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    kxxx94dr

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    94/ドラロナ(五十路、やもめ、Δ)ミニパパ
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    シャモfes3rd 展示①
    お正月のやもめちゃんたちの日常

    #ミニパパ
    mini-dad
    #木下親子

     年末の慌ただしさも過ぎてしまえば、時間は急にゆっくりと流れを変える。街中も穏やかな空気に包まれていた。
     日本という国は祭り好きというか、行事を目一杯楽しむ質だと思う。年越しと聞けば掃除をして身綺麗にし、お節を準備しながら蕎麦も忘れない。つい少し前にクリスマスにケーキを食べているのに、迷いなく初詣に出かけている。
     それを当たり前にしているこの国だから、日々明るく過ごせるのだろう。小さな島国で代わり映えのない日常を、時間を持て余すことなく乗り切る術になっている。
     何もない時間は余計なことを考えさせる。そんな隙は後悔や絶望といった暗い感情を増幅させてしまう。だからそんな時間を作らず、感じないことが大事なんだ。
     人間はどんなに忘れようとしても、大事なことを忘れられない生き物だから。




    「おはよう、父さん」
    「…………うん」

     寝ぼけた目を擦りながらリビングに現れた父さんは、乱れたパジャマの隙間からほんのりと火照った肌を覗かせていた。寝起きだから、それ以外の理由を頭の中から掻き消した。
     昨夜のことは、今はこの空間ではなかったことになる。たしかにあったからこその証拠が父さんの体に残っているけれど、それは今は意識すらしちゃいけないものだから。

    「ドラ公がさ、お雑煮準備してくれてたけど父さんもう食べれれる?」
    「そうだな」
    「お餅は? 何個?」

     あくびしながらソファに緩く体を沈める父さんを横目に、トースターの中に切り餅を放り込んだ。コンロの火をつけると出汁の優しい香りがふわりとキッチンに広がった。
     昨夜も遅くまで店は騒がしかったというのに、自分が食べもしないものを毎年こうして準備してくれている。何年も繰り返された行事。
     当たり前に過ごしていた日々、内心何を思っていたのだろう。全てを知ってしまった今、自分の中に浮かぶ言葉を飲み込んだ。

    「はい、どうぞ」
    「ありがとう」
    「あついから気を付けて」

     向かい合って手を合わせる。静かな朝だった。窓の外もまだ眠っているように静かだった。年越しの盛り上がりなどなかったように、一月一日の空気はいつも穏やかだった。
     こうしてまだドラルクの眠る正月の朝を過ごすのは今年だけじゃない。けれどこうして色々知ってしまってから、一体どんな顔をして飲み込めばいいのかと思いが浮かばないわけじゃない。
     見えているようで見えなかった時間。自分だけ知らなかった家族の裏側。こんな団らんがいつまでも続いたら、そう思っていたはずなのに自分と家族の見えていた景色はあまりにも違っていた。

    「これを食うと正月って気がするな」
    「普段お餅って食べないしねぇ」
    「たまにはいいな」
    「そうだね」

     きっと外は肌を刺すような寒さだろうけれど、柔らかな日差しの差し込むここはとてもあたたかい。言葉が途切れても心地よい空間ができている。
     それでいい。そう心の中で呟いた。今、何か問題がないのであればそれでいい。それ以上は望んではいけない。
     今、目の前で柔らかく笑っていてくれているのなら、きっとこれは正解なのだ。だから僕は笑うだけだ。

    「あ、そうそう。今年もおばあちゃんちから届いてたよ。年賀状」
    「そうか、いつもありがたいな」

     年末年始は忙しくて出すことはないのに、毎年みかんやお餅なども送ってくれて、それでいつも今が冬なんだと感じる。優しい文章を添えられた年賀状で、今年も年が明けたのかと父さんは笑う。

    「2月だと慌ただしいか」
    「連休っていうなら3月のがゆっくりかな」
    「春休みになったら卒業報告も兼ねて挨拶に行くか」
    「そうだねぇ。じゃあ今年も送ろうか。寒中見舞い」
    「……そうだな。たのむ」
    「うん」

     このやり取りも毎年恒例のこと。きっと来年もその先も変わらないはずなのに、こうして知らないことのようなやり取りを繰り返してる。なんでもないという顔をして、わかりきった答えを待っている。
     孫の顔を見せようと写真はこまめに送っていても、年賀状はずっと作っていない。田舎からは果物や手紙はもちろん年賀状も届いている。けれどそれに返すものはない。

    「ねぇ、父さん。写真撮ろ?おばあちゃんたちに送るのに」
    「俺もか? お前のだけのが嬉しいだろ」
    「そんなことないよ。ほら、撮るよ」

     無理矢理に隣に座り、スマホを構えた。小さな画面の中にある笑顔は、カウンターの中と同じ顔をしていた。綺麗に作られた笑顔。

    「ありがと。そしたらこれで後で作っとくね」
    「いつも悪いな」
    「別にいつものことだし」

     寒中見舞いの準備が終わると、ようやく年が明けたのだと思えた。我が家だけの年越しの習慣。
     父さんは静かに年賀状を眺めている。賑やかな印刷とは対象的な、寂しげな笑顔で。

    「今年はあんまり雪も降らなかったから、雪だるまとかのイラストでも入れてみようか? 赤いマフラーつけたやつ」
    「そうだな」

     毎年、写真には明るいフレームと花のイラストを添えている。楽しくすごせていますよ、と伝えるために。
     部屋で撮った写真の背後にはいつも小さく母さんの写真立てが入っている。毎年代わり映えのない写真。けれど変わらずここで家族暮らしていますと伝わるように。

    「今年ももうこんな時期なんだね」

     この家の喪はずっと明けていない。誰も何も言っていないけれど、ある時ふと気がついた。忘れているわけでも、忙しいからでもなく、出せないでいるのだと。
     だからこれがこの家の当たり前だった。何も言わないけれど、なぜかもわかってしまったから。

    「いい顔してる」

     それでもいいと思えた。ただ笑っていてくれるならそれで。人の気持ちなど簡単に変わるものではないから。
     きっと喪が明ける日はこない。
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