陪食「ねぇ、食材ってドコから料理になんの?」
デザート代わりのハニーマリネをフォークで突きながら、ミスタが何とも無しにヴォックスに問い掛けた。
「禅問答か?」
グラスに炭酸水を継ぎ足しながら、艷やかな黒髪の隙間から愉快そうに覗く金色の瞳を細めて、先を促す。
「いや、サラダって葉っぱ千切るだけじゃん?肉とか、火を通したら?なんか味のするソース掛けたら?皿に装ったら?」
テーブルの上には粗方消費された、真っ赤なトマトソースにバジルを添えたチキンのソテーと、温野菜をクリームチーズで和えたカラフルなサラダ、トマトを果物と言い張るミスタの為に、2種類のグレープフルーツと共にマリネにしたプチトマトが、蜂蜜に濡れて光っている。
「調理と料理の差ぐらいの難問だな」
頷きながら、口元のフォークを皿に戻して、またこの男は思考の迷路に飛び込んでいるのかと得心する。今度はどんな場所に堕ちて嵌っているのか。とヴォックスの興を引く。
正確に言えば、調理とは食材を食べられる状態に加工する、作業工程やその工程全般・必要とされる技術で、食事を作る前の企画の段階から出来上がりまでが「料理」といえる。だが、ミスタの言いたい事はそれでは無いだろう。
「お前はどう思ってるんだ?」
「オレ?オレはさぁ、食材って可哀想って思うワケ」
ふるふると首を振って、肩を竦めながらミスタは至極真面目にヴォックスに、というより、自分に向かって確かめる様に話す。
俺みたいな取るに足らない人間に食べられる為に。
水に漬けられ刻まれ。或いは擦り潰されたり。煮る・焼く・揚げる。終わりはどこ?
まるで、地獄。
「成程。お前の為に皮目をパリッと仕上げたチキンも、それぞれ適切に蒸し上げた野菜も、ひとつひとつ皮から外したグレープフルーツも、可哀想?」
演技臭く、如何にも傷付きましたと言うように涙を拭う振りまでした後に、その元凶に向けて真っ直ぐ手を延ばす。
牡丹鼠色の髪を耳に掛け、露わになった額をとん。と打つ。
「私が思うに、食材が口に入れたいと思うカタチになった処。といった具合だと思うね」
はぁ?と眉を寄せて批難めいた顔の頬をスルリと撫ぜて続ける。
「まぁ、判り易く言えばベッドの上のミスタは食材で、どんなカタチだろうと満足して眠るお前は喰われた料理だろうさ」
アクアマリンに夕陽を少しだけ映した瞳が、一瞬見開かれてきゅ。と収縮した瞳孔まで愛おしいな。と見詰めていると、普段血の気が薄いその頬がカッ!と紅く染まった。
反射的に投げられたグシャグシャの紙ナプキンを避けながらひひっと笑ってやった。
「重ねて言うが、私がお前の為に作った料理を食べておいて、その食材に傾慕してるからだ」
うぐ。と押し黙ったミスタに、蕩ける様な微笑みを落としながら、鬼は告げる。
「喰われて、吸収されて、血肉になった時、その料理は完成するんだよ。ミスタ」
この鬼にとって、本日のメインディッシュは自分自身だった様だ。少しずつ囚われる甘さに心と身体が震えた。
「あー、食材もシアワセだったりする…かも?」
言い包められて蕩かされ、時に焦燥感に身を焦がし。日々俺は調理されている。