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    kxxx94dr

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    94/ドラロナ(五十路、やもめ、Δ)ミニパパ
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    kxxx94dr

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    ミニパパちゃんとやもめドロ
    書初めと思っていたのにすっかり遅くなってしまった
    本当は三が日辺りで書く予定だったお話

    #ミニパパ
    mini-dad
    #やもめドラロナ
    dralonaTheWidow

    nightmare「今まで悪かったな」

     そう言って父さんは眉を下げた。困らせていたのは僕の方だというのに、寂しげに笑う顔に胸がつきりと痛む。そんな顔をさせたいわけじゃない。けれど違うと否定できない自分が悔しい。
     笑っている。父さんは笑っているのだからと、僕は何も言わなかった。今何か言ったら、全てが終わってしまいそうだったから。何かを思い出し、迷いもあるのだろうけれど、けれど吹っ切れたように口元は優しく微笑んでいた。

    「ずっとわかってたんだ。お前がどう思ってくれていたかなんて。けれどそれを受け入れてはいけないと思っていた」

     あの澄んだ瞳がじっとこっちを見つめてきた。なんの曇りもない太陽の昇る前のような、透明な青が。それだけで余計なことなど何も考えることなんて出来なくて、僕は息を吐き出すだけで精一杯だった。
     父さんはとっくの昔に緩んでしまっていた指輪を外し、棚に置かれたリングケースに並べて置いた。横には真新しいリングが光っている。父さんの物よりも少しだけ小さいリング。
     ずっとぽっかりと空いたままになっていた穴に、元のように収まった二つの指輪は同じ色をしていた。同じ物を見つめた色。

    「本当にいいのか?」

     まるでその言葉は自分に投げかけているようだった。きっと今でも迷いがあるのだろう。当然だ。
     そんなに簡単に投げ出せるようなものではないことくらい、僕でもわかっている。だからこそ父さんはそれに支えられていたし、強くあれた。そしてそれに囚われ続けた。

    「後悔してないか?」

     少しだけ潤んだ瞳が優しく問いかける。こんな時にまで僕のことを思うなんて、そんな父さんだからほっとけなかったんだ。
     だから諦めきれず、僕は我儘を言った。

    「後悔なんてするはずないよ」

     きっと何もかも間違っている。もっと『正しい』と言われる道はあったのだろう。そんなことはわかっていた。誰よりもわかっていたんだ。
     けれどその正しいことで全てが救われるなら、僕だって初めからそうしてた。それで父さんが笑って過ごせるなら、その道を選んでいた。
     けれど父さんはいつだって、少しずつ何かを削りながら辛うじてここにいて、笑っていた。それが父親だから、大人なのだから、飲み込むのが正しいと言うのであれば、そんなルールのほうが間違っているんだ。

    「…………そうか」

     だって目の前の父さんは、心底安心したように笑っている。僕が側にいることで、ようやく笑ってくれている。
     それだけでいい。それだけでいいんだ。それ以上は何も望まない。
     ただ父さんが安心して笑っているだけ。それだけで他に何もいらないんだ。

    「いらぬ心配だったな」

     父さんはしばらく黙っていた。口元は笑ったまま視線をふらふらとさせた後、棚の上で微笑む母さんと向き合った。ずいぶんと色褪せてしまった写真の中の母さんは、昔と変わらないままだ。今となっては父さんよりも僕の隣に立っているほうが違和感のない母さんの姿に、父さんは昔と変わらない顔を見せた。
     幼い頃から父さんは母さんの話をする時は、少年のようにはにかみ愛しげに話すけれど、声にも表情にも少しばかりの愁嘆の色を覗かせている。
     生涯を共にと誓った相手と数年で離れ離れになってしまったことを思えば当然なのだけれど、思ったよりも早くに訪れた死はそれだけ衝撃的で、今でも父さんの心を離さないでいた。目の前にまだ存在するのであれば、思い出も感情も移ろうことも薄れることもあったのかもしれないが、いなくなってしまった相手には思いは募るばかりで、当時のままに残ってしまう。
     そんな父さんの隠しきれない思いを乗せた横顔を、隣でじっと見ていた。そんな父さんだからこそ自分がどうにか出来たらとも思ったし、側にいたいと思ってしまったんだ。
     苦しいとも、寂しいとも、漏らす相手もなく一人、母さんのいた時間を見つめる父さんを。その思いを持ったまま、一歩前へと進めるなら、と。

