お狐様と!夜も深まった時間。KKは家路に着いた。
玄関に荷物を投げるように置き、そのまま倒れ込むように床に伏した。
「〜……疲れた……」
思わず言葉が出るほどに疲労困憊だった。
もう一歩も動きたくない。そんな思いで、ひんやりとした床に突っ伏す。
KKはこの数日間、エドや凛子の指示を受け、東京の街を駆け回っていた。ここ数日、突如として増えた不可解な事件。その原因究明に西へ東へ北へ南へ。妖怪であったり、マレビトであったり、要因は様々だったが、KKが出向く事に変わりはなく。身一つの為、疲労は大きくなり、また、超常現象に対処出来る代わりもいない為にKKの疲労は溜まる一方だった。そして、妖怪やマレビトが活性化した原因も分からず終い。また奔走する事になると凛子から言われ、一旦アジトへと帰宅した所だった。
これからまた駆り出される億劫さに、KKは深いため息を吐き出す。もう歳も歳だ。幾ら元警官と言えど動き回るのは辛いし、やりがいというものが無い。誰にも理解されない事をしている自覚は、彼自身充分に感じていたし、虚しさもあった。けれど、人一倍正義感の強い彼は、理不尽な目に会い、文句を言いながらも、力を使い続けるのだ。
そんな自分を自嘲し、明日に備えて風呂に入ってから寝るか。と泥のように重い身体を起こそうと、床に手を着いた。
と。
「大丈夫?____」
前から、声が聞こえてきたのだ。しかも、捨てた名を呼ばれ、咄嗟に顔を上げる。
「____」
再びKKの名を口にしたのは目の前の男だった。電気の着いていない部屋を背に、しゃがんで自分を見る、身に覚えのない男。
ぬばたまの髪に夜空のように煌めく瞳。すらりとした顔立ち。直衣と袴を纏った歳若い青年だった。何より目に着いたのは、頭部から生えるイヌ科の耳とゆらりゆらりと揺れる九本の尾。
ヒトではない彼は、驚きに硬直するKKに微笑んだ。
「来ちゃった♡」
ところ変わって、リビング。
あの後、KKは直ぐに風のエーテルを放った。それは男に直ぐに受け止められ、反撃の代わりに号泣が返されたのだ。
「……いい加減泣きやめよ」
「…ゔ……だって…」
ローテーブルを挟んで、KKと男は顔を合わせる。男の方はまだぐすぐすと涙を零していた。それを見て、KKは今日何度目かのため息を吐き出す。
「だって、____が僕の事覚えてないなんてぇ…」
「知らねぇもんは知らねぇんだよ」
KKは気が長い方ではない。いい加減鬱陶しくなった吐き捨てた彼に、男はくしゃりと眉を寄せ、夜空の瞳からボロッ…と大粒の涙を零した。
「ほんとに?ほんとに覚えてないの?」
「知らねぇって言ってんだろ」
「____の方から結婚しようって言ってきたのに?僕のこと、弄んだの?」
「はぁ?」
覚えのない謂れを出され、低い声が出た。
それでも、男は続ける。
「ねぇ、思い出してよ、____。今更、覚えてないなんて都合が良過ぎるよ。僕のこと嫌いになったの?やっぱり麻里の言ってた通り、ヒトなんて、そういうものなの?」
泣き腫らした顔で、男はKKに詰め寄る。ローテーブルから身を乗り出し、KKの頬を白魚のような手で包み込んだ。KKは咄嗟に振り払おうとしたが、何故か身体が動かなかった。仕舞ったと感じた時にはもう遅く。
星の瞬く瞳が、KKを絡めとった。
「あぁ…… ____、名前を捨てたんだね。どうして…って聞くだけ野暮だよね。じゃあ、今の名前は?僕にも教えて?」
まるで染み込む蜂蜜のように。甘くトロリとした声色で問われ、『お願い』をされると何故だか逆らえなかった。
「け、KK…」
「KK。うん、いい名前。組織のコードネームみたい」
きゃらきゃらと無邪気に笑い、男は続けた。
「じゃあ、KK。改めて、僕は暁人。妖狐の暁人だよ。ちゃぁんと、思い出してね」
そして、綺麗な顔が近付いて来たかと思った時には、唇に柔らかいものが触れた。