Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    住めば都

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 40

    住めば都

    ☆quiet follow

    #aknk版深夜の創作一本勝負 よりお題をお借りしています。
    「おかえり」ユーハン夢。
    予定の時間を過ぎても帰ってこない主様を待ち続けるユーハンの話。

    翌朝、ほかの執事からもユーハンがずっと待ってたと話を聞いて、主様は某ワンちゃんを思い浮かべたとかいないとか。

    #aknkプラス
    aknkPlus
    #aknk夢
    #あくねこ夢
    cats-eyeDream
    #ユーハン
    uhan

    待てと言うならいつまでも 主人の帰宅時刻五分前になったのを確認し、ユーハンは出迎えのため本邸の玄関へ向かった。
     今朝、主人は「帰宅はいつもどおりだと思う」と告げ出掛けていった。彼女が「いつもどおり」というときは、十分から二十分くらいの誤差はあるものの、だいたいこのくらいの時間に帰ってくる。
     ユーハンは姿勢よく立ったまま、主人の帰宅を待った。だが、十分経っても、二十分経っても、彼女が戻ってくる気配はない。尤も、不思議な指環の力で二つの世界を行き来する彼女の帰還は、予兆も気配もなく、突然であるのが常なのだけれど。
     そのうち帰ってくるだろうと思っていたユーハンだったが、予定の時間から一時間が経って、さすがに不安を感じた。
     事件や事故に巻き込まれたのではないか。突然の病気や怪我で、身動きが取れなくなっているのかもしれない。彼女を狙う不届きな輩に襲われて、恐ろしい目に遭っていたとしたら。
     良くない想像ばかりが、もくもくと膨らんで影を落とす。堪らなくなって、ユーハンはぎゅっと拳を握りしめた。
     こちらの世界にいるときであれば、たとえなにを犠牲にしてでも、彼女を害する全てからきっと守ってみせるのに。世界を超える術を持たないユーハンは、あちらで主人が危機に瀕し助けを求めていても、駆けつけることさえできない。
    「……――様」
     怯える心を宥めるように、普段は呼ばない大切なひとの名前を呼ぶ。深呼吸をしながら、脳裏に彼女の穏やかな笑顔を思い描けば、雷雲のような真っ黒い不安の塊が、少し小さくなった気がした。
    「心配事のほとんどは、実際には起こらない……でしたね」
     ユーハンは、先日の講習で習った内容を思い出した。執事として身につけなければならない知識は多岐に渡る。二重生活を送る主人を癒し、支えるため、このところユーハンはメンタルケアについての学習に力を入れていた。
     主人のために学んだ知識が、己の心を守るのにも役立つとは。それは言い換えれば、彼女の存在がユーハンを守ったとも言えるだろう。主人が聞いたら、大げさだと苦笑しそうだ。誇張など一切なく、ユーハンは心からそう思っているというのに。
    「……早く、お顔が見たいですね」
     命を救われてからというもの、ユーハンは寝ても覚めても、彼女のことばかり考えてしまう。そうやって想いを向けられる相手がいるのは幸せなことだ。
     ユーハンは夜が更けても、主人を待ち続けた。背筋を伸ばした美しい姿勢のまま、玄関に立ち続けたけれど――シャンデリアに点された火を消す時間を過ぎても、彼女は帰ってこなかった。


