の気持ちの落とし所の問題であって、君達に何ら非はないのだから。
嗚呼でも、『恋をする』と言うのはこんなにも重く辛いものだっただろうか?
「早く帰ってきて欲しいものだね」
「先生、それ聞いたら飛んで帰ってくると思うんですが……」
「まさか。彼は私情を挟んで依頼を受けたりしないよ」
「主様が思うより……いえ。これは先生に聞いたほうがいいですね」
「出来たら苦労しないんだよねぇ……」
ココアを一口含んでは飲みくだすと温かく特有の甘みに一息ついて頬が緩んだ。
いつ死ぬかも分からない世界なら、いっそ聞いてみるのもありかもしれない、なんてまとまらない脳内で浮かびあがる。
もしかしたら、もしかするかもしれないし……いや、ないか。
「最近は百面相することが増えましたね」
「地下のとあるバイオリニストさんのおかげかな」
「初めの怯え切ったお姿より今のお姿の方がとても素敵だと思いますよ」
「褒めてる?」
「褒めてますとも」
得意げに笑う🪡に当初の自分の姿がよぎり、頭痛がした。
そうだった、あまりの出来事で怖くて物陰に隠れたり距離取って会話したりしてたな……今は笑って過ごせているけどあの時は本当に申し訳ないことをした。
「本当にあの時は迷惑かけたなって思うよ……本当ごめん」
「いえ、お互い初対面でしたし!今はこうやって楽しく話せているので気にしてませんから!」
🪡もまた素直ではないけれど優しくて助けられることが多い。本当に頼りない主なのに、親身になってくれていい子だな、と再びココアを口に運んだ。
🕯🕯🕯
「主様」
「おかえり、🕯。演奏お疲れ様」
「ありがとう。主様もお疲れ様」
🕯が無事に帰ってきてホッとするのと同時に、何事もなく対応出来ている自分に驚いた。
彼が出ていく時はあれほど不安定になっていたというのに……何ともまあ単純な思考回路なのだろうか。
とりあえず、🕯は本邸用のローブからいつもの執事服に着替えに行くのを見送る。
いろんな人に言い寄られたのだろうな、その中に女の人もいるんだろうな、と思うと何と自分は心の狭い狭い女なのだろうかと嫉妬で顔を顰めてしまいそうになる。
「待たせたね。今日は冷え込んでいたけど、大丈夫だったかい?」
「🪡がココア入れてくれたりブランケット用意してくれたりしたから大丈夫だったよ。確かに冷え込んでたね……」
「そう、🪡くんが……いや、何ともないなら良かったよ」
「それはこっちのセリフでもあるからね?🕯も体冷えてるなら先に温まってきた方がいいよ?」
「いや、主様より先にはいるのは問題だろう。何より女性の体を冷やすのは私としても心配だから主様、先に入ろうか」
「補助はいいからね?ほんと、あの」
「ほら、手がこんなに冷たい。早く入らないと内臓まで冷え込んでしまうよ」
「待って話聞いて」
全く話を聞かないまま、されるがままに入浴補助を🕯にしてもらい体を温めた。いや、🕯の方が冷え込んでいたのでは?風邪ひくよ?と何度も声をかけても彼は聞かぬふり素知らぬふりで私に手を焼いてくれる。
困ったな……私は私の世話をしてほしい訳ではなくて、彼自身の世話をして欲しいのだけど。
「ねえ、🕯。私のことは今いいから、貴方は貴方のことをしてよ」
「主様の担当執事なのだから気にしないでほしい。ほら、髪を乾かさないと傷む原因にも風邪を引く原因にもなるからじっとして」
「……はあ。わかった、わかったよ。好きにして」
彼の意地の強さというか我の強さというか……一切合切私の願いは無視というのは、なかなか心に来るものがある。
振り切って私の意地を通そうとしてもきっと彼は傷ついた顔をして謝るのだろうことも、容易に想像がつくからこそタチが悪い。
昼間に話していた🪡との会話を思い出すけど、今の私にあるのは臆病な気持ちと、うまく言葉を繋げられない口と声だけ。
もういっそ寝てしまおうか、なんて思ってしまう。全部全部投げ出して過去のわからない、話さない彼への想いもどこかに放り出してしまって。
「主様、今日は特にお疲れのようだね。早めに就寝するかい?」
「そうだね……いや、もう少しだけ起きていたい気分だからまだ大丈夫だよ」
「そうか……なら、少しだけお話でもしようか」
「話し相手になってくれるの?」
「勿論。主様のためなら喜んでお相手するよ」
彼と話せるのであれば寝てしまおうか、なんて考えはすぐにどこかへ消え去った。話している間に私の考えや意図を伝えられるかもしれないのならば、逃す手はない。🕯は紅茶の用意をするから、と完璧なまでのヘアケアを終わらせて退室した。
するすると手触りのいい髪はまるで自分のものではないような感覚がしたが、これも悪くない。
髪の残り香がどこか🕯のものと酷似していて胸の内側が小さく跳ねる。こういうところが本当に心臓に悪い執事だ。
「全く。何がしたいのかわかりかねるよ、🕯」
残り香を感じて目を閉じると、ひどく落ち着く。何だか負けた気がしてとても悔しいような、嬉しいような。好きな人によって綺麗になったなら嫌な気はしない、しないけど……。
「主様、紅茶をお持ちしたよ」
「ありがとう。さ、座って」
「いや、私は」
「いいから。め・い・れ・い」
「……仕方ないね」
深くため息をついて🕯は私の元にティーカップを置くと、向かいに座る。
穏やかに揺れる瞳は快晴の青空を思わせる程美しくて憎い。だって、私のことはうつしていないんでしょう?
