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    Hana_Sakuhin_

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    Hana_Sakuhin_

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    蘭みつ ⚠︎死ネタ(?)
    かつて支部にあげて不完全燃焼で消したやつを軽〜く手直ししたやつです、ご注意を!
    【嘘はひとつだけ】

    #蘭みつ
    ranmitu

    「オレ、三ツ谷の恋人なんだけど」

    頭打って忘れちゃったか?本当か嘘か分からない、淡い藤色の瞳がにっこりと弧を描く。

    「は・・・・・・、」

    病院特有の消毒液に混じって甘いムスクの香りが三ツ谷の鼻腔をくすぐる。ぽつりと落ちた声をかき消すように、窓の向こうで救急車のサイレンが鳴り響いた。



    三つ年上、極悪の世代。六本木のカリスマ、灰谷兄弟の兄。三ツ谷隆における灰谷蘭についての認識は、その程度であった。他にも知っていることはあるが、いずれにせよ肩書きや真偽の不確かな噂話程度で、どれも少しヤンチャをしていれば耳にしたことがあるだろう。

    そもそも接点といえば関東事変のときに、灰谷によって背後からコンクリートブロックで殴られた。たった、それだけだ。

    以降、東卍が解散して喧嘩三昧の日々から足を洗い、デザイナーの夢を叶えて数年。なんてことない秋の日の昼下がりに交通事故に巻き込まれた、あの寸前までも関わりは一切なかった。

    ――少なくとも、三ツ谷の覚えている記憶の中では。


    十二年ぶりに見る灰谷は、長く三つ編みしていた髪をバッサリと切って、随分とスーツが似合う見目になっていた。三ツ谷はその姿に見覚えはない。

    ここで恋人だと言い張る灰谷に『嘘つけ』と言い切ってしまうことは簡単だ。しかしまだ母親や妹も来ていないのに、すでに灰谷がベッドの横にいるということは、つまり。・・・・・・、本当に恋人だったのかもしれない。なんて三ツ谷は思うようになっていた。

    意識を取り戻したときに灰谷が呼んだ医者が、頭を打ったことで記憶を一時的に喪失してしまうことはあると言っていたことも、三ツ谷を不安にさせた。


    ちらりと三ツ谷が横を窺うと、灰谷はベッドの柵に寄りかかって、目が合うと柔く微笑んだ。人の機敏に疎いわけではないのに、この瞳だけは何を考えているのか分からない。

    「ん、なに? どうした?」

    三ツ谷は思わず黙り込んだ。問いかけてくる灰谷のその声は甘くて、言おうとしていたことが吹っ飛んでしまうくらいの破壊力があった。

    「ご、めん。オレ忘れてんのかな」

    しどろもどろになりながら謝った三ツ谷に、灰谷はくすくすと笑った。

    「なに」
    「三ツ谷がしおらしくしてんの初めてだから。喧嘩すっと真っ先に顔面狙ってくんだよな〜」

    言いながら思い出したのか、灰谷は傷ひとつない綺麗な頬を触った。三ツ谷は記憶がないからこそ居心地が悪い。ぽりぽりとこめかみを掻いて俯く。

    「思い出せねぇの気に病んだりしてる?」
    「ま、まあ・・・・・・」三ツ谷は唸る。
    「じゃあ試してみっかぁ」

    なにを、と聞こうとして顔を上げたら、やけにそばに灰谷の顔があって、三ツ谷は遅れてキスされたことに気がついた。触れた唇はちょっと冷たくて、当然だけどレモンの味はしなかった。

    「思い出した?」

    三ツ谷は何も言わずに、首を横に振った。驚いたけど、嫌じゃなかった。伸ばされる灰谷の手に、もう一度そっとまぶたを伏せれば、そばで息を吐くような笑い声が空気を揺らし、三ツ谷は頬を赤らめた。

    やはり冷たい灰谷の手のひらが、三ツ谷の耳たぶ、後頭部、首筋を辿っていく。その優しい手つきに身を任せる。突然ふっと軽く触れた唇は、あっという間に深くなっていく。互いに舌と舌を絡め合わせ、冷えた体温に熱を与える。

