Galapagos「今まで、本当にお世話になりました、霊幻師匠」
こんなありきたりな言葉に心中を引っ掻き回されるのは、後にも先にもこの時だけだろう。
「こっちこそ、長い間世話になったな、モブ」
そう言って霊幻は、茂夫が差し出した手のひらサイズの端末を受け取った。使い古されたそれは、スマートフォンが主流の現代において、ほとんど廃れてしまったガラパゴス携帯だ。時代から置いてけぼりにされたガラケーを大切に握りしめながら、霊幻は目の前の青年を見つめた。
新品のスーツを着込んだ茂夫は、眩しいほどに初々しい。
「入社式は明日だったよな」
「はい。まだ、実感が湧かないけど」
俺も実感湧かないよ、と霊幻は内心で呟く。初めて会った時は、ランドセルを背負った小さな子供だったのに、今や、身長は僅かばかり霊幻を越してしまったし、ガタイも昔より良くなったし、声も当然、低くなった。
「………………大人になったんだなあ、お前」
「寂しくなりましたか?」
茂夫の問いに、霊幻は微笑みだけを返した。流れていった時の膨大さを思い知って、少し打ちのめされてしまいそうだった。
「また会いに来ますから」
「おう、ありがとな」
そう答えつつ、茂夫が新生活に忙殺されて、格段に会う機会が減るであろう将来は容易に想像がついた。故に、後悔しないうちにと口を開く。
「頑張れよ、モブ。応援してるからさ」
もうきっと、応援以外に己にできることなんて無いのだろうから。
「今は不安だろうが、努力家なお前を見ていてくれる人は必ずいる。だから、お前はいつものように、目の前のものと真摯に向き合えばいい。そうすれば、必ず付いてくるものはあるよ」
「はい」
眩しい笑顔。随分と表情が豊かになった。そんな茂夫を見ていると、やっぱり少し寂しいな、と思ってしまう。
けれど、その言葉は飲み込んだ。それが、師としてできる、最後のことだと思ったから。