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    ゆき(ポイピク)

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    POIPOI 15

    5月28日発行予定の新刊になるはずのもの。
    現状お見せできるのが1/3ぐらい。
    まだ途中ですので書き直す可能性が多々あり😅
    誤字などありましたらこっそり教えて貰えたら助かります。

    #官ナギ

    魔法美少女辻田さん(仮)【1】

     幼い頃、退治人に襲われた事のあった辻斬りナギリは、自分と同じように退治人から酷い目に遭わされ、助けを求めているアルマジロの丸を助けてやろうと思っていた。
     ところが、そのアルマジロは吸血鬼ドラルクの使い魔で、ジョンと言う名前で呼ばれており、正確にはジョーカーボールたまおマルスケオリハルコンZガーディアンなどと言う長ったらしい名前を付けられた愛されマジロであり、ロナルドを始めとする人間の退治人達からも、吸血鬼からも、新横浜で暮らす大勢の人達に愛され、飢えてもいなけれれば辛い思いもしていなかった。
     丸は、辻斬りナギリの助けなど待っていなかった。
     ちっぽけなアルマジロの一玉にすら、ナギリは必要とされていなかった。退治人から虐げられている丸を助けてやろうなどと、思い上がりも甚だしかった。ナギリは滑稽な一人芝居をしていたようなものだった。
     辻斬りナギリだとバレてVRCに収容されたナギリは、拘束された上で血刃が出なくなる薬まで打たれた。その薬を打たれていなければ、面会に来た憎たらしいアルマジロなど、ズタズタに斬り裂いてやろうかとすら、ナギリの脳裏には浮かんでいた。

    「二度と俺の前に姿を現すな!」

     VRCに設置されている面会室のガラス越しに、人間共に捕まった情けのない自分に会いに来たアルマジロをナギリは拒絶した。お前の姿など、もう見たくもないと頑なになってしまったナギリの元に、小さなアルマジロはナギリが再び心を許すまで通い続けた。
     そのアルマジロの存在は、VRC内で脱衣ジャンケンを仕掛けて来る吸血鬼野球拳大好きや、強制的に猥談を喋る事しか出来なくさせる吸血鬼Y談おじさん、本人に悪気は全くないが、部屋中を尻と足の生えた花まみれにさせる吸血鬼ゼンラニウムなどの吸血鬼達と、人命軽視、吸血鬼も人間も自分の実験材料のモルモットだと公言するサイコ犬仮面所長によって神経をゴリゴリにすり減らしていたナギリに安らぎをもたらした。
     ナギリ以外にも愛されているにも関わらず、毎日のようにナギリの居るVRCを訪れ、丸い菓子を差し入れに来るアルマジロは、どれだけナギリの元に通って来ても、ナギリの使い魔には決してならない。
    けれど、友達にならなれると、使い魔のアルマジロの言葉を主人である吸血鬼のドラルクがナギリに伝えた。
     自分のような奴と友達になりたいと言うアルマジロを、ナギリは憎み続ける事が出来なかった。
    「ジョンの本名はジョーカーボールたまおマルスケオリハルコンZガーディアンだからね、マルも間違いではないし、その人しか使わないあだ名で呼び合うなんて、特別な感じがして良いんじゃない?」
     アルマジロの言葉が分からないナギリに通訳をしてくれた吸血鬼のドラルクとアルマジロ本人ならぬ本玉が良いと言うので、ナギリはアルマジロを、助けてやろうと思っていた頃と同じように丸と呼び続ける事にして、丸からはギリギリさんと呼ばれる事を許した。
     丸が他の吸血鬼の使い魔であり、自分が丸の唯一になれない事実を突き付けられる度に、ナギリは心臓に穴を開けられたような心地になるが、その痛みを癒したのも丸であった。自分のものには決してならないが、己の意志でナギリの血刃が飛び出す危険な手に身を委ねて、腹の毛を撫でるとくすぐったそうにヌッヒッヒと笑う、小さくて、温かくて、食いしん坊の丸とナギリの交流は、ナギリがVRCを出てからも続いたので、ナギリは丸を通して吸血鬼のドラルクや退治人であるロナルドとも話をするようになった。彼らの住むロナルド退治人事務所を、ナギリは度々訪れる。その際には、ナギリが初めて丸と出会った時に丸から貰った今川焼を手土産として持って行くのがナギリの定番になっていたのだが、その日はドラルクからクレームが入った。
    「ちょっとギリギリさん! ジョンは今日、おやつに私が作ったアップルパイとヒナイチ君用に焼いていたクッキーを摘まみ食いしてロナルド君が私の隙を見て与えたクソデカコロッケまで食べてしまった後だから! しかも運動で食べた分を消費しようと散歩に出たらドーナッツとクリームソーダーをご馳走になってしまったばかりなんだぞ!」
    「ジョン! 運動して腹減っただろう! アリゲーターガータイヤキ買って来たぜ! 一緒に食おう!」
    「今ギリギリさんに説教している最中だと言うのに追加のおやつ与えようとするんじゃない! 死ねバカ造!」
     ドラルクがナギリに対して、これ以上ジョンにおやつを与えるなと注意している最中に、ロナルドが追加のおやつを買って来てしまったので、それに腹を立てたドラルクがロナルドに向かって貧弱な拳を突き出し、反作用で死んで砂になる光景に最初の頃は驚いていたが、ナギリはそんな二人のやり取りにもすっかり慣れてしまった。
     ドラルクは丸の食事を制限して度々ダイエットさせようとするが、ナギリは丸にいつでも腹いっぱいでいて欲しいと思っている。なので二人に気付かれないよう、こっそりと今川焼をやり、丸と顔を見合わせニヤリと笑ったのだった。

