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    カナト

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    カナト

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    例のあの部屋2 酷いデジャビュを感じて、ナジーンは痛みだした頭を押さえた。
     隣にいる少女も困ったように苦笑している。
     独特の雰囲気の部屋は、つい最近も遭遇したばかりだ。
     内装は前回の大魔王城のものとは違い、散策していたゼクレス様式のものである。
     配置は前回とあまり変わらず、ベッドだけは無駄に豪華だ。いったいなにを目論んでいるのやら。
     ナジーンは大きくため息をついてやれやれと頭を振った。
    「……すいません」
     うんざりとした態度に少女が申し訳なさそうに謝罪をする。彼女もまた被害者なのに。
    「きみのせいではない」
    「だってこういう面倒事に巻き込まれるのって大抵私のせいですから……」
     悲しげに微笑む姿は、既に諦めの領域なのだと如実に語ってくれた。どれだけ運命は彼女を翻弄したいのか。
     ナジーンがどれだけ言葉を尽くそうとも、あまたの厄介事に巻き込まれてきた実績のある少女にはあまり意味がないだろう。それでも、尽くさねばならないこともある。
    「私はきみと一緒にいられることを面倒だとは思わない。ふたりきりなのだ悪くない」
    「でもせっかくの散策なのに……。これだったら普通に私室でお家デートと変わらないじゃないですか」
    「…………」
     ぐうの音も出なかった。まさにその通りである。
     しかも厄介なお題を達成しなければ脱出不可能な部屋だ。おそらく内部で行われることは筒抜けなのだろうから悪趣味としか言いようがない。
     前回は驚きのピュアさで『えっちなことをしないと出られない部屋』を攻略したが、そう何度もかわせるものでもない。
     言っておくがその後追い詰めて散々した『えっちなこと』は大魔王の少女レベルのものであり、ただ甘くいちゃいちゃしただけだ。
     正直上位魔族なのでまだ若い部類のナジーンには足りない。その先を知っているからこそ余計に。
     これはナジーンの理性を試しているのかと問い詰めたくなるレベルの拷問だった。
     好きな女とふたりきりで、お題は性的なもの……普通の思考から見れば……その状況で手を出さないなんて聖人か。ナジーンは聖人とは正反対の魔族なのに。
    「と、とにかくこの部屋から出て散策の続きをするとしよう。今回のお題は……」
     ひくりと口元を引き攣らせながら、ナジーンは強引に話の方向転換をはかり、扉の上の看板へと目を向けた。つられて少女も看板の方へ目を向ける。
    「キスしないと出られない部屋」
    「きす……」
     今回のお題に少女は真っ赤になった。何を隠そう清く正しすぎるお付き合いをするふたりは、未だにくちびるを重ねていないのである。
     ナジーンも少女も看板から視線を外すと、お互いのくちびるを食い入るように見詰めてしまった。
     確かに触れたいとは思っていたが、こういったかたちなのはお互いに些か不本意だ。
     それに、ナジーンはキスをしたら止まれる自信があまりなかった。だからこそのやけに立派なベッドなのか。雪崩込めと?
     ナジーンは無意識に少女の頬を手のひらで包み、親指の腹でくちびるに触れた。
     薄くて柔らかなくちびるは、少し血色が悪い。血色が悪いのがデフォルトで、逆に良ければ体調不良という少し不思議な体質なのだ。
     お互いの視線が交錯して、距離が段々と詰められる。吐息が絡んで触れる、という瞬間に、ナジーンは強く押されて吹き飛んだ。
    「ひ、あ、な、ナジーンさん大丈夫ですか!?」
     慌てて吹き飛ばした本人が駆け寄り、壁に強かに背中をうちつけたナジーンを抱き起こそうと手を伸ばす。小さなからだをしていて、がっしりとした体躯の大男を吹き飛ばすのだからやはり侮れない。
    「大丈夫だ」
    「ひゃ!?」
     差し出された手を握り、ナジーンはそのまま少女を腕の中に引き寄せた。
     可愛らしい悲鳴をあげて、少女はナジーンの腕の中にすっぽりとおさまる。
    「恥ずかしかったのか?」
     真っ赤になっておろおろする少女に笑みを深め、ナジーンは髪に指を絡ませて弄んだ。
     前回の判定でオーケーがでたくらいにえっちな声に、少女はキャパシティオーバー気味である。
    「だ、だって………………から」
    「え?」
     ごにょごにょと口をうごめかせて、少女が言いづらそうに俯く。髪の隙間から覗く耳は真っ赤で、相当恥ずかしいのだと分かった。
    「すまない、もう一度言って貰えないだろうか」
     きちんと聞き取ることが出来ず、ナジーンは再度説明を要求した。
     少女はうっと詰まり、目を泳がせまくってから、意を決したようにナジーンを見つめた。
    「だって、き、きすすると……赤ちゃん出来」
    「ない」
     そしてとんでもない発言に思わず即否定をした。誰かこの子にちゃんとした性知識を与えて欲しい! 切実に!
    「え、え? 想いあう男女がきすしたら神さまの使いのコウノトリがやってきて赤ちゃんが」
    「どこの世界の神さまだ」
     密接に神に関わっているはずの少女のポンコツぶりが凄い。よくそれで魔界まで旅をしてこれたな。
    「はぁ、後できみにきちんと性教育をする手配をするとして……キスで子どもは出来ないからそこは問題ない」
     深いため息をついて、ナジーンはあわあわと慌てる少女に微笑んだ。その笑みが艶めいて黒いのが恐ろしい。
     逃げる大義名分のようなものを失ってしまった少女は、慌てて必死になってナジーンの腕から抜け出そうとしているが、抜けられるわけがなかった。
     ナジーンは困ったような弱者の瞳でこちらを見上げてくる少女にゾクゾクしながら、手を取って微笑む。
    「してもいいだろうか」
     どこに、とは聞かない、聞けない。それに、しなければ出られないので拒否権もない。
     あわあわと真っ赤になって慌てる少女の小さなてのひらに、ナジーンは懇願のキスをする。