「さて、何を話そうか」
「そうだね……主様は本日どう過ごしていたんだい?」
「私?ううんと、そう。🕯が依頼で出かけた後は🪡と過ごしていたよ、ココアを用意してくれて少しばかりお話ししていたかな」
「ずっと🪡くんと?」
「そうだよ。彼は恥ずかしがり屋だね、私のことが心配で仕方ないって顔してるのにそんな事ないって強がっちゃって」
「……そうだね」
言い淀んだ🕯の言葉で会話が途切れた。
紅茶を冷まして一口飲んで一息尽きる。
途切れたまま気まずいような、なんとも言えない空気が流れて思わず視線を彷徨わせてしまう。
だめだ、なにか話題でも……
「あ、そ、そうだ。演奏依頼、改めてお疲れ様!どうだった?」
「依頼はいつも通り完遂したよ。私なんかの音楽で満足してくれたようだったし」
「🕯の旋律は逸品だよ。そんなに卑下しないで」
「そんな事勿体無い言葉、私などには合わないよ」
「何がそんなに貴方を……ごめん、なんでもない」
「……すまないね。何も言えなくて」
「気にしないで、人には言えないことなんていくつもあるよ」
私がそう言うと、再び沈黙が流れた。
困ったな……他に話題は、あっただろうか?
思案していると🕯が何やら真剣な面持ちで口を開く。
「主様は、私を見るたびに無理をした笑顔を作ってしまうね……何か粗相でもしてしまったかな?」
「え!?粗相?してないしてない!」
思わず大きな声で否定してしまった。驚いた顔の🕯もレアだけど、流石に失礼だったので謝罪して再び紅茶を飲む。
また気まずくなってしまった……。
「えっと、その、ただ私の気持ちの問題で……ごめん。🕯には何一つ問題なくて、感情の整理が出来たらちゃんと対応できるから。本当に気にしないで」
「それは、私が起因しているなら問題ないわけではないと思うのだけど」
「まさか!🕯が気悩む必要はないよ。気にかけさせてごめんね」
ここまでいっても、彼は気にしているのか不安げに私を見つめる。
話題を変えるためにも、🪡と話していた内容を伝えた。
「そ、そういえば🪡と話してたんだけど。私が『🕯早く帰って来ないかな』って呟いてたら🪡が『それをお伝えしたら飛んで帰ってきますよ』なんで返してくれてさ。🕯は公私混同しないだろうし、そんな事ないでしょって言ったら『一度本人に伺ってみてはいかがです?』なんて言われちゃってさ」
「🪡くんがそんなことを……」
「そう。🕯は真面目で自己犠牲するほどの優しさを持ってる責任感の強い人だと思ってるから無いだろうなって」
とりあえずはにかみながら残り少ない紅茶をはしたないけど啜って飲み下す。
🕯は頭を抱えたままため息を付いているけど、何かやらかしたかな……?
「主様が望めば🪡君の言う通り飛んで帰ってきていたよ。主様は私のことを買い被り、いや聖人君子のような思っているようだね」
「み、🕯……?」
「私はね、主様。真面目、優しいと言われるけども欲のある人間で、1人の男なんだよ。主様に邪な思いを持ってしまう愚かな、ね」
何かを懺悔するかのような絞り出す声で🕯がそう言った。言葉は頭に入ってくるけど、理解出来ないというか驚きで固まってしまう。
それを悪く捉えたのか、🕯は悲しげな顔で言葉を続ける。
「すまない、突然こんな事を……もし気まずいなら担当から外してくれて構わない」
「えっとまって?つまり、🕯は私のことが好き……ってこと?」
そう聴くと、🕯はゆっくり頷いた。嬉しさより、動揺が大きくて言葉が詰まってしまう。嘘じゃないんだよね?夢とかでもない?頬をつねったら痛かったから痛い。夢じゃないようだった。
「本当に……?」
「すまない、主様……執事にあるまじき感情を持つなんて不敬にも程があるよね」
「なら私も主様失格だね。🕯に同じ気持ちを持ってしまってるんだから」
「ある、じ様……?」
「これは命令ではなくお願いです🕯さん。私とどうか」
そういうと🕯の長い人差し指で唇を押さえられた。
くそう、どんな姿もサマになるな……
「それは、私から言わせてほしい、主様。……主様が担当執事にしてくれてからずっと恋い慕っているんだ。どうか私と共に生きてほしい」
刹那げに揺れる瞳を携えた彼に思い切り抱きついて、満面の笑みを浮かべて応えた。