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    こはく

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    こはく

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    Luxiem主従関係パロ。比較的穏やかな上下関係。
    由緒ある名家の長男がVox、次男がMysta、三男がLucaで使用人がShu、Ikeの設定です。
    今回は🦊👟視点。👹🖋️視点のお話もありますので、併せてお楽しみいただけると幸いです。

    #shusta

    掬った日、君がかけた魔法にはあれは、凄く暑い日、だったと思う。
    何故ならば記憶にある僕は、酷く汗をかいていたから。
    冷や汗で、室内用に調達された長袖のワイシャツが背中にべったりと貼り付いていたのを覚えている。
    大丈夫、ここならきっと見つからない───。
    3度目の逃亡で見つけたそこは、とある森であった。
    図鑑に載っていた青い鳥や、木や、花を見て、思わず飛び込んだのが始まりだった。
    Shuは自然が大好きな少年だった。
    図鑑を見ることだけは学習の一環として許可されていたものの、外出はほとんど学校と家を行き来するのみであり、実際にこんなにたくさんの生き物を見たのは文字通り人生で初めてのことであった。
    胸には収まりきれないほどの感動と希望が詰まっていて、興奮で周りが見えなくなった僕は、飛び立った青い鳥を衝動そのままに追いかけた。
    夢中で走ると突然、生い茂っていた木々がなくなり、晴れた空が広がった。
    そこにあったのはお伽噺のような、洋風で木造建築の大きな一軒家。
    Shuは、より一層目を輝かせた。
    それもその筈、彼が本当に好きなのは物語であったからだ。
    しかし、小説の類いは所詮空想だと父直々に禁じられていたため、日常的に読むことすら叶わないものであった。
    それをはっきり告げられたとき、僕は生まれて初めて父に抵抗した。
    勿論大人の、それも人々をまとめ上げる地位にいる彼を言い負かすことなどできず、結果己の無力さを前に大泣きすることとなったのだが。
    そのときに、生まれたときから側にいてくれていた優しい目をした執事が、1週間に一度だけ何かお話を持ってきてくれると約束してくれたのだ。
    彼の審美眼は素晴らしくて、選んでくれるお話はどれも本当に僕を楽しませてくれるものだった。
    好きだったもので、と照れながら言われたようにそのチョイスには冒険小説が多かったが、時にはミステリーや、一度だけ恋のお話を持ってきてくれたこともあった。
    「こういったお話は滅多に読まないのですが、凄く優しい気持ちになれるお話なので坊ちゃまにぜひ読んでいただきたくて…」
    私の一番好きな本なのです、と控えめに差し出された、その手が微かに震えていた。
    僕はその藍色の瞳をじっと見つめて、彼に心からのありがとうを贈った。
    それは、優しい初恋のお話だった。僕は初めて、本を読んで泣いた。
    そして彼に、この本だけは手元に置かせてほしいと自分からお願いをしたのだ。
    彼はそれを聴いて、勿論ですよ、と泣きそうな顔で笑った。
    思い出すと、急に視界がぼやけ始める。
    つまらない囲いに覆われた日々でも、彼との思い出だけはShuの心にきらきらと輝くように刻まれていて。
    思い出すと寂しくてたまらなくなり、見つけた家の前でそのまま地面にしゃがんだ。
    拍子にぽろ、と涙が溢れて、鼻がぐず、と鳴った。
    「なにしてんの?」
    ハスキーな声が、僕の後ろで響いた。
    驚いた僕は、思わず自分が泣いていることも忘れて振り返る。
    そこには僕の着ているものと同じブランドのシャツを身に着けた、短パンの少年がいた。
    虫かごと虫取り網を装備した茶髪の彼は振り返った僕を見て、大きく見開いた目を瞬かせた。
    「なんで、泣いてんの」
    たたた、と細くて白い脚で駆け寄ってくる彼。
    僕はやっと自分の悲惨な現状に気がついて、慌てて顔を元の場所に戻した。
    しかしそんなのは今更で、ずい、と隣から覗き込む彼にまた顔を見られてしまう。
    「どうした、なにがあった」
    答えようとしても、うまく言葉が出ない。
    そりゃそうだ。使用人以外と話す機会だってほとんど、ずっと父に奪われて生きてきたのだから。
    そんなことを考えると、今までずっと堪えてきた分まで決壊したように涙が溢れた。
    不格好な嗚咽が漏れる。僕はいたたまれない気持ちになりながら、いきなりこんなふうに泣かれて困っているだろうな、と同い年くらいに見える少年を窺った。
    しかし不思議な落ち着きを持った彼は、こんな状況に対しても顔に一切の動揺の色は浮かべていなかった。
    それでも彼からはずっと、春の陽気のように暖かいオーラが放たれていて、隣にいるだけで心の固まった寂しさが溶けていくみたいだった。
    初めて出会ったとは思えないほど安心して、強張った体の力を抜くと、また目の縁に溜まったそれが溢れた。
    彼は唐突に、特に表情も変えないまま膝をついてあたりをその真っ白な手で探り出した。
    何もわからず、ただそれをじっと見つめる。
    雲の隙間から差し込んだ日に透けた茶髪が、あの本の王子様みたいに美しかった。
    彼は思い出したように動きを止めて、こちらを向いた。
    その手には、四つ葉のクローバー。
    人生で初めて見たそれに、僕は幸せの息を吸った。
    「これ、やる」
    「いいの?」
    考える間もなく、明瞭な言葉が零れ落ちていた。
    「ん」
    彼はかなり長い間、地面に伏せて探していたというのになんてことないように頷いた。
    「大丈夫だよ」
    突然なその言葉は、僕の色んなフィルターを全て貫通して、震えていた裸の心に優しい明かりを灯した。
    彼は、ほんの少し、笑った。
    それは、図鑑で見たあの花みたいで。
    陶器のように白くてすべすべな肌が僕の右手に触れた。
    ひんやりとしていて、心地良くて。
    彼から与えられる全部が、優しかった。
    僕はもうずっと泣いていた。
    爽やかな風が、僕らの間を吹き抜けて。
    繋がれた手の温かさを、今でもはっきりと覚えている。