    ようやく離れた端正な顔立ちを見つめ、「・・・・・・思い出せるように、する」と三ツ谷が言えば、灰谷は一瞬だけ動揺したように瞳を揺らして、それを隠すように目を細めて微笑んだ。

    「期待して待ってんな」
    「じゃあせめて期待してるふうな声で言えよ」
    「えー。だって三ツ谷あんまり記憶力良くねぇじゃん」

    そんなことねぇしと反論しようとした三ツ谷だったが、灰谷はすらりと長い人差し指を立てて唄うように語る。心底楽しそうだった。

    「カッター持ってくの忘れたっつーから届けたら、今度は紐忘れたーって。ちなみにこれが三ツ谷からかかってきた初めての電話。ドキドキ返して欲しいよなァ〜」
    「なんだそれ」

    もっと聞きたい?と首を傾げた灰谷に、三ツ谷は唇を尖らせながらも頷いた。それはもちろん聞けば思い出せるかもしれないと踏んでのことだったが、灰谷がふたりの思い出話を、表情を溶かして語るその顔をまだ見ていたいという思いもあった。

    「三ツ谷に選んで貰ったスーツを翌日に破いたら、大激怒して殴り合いしたよな〜。つーか、毎回スーツ破ると怒ったっけ」

    「で五徹目の三ツ谷が眠れねぇって真夜中に言い出してさ、バイク走らせて海行ったんだけど、オマエ砂浜で寝始めて・・・・・・、」灰谷はそこで顔を伏せた。

    聞いていくうちに三ツ谷は喉が締めつけられたように苦しくて、だんだんと呼吸がしにくくなっていった。胸に手を当てると心臓は動悸を高まらせて、その先の言葉を聞きたくないと主張する。

    「そうそう。三ツ谷、その次の日に死んじゃった」

    目が眩むような甘やかな声だった。灰谷は動揺する三ツ谷を楽しげに見つめた。

    「今は寝れてるか?」
    「・・・・・・あ?」
    「そんな顔すんなよ〜」

    おどけて笑うその顔に恐怖を覚えて三ツ谷は、伸びてきた灰谷の手を振り払った。バチッと鋭い音がふたりだけの空間で響いて、重苦しい沈黙が流れる。

    真実がなにひとつ分からない。死んじゃった――、繰り返す呼吸がそれを嘘だと証明しているのに。あまりの混乱に吐き気さえ感じる。三ツ谷は息を荒くして、シーツごと拳を握りこんだ。

    「実際、三ツ谷が死んでもなにも変わんなかった。オレは飯を食うし、ぐっすり寝るし、人を殺すし」

    灰谷はやはり作り物のような微笑みを湛えながら、長い足をゆっくり組み替えた。膝の上で合わせた手のひらに顎を乗せて、こてんと首を傾げる。三ツ谷はその一連の動作をただ見ていた。

    「でも誰ともセックスできなくなっちゃった」

    逃げられるわけなんてないのに。三ツ谷は脳内にけたたましく鳴り響く警告音に、ベッドの柵を掴んで体を引きずり、灰谷から距離をとった。

    「近寄んなよクズヤロウ」
    「恋人にそんなこと言うなよ」

    灰谷の手のひらが簡単に三ツ谷の頬を捕まえた。逸らさないようにと、ぐっと顔を無理やり上げさせられる。絡み合う視線、長いまつ毛が縁どる灰谷の淡い藤色の瞳はそれでも美しい。

    「試しにセックスしてみようぜ?」
    「やめろッ」
    「ハハ、もっと抵抗して?」

    先程まで病室を煌々と照らしていた太陽が、今度は灰谷の顔に深い影をつくる。きんと冷えた長い指先がくすぐるように首筋をなぞり、三ツ谷は身体を震わせた。

    「・・・・・・なんてな。嘘」

    突然ぱっと三ツ谷から離れた灰谷は、まるで冤罪を訴えるように両手を振った。

    「は?」
    「ここまでの話、ぜ〜んぶ嘘」
    「テ、ッメェふざけんなよ、灰谷」

    三ツ谷は手負いの獣のように唸った。灰谷は当然のように臆することなく、飄々とした態度のまま、腕に嵌めた高そうな時計に目を向ける。時刻は午後三時四十四分。意識を取り戻してから一時間も経っていた。