    【2】

    「本官ちで一緒に暮らしましょう!」
     辻斬りナギリとバレないように、ナギリが咄嗟に名乗った辻田と言う偽名の男が生活に困窮をしていると勘違いしたカンタロウは、行政の支援をすっ飛ばして警察の独身寮で自分と一緒に暮らしましょうと迫った。
     そしてまた、VRCの面会室でカンタロウは辻斬りナギリに対して同じ事をぬかした。ナギリはカンタロウの頭の何処かが悪いんじゃないかと怪しんだが、カンタロウの脳には異常や催眠の痕跡は発見されなかった。
    「ご安心下さい! いつまでも警察の独身寮に居てはナギリさんをお迎え出来ないと気付き、日当たりの悪い吸血鬼の方に人気の物件を探している所であります!」
     カンタロウは既に独身寮を引き払う気でいたが、無論ナギリはその時点ではカンタロウと一緒に暮らす事など了承していなかった。勝手に決めるなと本人に怒鳴ったが、都合の悪い事は聞こえていないのか梨の礫だった。
     本人の同意や上司の許可を取る前に行動していたメチャクチャマンを誰か止めなかったのかと愚痴をこぼしたナギリに対して、それを聞いた彼の同僚である吸対の面々は、そう思うなら尻に敷くなりして自分で手綱を握れと訳の分からないアドバイスをナギリに寄越した。
     ナギリには、VRCの面会室のように頑丈なガラス越しではなく、隔てるものがない同じ家の中で自分を斬った相手と住みたいと言うカンタロウの思考回路が理解出来なかった。
    パイルバンカーを持っているから、再び襲われても返り討ちに出来る自信があるのか、私刑をする為にナギリを自分の近くに置きたいと言うならまだ分かったのに、カンタロウは辻田が辻斬りナギリであると認識してもなお、辻田を見ていた時と同じような熱のこもった目で辻斬りナギリから目を離そうとしない。
     面会に来る度、カンタロウはガラス一枚隔てた向こう側から、辻斬りナギリに剥き出しの感情を曝け出した。
    「あなたの事が好きで、愛してしまったので! これからの人生を自分と共に歩んで欲しいでありまあああす!」
     一緒に暮らすのが、罰であったり、監視の為だったり、殺す為だと言われたなら、馬鹿な奴だと嘲笑ってやろうと思っていたのに、好きだとか、愛してしまったのだとか、そんな事を言われても、ナギリはふざけるなと怒鳴り散らし、カウンターのような爆音でふざけてなどいないであります! と大声で喚き散らされても、耳を塞ぎながら騒音に腹を立て、あまりの喧しさにカンタロウがVRCの職員達から強制的に退去させられ、一人静かになったところで戸惑う事しか出来なかった。
     愛されるような事を辻斬りナギリがした覚えなどなかった。辻田を求めているなら、そんなものはもう居ないのだと教えてやったが、カンタロウは分かっていますと強い目でナギリを直視しながら、ナギリを辻田ではなく、辻斬りナギリだと認識した上で、放って置いてはくれなかった。カンタロウが何を考えているのか、ナギリは欠片も分かりはしなかった。けれどナギリは結局、カンタロウと暮らす事を選んだ。
     ナギリがVRCから出された日に、当たり前のように迎えに来て、手を掴んだカンタロウに引っ張られるまま、ナギリはカンタロウと一緒に暮らす部屋の鍵を受け取り、自分の手で扉を開けた。