    「Mysta」
    「なに」
    ぶっきらぼうな答え方は、あの頃と同じ。
    「Voxがお呼びです」
    「くぁ〜どうせまた余った仕事押し付けようって魂胆だろ」
    彼はひとつ猫のような伸びをして、面倒くさそうにそう言った。

    僕は、この家の使用人であった。
    戸籍上この家の主の養子ではあったが、与えられている役割は家事が主であった。
    随分幼い頃から5人で一緒にいるので、僕と、5歳の頃に孤児院から引き取られたIkeのことを、この家の実の息子である3人は家族のように思ってくれていた。
    だが、彼らはやはり誇りある血筋を引く才のある兄弟であって。
    それに気が付き始めた思春期の僕とIkeは、とある夜に誓いを立てたのだ。
    あくまでも、"彼らに仕える使用人であること"。
    そして絶対に、"それ以上の感情を抱かないこと"。
    僕も、Ikeも、薄々気が付いていた。
    これは、抱いてはいけない感情なのだと。
    つまりはその上で、自らの身を互いの力で縛ることにしたのだ。
    僕は、初めて出会ったあの日から、この家の次男であるMystaのことが好きだった。
    初恋だった。
    彼の、不器用で、言葉足らずで、それでも滲む優しさが隠しきれていないところが、ずっとたまらなく好きだった。
    内気な僕は想いを告げられないまま成長し、その内に段々と自分の立場を自覚し始め、別の理由でその恋は叶わないものとなっていた。
    「Shu」
    もの思いに耽っていた僕を優しく引き戻す、ハスキーで、個性的で、いつだって僕に幸せをくれる声。
    「はい」
    ことことと優しい音を立てる心音は、聴こえないふり。
    「コーヒー淹れてくれない?」
    「喜んで」
    彼は僅かに目元を綻ばせた。
    胸が、少し痛いくらいにきゅぅんと鳴った。
    彼はどうやら、僕の淹れるコーヒーがお気に入りであるようだった。
    それに気が付いたときには、やっと彼に側にいる理由ができた、と泣きそうになってその場で膝から崩れ落ちたものだった。
    何より最高なのは、その願いを受け入れたときだけこの大好きな彼の微笑みを見られること。
    あの日からちっとも変わらない、不器用で優しい彼にしかできない笑顔。
    これが僕だけの特権だった。