    「あ、もう母親も妹も来るよ」
    「どういうことだよ」
    「連絡すんの待ってもらったの。ど〜しても三ツ谷と話したかったからさ」

    語尾にハートマークがついていそうなその声は、まるで麻薬のように三ツ谷の脳内に溶ける。だからおもむろにも関わらず近づいてきた灰谷の顔を、ただぼんやりと受け入れてしまった。

    「今の三ツ谷、死んじゃったあの頃にそっくり」

    唇の上で吐き出された言葉を理解すると同時に三ツ谷は拳を振るうが、その動きを想像していたであろう灰谷には軽く躱される。鋭く空を切る音に、口笛が重なる。

    「ッ嘘ばっかつきやがって」

    三ツ谷が吐き捨てると、灰谷は肩を竦めた。表情は変わらないが呆れているというより酷く悲しげだった。何故そんな顔をするのか、もうずっと真意も分からず、三ツ谷は顔を歪める。

    「オレがついた嘘はひとつだけ」

    灰谷は椅子を鳴らして立ち上がった。随分と高い位置から見下ろされ、三ツ谷は知らず唾を飲み込んだ。こくりと喉が鳴る音が耳の中で響く。

    「ま、これが嘘かもしんねぇけど」

    警戒を身に纏う三ツ谷に反して、くるりと背を向けた灰谷は「じゃ、ばいばい」と手を振った。

    呼びとめる言葉を持ち合わせていない三ツ谷は、その姿を何も言わずに見送った。ただ最後に灰谷が見せた酷く悲しげな表情と、思い出を語る優しい表情が脳裏に焼きついて消えなかった。













    【previous life】


    「できた」

    裂けて解れてしまったスーツの袖は、三ツ谷の手によって修繕され、見た目はすっかり元通りになった。赤子を抱くように袖に触れるその姿は、まるで女のような艶めかしさがある。

    灰谷は重く腰かけていたソファーから、三ツ谷の方へ身を乗り出した。隣からふわりと微かに鼻腔を擽るのは、自身と同じムスクの香りだ。

    「へぇ、さすが。手芸部だったんだっけ?」
    「・・・・・・まあな」
    「なに作ってたの?」
    「大したもんは作ってねぇよ」

    ふぅん、と灰谷は鼻を鳴らした。別に他意はなかったというのに、三ツ谷は眉間に皺を寄せて訝しげな顔をした。今更、互いに探って痛い腹しかないだろうに。

    広いばかりで物の少ない三ツ谷の部屋を、灰谷はぐるりと見渡した。まるでいつでも死ねるように、なんて考えは見当外れなんかじゃないはずだ。

    「・・・・・・将来さ、デザイナーになりたかったんだよね。オレ」三ツ谷はゆっくり口を開いた。

    深夜二時。世界は闇に包まれて、どんな弱音も涙も隠してしまう。灰谷はへぇと優しく相槌をうった。もうずっと眠たそうな三ツ谷の声は滔々と続く。

    「今まで殺してきたやつらにも夢があったんだろうな」
    「さあなぁ」
    「ウン、絶対そう」

    三ツ谷のその声があまりにも、そうであることを望んでいるので、灰谷は「そうだね〜」と頷いた。もちろん太陽の下で生きていけないような奴に、将来の夢なんてあるはずがないと灰谷自身は思っている。

    「灰谷は?」
    「オレ?」
    「そう。将来の夢、なんだった?」
    「オレは他の生き方なんて考えらんねぇな〜」

    灰谷が言うと、三ツ谷は目をパシパシと瞬いた。長いまつ毛が頬に影をつくる。そっか、と呟く声は消えてしまいそうなほど小さい。

    今日もまた、三ツ谷は眠れないのだろう。昼間は能面のように表情ひとつ変えないというのに、夜になればこうして自らの手で殺めた者への罪悪感に苛まれる。灰谷はそんな三ツ谷の心情を察せようとも、理解はできない。

    「灰谷、今からバイクで海行こう」

    突然口を開いた三ツ谷は今度は打って変わって、酷く楽しげだった。幼子のようにはしゃぐ様に、灰谷は二つ返事で受け入れてやった。

    「後ろ乗る?」
    「うーん。オレが後ろ乗っけてやるよ」
    「マジ?」

    ウンと頷いた三ツ谷はふらふらと立ち上がり、ひとり玄関に向かう。足取りは覚束ないが、灰谷がその背に追いつく頃には以前と変わらぬ様子でバイクに股がっていた。「行くか」声が耳に届くより先に、夜風が灰谷の頬を撫でた。