     小さく呻き声を上げ、女はぱちりと目を開いた。自分が寝ていたことに思い至ると、慌てて身を起こし時計を見やる。時刻は深夜の一時を過ぎていた。
    「うっわ……がっつり寝ちゃった……」
     押し寄せる眠気に耐えきれず、帰宅してすぐ、仮眠のつもりで横になったところまでは記憶がある。部屋の電気は煌々と灯されたまま。服も帰ってきたときのままで、化粧すら落としていなかった。
     せめてアラームを設定できればよかったのだが、そこまで意識が持たなかった。すぐそばに転がっていたスマホをつけるとアラームの設定画面が表示されたので、寝る前の彼女が、どうやら同じことを考えたらしいというのが伺えた。
    「……さすがにもう寝てるだろうけど」
     呟きながら、女はメイク落としシートのケースを開けた。しっとりとしたシートを引っ張り出し、顔の表面でどろどろになっているメイクを拭き取る。ボディ用の汗ふきシートで体も拭き、服を着替えると、さっぱりして人心地ついた。
     彼女は通勤用のカバンを手に、肌身離さず持っている金の指環を取り出した。
    「よし、行こう」
     屋敷の消灯時刻はとうに過ぎている。このままこちらで夜を過ごしても構わないのだろう。けれど、本日の担当執事はシノノメ・ユーハンであるということが、女はどうにも気にかかった。
     予定通りに帰れなくて心配をかけてしまうことは、誰が担当執事であっても変わらない。むしろ担当であろうとなかろうと、執事たちは皆、心配してくれるだろう。
     だが、ユーハンは大切なものを喪ってからまだ日が浅い。帰ってくるはずの者が帰ってこないというのは、傷を負ったばかりの彼の心には負担が大きいのではないか。
     それに忠義心に厚い彼は、いつもどおりに帰ると言った女の言葉を信じて、まだ起きて待っているような気がした。
     彼女は指環を嵌めた。くるりと世界が回るような感覚のあと、目を開ける。すると、そこは見慣れた屋敷の寝室だった。


     ――主様は、今夜はもう、お戻りにならないのかもしれない。
     消灯時間を過ぎても帰ってこない主人に、ユーハンは落胆を隠さず嘆息した。
     本当なら、別邸へ戻って休むべきなのだろう。悪魔執事は貴人に仕えるただの執事と異なり、天使の襲撃があれば戦わなければならない。それに備えて日々のトレーニングも欠かせないので、体が資本なのだ。
     けれど、ユーハンは主人の寝室に場所を変えて、彼女を待ち続けることを選んだ。
     いくらか小さくなったとはいえ、大切なひとの身になにかあったのではないか、という不安が完全に消えたわけではない。このまま部屋へ戻り休んだところで、どうせ眠れないであろうことは容易く想像できた。まんじりともしない夜を過ごすのならば、起きていたほうがいくらかマシだ。
     そういうわけで、ユーハンは主人の寝室にいた。暖炉に火を点し、ロウソクの明かりが絶えないようにして、部屋の主が戻るのを待っていた。
     そうして深夜一時を過ぎたころ、ユーハンの待ち人は、ようやく姿を現した。
    「あ、主様……?」
    「わ、やっぱり待ってた!」
     予兆も気配もなく突然現れた主人に、ユーハンはとっさに呼びかけることしかできなかった。彼女は仕事に向かうときの服装ではなく、ユーハンからすると些か心許ないのではと思うような、生地の薄いワンピース姿だ。
     向こうで化粧を落としてきたのか、飾り気のない素顔は稚さを纏っている。彼女は薄い眉をぺしょりと下げると、許しを乞うように両手を合わせて頭を垂れた。
    「帰ってくるの、こんな時間になってゴメン!」
    「あ、主様! 顔をお上げください!」
    「本当にゴメン。いつもどおりって言ったのに……」
     主人に頭を下げさせるわけにはいかないと、慌てたユーハンの必死の説得によって、彼女は顔を上げたが、申し訳なさそうな表情は変わらない。その様子から、なにか危ない目に遭ったわけではなさそうだと推察して、ユーハンは密かに胸を撫で下ろした。
    「謝る必要はございませんよ。こうして帰ってきてくださっただけで、十分でございます」
    「でも……」
    「では、なにがあったのかお聞かせください」
     主人の行動を根掘り葉掘り聞き出そうとするなど、執事の振舞いではない。しかし、帰宅が遅れたことを申し訳ないと感じてくれる彼女が相手であれば、そんな無礼も許してくれるだろう、と。そこにはユーハンの分かりづらい甘えが隠れていた。
    「その……今日ね、仕事終わったあと、すっごい眠くてさ。家について、ちょっと仮眠するつもりで横になったんだけど、そのままがっつり寝てしまいまして……」
    「なるほど、そうだったのですね」
    「本当にごめん……」
     しょぼくれる主人に、ユーハンは柔らかい笑みを浮かべた。本当に、彼女が謝る必要などないのだ。
     たとえば、ハナマルが仕事をサボって寝過ごしたのであれば、ユーハンとて般若になるのを禁じ得ない。しかし主人は一日頑張って働いて、力を使い果たしてしまっただけだ。にも関わらず、目覚めるなり屋敷に戻ってきてくれた。怒るどころか、感謝しなければバチが当たる。
    「主様」
    「は、はい」
     呼びかけられ、怯えたように居住まいを正す姿が可愛らしい。どうやら己は相当厳しい人間だと思われているらしいと知って、ユーハンはハナマルへの態度を改めるべきだろうかと一瞬だけ考えた。すぐに却下したが。
    「お疲れのところ、こうして屋敷に帰ってきてくださり、ありがとうございます。主様にお会いできないまま担当の日を終えるのかと、残念な気持ちでいたのですが……お顔を拝見できて、満ち足りた気持ちで今日を終えることができそうです。お待ちしていた甲斐がありました」
     本当に――別邸へ戻らず待ち続けていて、良かった。
    「……うん。ありがとう、ユーハン。……ただいま」
     そう言って、主人はようやく小さな笑顔を見せる。ただいま。向けられた微笑みと言葉に、ユーハンは胸の奥がじんわりと温もるのを感じた。
    「おかえりなさいませ、主様」
     応えると、大切なひとが己の元へ帰ってきてくれたのだという実感が胸を満たす。ユーハンに胸の内に黒く凝っていた不安は、いつしか雪が解けるように姿を消していたのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖☺💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    住めば都