    「Ike」
    キッチンにいた彼に、驚かせないよう声を掛けた。
    「お、Shu」
    僕は、彼と一緒にいる時間がとても好きだった。
    同じ使用人という立場で色々な面で相談しあってきたこともあるが、それ以上に彼とはとても気が合ったのだ。
    身に纏う雰囲気が似ている、と旦那様に言っていただいたこともあった。
    洗い物をしている彼と背中合わせになって、僕はコーヒー豆を挽き始めた。
    ふたりの間には、穏やかで、静かな時間が流れる。
    「また、Mystaに頼まれたんでしょう」
    空白の延長みたいに、優しい声が言った。
    「…へへ」
    きっとこの気持ちは、人の感情に敏い彼にはとっくに知られている。
    そう思っていた僕は、わざわざ隠すこともしなかった。
    「Ikeは、あの子と別れたの?」
    刻む秒針が、空気を揺らす。
    「…ん」
    短い肯定が、作業音に紛れながら耳まで届いた。
    「どうして?」
    色々な女の子と付き合っては別れている彼に、ずっと聴いてみたかったことだった。
    今ならいいかな、と、不思議にそう思わせる空気だった。
    「どうしてだろうね」
    ちらっと窺って見つけた寂しそうな顔に、胸がきし、と歪んだ音を立てた。
    彼が僕の想いを知っているように、僕も彼の秘密を知っている。
    「苦しいね」
    ぽつり、と、水滴が滴るように言った。
    窓の外からの音にフィルターが掛かったような、柔らかい平日の午後。
    「そうだね」
    上の空なそれらは全部、大した意味も持たず、そのまま空気に溶けた。





    僕は気が付いていた。
    この家の長男であり、現在留守の父親に代わって主を務めているVoxと、Ikeの間に流れる空気が変わったことに。
    そんなある日、話があるんだ、と呼び出されたのは昔よく遊んだ中庭だった。
    彼は忙しなく視線を左右上下に動かし、その頬は僅かに赤く染まっていた。
    決心した彼の口からはっきりと聞こえた言葉に、僕はやっぱり飛び上がるほど喜んだ。
    「Voxと、付き合うことに、なった」
    消え入るようなその声に、心が沸いて躍った。
    「おめでとうIke!!!」
    僕は彼を飛び付くようにして抱きしめて、じゃれながらもみくちゃにした。
    「ありがとうShu〜!」
    彼は普段なら嫌がるそれすらも心から嬉しそうに受け入れていて、僕は意気地無しなVoxに感謝すら覚えた。
    「Vox、明らかに君のこと気にしてたもんね」
    笑いながら言うと、仕返しと言わんばかりに髪をぐしゃぐしゃにされる。
    「知ってたの〜?言ってよぉ」
    確信はなかったけれど、Ikeを見つめる彼の双眸が、深い愛情の赤で満ちていたから。
    幸せそうな顔で微笑む彼が、心から愛おしかった。
    一通り喜ぶと、目の前の人は次第にまた少し緊張した面持ちになった。
    「…まず、あの誓いを、先に破ってしまってごめん」
    決意を持って告げられたそれは、歳月の重みを感じる息を含んていた。
    「気にしないで。第一、旦那様と奥様、何よりVoxが良いって言ってるんだから僕から言うことなんてなにもないよ」
    心からそう思っていた僕は、彼を勇気付けるように笑ってみせた。
    Ikeはほっとしたような顔で、くしゃっと笑う。
    彼のこんな、心から幸せな弾けるような笑顔を見たのは何時ぶりだろうか。
    「あの、さ。だからShuももう、家のことは気にしなくていいと思うんだ」
    喜びと思い出に浸っていた僕に向かって、彼はゆっくりとそう言った。
    つまり、その言葉の意味するところは。
    考えた瞬間、体中の血液が一気に巡った。
    「今まで黙っててごめんね。Mystaとのこと、心から応援するから」
    肩を掴んで勢いよく告げられたそれは、10何年の片想いには刺激の強すぎる言葉だった。





