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    Hana_Sakuhin_

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    Hana_Sakuhin_

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    『昨夜未明、東京都のとあるアパートで男性の遺体が見つかりました。男性は数日前から連絡がつかないと家族から届けが出されておりました。また、部屋のクローゼットからは複数の女性を盗撮した写真が見つかり、そばにあった遺書にはそれらを悔やむような内容が書かれていたといいます。状況から警察は自殺の可能性が高いと――「三ツ谷ぁ。今日の晩飯、焼肉にしよーぜ。蘭ちゃんが奢ってやるよ」

    #蘭みつ♀

    死人に口なしどうしてこうなった。なんて、記憶を辿ってみようとしても、果たしてどこまで遡れば良いのか。

    三ツ谷はフライパンの上で油と踊るウインナーをそつなく皿に移しながら、ちらりと視線をダイニングに向ける。そこに広がる光景に、思わずうーんと唸ってしまって慌てて誤魔化すように欠伸を零す。

    「まだねみぃの?」

    朝の光が燦々と降りそそぐ室内で、机に頬杖をついた男はくすりと笑った。藤色の淡い瞳が美しく煌めく。ほんのちょっと揶揄うように細められた目は、ふとしたら勘違いしてしまいそうになるくらい優しい。

    「寝らんなかったか?」

    返事をしなかったからだろう、男はおもむろに首を傾げた。まだセットされていない髪がひとふさ、さらりと額に落ちる。つくづく朝が似合わないヤツ、なんて思いながら三ツ谷は首を横に振った。

    「そんなヤワじゃねぇよ」
    「おー、知ってる」

    男は小さく頷くと、キッチンにいる三ツ谷の方へとやって来た。部屋に漂う朝食の香ばしい匂いの中、仄かに混じるシトラスのかおり。

    「でもさぁ、オレ、心配なんだよね」
    「は、いたに・・・・・・」

    三ツ谷は男の名を零し、ゆっくりと顔を上げた。近距離で絡み合う視線。その瞳に含まれる感情の答えを、きっともう知っている。気がつかないふりをしているだけだ。

    「なんでだと思う?」
    「そ、んなの知るか」
    「聞きたい?」

    聞きたい気もするし、聞きたくないような気もする。どっちつかずのままの三ツ谷に、灰谷はくすりと微笑んだ。

    「別にとって食いはしねぇよ、たぶんな〜」

    は、と揺れた吐息をかき消すように、トースターが軽快な音を鳴らす。三ツ谷がそっちに視線を向けたうちに、灰谷はコップとコーヒーを片手に元の場所へと戻って行った。

    「今日の予定は?」
    「仕事して、終わったら飲み会だけど」
    「ふぅん、わかった」

    灰谷は興味なさそうに鼻を鳴らすと、大きな欠伸を零して、手元の携帯電話を弄りだす。すると瞬く間にメッセージの通知音が立続いて、些かうんざりした様子でマナーモードにセットしている。

    「灰谷ってさ、何してんの?」三ツ谷は聞いた。
    「あ? あ〜、忙しンだよね、オレ」
    「ウン、だから。六本木のタワマンってすげぇなって」

    三ツ谷の言葉に、ぴたり。灰谷は高速で動かしていた指を止めた。そして視線を廻らせて逡巡すると、不意に目を奪われてしまいそうなほど綺麗に微笑んだ。

    「まだちょ〜っと早ェかも」
    「はあ? ンだよそれ」

    睨みつける三ツ谷をものともせず、灰谷は「あ、今日呑みすぎんなよ〜」なんて言いながら、もう既に視線は手元の携帯電話へと向けられている。

    「酔うほど呑まねぇよ、つーかソレって」
    「あ、オレもう出るワ」

    話を戻そうとした三ツ谷を遮るようにして、灰谷は口を開いた。そうして携帯電話を置いてキッチンに来ると、運ぼうとしていた皿を奪うように取っていく。

    「は?」
    「飯は食うよ。せっかく三ツ谷が作ってくれたかんな」

    なんとなく、調子が狂う。向かい合って座って、一緒にいただきます。美味しい、さすが三ツ谷じゃんとウインナーを食べる灰谷を見ながら思い出す。

    十年前、最悪とも言える出会いをしたあの日を忘れてやいない。背後からコンクリートブロックで殴ってきた相手と、こんなにも穏やかな朝を迎えるなんて、いったい誰が想像できるだろうか。

    どうしてこうなった。きっと遡るならば、偶然の再会を果たした二週間前のあの日。甘くて重たいバニラの香りが肺の中で渦巻く。


    たった、二週間。

    されど、二週間。

    ――そう、再会は偶然だった。







    三ツ谷は机から顔を上げると、ふっと息を吐いて耳からヘッドホンを外した。先程までお気に入りの音楽が流れていた世界は、途端に静けさを顕にする。節電のために明かりを落とした部屋が、さらに暗くなったように感じ、机に置いたデスクライトの明かりを一段階あげた。