    DONEあくねこ、ルカス夢。
    いつもドキドキさせられて悔しい主様が、意趣返しのつもりで「ルカスは冗談ばっかり」と返したら、実は全部本気の本心だったと暴露される話。

    交渉係を務めて長い男が、自分の思いに振り回されて本音を隠せず、苦し紛れに冗談だよって見え見えの誤魔化し方しかできないのめちゃくちゃ萌えるなと思うなどしました
    いっそ全部、冗談にしてしまえたら 目の覚めるような美人ではない。愛嬌があるわけでも、聴衆を沸かせる話術を持つわけでもない。
     至って普通。どこにでもいそうな、地味で目立たないタイプ。――それが私だ。
     おおよそ三十年かけて築き上げた自己認識は、異世界で出会ったイケメン執事たちに「主様」と呼ばれ大切にされたところで、簡単に揺らぐようなものではない。
    「フフ、主様といられる時間は、本当に幸せです♪ この時間が、永遠に続けばいいのになあ……」
    「はいはい。全く……ルカスったら、冗談ばっかり言うんだから」
     上機嫌に微笑む担当執事を、私は半眼で睨みつけた。
     ルカスとアモンは、口説くようなセリフをよく言ってくる。恋愛経験の少ない私はそのたび顔を赤くしてドギマギしてしまうのだが、彼らの思惑どおりに翻弄されるのを、最近は悔しいと感じるようになっていた。
    1884

    住めば都

    DOODLEあくねこ。ナックとハンバーグの話。友情出演、ロノとテディ。
    執事たちの話題に上がるだけですが、美味しいもの大好き自称食いしん坊の女性主様がいます。
    後日、お礼を伝えられた主様は「私が食べたかっただけだから」と苦笑したそうです。