    「Mysta」
    「ん」
    張り詰めた息が、たった一文字で簡単に解けた。
    これはきっと出会ったときに生まれた魔法だろう。
    僕らがお手洗いから出てくるのを待っていた彼は、読んでいた本を片手で閉じて、逆の手をずいっと差し出してきた。
    「…なんでしょう」
    「荷物」
    ん、と手をもう一度強調するように差し出される。
    まさかこれは、と理解した瞬間に僕は全力で首を振った。
    「だ、だめです。そんなことをしていただくわけには」
    「ちょっとShu〜それじゃ意味ないじゃん〜」
    後ろの街灯から見守っていたIkeとVoxが顔を出した。
    「Shu。今日私たちはただの友達としてここにきた、そうだろう?」
    「そういうこと」
    珍しく長兄に同調しながら頷く彼からは、三度目の手が差し出された。
    僕はあたふたしながら、決心して全員分のお弁当が入った大きなバッグを手渡す。
    どこか満足気な背中が、飛んでいくみたいに軽くそれを背負って先に行ってしまう。
    緊張かときめきか、きりきりと痛む心臓を押さえながら後を追った。
    今日は4人で、久々に出掛ける日だった。
    Lucaは大学の勉強や両親から引き受けた仕事で忙しいらしく、今日は不在だ。
    「………あれで大丈夫なのか?」
    「君よりはナチュラルなエスコートだと思うけど」
    後ろからはそんな自然な会話が聴こえてきて、ほんの少しだけShuの心の中に、初めての羨ましいが芽生えた。

    Mystaの足が向かったのは、大きな図書館であった。
    かなり遠い駅まで電車に揺られたが、そこから歩いてほんの少しだったため、さほど苦には感じなかった。
    「Shu、本好きだよね」
    とても驚いた。今でも寝る前には必ず読書の時間を設けるほどに好きであったが、彼の前でそれを口にしたことは一度もなく、彼の前で読んでいたことだって出会ったばかりのあの頃の数回きりだったからだ。
    「どうして知ってるの?」
    「見てたらわかるよ」
    いたずらな色を浮かべた瞳が、少しだけ笑っているように見えたのは気のせいだろうか。
    今日場所を選んでくれたのはMystaだと聞いていた。
    もしかして僕のために選んでくれたのだろうか、なんて、自惚れてもいいのだろうか。
    IkeとVoxは気を遣ってくれているのか、まだやってこない。
    「行こう」
    短くてもちゃんと掛けてもらえる言葉にやっぱり喜びながら、僕は慌てて頷いて、また後を追った。

    『僕たちは近くでデートしてるから、ふたりでうまくやりな』
    Shuはそのメッセージを見て体温が明らかに上がったのを感じた。
    その様子を見たMystaに覗き込まれそうになり、すんでのところで回避した。
    「なんて?」
    「えっと、近くで別行動する、って…」
    「…ふ〜ん」
    Mystaはこちらから斜めを向いて、館内のカフェで購入したコーヒーを飲んでいる。
    ふ〜んって、何だろう。もしかして、こちらの下心がバレているのかな。
    そんな不安に苛まれた思考を繰り広げていると、唐突に尋ねられた。
    「あのふたりっていつから付き合ってんの?」
    心臓に悪い。今日一番びっくりして彼を見ると、その顔は茶化すでも不快そうでもなく、ただただ不思議そうに僕を見つめていた。
    「…2週間前から、かな」
    彼の前ではどうしても嘘がつけなくて、心のなかでIkeに謝りながら真実を伝えた。
    「そっか」
    僕は何度目か、また彼を見て驚いた。
    その顔が見たこともないくらい嬉しそうだったからだ。
    といっても、今周りにいる人たちには決してわからないであろうほどの僅かな表情変化ではあったが、何年も彼を見てきたShuにとってそれは信じられないほど大きなものであった。
    「嬉しいの?」
    思わず口が滑って、聞きたいことをそのまま音にしてしまう。
    「まぁね」
    彼は何の問題もないようにそう答えて、ふわっと笑った。
    それはあの日と同じ、黄色い花が咲いたような笑顔。
    「好き」
    「ん?」
    心臓がばくばく跳ねて、自分の声すら聴こえないほど。
    それなのに、彼の声だけが心の空洞に明瞭に響いた。
    「…なんでもない」
    意気地なし、と苦く笑って、そっと自分を嘲った。