    長時間いすに座ったままだった身体はすっかり凝り固まっており、ぐっと腕を伸ばすと関節が嫌な音を鳴らす。
    そのまま背中を反って壁にかかった時計を見やれば、時刻は夜中の二時。瞬間、ふぁと薄い唇からあくびが零れた。

    少し休憩をしよう。広がったデザイン案に埋もれて机に置かれただけだった未開封のペットボトルを手に取ると、三ツ谷は立ち上がってベランダへと向かった。夜風に当たれば、まだもう少し頑張れそうな気がした。


    林田に紹介してもらったこの二階建てのアパートは築年数、幾十と少々。誰が住むにもセキュリティは心許ないが、二階角部屋にして、家賃はまさに破格だ。手狭なベランダへと続く窓は、この前に油を塗ったばかりだというのに、すでにガタがきている。

    三ツ谷は国民的ネコキャラ柄のサンダルを突っかけると、一歩踏み出す。九月も残すところ数日。期待通り、秋の香りをほんのりと纏った風が、柔く頬を撫でていった。


    と、そのときだった。
    喉の最奥から絞り出したような、微かな悲鳴が三ツ谷の鼓膜を揺らした。あえて音にするならば、ぎゃ。もしくは、ぎぇ。まさに『蛙を潰したような』、なんて表現が頭に浮かんだ。

    聞こえたのは、隣の部屋からだった。
    なんとなく昔やんちゃしていた頃に培った勘が、嫌な予感を察知し、三ツ谷はそっと息を殺した。壁の薄さはもちろん、折り紙付き。だというのに以降、隣からは物音ひとつしないので、かえって不気味だった。

    さわさわと近くの公園の木々がざわめく。
    きっと時計の長針はひとつも動かなかった。突然、隣の部屋の窓が開いた。静寂を切り裂く派手な音に、三ツ谷はゆっくりと左に視線を向けた。

    友人らから引越し祝いに貰った観葉植物の向こう、すらりと長い足が現れて、ぷかり。鼻筋の高い横顔の男の口から、白い煙が吐き出された。

    その紫煙は雲が覆い尽くした薄暗い夜空に、ゆうらりと消えていく。男の七三に整えられた髪に、遠目から見てもわかる上質なスーツ。錆だらけの柵に寄りかかる存在はミスマッチなのに、まるで異国のファッション誌を切り取ったようだった。

    「あ、」

    三ツ谷の声に、ゆっくり男が横を向いた。淡い藤色の瞳だけが、月の代わりにぽっかりと浮かんで見えた。絡み合った視線が僅かに揺れたのは、一瞬だけだった。

    「は、いたにらん」

    ぽつり。三ツ谷は男の名前を零した。

    「――あー、起こしちゃった?」

    おはよ、なんて。数年ぶりの再会だというのに、灰谷はなんてことないふうに微笑んだ。やんちゃをしていた頃に背後からコンクリートブロックで殴られ、それから数年後しばらくは都合の良いセフレだったが、それ以来。

    「な、んでここにいンだよ」
    「さあね。なんでだと思う?」
    「知るかよ。警察呼ぶぞ」

    少なくとも昨日まで隣に住んでいたのは、もっと草臥れた中年男性だ。さっきの悲鳴だって気になる。三ツ谷が顔を顰めると、灰谷はくすりと笑って、ちょいちょいと人差し指を折った。

    「仕方ねぇな、おいで。三ツ谷」

    脳内にどろどろに溶かされた砂糖を流し込まれた気分だった。だからきちんと警戒心はあったのに、誘われるがまま一歩ふらりと近づいてしまう。腹元にベランダの柵が当たり、鼻先で知らぬバニラの甘やかな香りがして、気がついた時にはすぐそばに灰谷の端正な顔があった。

    「秘密な、オレたちだけの」

    隣の柵から身体を乗り出した灰谷が、三ツ谷の後頭部を指先でするりと撫でた。もうすっかり治ったはずの古傷が痛みを主張する。思わずはっと吐息を零して、僅かに開いたその隙間に灰谷の吸っていた煙草が差し込まれる。いつもの銘柄とは違う、でも懐かしさを覚える、きついメンソールがつんっと鼻の奥に抜けた。

    「なぁんてな」

    言いながら灰谷は、三ツ谷から離れていった。持て余し気味に折られた長い右足、その爪先が地面をトントンと軽く蹴る。

    「知らねぇ方がいいことってあるだろ?」

    そんなことない、なんて言えない。灰谷とセックスをしてていた頃から、もう幾分も歳を重ねた。三ツ谷は口を噤んで代わりに、肺に溜まった息を吐いた。今度は目の前で紫煙が揺れて、ゆうらりと天に昇っていく。それをぼんやりと見送りながら浮かんだのは、かつての仲間の顔だった。