    「……………………」

     父さんは写真立てをそっと倒し、棚の上に寝かせてしまった。ずっと見ることのなかった写真立ての裏側が、不格好に足を伸ばしている。
     ありがとう、そう呟いたように聞こえた。髪がかかって口の動きすら見えづらい横顔からははっきりとはわからないけれど、聞こえたのは確かに父さんの声。数十秒、写真立てに指先を付けたまま、父さんは何も言わず何も動かなかった。
     ああ、この横顔を何度見たのだろう。何も伝えて貰えず、ただ一人耐える父さんを見つめるだけだった日々。幼い自分には側に行くことも、声をかけることも出来なくて、せめてと横に座っていた。今にも泣き出しそうなのに、父さんが涙を零すことはなかった。
     覚えてしまった表情だけれど、今は少しだけ違う。母さんの顔も見えず、父さんの皺の増えた左手の指には小さなへこみがあるだけ。何かが輝くこともなかった。

    「…………父さん、」

     本当にいいの。何度も喉元まで出てくるのに、言葉にならずに飲み込んだ。聞くべきだ、どうか拒否しないで。そんな思いがぐるぐると体の内側でうねり、体が動かない。口を開くだけで言葉は飛び出すというのに。
     顔を上げた父さんが、呆然と立ち尽くすだけの僕を見た。優しい表情は昔と変わらない。けれどどこか諦めにも似た、寂しげな顔だった。
     そのまま僕をふわと抱きしめると、耳元でありがとうと聞こえた。さっき母さんに伝えたのと、どれだけの違いがあるのだろう。
     自然と涙が溢れ頬を伝い、父さんの肩を濡らした。気付いているかは顔も見えないのでわからないけれど、どうか気付かないでいて。背中に回された手の感触が、こんなにも嬉しいものなのか。それなのに固まってしまった体は、抱き返すことも出来ない。目の前に大事な人がいるというのに。

    「…………」

     耳元で、声が聞こえた。掠れた風のようなかすかな音だったけれど、聞きなれた声だった。何かを言おうとしている。何を。耳を澄ますと、あ、い、と聞こえた気がした。肩に乗せられた顎がまた動いたのが振動で伝わった。

    「だめっ!」

     体を引き剥がすことも、耳を塞ぐこともできず、咄嗟に大きな声を出した。何よりも聞きたかった言葉。けれどこれを聞いてしまっては、もうだめになってしまうと咄嗟に思った。聞いてはいけない、もし聞いてしまったら僕はきっと……。
     父さんはゆっくりと体を離していく。透ける髪の向こうにある表情は見えない。光を受けて薄い色となった睫毛がゆっくりと持ち上がり、伏せられた瞳が少しずつ色を乗せていく。ずっと何かを見ていた瞳。
     この色を見てしまったら。視線を絡めてしまったら。
     なのに体は動かず、ゆっくりと銀の光が揺らめくのを見入っていた。



    「…………っ!?」

     肺の中の空気が全て抜け出たと思うほどに、一気に喉の奥から飛び出した。うるさいくらいに鳴り響く心臓の拍動に押し出され、空っぽのはずの肺から次から次へと吐き出されていく。
     目の前には見慣れた天井が太陽に照らされ真っ白に輝いていた。その白の中には父さんの姿はなかった。ここが自室で、自分がベッドの上にいるのだと理解するのに一体どれくらいかかっただろうか。
     じっとりと全身に浮かぶ汗が服や髪を張り付けていて気持ち悪いのに、動くことも出来ずただ天井を凝視し息を吐き出すしかできなかった。体が重い。瞳を動かすだけで精一杯で、今この時が夢なのか、さっきまでが現実なのかも判断できなかった。
     吐き出す息がなくなって、ようやく騒がしかった心臓が落ち着きかけた頃、持ち上げられた手を目の前で握り締めると、ああ、ここが現実なのだと思えた。冷えてしまった指先まで血管に乗ってドクンドクンと脈打つのがわかる。
     ああ、生きている。ここが現実なのだ。酷い夢だ。いや、酷いのはこんな夢を見てしまったという今なのか。もう何もわからない。