    月明かりだけが照らす海は仄暗く、さざ波の音色が優しく鼓膜を揺らす。灰谷は靴を放って駆け出していく三ツ谷の背を見送る。

    「すげ〜! なんも見えねぇ」

    振り返った三ツ谷は「オマエもこっち来いよ」と柔く微笑んだ。灰谷は革靴に砂が入るのも厭わずに、声のする方へ向かう。

    三ツ谷は一瞬、くしゃりと顔を歪めた。嬉しそうに、でも寂しそうに。今日ばかりは何も言わずに灰谷が自分を甘やかすその意味を、きっと察しているのだろう。

    後ろ手に腕を組んだ三ツ谷は招いておいて、波打ち際を揺蕩うように歩いて、灰谷の手から遠ざかっていく。逃げるつもりはないだろうし、捕まえるつもりもなかった。図らずも初めて恋人同士のような戯れを交わす。


    「オレ、オマエが死んでも生きていくよ」

    絹のような三ツ谷の髪に、砂が絡む。同じように並んで寝転がって星空を見上げる灰谷は、その言葉に「オレも」と返した。

    「三ツ谷が死んでも何も変わんねぇよ」

    それは本心だった。明日、愛しい恋人が死んでも、灰谷は変わらない。悲恋映画の主人公のようにいつまでも涙を流したりなんてしないし、ましてや後を追うなんてことはしない。聞かなくても分かっているくせに、その答えを聞いた三ツ谷は嬉しそうに笑った。

    「オレがさ、灰谷と喧嘩すると顔面狙う理由知ってる?」三ツ谷はくすくすと笑って言った。
    「知らねぇ。なんで?」
    「顔が良いから。喧嘩しててもさ、顔見ると許せちゃうんだよな〜!」

    ガバリと三ツ谷は上半身を起こすと、灰谷の両頬を手のひらで挟んだ。途端ハラハラと唇に降りそそいだのは、触れるだけの優しいキスの雨だった。

    「もう破くなよ、直してやれねぇから」

    スーツの袖に触れ、三ツ谷は淡く微笑んだ。今回は殴られてもないのに、灰谷は頬が痛んで、誤魔化すように小さく唇を噛んだ。


    サヨナラなんてセンチメンタルな言葉は似合わない。そっと瞼を伏せた三ツ谷のまろい頭を、灰谷は柔く撫でた。来世なんて信じていない。だからもう少し、腕の重みを感じていたかった。

    「おやすみ」
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    Hana_Sakuhin_

    MOURNING『昨夜未明、東京都のとあるアパートで男性の遺体が見つかりました。男性は数日前から連絡がつかないと家族から届けが出されておりました。また、部屋のクローゼットからは複数の女性を盗撮した写真が見つかり、そばにあった遺書にはそれらを悔やむような内容が書かれていたといいます。状況から警察は自殺の可能性が高いと――「三ツ谷ぁ。今日の晩飯、焼肉にしよーぜ。蘭ちゃんが奢ってやるよ」
    死人に口なしどうしてこうなった。なんて、記憶を辿ってみようとしても、果たしてどこまで遡れば良いのか。

    三ツ谷はフライパンの上で油と踊るウインナーをそつなく皿に移しながら、ちらりと視線をダイニングに向ける。そこに広がる光景に、思わずうーんと唸ってしまって慌てて誤魔化すように欠伸を零す。

    「まだねみぃの?」

    朝の光が燦々と降りそそぐ室内で、机に頬杖をついた男はくすりと笑った。藤色の淡い瞳が美しく煌めく。ほんのちょっと揶揄うように細められた目は、ふとしたら勘違いしてしまいそうになるくらい優しい。

    「寝らんなかったか?」

    返事をしなかったからだろう、男はおもむろに首を傾げた。まだセットされていない髪がひとふさ、さらりと額に落ちる。つくづく朝が似合わないヤツ、なんて思いながら三ツ谷は首を横に振った。
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