    「へりくつ言ってんじゃねぇヨ」

    三ツ谷は唇から煙草を離し、まだ半分ほど残るそれを足元の灰皿に潰した。灰谷は口元に柔和な笑みを湛えたまま、何も言わずに、じっとその様子を見ていた。

    「こっち、来てみっか?」
    「あ?」唐突なその言葉に、三ツ谷は目を細めた。
    「部屋に来て、自分の目でなにもねぇって確かめてみろよ。いいぜ」

    三ツ谷はその言葉を聞き終わるより先に、溜め息をつきながら緩く首を横に振った。その提案にのれば真実はわかるだろうが、ろくなことにはならないだろう。灰谷はにんまりと口角を上げた。

    「ハハ。じゃあ、そっち行っていい?」
    「は? いいわけあるか」
    「眠れるように子守唄でも聞かせてやるのに」
    「いらねぇワ。近所迷惑」

    言い捨てて三ツ谷は部屋に戻る。


    「あーあ、可哀想に。まあ偶然も運命か」

    その背中をご機嫌に目を細めながら見送る灰谷は、ぽつり呟いた。言葉は誰にも届かずに夜の空を揺蕩う雲に紛れて消えていった。







    「あ、あの。偶然ですね、また」

    アパートまで数メートル。すぐ先の角を曲がればもうすぐだというところで、三ツ谷は横から男に声をかけられた。へへっ、と笑うその顔を見るのは今週で三度目だ。つまり、毎日見ていることになる。

    三ツ谷は人差し指でぽりぽりと頬を掻いた。先週の末、専門学校時代の先輩が主催した飲み会に出席したときから、どうやら男から好意を向けられている。

    「おー、どうも」
    「三回も会えるなんて、う、運命だったりして」

    果たして作為的な出会いは運命と呼べるのか。そんなことを三ツ谷が考えている間に、男は距離を縮めて、へらりと楽しそうに笑いながら口を開いた。

    「せっかくだし連絡先交換したりなんて、どうですか?」
    「あー・・・・・・、悪い。携帯、持ってきてねぇワ」

    もちろん嘘である。これで引いてくれれば良かったのだが、男は三ツ谷の断り文句を真に受けた。再びへらりと笑みを浮かべて手を振る。

    「そうなんですね。じゃあ取りに行きましょ、ついでに家まで送りますし。あ、僕のことは気にしないでください。歩くのとか結構好きなん、で?」

    ぺらぺらと喋っていたのに不自然に途切れた男の語尾、困惑と少しの恐怖に揺れた視線。振り返ってその先を辿るより先に、三ツ谷は覚えのある香りに包まれた。どろりと甘いバニラの香りだ。

    「じゃあ独りでお散歩でもしてろよ、ポチくん」

    ねえ、三ツ谷。名前を呼ばれながら、胸の前で手を組まれて両肩に重みが増した。言うならば、灰谷に後ろから抱きしめられている。

    「ちょ、」
    「三ツ谷ぁ、腹減った。なんか作ってよ」

    三ツ谷がなにか言うよりも早く、灰谷が唇を尖らせた。朝から食べてねぇの。甘えた猫のように、首元にするりと頭を寄せられる。

    「・・・・・・いや、残りもんしかねぇよ」
    「じゃあ、あとで一緒にスーパー行こうぜ」
    「・・・・・・まあ、オマエ持ちならいいよ」

    これ幸いと冷蔵庫の中身や日用品の残量を思い出し、三ツ谷は買い物リストを作っていく。牛乳、トイレットペーパー、歯磨き粉。呟いていると、灰谷が覗き込んできた。

    「あとはシャンプーリンスとか?」
    「あ! そう。それもいるな」
    「忘れがちだもんな〜」

    昨晩シャンプーもリンスもなくなって、帰宅後に最寄りのスーパーに買いに行こうと思っていたのだった。灰谷に言われるまで忘れていたが、三ツ谷は思わず笑ってしまった。急に親近感が湧く。

    「当たり前だけどオマエも買い物すんだな。そうなんだよな、シャンプーリンスって忘れやすいんだよな」
    「はは、まあな」

    灰谷が笑ったと同時に、「あ、あの!」明らかに声量を間違ったと思える男の声が響いた。視線を向けると男は身体をふるふると震わせている。

    「あの、聞いてもいいですか!」
    「ど、どーぞ」些か圧されながらも三ツ谷は答える。
    「おふたりってどういう関係なんですか!?」

    なんとも答えにくい。数年前に失恋をセックスで慰めてもらいました、そこから半年ほどセフレ関係でした、なんて答えたら、目の前の十近く年下の男は卒倒してしまうのではないだろうか。三ツ谷がそんなことを考えている合間に男は熱量を高めて続ける。

