なんてことない休日「~♪~♪」
ミスタの鼻歌がキッチンから聞こえてくる。料理を上達すると意気込んだ彼は、まずは簡単なものからと朝食のメニューを調べてきたらしい。レシピを確認したが、そこまで難しいものではなくこれなら俺が傍で見ていなくても大丈夫だろうと判断した。
「いいか、ミスタ。アレンジするのは1回作ってからだ。最初はレシピ通りに作るんだ」
「分かってるよ、ダディ!これでも飲んでて待っててよ!」
押し付けられたコーヒーカップ。豆と水じゃんと言うくせに、ミスタの淹れるコーヒーは美味しい。
プレゼントした黒色の生地に狐のワンポイントが入ったエプロンを身につけながらキッチンを右往左往するミスタ。何故か着ている俺のTシャツから伸びる白い足が、朝からイケない欲を沸き立てる。流石に朝から盛るのはミスタに怒られるだろうと、スマホをいじる。今日は2人揃っての休日だが、特に決まった予定もなかった。ショッピングでもいいが、家でまったりと映画を見て過ごすのもいいなぁ。Twitterを開けば、ルカが部屋に虫が出たらしいくUNPOGと騒いでいた。頑張れとリプを送る。
「ヴォックス~?そろそろできるから運んでくれない?」
「ああ、もちろんだとも」
キッチンに向かえば、ホカホカと美味しそうなエッグベネディクト。スープも作ったらしく、大きめのソーセージの入った野菜たっぷりのスープ。
「美味しそうじゃないか」
「ほんと?冷蔵庫にサラダもあるんだ」
そう言ってミスタが取り出したサラダも、綺麗に盛り付けられておりドレッシングがキラキラと光っている。
「バランスもいい。これから朝食はミスタに頼もうか」
「起きれたらね」
こぽこぽとミスタお気に入りのりんごジュースをグラスに注いでいく。なんだか今日は俺も飲みたくなって、2人分用意する。
「うん、食べよう!」
自分の出来に満足なのだろう。むふんとどや顔のミスタ。
「そうだな。冷める前にいただこう」
早速彼特製のエッグベネディクトを口に運ぶ。トーストの焼き加減も、ポーチドエッグの火の通り具合も完璧と言って差し支えないだろう。ベーコンの塩気とオランデーズソースがよく合っている。スープを一口飲めば、コンソメと野菜の優しい風味が調和していた。
「とても美味しい」
俺の感想にホッとしたような様子のミスタ。頭をわしゃわしゃと撫でて褒めてやりたいが、あいにく机が邪魔だ。出来るかぎりの賛辞を伝えれば、褒めすぎだよと顔を真っ赤にするミスタ。
「でも俺やっぱりヴォックスの料理の方が好きだな」
ミスタの言葉に、思考が止まる。目の前の男はいったいどこまで俺を骨抜きにすれば気が済むのだろう。こちらの様子に気が付かないミスタは、うまいと自身の料理に舌鼓を打っている。なんだかやらっれっぱなしのようで、こちらも反撃に出よう。
「ランチは何が食べたい」
「ん~?カレーかなぁ」
「分かった。それを食べたら今日は映画でも見ようか」
「いいね。俺見たいのがあるんだ」
談笑しつつ今日の予定とも言えないゆるい予定を立てる。辛いのが苦手なミスタのために、ココナッツたっぷりの甘いカレーを作ろう。一緒にラッシーも作ってやれば、きっと彼は喜ぶ。胃袋を掴むと日本では言うらしいが、俺の食事が無ければ生きていけなくなればいいのに。人間の細胞は3か月で入れ替わるというから、ミスタの細胞全てを俺の食事から作られたものになればいいのに。そうなるとミスタの食事を楽しめないのでしないが。
サリとテーブルの上の彼の手をさする。ぴくんと肩を揺らした彼は、敏感すぎる。
「急に何?」
「今日のデザートが待ち遠しいなと思ってな」
「ふーん。味見する?」
俺の意図に気づいたらしいミスタがぺろりと舌をだす。その舌に嚙みついてやりたくなる。しかし、ここで焦って手を出すよりじらした方がより美味しくなるのを知っている。
「いや、夜に取っておこう。じらされた狐はとても甘くなるからな」
揶揄したことに自覚があったのだろう。顔を真っ赤にさせるミスタ。
「ばっかじゃない!」
怒って皿を持ってキッチンに消えていく。ハハハハと俺の笑い声だけがダイニングに響く。夜が楽しみだ。