音楽は君と共に 一話あの不思議な出会いから一年。
その日、華月 梓(かづき あず)はいつも通り学校から帰宅した。自身の部屋にも洗面所があるが、7月に入ったこともあって喉が乾いている。飲み物を持っていこうと思い、1階の洗面所で手を洗ってうがいをしてからキッチンへと顔を出した。
だが、そこで妙な人影を見かける。
「……え」
「む」
そこでは、同い年ぐらいの梓よりも身長の高い男子が冷蔵庫を漁り、口に物を突っ込んで食べていた。
「なっ、なっ……」
「んっ、むぐっ!? 」
梓の姿を見留めると彼は腕を前に突き出し、必死にブンブンと振って冤罪を主張する。
「ま、舞衣(まい)姉ーっ!! 不法侵入!! しかも勝手になんか食べてるー!!」
「んぐぅっ!? ゴホッ、ゲホッ!」
大声に男の子はむせる。そこへ、梓の伯母である舞衣が走ってきた。
「え? あー、もう! 奏夜くんったら! テーブルの上にご飯あったでしょ! ほらお水!」
「んっ、ぐっ……」
ゴクッと飲み込み、ゼェゼェと息をする奏夜と呼ばれた少年に梓は首を傾げる。
「……奏夜……?」
「そう、覚えてない? 佐波 奏夜(さば そうや)くん。一緒に遊んでたのは小さい頃だったから、覚えてないかな……」
「……あ、母さんと父さんの葬式にも来てた……」
「……覚えてたんだな」
奏夜はボソッと言うと舞衣から渡されたコップに入っている、残りの水を飲みきった。
「あの時、自殺しそうな目をしてたのにめちゃくちゃ元気だな」
「こら、奏夜くん!」
「あ……うん……僕の……親友が助けてくれたんだ」
照れくさそうに笑う顔に、奏夜は「フーン」と興味なさげに返事をすると、食べていた残りの骨付きハムをむしゃむしゃと食べる。
「こらっ、行儀悪いわよ!」
「仕方ねぇじゃん、舞衣姉は成長期の男子があんなんで足りると思ってんのかよー」
「んもう……ごめんね、梓くん……」
「あ……多分……僕が食べるの少ないから」
下を向く梓の腕を、奏夜はガッと掴んで揉む。
「へっ!? ちょっ……」
「意外と腕の筋肉あるんだな」
「もー、やめなさい! 梓くん困ってるじゃない!」
手を離させる舞衣はため息をつく。
「この子はね、おじいちゃんと仲の良かった男の人の孫なの。その人は亡くなっちゃってるし、両親は海外で仕事しててね……」
「……ついて行かなかったんだ……」
「俺は日本がいい。海外の言葉なんて知らねーし」
ぶっきらぼうに言うのが面白かったのか、梓はクスッと笑った。
黒い髪に、綺麗な緑色の目をしている。彼の両親が海外で働いているのなら、片方が外国人なのだろう。
祖母の目の色を継いだ梓は、どこか似通った部分があるのかもしれないと思いつつ制服を着替えに2階へと向かった。
……が。
「…………どうして着いてくるの?」
「え、だって……舞衣姉がこの家に猫がいるって言うから……」
「……確かに僕の部屋にはいるけど……」
目をキラキラさせて着いてこられては、断るわけにもいかず梓はしぶしぶ彼を部屋へと入れる。
「うっっっわーっ!! 可愛いー!!」
人懐っこい猫2匹は、すぐに奏夜の元へ行きスリスリと頭と身体を擦り寄せて甘えるゴロゴロと言った声を上げた。
「可愛いなぁ……」
「黒猫の方がイズ、白猫はルイだよ」
「へぇ〜……」
「僕の親友から名前を貰ったんだ……とても大切な」
優しく笑う梓は、着替え終えてからベッドに座るとすかさず膝に載ってきたイズの頭を、よしよしとめいいっぱい撫でる。
黒猫をじっと見て、奏夜はふと思ったことを口にした。
「黒猫ってさぁ、縁起悪いって言われねぇ?」
「……イズは縁起悪くない」
少し怒った口調で言う梓に、彼は慌てて首を振る。
「ち、違う違う! そいつが縁起悪いよなとかじゃなくってさ! なんつーか、そうやって見た目で判断するヤツ多いだろ? お前はそうしないんだなってさ」
「……当たり前だよ。それに……黒猫が飼いたかったんだ、どうしても」
きっと名前からして親友に関わる猫なのだろう、白猫を撫でながら奏夜は「ふーん」と言う。
「でも、なんで2匹?」
「保健所に行ったら、2匹でかたまって隅で震えてたんだ。多分兄弟だろうって言ってたけど……引き離すのは可哀想だったから、2匹とも」
「へぇ……お前、やっぱ優しいヤツなんだな」
奏夜が笑った。それに、照れくさそうに笑うと梓はイズを抱っこしてピアノの前に座った。
「にしてもデカい部屋にデカいピアノだよなぁ」
「うん……クレーン車が来て面白かったよ」
軽く調律をして、弾き始める。途端に、奏夜は彼の奏でるピアノと音楽に心を奪われた。
「すっっっげぇ〜……!!」
「ははっ、そうかな……」
「スゲーよ、うん……本当スゲー! 俺、お前の弾くピアノスゲー好き!」
「へ?」
「ほら、小さい頃も弾いてくれてただろ! 超懐かしい!」
「あ……そ、そう……? そっか……」
「……どうしたんだよ」
「……実は……その……僕、誰にも言ってないことがあるんだ……」
と、ポツリと口を開く梓。
「……僕、6歳の頃に……その、誘拐されたらしいんだ」
「……らしい?」
「うん……僕は……車の中に口を塞がれて、連れていかれて……気が付いたら知らないところにいて……何をされるのか分からないぐらいに、怖かったんだと思う……」
顎に手をやり、顔をしかめている。
「……その誘拐された薄くあるんだけど、誘拐される前の記憶はショックでほぼないんだ……」
「……だから、俺の名前を聞いてもピンと来なかったんだな」
「ごめん……」
しゅんとする彼の頭を、奏夜はポンポンと撫でて笑った。
「気にすんなよ! それなら、今からたくさん思い出作りゃあいいだろ!」
「……そうかな」
「そうだって! それに、小さい頃の記憶がなくなったのなら、これからの楽しいこといっぱい覚えてられんじゃん!」
「ははっ、何それ……変なの」
吹き出した梓に、少しキョトンとしている奏夜。
固まっているところに、首を傾げて梓が名前を呼ぶとハッとして首を横にブンブンと振った。
「えぇと……奏夜くん」
「奏夜でいいよ、俺も梓って呼んでいいだろ?」
「うん、もちろん……よろしく、奏夜」
「こちらこそ」
こうして、新たな友だちができた梓は明日からの日々を楽しみにする。
「ところで、俺の部屋……」
「あ、たくさん部屋ならあるから……舞衣姉ちゃんにどこか聞いといた方がいいかも」
「いや、お前の隣……」
「へ、隣……? 父さんの書斎があった……」
「部屋のレイアウトを変えたから好きに使えって、舞衣姉が言ってた」
「そっか……じゃあ、いつでもこっちに来れるね」
「おう、お前のピアノ聴きながら漫画読めるぜー!」
「ふふっ、なんだソレ」
新しい家族の登場に、梓は心が踊っていた。
続