美食はディナーに毒を盛るのか「本日の犯人当てはミチルくんが犯人として幕を閉じましたけれど、果たして本当に美食のミチル──こと袋井満は、お茶菓子に毒を盛ったのでしょうか？」
「なんだよいまさら。お前の解答通り、ティーカップに毒を塗った方が現実的だとか、そういう話か？」
「いいえ。美食のミチルは、毒という本来必要ないもの──つまり余計なものを、自身の手料理に混入させるのだろうか、という疑問です。それに、袋井満という意外にも……いえ、見た目通り正直で誠実な少年が、何食わぬ顔で毒入りの食事を提供できるのでしょうか。彼を疑いもせず、それを口にするものの信頼を裏切るわけですし」
　今まさに、出された満の料理を躊躇なく食べながら、長広が宣う。長広と満、ふたりだけのディナーは、ナポリタンだ。
　スプーンとフォークを使って、綺麗にくるくると巻いてから、口へと運ぶ。スプーンを使ってパスタを食べるのは、本場イタリアでは幼児だけだというが、ここは日本なので遠慮する必要はない。制服に赤いシミができては困る。
「買い被りすぎなんじゃねえか？　袋井満のことを、さ」
「ミチルくんの料理を堪能しながら死ぬだなんで、さながら腹上死ですね」
　ふふ、と、楽しげな笑い声。
「もし私に毒を盛るのなら、遅効性にしてください。即効性では、料理を味わえない」
　満は何かを思い出しているのか、うーんと唸りながらパスタを食べ、ごくりと飲み込んだ。
「むかし、なんかの映画で、料理に毎日ちょっとずつ……洗濯洗剤、だったかな。を、混ぜて殺すってのを観た覚えがあるんだが。それって絶対、味がおかしなことになるだろ。俺がやるなら、へんなもんが入っているなんて疑問を持たせない。完璧な味にするぜ」
「完璧な味、ですか。それって、へんなもの、有体に言えば毒を混ぜた状態で味見してるってことになりません？」
「無味無臭の毒は何種類かあるはずだぜ」
「無味無臭って、本当なのかな？　と思いませんか？　無臭はまあ分かりますけど、無味って、口にしてみないと分からないでしょう？　致死量以下を口にして、味はないと確かめたのでしょうか。そうだとしても、せめて統計学上有効な人数から証言を得ないとなりませんよね。人によっては、微かに甘みを感じるとか、そういう味覚の違いがありますし。そう思うと、本当に無味なのか、料理に混ぜたことで味に変化は起こらないのか──心配になりませんか？　だから緻密に、繊細に調味する美食のミチルは、必ず味見をするはずです。いつもそうしているように。味見せず、自分の作ったものに絶対の自信を持てますか？ それを持たずに、提供はしないでしょう。そうすると、提供されたものを食べた人物だけでなく、美食自身も少しずつ体内に毒を取り込むことになりますよね。まあ、味見程度ではほんの少量でしょうけれど」
「確かにそうだな。じゃあ俺は、お前に毒を盛りながら、自分にも毒を盛ってるのか。気づかなかったぜ。でもまあ、お前の言う通り量はほんの少しだから、同時には死なねえよ。良かったな、最期まで俺の料理が食えるぜ。俺はお前よりも後に去くことになる」
　にやりと満が笑った。


──その表情、すごく好きだなあ。


　と考えながら、長広は唇についた真っ赤なソースを、ぺろりと舐めた。