    「三ツ谷さんの彼氏じゃないなら、お、僕の邪魔をするな!」

    ビシッと男に指をさされた灰谷は、途端に能面のように表情を削げ落とした。ただでさえ整った顔立ちが、作り物のようで息を飲む美しさを醸し出す。その迫力を真正面から受けた男は、ひっと喉を鳴らした。

    「三ツ谷とオレが、なにかって?」

    灰谷はハハッと笑った。心底バカにしたような笑い方だった。三ツ谷の背筋に嫌な汗が流れる。

    「みぃつや」

    なに、と返すことはできなかった。振り返った途端、顎を掬われて、重なった唇。半ば無理やりだというのに優しく丁寧に舌を絡めとられ、浮かぶ言葉の代わりに鼻にかかった甘い声が漏れる。

    目を見開いて寸前にある、細められた淡い藤色の瞳を見つめれば、その甘やかさに三ツ谷の身体から力が抜けた。
    抵抗なんてできなかった。

    するり。灰谷の硬い指先が耳を通って、首筋へまわる。三ツ谷はそっと瞼を落とした。長いまつ毛が桃色に染まった頬に影をつくる。ただじっと二人を見ていた男が、思わず唾を嚥下した。

    「なにってこういう関係だけど」

    つう、と灰谷と三ツ谷の間に透明の糸が繋がる。

    「はいたに」
    「ハハ、カワイ〜ことになってンね」

    つやつやな唇、まろい頬、そして一瞬だけ後頭部を撫でると、灰谷は三ツ谷の頭をそのまま胸元に引き寄せる。その手つきは酷く優しいもので、男は頬を赤らめて、まるで酸欠の金魚のように口を開閉するしかできなかった。

    「帰ろうなぁ、三ツ谷」

    そうして、もう二度と三者の視線は交わることはなかった。公園で遊ぶ子供たちの無邪気な声が、呆然と立ち尽くす男の耳奥で、ただひたすらこだましていた。



    「お、まえさ」
    「なに? 三ツ谷、腰抜けちゃった?」
    「彼氏ヅラすんな」

    三ツ谷はボロアパートの手前で、灰谷の胸元から抜け出した。少しずつ夜に向けてひんやりとしてきた風が、まだほんのり桃色の頬の熱を冷ましていく。

    「なにそれ。誘ってンの?」
    「どういう解釈だよ」
    「ヅラじゃなくて本当に彼氏になってほしい、今すぐ抱いてってことだろ?」
    「曲解しすぎだバカヤロウ」
    「そんな顔して言われたらそう思うじゃん」
    「思うな、してねぇから」

    そんな会話を交わしながら、さも当然といったように灰谷は三ツ谷に続いて、鉄錆のこびりついた階段を昇っていく。かつかつと磨かれた革靴が響かせる音色は、やけに不似合いだった。

    鞄の中から鍵を探しだし、玄関を開ければ、すぐさま灰谷に肩を押される。壁に背中を強かにぶつけて、うっと呻いた三ツ谷に大きな影がかかった。

    「三ツ谷さ、チョロすぎ」
    「・・・・・・あ?」
    「さっきのアレ、ストーカーでしょ」

    やけに近い藤色から目を逸らし、「後輩だよ」呟く。もちろん偶然でも運命でもないことは分かっているけれど、今のところ実害はないのだ。ならば、ただの後輩だ。

    「ふーん、後輩ね」

    すっと伸ばされた灰谷の長い指先が、三ツ谷の首筋の髪の毛を弄ぶ。ぞわりとそこから手のひらまで電流が走り抜けた感覚に身体を固めながら、「なに急に」と眉間に皺を寄せた。

    「分からせてやんねぇとダメか」

    ぐっと強く腕を引かれて、迷うことなくベッドに投げつけられる。小さな一人用のベッドは重さに耐えきれずに悲鳴をあげた。瞬時に起き上がろうとした三ツ谷だったが、灰谷のほうが早かった。両腕をまとめて頭上へと、たった片手で拘束されてしまう。

    「テッメェ、ふざけんなよ」
    「ふざけてなんかねーよ」
    「じゃあ今すぐ退け」
    「オレは片手しか使ってねぇし、いくらでも抵抗しな?」

    その声に馬鹿にした様子は感じられず、むしろ優しささえ含んでいる気がしてくる。しかし逆光で暗くなった灰谷の表情が読めず、三ツ谷は奥歯を擦り合わせた。ぎりぎりと軋んだ嫌な音が脳の奥で響く。