    「…………はぁ」

     重い体をベッドから無理矢理引き剥がし、リビングへと向かう。早朝のリビングはしんと静まり返り、空気までもが鋭さを持って肌に絡みつく。
     けれどそれが今はちょうど良かった。あたたかい空気の中では、今が夢か現実なのかも怪しくなってしまうから。ここが僕が今いる現実。
     カラカラに乾いた喉が張り付いてしまっている。グラスに水を注いで一気に飲み干しても、ぐっしょりと濡れるほどに汗をかいた体はこんなものでは何も変わらない。生ぬるい水が喉の奥を滑り落ちていく。冷えた体にじわりと熱を伝えてくるくせに、味も何もわからないのが夢の続きのように思えてしまう。
     早く落ち着かなければ。父さんが起きてくる前に。
     ふう、と一度息を吐いた時だった。

    「おや、珍しい」
    「……!?」

     振り向けばそこには明るい部屋に不釣合いな男が立っていた。真っ黒な服に着られたような痩身の男。太陽の下ではその顔を見ることはほとんどないはずなのに、こんな時に限って現れる。会いたくないと思っていたのをわかっていたかのように、細い口を忌々しいほどに、にぃ、っと歪ませた。

    「どうしたの? そんなにいい顔して」

     奥歯がギリッと悲鳴にも似た鈍い音を上げた。いけないと思ってはいても、寝起きの頭は簡単に沸騰してしまう。けれど睨み付けても何も気にしていないのか、ドラ公は足音もさせずにこちらに近づいてくる。
     背後にはシンク、目の前にはドラルク。もう夢ではないのだから動けるはずなのに、根が生えたように動かない足に苛立ちが募る。睨んだところで気付くこともなく、愉悦の表情を浮かべ近づいてきた。

    「ああ、いい夢でも見れた?」
    「……うるさいっ!」

     思ったよりも大きな声が出た。子供じみた反応ににたにたと笑うのを止めないのが、また癇に障る。しかも今日に限って、しつこく食い下がってくる。おもちゃでも見つけた子供のように、離れるという気配すらない。
     鼻先まで顔を近づけて覗き込んでくるが、夜のように黒い瞳はこれだけ近くても何の感情の色を乗せていなかった。声色に反して、無がそこにはあった。

    「良かったねぇ。初夢、叶うといいねぇ」

     手にしていたグラスをカウンターに叩きつけると、ピシッと空気が割れるような音が手に響いてくる。会話をも切れるほどに澄んだ音だけが、部屋に残された。
     夢の内容など何も知るはずもないくせに、さも知ったかのような顔でこちらを探ってくる男の言葉にざらりと感情が逆撫でられる。わざとだと、わかっているはずなのに流せないでいるのは、僕がまだ子供だからなのか、それともこの人外が人の心を理解できない生き物だからなのか。

    「じゃあ、私は寝ようかな。おやすみ」

     何も思うことがないのか、ドラ公は表情を変えずに踵を返す。父さんの眠る部屋へと、何の迷いもなく真っ直ぐ向かうその背を、僕は黙って見ていることしかできない。止めるだけの術も理由も何ももたないから。
     音もなく扉の向こうへと消える直前、ドラルクは振り返りじっとりとした笑顔を浮かべた。

    「良い夢を」

     それだけ言うと真っ暗な中に溶け込んだドラルクはぱたんと扉を閉め、あの部屋とこの空間をはっきりと分けた。日の差し込み始めた明るいリビングで、僕一人ここにいる。けれどこれが僕の生きる日常で、現実なのだ。この夢のような日常が、僕の日常で覚めることなく続いている。
     もうどっちが夢なのかもわからない。夢と現実とどちらが非現実的で、おかしいのかすらももうわからなくなっている。
     僕はこの切り取られた部屋の中、たゆたうようにここにいる。覚めることのない夢のようなこの場所に。
     窓の外では変わらず鳥の鳴く声が響き、太陽が昇っている。
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