世界を敵に回してもグレイもオイラのこと嘘つきだと思う?
いつだったか、まだゴーグルで素顔を隠したままの君に問われたことを覚えている。
あの時答えたとしたら、どうだっただろう、少なくとも言い淀んでしまっていたかもしれない。
だけど今は、今もう一度、同じ質問をされたら、間を置かずに返事をする自信がある。
だから、震え出しそうになる体を無理やり動かし、目の前で揉み合う二人の間に割り込んだ。
「…っ…やめて、ください…!」
「グレイ…」
パトロールの休憩中に急に掴み掛かってきて、ビリーくんを壁に縫い止めていたのは、別のセクターのヒーローの1人だった。
何とか引き剥がしてからも、仲間と共にこちらをきつく睨んでくる。
「お前!そいつを庇うのか?機密情報漏洩の共犯だと見なされても仕方ない行為だぞ!」
鼓膜を震わす恫喝を受け、背に庇った彼の表情は窺えない。
「情報漏洩なんて、僕たちはまだルーキーで…重要な情報にはアクセスできません…!」
「そいつならできるんじゃないのか?情報屋だか何だか知らないが普段から怪しい行動をしているらしいじゃないか」
「…そんな…飛躍し過ぎじゃ、」
「だったら、どうやって公表前に漏洩のことを知ったんだ?ああ?」
ぐっと詰め寄られ、情けなくもこちらも一歩後退してしまう。
ビリーくんと密着しそうなほど距離が狭まり、手袋越しの手が腕に触れた。
「情報元は言えない。だけどオイラじゃないヨ。漏洩がこんなにすぐにバレるような雑な仕事はしまセーン」
「っ、ふざけるな!」
再び掴み掛かろうとした相手に、思わずナイフを構える。
市民相手には何があっても武器を向けてはいけないが、ヒーロー同士なら多少は許される状況だろう。
「チッ…この嘘つきが!お前の言うことなんか誰が信じるか!」
「っ、ビリーくんは嘘つきじゃない!!」
自分でも驚くような大きな声が出て、前からも後ろからも息を呑む音がした。
呆気に取られた相手の隙を突いて能力を発動する。
手袋越しでも熱い手を掴み、すぐに霧に紛れて走り出した。
しばらくして息が続かなくなったところで、四方を建物に囲まれた空き地で漸く足を止める。
荒い呼吸を繰り返し、その場に膝を着くと、隣でも同じように崩れ落ちた影があった。
「はぁ…はぁ、ビリー、くん…大丈夫…?」
「…はぁ、グレイ、相変わらず走るの早いね…」
僕ちんもう動けない、と、地面に寝転んでしまう。
その頭を思わず伸ばした片手で受け止めていた、だって彼は汚れるのが嫌いなはずだから。
踏ん張るつもりが腕を引かれ、つられて自分も倒れ込む。
慌てて隣に顔を向けると、こちらが添えた手のひらをそのまま枕のように使いながら、悪戯っぽく笑いかけられた。
「グレイ」
「うん…?」
「ありがと」
「……うん」
近頃は、ゴーグル越しでも何となく表情を読める気がしている。
少なくとも本音かどうかは感じ取れる自信があった。
もしかしたら、器用な彼は自分が助けに入らなくとももっと円満に場を収めたかもしれないと思っていたが、余計なお世話ではなかったようで少し安心した。
「こんなこと前にもあったよネ。グレイが手を引いて逃げてくれたこと」
「そうだったね」
「…またグレイに助けられちゃった」
オレンジ色のレンズ越しに、大きな瞳が柔らかく細められる。
やっぱりちゃんと見たいなぁなんて内心もったいなく思っていると、心を読んだかのように、ビリーくんがゴーグルを持ち上げた。
澄んだ空のような、深い海のような、青い目が、少しだけ潤んでいる。
伸ばしかけて止めた反対側の手が引かれ、相手の体の上に、まるで抱き寄せているかのように導かれる。
「わ、ビリーくん、?」
「ちょっとまだドキドキしてるから、こうしててくれない?」
「う…うん」
「グレイの体温は安心するネ」
重なったままの手とこちらを見つめる瞳の間で視線を彷徨わせていると、瞬きと共に一粒だけ、涙が零れ落ちた。
「…わぁ。これ、初めての嬉し泣きだヨ」
「えっ?嬉し泣き…?!ど、どうして…」
「ンー、感動しちゃったんだよねぇ。グレイが俺のこと、嘘つきじゃないって、怒ってくれたから」
珍しく眉毛の下がる笑い方は、照れ隠しのせいだろうか。
重なっていた手はいつの間にか握り合っていて、顔を見合せてお互いにもっと照れてしまった。
「グレイは俺のこと疑わないでいてくれるんだネ」
「もちろんだよ」
でもね、ビリーくん、本当は少し違うんだ。
誤解を招かないように上手く伝える自信がないから、まだ口に出しては言わないけど。
君が嘘つきでも、そうじゃなくても、本当はどっちでもかまわない。
もちろん君を嘘つきだなんて思わないけど、善でも悪でも関係なく、とにかく、君の味方でいたいんだ。
…たとえ世界を敵に回しても、なんて。
「あのネ、グレイにだけ教えちゃう。情報漏洩の犯人は、俺っちをどやしてきた本人なんだ」
「……えぇ?!」
「尻尾を掴もうとエサを撒いておいたら、まんまと引っ掛かってくれた。どさくさに紛れて俺っちに罪を被せようとしてたみたいだけど」
握っていた手の中に何かの感触、そっと開いてみると小さなUSBが現れた。
「オイラもグレイも素手で触れてないもんネ~?機密情報が入ったメジャーヒーロー以外持ち出し禁止のUSBにどうして格下ヒーローパイセンの指紋がついてるんだろうネ?」
すっかりいつもの調子に戻ったビリーくんは、ばちんと音のしそうな勢いで片目を閉じて見せる。
「実はブラッドパイセンにも報告済みで、今日は敢えてターゲットが接触しやすいようにしてたんだ」
「そ、そうだったんだ…」
「相手は血の気が多いって聞いてたからちょっとだけ不安で、だけどグレイが側に居てくれればやり遂げられる気がして…先に話すとグレイも緊張しちゃいそうだから言えなくて…巻き込んじゃってごめん!…許してくれる?」
今度は神妙な顔つきになり、こちらの様子を窺うビリーくんを見て、怒るどころか場違い
に口元が緩んでしまう。
ビリーくんになら利用されたっていいのだけど、自分に利用価値なんてほとんどないだろうけど、それでも、少しでも助けになるのであればそれはとても嬉しいことなのだ。
「…ビリーくん、ありがとう…僕を頼ってくれて」
「グレイ、」
「ビリーくんのお仕事は危険が付き物なんだよね…今日みたいにいつでも僕がビリーくんを守れたらいいのに」
「…もーう、グレイ~また泣かせようとしてるー?」
証拠品のUSBを仕舞って再び隙間のなくなった手に、力が込められる。
色んなことを二人で一緒に楽しもうと言ってくれた君だから、二人で一緒に苦しむことも傷付くことも怖くないって思えるんだ。
空き地に降り注ぐ昼間の光を浴びながら、しばらく黙ってお互いの存在を感じていた。