    「いくら三ツ谷がそこらの男より強くたって不意をつかれれば、あっという間にレイプされちゃうぜ」

    つう、と三ツ谷の肌を辿った灰谷の指先が、ひとつ。シャツのボタンを外した。僅かな隙間から入り込んでくる冷たい空気は身体を瞬く間に包んでいく。

    「オイッ、やめ」
    「なあ、三ツ谷。なにかあってからじゃ遅せぇんだよ」

    遮るように灰谷は言ったきり、口を閉ざしてしまった。
    重く、長い沈黙。のち、三ツ谷は全てを吐き出すような深い溜め息をついた。ああ、クソ。絆されてる、なんて。もう今更のような気がした。

    「灰谷、手ぇ退かせ」

    ぱっと素直に重さが消える。その隙に三ツ谷は後ろに手をついて、ずるずると身体を引きずり起こした。枕に上半身を預けて、灰谷を見上げる。

    「オマエ、勝手に姿消したのに」

    急に現れてそんなこと言うんだ、なんて。三ツ谷は声にならず、口の中でひとり呟いた。
    セフレだったあの頃、灰谷と一緒に朝を迎えたことなんてなかった。だけど、でも、壊れ物に触れるような手の優しさも、多分に熱を含んだ甘い言葉も、ぜんぶ全部。ほんの少しでも特別なんじゃないかって、若い勘違いをしてしまうには十分だったのだ。

    「・・・・・・謝ってほしい?」
    「許されてぇなら謝れよ」
    「うん、ごめん。だから心配させて」

    パチ、数年分の重みにしては随分と間抜けな音だった。三ツ谷は両の手のひらを灰谷に頬に添えると、ふっと軽やかに微笑んだ。

    「ま、でもあれだけやれば問題ねぇだろ」

    やり過ぎなくらいだ。関係性が後輩であることは変わりないのに。この間と同じように三ツ谷の先輩が主催だと互いに断りにくい、となれば飲み会にも参加するだろうし、顔を合わせるのは少し気まずい。

    「――て、なにしてんだよ」

    いつの間に探し出したのか灰谷は迷いない手つきで、三ツ谷の携帯電話を弄っていた。そして取り返すよりも早く、「はい、これ。オレの連絡先」とにっこり微笑み付きで手元に戻ってきた。

    「なんだよこれ」
    「ハハ、いーじゃん」

    ディスプレイには『蘭ちゃん』と表示されている。それなりに登録されている連絡先はどれもフルネームなので、明らかに異端で、三ツ谷は思いきり顔を顰めた。

    「これどうやって変えんだ?」
    「変えんなよ、ならダーリンにしてやろうか?」
    「それはやめろ」
    「じゃあそれでいいだろ〜?」

    まあ、いいか。自分では変えられないのだから妥協するしかない。三ツ谷は誰にともなく胸中で言い訳を並べながら頷いた。それからもう一度ディスプレイに映る名前に視線を落として、無意識のうちに小さく笑みを零す。蘭ちゃん、バカみたいだ。

    「じゃあ買い物行くか」

    三ツ谷が立ち上がろうとしたその手を、ひんやりと冷たい指先が引き止めた。じんわりと熱が帯びていく。灰谷の細められた藤色の瞳が身体を強く射抜く。

    「ちゃんと仲直りしよ〜ぜ」
    「結局それかよ、最ッ悪」
    「最高の間違いだろ」

    再びベッドが悲鳴をあげる声を聞きながら、三ツ谷はそっと目を閉じた。











    【哀れなる男の独白】

    きっと一目惚れだった。
    首筋に流れる藤色の髪。柔く垂れた瞳に、凛とつり上がった眉。淡い頬を飾る長いまつ毛も、全部が全部。
    ここで声をかけなければ、ずっと後悔するだろうと予感して、らしくもなく胸を高鳴らせていた。

    ああ、なのにどうして、どうしてこうなった。
    でも、そうだ。思い返してみれば、昔からそうだった。俺の予感なんてもんは、ひとつもあたったことがない。いいことがありそうなんて思った日は土砂降りの雨に晒されたし、悪いことがありそうなんて思った日は晩飯が好物のハンバーグだった。


    たぶん最初から、なにもかもが間違っていたのだろう。
    そんなふうにさえ思えてくる。

    脳裏に思い出が駆けていく。いわゆる、これが走馬灯ってやつなのだろう。たぶん映画一本、ドラマ一話にもならないような平々凡々な人生だった。それでも意外に悪くない、そう思えていたはずだった。

    専門学生は想像よりずっと忙しかった。遊んでいる暇なんてなくて、だけどようやくできたデザイナーという夢に日々近づいている気がして楽しかった。

    高校生になると、途端に世界が広がった。童貞を捨てたのは初恋の相手じゃなかった。ちょっとおバカだったけど、桃色の頬にまつ毛の長い可愛い子だった。

    中学生になって、初めて恋をした。斜め前に座る女だった。誰に対しても優しくて、笑ったときのエクボが可愛かった。彼女と同じ高校にいきたくて勉強を頑張った。

    小学生の頃はわんぱくで怪我ばかりしていた。足を捻っては母に怒られ、指を折っては母に泣かれた。はらはらと薄い頬を流れる涙を、今でも鮮明に思い出せる。

    よくドラマや映画で死ぬ時に、『母さん』なんて呟くヤツを本当かな、なんてどこか冷めた目で見ていた。だけど自分が実際にその立場になってわかった。
    ――ああ、母さんに会いたいなぁ。元気にしてるかな。