     ガチャ

     静かな部屋にやけに硬質な音が大きく鳴り響いた。
     真っ赤になっていた少女は一瞬で顔色を元に戻し、表情も慌てたものから間抜け面に変わっている。
     ナジーンも苦虫を噛み潰したような微妙な顔を一瞬だけして無表情になった。
    「なるほど、場所の指定はなかったからな……」
     深く感考えすぎた。そして空回りした熱情を一体どこに逃がせばいいというのか。
     今思い返せば恥ずかしい。何せ、頬や額のキスは当たり前だったのだ。さっさと無難な場所にいつも通りキスしておけばこんなことにはならなかった。
     少女は可哀想なくらい真っ赤になってぷるぷる震えた。とてもではないが世界の英雄で魔界の最高権力者には見えない。
    「な、じーんさん」
     震える声がナジーンを呼び、ナジーンが不思議そうに下を向いた瞬間、ごちんと口に痛みが走った。
     呆気に取られて力がゆるんだ瞬間に、少女が脱兎のごとくナジーンの腕から抜け出し、開いた扉を壊す勢いで飛び出して消える。
     何が起こったのかさっぱり分からなかったナジーンはしかし、徐々に状況を理解した。
    「〜〜〜っ!」
     声もなく絶叫し、ナジーンは悶える。なんてずるい。
     少女はナジーンの口にキスをしようとしたのだ。実際にはくちびるの端に当たるか当たらないか程度で、勢いをつけすぎて歯がぶつかったのだが。
     お互いに、今日どころかしばらく顔を合わせられないだろう。
     羞恥に悶えて無心で魔物の乱獲を進める少女と、いつもの十倍のスピードで仕事を捌く鬼気迫るナジーンが数日見られたという。
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