ただいま と おかえりその日の夜は、年末年始並みに冷え込んだ。
地面からの冷気は容赦なくシマボシの足腰を冷やし、北風はその指先と耳から体温を奪う。
「……寒い…」
ようやくマンションにたどり着き、残った気力を総動員して自分の家まで駆け足で進んだ。
「……カギ…」
かじかんだ指先がうまく動かせず、苦労しながら鍵を取り出して鍵穴に入れて雑に回す。
「……ただいま…」
普段以上に抑揚のない声で、シマボシは帰宅を告げた。
「……疲れた…」
シマボシが珍しくぐったりしているのは、寒さのせいだけではない。
今日は仕事のトラブルが相次ぎ、その対応に苦慮し、帰宅する頃には心身ともにヨレヨレになっていた。
もう、このまま寝てしまいたい──…。
「……」
パタパタ…
玄関に座ってそんな事を考えながらブーツを脱いでいると、リビングからスリッパで駆けてくる音が聞こえてきた。
ガチャッ
「おかえりなさい! 寒かったでしょう」
廊下とリビングを仕切るドアを開けたウォロは、ようやくブーツを脱ぎ終わったシマボシをぎゅっと抱き締める。
「うーん、冷え切ってますねぇ。先にお風呂にします? それとも、ご飯にします? 今日はクリームシチューですよ」
ぬくぬくと温かい彼の身体からは、わずかにミルクとコンソメの香りが感じられた。
シマボシの腹がぐぅ、と希望を伝える。
「あ」
「んふふ、了解です」
ウォロは顔を赤くする彼女の額に、軽く口づけた。
「じゃあ準備しておくので、おてて洗ってうがいして下さいねー」
「……うむ」
ウォロがリビングに戻っていったので、シマボシは洗面台に向かう。
「…」
ふと鏡を見れば──他の人に比べれば、ほんの少しではあるが──頬が緩んでいる自分の顔が映っていた。
「……我ながら、締まりの無い面だな」
仕事と寒さでクタクタだったシマボシの心は、彼からの労いの言葉と温もりですっかり癒やされていたのだった。
それから約一ヶ月後。
「ただいま帰りましたぁ~」
この日、クタクタになって帰ってきたのはウォロだった。
「うぅ…寒かった…」
強い寒波が入り込み、日中も最高気温が十度に届かなかった一日。シマボシよりも寒さに強いとはいえ、ウォロにも厳しい寒さだった。
「おかえり」
その時、リビングのドアが開いてシマボシが顔を出す。
「シマボシさん!」
普段はエアコンの温風が当たる位置から動かない彼女が、ブカブカの着る毛布を羽織っているとはいえ冷え切った廊下に出てきた事にウォロは驚いた。
「寒いからリビングで待っ…………」
シマボシはウォロに近づくと、その身体にぎゅっと抱き着く。
「……シ…マボ、シ…さん?」
予想しなかった彼女の行動に、ウォロの思考はフリーズした。
シマボシはしばらく顔を伏せていたが、やがて恥ずかしそうにウォロの顔を見上げてた。
「……私は、前に…キミにこうしてもらって嬉しかったから…その、マネして……みた、のだが…」
「……」
ウォロの表情は真顔のまま、凍りついたままだ。シマボシは急に不安になり、おずおずと口を開く。
「……嫌だった…だろうか?」
「…………可愛い……」
「え?」
「嬉しいに決まってるじゃないですかっ!」
「わっ」
突然ウォロに力強く抱き締め返されて、シマボシは思わず声を上げた。
「あぁもぉっ、シマボシさんたら本当に可愛いんですから! ぶかぶかの着る毛布を着てる姿も可愛い! 大大大好きです!」
破顔したウォロはシマボシを抱き締めたまま、ぐりぐりと顔を彼女の頭に押し付け、髪や額に何度も唇を落とす。
「わ、わ……ウォ、ロ…っ」
「なんです?」
キスの雨にどぎまぎしながらシマボシが名前を呼ぶと、上機嫌な声の主は彼女の頬や耳にも口づけの範囲を広げた。
「その、あの、えーと……ご飯と風呂は」
「うーん、まずはシマボシさんを補給させてくださーい!」
「え⁉ 私を、補給って……」
「ここじゃあ寒いので、リビングに行きましょうねー」
そう言うと、ウォロはシマボシをひょいと抱き抱えてリビングへと向かうのだった。