    お肉が苦手なナックに豆腐ハンバーグとか大根ステーキとか食べさせてあげたい気持ちで書きました。
    美味しいは正義 今日に夕食のメニューは、ハンバーグだ。
     食堂に向かう道すがらで会ったテディが、鼻歌混じりで嬉しそうに言うのを聞いて、ナックは落胆の気持ちを曖昧な笑顔で濁した。
     ナックは肉全般が苦手だ。メインが肉料理の日は食べられるものが少なく、空腹のまま夜を過ごすことも多い。
     だが、ハンバーグを心から楽しみにしているらしい同僚に、それを伝えることは憚られた。食事は日々の楽しみだ。テディには心置きなく、好物を味わってほしい。
     食事の時間は一応決まっているが、執事たちは全員揃って食事を取るわけではない。一階や地下の執事たちはそろって食べることが多いようだが。
     決められた時間内に厨房へ顔を出し、調理担当に、食事に来たことを告げる。そうして、温かい料理を配膳してもらうのだ。
    2130

    住めば都

    MEMO2023クリスマスの思い出を見た感想。
    とりあえずロノ、フェネス、アモン、ミヤジ、ユーハン、ハナマルの話をしている
    執事たちが抱く主様への思いについて現時点で、あるじさまへの感情が一番純粋なのはロノかなという気がした。
    クリスマスツリーの天辺の星に主様をたとえて、でもそこにいるのは自分だけじゃなくて、屋敷のみんなも一緒でさ。
    主様と執事のみんながいるデビルズパレスを愛してるんだなあということがとてもよく伝わってきて、メインストのあれこれを考えると心が痛い。ロノの感情と愛情が純粋でつらい(つらい)

    なぜロノの贈り物にこんなに純粋さを感じているかというと。
    手元に残るものを贈っている面々は、そもそも根底に「自分の贈ったものを大切に持っていてほしい」という思いがあるはずで、贈った時点である意味主様からの見返りを求めているのと同じだと思うんですよね。
    ただ、消え物にするか否かは思いの重さだけでなくて、執事たちの自分への自信のなさとか、相手に求めることへの拒否感とか、なにに重きを置くかの価値観とか、いろいろあると思うので、消え物を選んだ執事がみんなロノほど純粋な気持ちではいないんだろうなと思っている。
    1511

    related works

    住めば都

    DONE #aknk版深夜の創作一本勝負 よりお題をお借りしました
    「逃げてもいいんだよ」バスティン夢
    ※秋のホーム会話のネタバレを一部含みます
    向こうでいろいろあった主様が、バスティンと馬に乗っているうちに元気を取り戻す話

    主様といるときか、動物を相手しているときだけ、柔らかい空気を纏うバスティンに夢を見ています。彼は穏やかな表情の奥に激重感情を隠してるのがずるいですよね……
    安息の地を探して 天高く、馬肥ゆる秋。
     近頃の馬たちは元気いっぱいで、よく食べ、よく走り、よく眠る。前後の話の流れは忘れたが、先日バスティンは主人にそんな話をした。
     彼女がいたく興味を引かれた様子だったので、ならばとバスティンは提案したのだ。次の休日に、馬たちの様子を見に来るか、と。
     それを聞いて、元より動物好きの主人は目を輝かせた。馬たちのストレスにならないのなら、触ったり乗ったりしてみたい。そう話す彼女はすでに楽しそうで、無表情が常のバスティンまで、つられて笑みを浮かべてしまうくらいだった。
     だというのに――これは一体、どうしたことだろう。
    「……主様」
    「あ……うん。ごめん、ちょっとボーっとしてた。せっかく時間を取ってくれてるのに、ごめんね。今度はちゃんと聞いてるから、もう一回説明してもらえる?」
    2707

