信誓旦旦 女神ジュノーが月の冠を抱くと、その祝福を求めて恋人達は永遠を誓う。6月は毎日何処かでウェディングセレモニーを目にすることになる。
軽やかなオーガンジーのヴェールが、風に撫でられて新婦の横顔を飾り立てる。ツンと済まし顔の小さな淑女のフラワーガール。友人達のラフな正装に顔を顰める堅苦しそうな親族。
オープンテラスのレストランから供される、賑やかな様子を冷やかしながら通りを進むのは、夕食を取りにパブへと向かう2人だ。
「新郎、ガーター外すの早くない?花嫁さん泣かされそう」
「花嫁の方も私にウインクをする位だから、お似合いじゃないか?」
指先を振りながらにこり。と笑う、黒髪の艷漢に全力でツッコミを入れるのは牡丹鼠色のさらりとしたくせ毛を持つ、此方も整った顔立ちの青年だ。
「止めて?出来立ての家庭にヒビ入れるの止めて?マジで!」
「お前だって、ブライズメイド達の視線を独り占めしている。ほら、アッシャー達も此方を射殺すような目で見ているぞ」
愉しそうに喉の奥で笑い声を転がしながら、本日の店を定めて滑り込んだ。
「Till death do us part. (死が二人を分かつまで)」
「But if her husband dies, she is free from that law (しかし夫が死ねば、結婚の律法はもはやその女性には適用されません。)」
「ちょっと」
軽く煽ったアルコールは、適量で止まらず、テーブルにはワインとスコッチの瓶が空になって転がっていた。
ご機嫌に宣誓の詞を諳んじたミスタをヴォックスが揶揄う。とろんとしたアクアマリンの瞳が、恨みがましく正面の男に向けられる。
「お前にしてはセンチメンタル過ぎる。似合わないな」
「神に誓ってってロマンチックじゃないか!」
「そう、所詮神には誓うだけで、契約するのは当人同士だ」
やれやれ。と大袈裟に肩を竦めてみたものの、憎からず想う仔狐のご機嫌を取るべく言葉を重ねる。
「そうだなぁ。一緒に死ぬなんて事は約束出来ないが、死んでも愛すると誓ってやる事はできるな。お前は安心して生きれば良い」
「スケールが違うんだよなぁ」
「鬼で悪魔の私が誓うのは神では無いからなぁ」
にやりと為たり顔で笑いながら、月の破片を嵌込んだ瞳がゆらりゆらりとミスタを映す。
「私の様な存在は、幸も不幸も自分自信の行動次第というものだ。そうだね。私が誓うならば」
店の喧騒をバックに顎に手を宛てて、暫く思案した後に開かれた唇から答えが紡がれる。
「此の聲に掛けて。だろうね」
だから、無闇に誓いなぞしないよ。と
続けて、グラスに残ったワインを飲み干すと、店を後にした。
8時を過ぎてもまだ明るいこの時期に、月が所在無げに建物の間から顔を出している。
だらだらと帰途に付く間に、ふわふわとミスタは先程の言葉を頭蓋の中で転がして、ふ。と思う。ヴォックスの聲。それは、自分の存在をかけてと言う事だ。
「あれ?さっきーーー」
巡らせた視線の先には、人差し指を美しい唇に充てて夜が微笑っていた。