    「やっぱり、僕には無理だと思う」
    その日はIkeの寝室で、僕らは寝る前に少しだけ話をしていた。
    以前よりよく設けていた時間だったが、最近はIkeの手によって専らこの話題へと持っていかれる。
    今日は2人きりの時間まで作ってもらったものだから尚更だった。
    Shuは最近きらきらと笑う目の前の人を大変眩しく思いながら、そう小さく呟いた。
    「どうして?」
    不思議そうな顔に配置された薄い桜色の小さな口がそう問いかける。
    「僕じゃ、Mystaには釣り合わないよ」
    「僕らには、君しか釣り合わないように見えるんだけどな」
    この話を始めると毎晩、こうやって嘘みたいなことばかり言われるのでShuはとても混乱していた。
    「…Mystaは格好良いから、誰とでも釣り合うよ」
    「うーん。じゃあ釣り合うというより、隣にいられるのは、って言ったらどうかな。Mystaの隣にはShuがいなくちゃだめだと思う。少なくとも彼も必ずそう思ってるよ」
    もうよくわからない。
    彼は誰にでも優しいから、自分に向けられる視線が特別かだなんて、考えたこともなかった。
    「僕はさ、」
    人の琴線に触れるような、温かい声。
    「うん」
    穏やかに鳴る心音が、よく聴こえた。
    「Shuを見てる時のMystaの顔が、一番好きなんだ」
    うっかり泣きそうになる。
    Ikeは優しさばかりの微笑みで、僕をじっと見つめていた。
    慈しむようなそれが、心の端まで沁みていく。
    夜空の星は、輝きを数えるように瞬いた。
    少しだけ、期待してもいいのかな。
    口にしたのかもわからない曖昧なそれが、幸せな夜の蒼に溶けた。






    「なんだろうこれ」
    ある日の昼頃、一通りの掃除を終わらせて一旦休憩を取ろうと自室に向かったとき。
    Shuはドアに貼り付けられた、白い封筒を発見した。
    そっとセロハンテープを剥がすと、封はされていなかったためそのまま覗き込む。
    そこには小さな、便箋の欠片が入っていた。
    『午後2時。四つ葉のクローバーを探しに行く』
    不器用な筆跡と語り口調は間違いなく彼のもので、僕はそれだけで泣きそうになった。
    覚えてくれていたんだ。
    彼にとっては、差し出した四つ葉のクローバーと同じくらいに、些細な出来事だったと思っていた。
    はっと腕時計を確認すると、針は13時を指している。
    あの頃、執事の彼の影響で大好きだった冒険小説と同じようなワクワクを僕の人生にくれるのはいつも、ただ彼ひとりだけだった。