    目の前の顔のよく似た男ふたりが、縛られてもいないのに身動きひとつ取れないオレを嘲るかのように見上げた。その瞳に見つめられると、まるで深淵に覗き込まれたような錯覚をおこす。ぞわりと全身の毛が逆立った。

    「リンドウ、こういうのなんて言うんだっけ?」
    「は? なにアニキ。急に」

    一度だけ会ったことのあるアニキと呼ばれた男が、オレに向かって首を傾げる。リンドウもそれに倣うように、視線を向けてくる。身体が無意識に震えて、首にかかった縄が薄く皮を擦る。

    「死んじゃったら無実の罪も弁明できねぇってやつ」

    仄暗い藤色の瞳がオレに問うていた。
    オレはもうすっかり唇が乾ききっていて、口内はほんの少し鉄の味がしていた。リンドウは退屈そうに欠伸をしていて、アニキのほうは急かすように腕時計に目をやった。

    「あ、そうだ思い出したワ」

    そしてアニキは急に顔を上げると満足気に微笑んだ。綺麗な唇が、なにかを形作る。だけど、オレはその答えを知ることはできなかった。

    椅子が倒れるけたたましい音は、誰もいない部屋でいつまでもこだましていた。











    それから灰谷は二日、三日に一度は顔を見せるようになった。もうすっかり秋の色濃く、黄昏の橙がぼんやりと世界の輪郭をぼやかす。バチっと耳を刺す音とともに、ぽつりぽつりとそばの街頭に明かりがついた。

    アパートの玄関前。今にも崩れそうな柵に寄りかかった灰谷は、外階段をのぼってきた三ツ谷を認めると「おー、おかえり」ひらりと片手を上げた。

    「暇なんだな」
    「えー、暇じゃねぇよ。忙しい合間をぬって、三ツ谷に会いに来てンだよ。嬉しいだろ?」
    「ハイハイ、暑さで頭やられてンな」

    ぞんざいに返事をしながら、三ツ谷は鍵を開ける。が、錠の落ちた音のあと、ドアノブを引いたのに身体が自分の力によって後ろに仰け反った。混乱した頭で灰谷を見れば、不思議そうな顔で首を傾げられる。

    「あ? 鍵が、閉まってる」
    「朝、閉め忘れた?」
    「いや・・・・・・、それはねぇ、はず」

    昔から最低限の防犯意識は徹底している、つもりだ。今朝もいつもと同じように鍵を閉め、その確認のために引いたドアノブの固い感触を覚えている。とはいえ現状、その記憶に確証が持てなくなってしまう。

    「閉め忘れた、ってことだよな」
    「・・・・・・もしくはー、泥棒?」
    「ウチに入ったってなんもねぇよ」
    「金目当てだったらな」

    三ツ谷の住むアパートの外観はどう見ても侵入は容易いだろうが、引き換えに金目のものはないだろうと窺える様相だ。ならば、と灰谷の言葉の意味を咀嚼するより先に、三ツ谷は改めてドアを開けて理解した。

    「うわッ」

    叫んでドアから手を離した三ツ谷に、代わって背後から覗き込むようにドアを押えた灰谷が、廊下に散らばった無数の写真を見て「うっわあ、ヤバ」と呟いた。

    「ンだこれ」
    「三ツ谷の写真じゃん」
    「そりゃ見ればわかる・・・・・・、そうじゃなくて」

    近くに落ちている写真を一枚拾いあげる。三ツ谷が観葉植物に水をあげているところだ。どうみても盗撮だとわかる、目線が合っていない。


    「どうする?」

    淡い藤色の瞳に横から覗き込まれて、止まっていた時間が動き出した。三ツ谷はふっと溜め息をついた。踵に人差し指を差して靴を脱ぐと、腰を屈めて散らばった写真を一瞥もすることなく拾っていく。

    「・・・・・・別にどうもしねぇよ」

    ふぅんと灰谷は鼻を鳴らした。三ツ谷は返答とは裏腹に、林田に新しくアパートを紹介してもらい、引っ越そうと考えていた。今度は家賃は高くなっても、もう少しセキュリティのしっかりしたところにするつもりだ。