    住めば都

    DONEあくねこ、ハウレス夢
    本編2章の直後くらいに、セラフィムの騙った主様の処刑を夢に見るハウレスの話。

    始めたばっかりですが、生きてるだけで褒めてくれるあくねこくんにズブズブです。
    本編は3章1部まで、イベストは全て読了、未所持カードばっかりだし執事たちのレベルもまだまだなので解釈が甘いところも多いかと思いますが、薄目でご覧いただければと思います( ˇωˇ )
    悪夢のしりぞけ方 ハウレスはエスポワールの街中に佇んで、呆然と雑踏を眺めていた。
     多くの商店が軒を列ねる大通りは、日頃から多くの人で賑わっている。幅広の通りはいつものように人でごった返していたが、いつもと違い、皆が同じほうを目指して歩いているのが奇妙だった。
     なにかあるのだろうか。興味を引かれたハウレスは、足を踏み出して雑踏の中へ入った。途端に、周囲の興奮したような囁き声に取り囲まれる。
    「火あぶりだってさ」
    「当然の方法だよ。なにしろ奴は人類の敵なんだから」
    「天使と通じてたなんて、とんでもない悪女だな」
    「許せないよ。死んで当然だ」
     虫の羽音のような、不快なさざめきが寄せては返す。悪意と恐怖、それから独善的な正義。それらを煮つめて凝らせたような感情が、人々の声や表情に塗りたくられていた。
    4518

    住めば都

    DONE #aknk版深夜の創作一本勝負 よりお題をお借りしています。
    「おかえり」ユーハン夢。
    予定の時間を過ぎても帰ってこない主様を待ち続けるユーハンの話。

    翌朝、ほかの執事からもユーハンがずっと待ってたと話を聞いて、主様は某ワンちゃんを思い浮かべたとかいないとか。
    待てと言うならいつまでも 主人の帰宅時刻五分前になったのを確認し、ユーハンは出迎えのため本邸の玄関へ向かった。
     今朝、主人は「帰宅はいつもどおりだと思う」と告げ出掛けていった。彼女が「いつもどおり」というときは、十分から二十分くらいの誤差はあるものの、だいたいこのくらいの時間に帰ってくる。
     ユーハンは姿勢よく立ったまま、主人の帰宅を待った。だが、十分経っても、二十分経っても、彼女が戻ってくる気配はない。尤も、不思議な指環の力で二つの世界を行き来する彼女の帰還は、予兆も気配もなく、突然であるのが常なのだけれど。
     そのうち帰ってくるだろうと思っていたユーハンだったが、予定の時間から一時間が経って、さすがに不安を感じた。
     事件や事故に巻き込まれたのではないか。突然の病気や怪我で、身動きが取れなくなっているのかもしれない。彼女を狙う不届きな輩に襲われて、恐ろしい目に遭っていたとしたら。
    3615

    recommended works

    住めば都

    DONEあくねこ、ハウレス夢
    本編2章の直後くらいに、セラフィムの騙った主様の処刑を夢に見るハウレスの話。

    始めたばっかりですが、生きてるだけで褒めてくれるあくねこくんにズブズブです。
    本編は3章1部まで、イベストは全て読了、未所持カードばっかりだし執事たちのレベルもまだまだなので解釈が甘いところも多いかと思いますが、薄目でご覧いただければと思います( ˇωˇ )
    悪夢のしりぞけ方 ハウレスはエスポワールの街中に佇んで、呆然と雑踏を眺めていた。
     多くの商店が軒を列ねる大通りは、日頃から多くの人で賑わっている。幅広の通りはいつものように人でごった返していたが、いつもと違い、皆が同じほうを目指して歩いているのが奇妙だった。
     なにかあるのだろうか。興味を引かれたハウレスは、足を踏み出して雑踏の中へ入った。途端に、周囲の興奮したような囁き声に取り囲まれる。
    「火あぶりだってさ」
    「当然の方法だよ。なにしろ奴は人類の敵なんだから」
    「天使と通じてたなんて、とんでもない悪女だな」
    「許せないよ。死んで当然だ」
     虫の羽音のような、不快なさざめきが寄せては返す。悪意と恐怖、それから独善的な正義。それらを煮つめて凝らせたような感情が、人々の声や表情に塗りたくられていた。
    4518