    「Mysta」
    しゃがみ込んで丸まった背を見つけて、僕は瞬間的に微笑んだ。
    彼はくるっと振り向いてその目に僕を認めると、笑った。
    「Shu」
    途端に、逃げ出したいほどの幸せに襲われる。
    だって、こんな満開の桜みたいな笑顔。
    「どうして、また泣くの」
    初めて見る笑顔だったから。
    言葉にならないそれを、口元で噛み締めた。
    彼は笑って、僕は泣いていた。
    「おいで」
    手招きをされたので、隣で同じようにしゃがむ。
    彼の右手が、僕の頬をそっとなぞった。
    その手は変わらずひんやりしていて、それでもとても温かい。
    なんだろう、と首を微かに傾げた僕の小さな息は、彼のその薄い赤に簡単に奪われた。
    世界が終わるほど永くて、
    蝉の一鳴きに足りないくらい短かった。
    「なに、」
    顔が離れて、僕は泣いたまま口角を上げて尋ねた。
    いつものいたずらだろうか。それにしてはちょっとだけ質が悪いけど。
    彼はふざけたことを真面目な顔でやるから、それが小さい頃は面白くてよく笑い転げたものだ。
    「ん」
    質問には答えてくれず、彼は左手に握った何かを僕の目に映した。四つ葉のクローバーだ。
    「どうして、簡単に見つけちゃうの」
    あれから何度探しても、僕には見つけられなかった。
    どうやら彼の手にだけ、神様が魔法を与えたみたいだ。
    「俺が探すのは、Shuに笑ってほしいときだけだから」
    強い願いが、引き寄せるとでも言うのだろうか。
    「Mystaさえ隣にいてくれたら、僕は一生笑ってるよ」
    言ってから気付いた。今のはまるでプロポーズじゃないか。
    ぷしゅ、と音が出そうなほど真っ赤になって、涙もすぐに引っ込んでしまう。
    「好き」
    恥ずかしくて顔を背けた僕に、彼の口元から聴いたことのない音が紡がれた。
    「ん?」
    すっかり移ってしまった、彼みたいな聴き返し方をして振り返ると、目の前の人は眉尻を下げて笑っていた。
    それは、まるで、誰かに恋してるみたいな顔。
    「Mysta、好きな人がいるの?」
    「知ってるくせに」
    どういうことだろう。
    彼は溢れてくる本音を隠すように、手元でシロツメクサの冠を編み始めた。
    その瞳には、透明な緋色が揺蕩っている。
    「僕の知ってる人?」
    「そうかもね」
    「…優しい?」
    「とても。」
    「その人は、Mystaのことが好き?」
    「…うん。とても」
    「そっか。ならよかった」
    僕の顔を見たMystaは大げさに笑った。
    「へんな顔」
    今僕はきっと、眉をハの字にして、涙を零しながらほっとしたように笑っていた。
    彼の左手が僕の右手を掬って、なんでもないようにそのまま握られる。
    「Mysta」
    「なに」
    「僕も好きな人がいるんだ」
    「知ってる」
    「そっか」
    「…どんな人?」
    「不器用で、言葉足らずで、笑った顔をなかなか見せてくれなくて、」
    「そんなやつがいいの?」
    「うん。本当は誰よりも優しいって知ってるから。一緒にいるだけで心が温かくなって、寂しさが溶けていくみたいなんだ。昔からずっとだよ」
    はは、とささやかな笑い声がした。
    嬉しいが詰まった、小鳥の鳴き声みたいな愛らしい音色。
    「できたよ」
    僕の頭の上に恭しく、白く灯ったティアラが載せられた。
    「髪型、よく似合ってる」
    結果的にポニーテールにするまで、僕は1時間ぎりぎりまで悩んでいた。
    そんな気持ちまでいとも簡単に掬い上げてしまう彼が。
    「Shu」
    「…なんだろう」
    「こっち向いて」
    見つめた彼の瞳は、今度は橙色の愛を謳っていた。
    それは、やっぱりあの本の王子様と同じで。
    「ずっと、俺の」
    その先をすぐに考えて涙と幸せを噛み締めながら、彼から貰う全てを反芻する。
    「隣にいてくれる?」
    奇跡はこの場所で芽生えて、僕の居場所を作った。
    彼の真っ白な手が、きっとあの日からずっと僕の心を優しく抱き締めていた。
    「うん」
    やっとのことで放った二文字が、彼の顔を簡単に綻ばせて。
    今日のたった一瞬が、時間を遡ってあの日の僕らまで届けばいい。
    人生でふたつめの誓いは、僕の鼓動を叩くように掻き鳴らしていた。
    ひとつ風が吹いて、いつか見た青い鳥が駆けるように空へと羽ばたいた。
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