    拾い終えた写真の束を三ツ谷は棚の上に放り投げると、他に被害がないか部屋を見て周り、なにもないことを確認すると、ようやくほっと一息ついた。

    「灰谷、今日は――」

    帰ってくれ、と気を抜けば震えてしまいそうな声に力を入れて、どうにか伝えようと三ツ谷は口を開いた。が、しかし、灰谷の言葉によってそれは遮られた。

    「なあ、オレんところ来る?」
    「は?」
    「部屋あいてっし」

    突然の提案に目を瞬く三ツ谷に、灰谷は長い足を折り曲げて屈むと、そっと耳元で囁いた。ぐらりと甘いバニラの香りが鼻先に入り込む。

    「オレは三ツ谷のカワイ〜姿、アイツに見せたくねぇんだけど」
    「うっせ・・・・・・、あ」

    アイツ。もうすっかり忘れてかけていたが、数日ほど前に絡んできた男がいた。三ツ谷はそのことを思い出して、目の前の灰谷の顔を見て、きっと既に同じ男を思い浮かべていただろうことを察した。

    ぽつり、雨音が窓を叩く。今朝の天気予報では、暫く雨は降らないと言っていたのに。そんなことを考えている合間にも、雨は更に激しさを増していく。

    「三ツ谷、お願いがあンだけど」
    「・・・・・・なんだよ」
    「毎朝みそ汁作ってよ」

    また三ツ谷は目を瞬いて、それからふっと笑った。

    「プロポーズじゃねンだから、バカ」







    どうしてこうなった、なんて。思い出すのはあまりにも簡単だった。回想を終えて一息つくと、本日の飲み会の主催者である先輩がにまにまと覗き込んできて、急に現実へと戻される。

    「どうしました?」
    「三ツ谷さ、あの子となにかあったでしょ?」
    「なにか、って」

    ほら、と先輩はポケットから携帯電話を取り出すと、三ツ谷に見せてきた。そこには『今日は不参加でお願いします。あと三ツ谷さんに謝っておいてください、すみません』とある。差し出し人は、例の後輩だ――。

    「ああ、まあ。別に大したことじゃ」
    「でもこの前の飲み会、いかにも三ツ谷のこと狙ってたじゃん。どうなのそこらへん」

    どうなの、と言われても。ストーカーされました、とてもじゃないが言えるわけない。そんな三ツ谷を露知らず、おしゃべりで噂好きな先輩は、ぐいっと身体を寄せてきた。

    「あの子さ〜、まあちょっと変わってるけど、なんせ顔がいいじゃん。ね?」
    「うーん、そうっすかねぇ」
    「まあアンタも大概だもんね、鏡見りゃいいもんな」

    曖昧に相槌を打つと、先輩は急にすんっと表情を落とした。元より酒に強い印象はないが、どうやら今日はなかなか酔っているらしい。三ツ谷はそっとグラスを遠ざける。

    「じゃあさ、アイツは?」

    くいっと先輩が、向かいのテーブルに首を向けた。三ツ谷がその方に視線を向けると、ひとつ年上の男の先輩と目が合った。ほんの少し気まずげに微笑まれる。

    「あー、いや」

    と、そのとき。三ツ谷の携帯電話が着信を報せた。あ、と思うよりも早く、先輩は目敏くディスプレイに映った『蘭ちゃん』の文字をとらえた。

    「うわ、まさか三ツ谷これ彼氏?」

    そういうことだったか、と騒ぐ先輩をまともに相手していてもキリがないので、一応の断りを入れて電話に出る。

    「もしもし、どうした?」
    『三ツ谷、酔ってる?』
    「酔ってねぇよ、わかんだろ」
    『おー、イイ子じゃん』

    どうにも灰谷は外から電話しているようで、背後がやけにざわざわしている。いやにご機嫌な声と一緒に、遠くでグラスが合わさる音が聞こえた。

    「で、どうしたの?」
    『オレ、今日もお仕事だったんだよね〜』
    「うん。お疲、れ」

    ふわり。アルコールの匂いに混ざって、鼻腔に届いたのはもう随分と嗅ぎ慣れた甘いバニラの香りだった。まさか、より確信めいて後ろを振り返る。

    「よー、イイ子ちゃん。迎えに来た」
    「な、んでここにいンだよ」
    「決まってんじゃん。三ツ谷に会いたくて仕事急いで終わらせたんだよ」

    背後で美しく微笑む灰谷に、隣の先輩だけじゃなく机を囲む女性陣が色めきたつ。三ツ谷はそっと息を吐いた。その間にも「いつもお世話になってます」なんて愛嬌を振りまいているから、黄色い歓声は増すばかりだ。

    「帰ろ〜ぜ、三ツ谷」

    時刻は午後九時十七分。定番のビールから始まり、飲み放題メニューに並んだ大抵は飲んだから元はとった。自他ともに認める酒豪だが、まあほんのり回った酔いを醒ますのに、灰谷と夜道を歩くのも悪くない、かも。

    三ツ谷が目の前に差し出された手のひらを掴むと、その手はぐっと強く引かれ、足元がふらついてしまう。半ば倒れ込むように灰谷の胸元に飛びこむと、くつくつと頭上で笑いがもれた。

