Earthly stars「ハイドパークに行こう」
「うげぇ。それマジで言ってんの?」
デートの誘いの返答は、縊り殺される家雁の様な呻き声で返された。
愛しい相方は片手を首に充て、見眼麗しい双眸を顰め舌を出している。
「Winter Wonderlandが来ているだろう?」
「知ってるわそんなもん。このクソ寒い中、なんで人混みに出かけなきゃいけないんだよ」
出不精なだけでなく、極度の人見知りであるこの男は、何時ものように代わり映えしない拒否をする。
「で、チケットの日付だが」
「話聞く気ねぇなこのヤロウ」
元は王家の狩猟場であった王立公園の一角は、アトラクションやマーケット、レストランやバーが仮設され、家族連れや観光客で賑わっている。
屋台からはソーセージの焼ける芳ばしい脂の匂いや、シナモンシュガーチュロスの甘い香りが漂い、童心を沸かせるに一役買っている。
冬の灰色の空を燃える様なオレンジ色の夕日が彩って、木々のシルエットを主線に影絵を創ると、未だ現役のフィラメント電球が点灯されて行く。
各店舗の軒先から垂れる柔らかな杏色の灯りと、アトラクションを飾り立てる原色の瞬き。
燐光が音を吸い込んで、アコースティックな三拍子のメロディと喧噪を角の取れた朧げなリミックスで放射冷却される熱と共に空へ拡散している。
「キレイだけど寒いって!」
「モンクレールのダウンコートで包んでやれば落ち着くか?」
「ブランドの名前だって事しかわかんねぇ」
背中にCura - Heatをベタベタ貼ってやりながら、焼いたマシュマロの乗ったホットチョコレートを買って手渡す。ついでに自分にもほかほかと湯気を立てるグリューワインを。
「男二人で何やってんだかなぁ」
「誰も気になんてしていないよ」
パティオヒーターの下で暖を取りながら、赤い鼻を突き合わせてホットドリンクをすする。
蜂蜜とオレンジ、クローヴとアニスの融けた赤ワインは、胃に落ちると孕んだ熱を身体 に巡らせる。
「で、どしたの?」
「何が?」
「いや、デートに此処を選んだ理由。 あんでしょ?」
「無いよ」
「え?ええぇ?」
名探偵殿の意味深な問いかけを否定すると、目を見開いて心底驚いたように吠えた。
「ミスタと『クソ寒い』 と言いながら屋台でメシを喰って、イルミネーションを見るのが目的だ。強いて言うなら、オールドポンドストリートやリージェントストリートより、お前と過ごすなら此処が楽しそうだ。と思った位だね」
恋人と愉しむためにデートしてるんだ。と眼を逸らさずに話せば、あわあわと口の開閉を繰り返した後、きゅうと下唇を噛んで横を向いた。
硝子の翠色に、ちらちらと光が写り込んで美しい。
「おま、も、ほんとそーゆートコな」
グシャグシャと頭を掻いて、何某かの感情を切り替えたミスタは、意欲的にアトラクションを攻略する事に決めた様だ。
氷の宮殿迷路、アイススライド、覚束無い足場が売りのファンハウス。 ホーンテッドを避けてチャレンジしたVRで絶叫し、バターミルクフライドチキンとマカロニチーズをペプシカクテルで流し込みながらサーカススタントに歓声を上げ、アルコール臭いとコースターで門前払いを喰らう。
吐く息は白く 表皮は冷えて強張っているのに、体内は熱く心地良い。
莫迦みたいに大口を開けて、ずっと笑っていた。
◆
月が中天に昇って白々しく輝いた頃、観覧車に乗り込む。
外気から遮断された身体は、毛細血管をビリビリと揺らしながら酸素を供給し始め、わずかに開いた汗腺から体液が揮発する。
「ははっ。 俺らのゴンドラだけ曇ってら」
「3つ先の不自然な揺れよりマシだ」
「1周何分だっけ?終わらないダロ」
傷だらけのアクリル板を肘まで使ってゴシゴシ擦りながら外を観る。
黒く凍て付いた350エーカーの森に現れた、大気に揺らいでゆらゆらと語る青白いミルキーウェイを70メートル上空から見下ろした。
「はーっ。 すげぇキレイね」
「夢みたいだ」
墜ちた星々の下に、酔いで潤んだ視界の様にオレンジ色の紗に包まれて、先程自分達が居た空間が存在しているのだろう。
ゴウンゴウンと海鳴りの様なモーター音と、ぎぃと軋むシャフトの悲鳴。
肩先にお互いの体重を感じるが、知らない振りをする。
何と無く搦めた指先は、少し乾いた角質の凹凸を擦り合わせ、握り込むと内にあった体温が掌を通して循環しながら同じ温度に溶け合った。