    「アレ、三ツ谷ってば酔ってんじゃん」
    「酔ってねぇって」
    「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ」

    これは言い返しても完璧なシラフには敵わない。うぐっと三ツ谷は口を噤む。これはそれを見て灰谷はまたくつくつと笑うと、そばに置いてあった三ツ谷の荷物を手に取り、ぐるりと席を見回した。

    「じゃあ、すみません。お先に失礼します」

    最後にじっと注がれた灰谷の視線のその先が、先程のひとつ年上の先輩だということに、三ツ谷は気がつかなかった。その灰谷のどことなく妖しい雰囲気に女性陣は更に目じりを下げ、男性陣はふるりと背筋を震わせた。



    「あ、アイスでも買って帰る?」

    消えかけの適当な星をみっつ繋げて夏の大三角。ぼうっと夜空に散らばる光を眺めていたら、聞こえてきた灰谷の声。三ツ谷は指さす先、煌々と人工的な光を放つコンビニを一瞥して、緩く首を横に振った。

    「オマエさ、どういうつもりなン?」

    全部わかっている癖して、灰谷はやけに芝居がかった仕草で首を傾げてみせた。二人の距離はたったの歩幅ひとつ分。きんっと肌を刺すような冷たい風が合間を抜けていく。冬の訪れが近かった。

    「三ツ谷ってばチョロいから牽制、みたいな」
    「はあ?」
    「だって数ヶ月も一緒にいたら、情のひとつやふたつ湧いちゃうタイプでしょ、オマエ」

    ほんの少しその言葉を飲み込むのが遅れて、三ツ谷は何度か目を瞬いた。そうしてやっと理解した果てには、腹を抱えて笑ってしまいそうになった。口元に手を当てて声を押し殺すも、どうにも笑い声は零れ落ちてしまう。

    まさか、あの灰谷蘭が。

    「・・・・・・あのさ、もう彼氏“ヅラ”すんなよな」

    三ツ谷は立ち止まると買ったばかりのスニーカーで地面を蹴って、くるりと後ろを歩いていた灰谷を振り返った。空に浮かぶは満月で、爛々とふたりを照らす。

    「まあ情に絆されねぇとは言わねぇよ」

    事実、始まりはきっと情に絆されてただけだった。

    「でも、好きじゃねぇ男と――」
    「三ツ谷。今なら、まだ酔ったせいにしてやれるけど」

    たぶん、三ツ谷は知っていた。この選択がこれからの未来にどんな影響を与えるのか。きっと正誤の判断をするなら、自分は間違っているだろうことを。

    「しねぇよ、酔ってねぇもん」

    だけど、同じだけ知ってしまったのだ。

    「結構、好きだワ。オマエのこと。毎朝みそ汁作ってやってもいいくらいに。んでさ、オマエもそうでしょ?」

    すぐ彼氏ヅラなんかするのに、予防線ばかり張って、好きだって肝心の言葉をくれない灰谷のその不器用ささえ、もう愛おしく感じてしまう。そのくらい、好き。三ツ谷は、ふっと笑った。

    「今度、勝手に姿消したら殺すからな」
    「うん。もう二度と離さねぇよ」

    ふたりの交わした淡い約束は、誰に届くでもなく冬の夜空に消えていった。
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    Hana_Sakuhin_

    MOURNING『昨夜未明、東京都のとあるアパートで男性の遺体が見つかりました。男性は数日前から連絡がつかないと家族から届けが出されておりました。また、部屋のクローゼットからは複数の女性を盗撮した写真が見つかり、そばにあった遺書にはそれらを悔やむような内容が書かれていたといいます。状況から警察は自殺の可能性が高いと――「三ツ谷ぁ。今日の晩飯、焼肉にしよーぜ。蘭ちゃんが奢ってやるよ」
    死人に口なしどうしてこうなった。なんて、記憶を辿ってみようとしても、果たしてどこまで遡れば良いのか。

    三ツ谷はフライパンの上で油と踊るウインナーをそつなく皿に移しながら、ちらりと視線をダイニングに向ける。そこに広がる光景に、思わずうーんと唸ってしまって慌てて誤魔化すように欠伸を零す。

    「まだねみぃの?」

    朝の光が燦々と降りそそぐ室内で、机に頬杖をついた男はくすりと笑った。藤色の淡い瞳が美しく煌めく。ほんのちょっと揶揄うように細められた目は、ふとしたら勘違いしてしまいそうになるくらい優しい。

    「寝らんなかったか?」

    返事をしなかったからだろう、男はおもむろに首を傾げた。まだセットされていない髪がひとふさ、さらりと額に落ちる。つくづく朝が似合わないヤツ、なんて思いながら三ツ谷は首を横に振った。
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