    【3】

     カンタロウと暮らし始めたナギリの生活は、最初から上手く行った訳ではなかった。
    「外から帰って来たら手を洗いましょう」
     カンタロウからそのように促されても、長い間路地裏や廃ビルのような汚れているのが当たり前の環境で生きてきたナギリにとって、血や泥で手がべったりと汚れている訳でもないのに毎回手を石鹸まで使って洗う必要があるのかというような些細な事から始まり、カンタロウと同居を始めた初日からボロボロと出て来る意見の不一致と習慣の違いにナギリは大いに悩む事となった。
     毎日風呂に入るのだとか、毎日三食決まった時間に食事をするなんて事すらもナギリには馴染みがなく、吸血鬼である自分には必要のない事のように思えた。
     カンタロウが良かれと思ってナギリに勧めた事は、どれもこれもナギリにとっては煩わしく、面倒で、反発ばかりしてしまい、ナギリは何度もカンタロウに怒鳴り散らしていたが、カンタロウはそんなナギリを相手に辛抱強く向き合い、ナギリが納得するまで投げ出そうとはしなかった。
     ナギリが一方的に腹を立てるだけでなく、カンタロウも上手く伝わらない事がもどかしいと、腹を立てて喧嘩になる事もあったが、仲直りの仕方すら、ナギリはカンタロウから教わった。同居を始めてから、ナギリはカンタロウに何もかも教わってばかりだったが、カンタロウは全てにおいて完璧な男と言う訳ではなかった。
     人を斬らなくなったナギリの栄養源は金で買った血液パックに代わったのだが、中身が人工血液だと吸血鬼に必要な栄養が足りないので、人間と同じようにお口からも食事を召し上がった方が良いのであります! とカンタロウに言われたナギリは、人間と同じ食事を量こそ少ないが、カンタロウと同じように食べるようになった。
     だが、ナギリはカンタロウの用意する食事について、少々疑問があった。その疑問をVRCにいる奴らに聞きに行くのは実験材料にされるか、揶揄われそうで嫌だったので、ナギリは信頼の置ける丸に話を聞く事にした。

    「人間の食事について知りたい?」
     ロナルド退治人事務所を訪ねたナギリから相談を受けた丸とドラルクは、ナギリにソファーに座るよう促しながら提案した。
    「そういう事なら、人間であるロナルド君にも話を聞いてみたらどうかね?」
     ドラルクに呼ばれたロナルドも含めた二人と一匹を前にして、ナギリはぽつぽつとカンタロウの用意する食事について話した。
    「あいつは毎回馬鹿のように同じ飯を大量に寸胴鍋で作って食わせようとする。食う物があるだけマシなんだろうが……これで人間は問題ないのか?」
    「寸胴鍋ねえ。カレーとか? 連日続いたら胃もたれで死にそう」
    「カレーだけじゃない。雑煮も出る」
     同席していたロナルドが思わず突っ込んだ。
    「お前んちの飯、毎日カレーか雑煮なの?」
    「オヌーヌヌ」
    「……コンビニの弁当もたまに出る」
    「それはちょっと問題だねえ」
     ドラルクの言う通り、問題があるのだろうとナギリは薄々気が付いていたが、具体的には何がどう問題なのか分からなかった。そんなナギリに対して、ドラルクは人間って面倒だよねえと言いながら彼を台所に誘った。
    「人間は吸血鬼に比べると壊れ易いデリケートな生き物だからね。ずっと同じ食べ物ばかり食べていたら病気になってしまうよ。君も人工血液だけじゃ栄養が足りないから、栄養バランスの良い食事を食べる必要があるね。……さて、吸対の彼が用意する食事に問題があるのなら、君が作れば良いんじゃないかと思ったが、この世には壊滅的に不器用で包丁を握らせてはいけないようなタイプや、何故か料理をすると異物を召喚するような特技をお持ちの方もいるからね。まずはちょっとお手並みを拝見して見よう!」
     ナギリはドラルクが何を言っているのはさっぱり分からなかったが、長い間サバイバル生活を送っていたナギリは器用であった。
    血刃を使って調理するのは衛生上宜しくないからとドラルクから包丁を持たされた事には不服そうであったが、獲物が代わっても刃物の扱いは見事だった。ドラルクがお手本代わりにスルスルと林檎の皮を剥いて見せると、ナギリはそれを直ぐに真似出来るようになり、林檎の皮の部分だけが綺麗に剥かれた黄色い球体が出来上がた。
    「ふむ、なかなかやるじゃあないか。これならウサギの形も直ぐに出来そうだ」
    「ウサギ?」
    「そう。さっきみたいに林檎の皮を全部剥かずに食べ易いサイズに切ったら芯をくり抜いて、皮をウサギの耳に見立ててウサギの形を作るんだよ」
     ドラルクに言われるがままナギリが林檎で作ってみたウサギは、彫刻のようなリアルな姿のウサギであった。
     その出来栄えを見たロナルドはすげー! と驚いていたが、皿の上に乗せられて目の前に出されると微妙な顔をした。
    「いやなんか、リアル過ぎて食い辛いわ! どっから食えばいんだよこれ!」
    「頭から食べるか尻尾から食べるかで悩むやつだな」
    「ヌー」
     丸にもあまり好評でなく、ナギリが予想外に落ち込んだ為に、その日は人間の食事について詳しい話はせず、林檎を切っただけで終わってしまったが、帰宅したカンタロウはナギリが普段よりも元気のない様子である事に気付き、強引にその話を聞き出した途端、スーパーに飛んで行って林檎を買って戻って来た。
    「本官もナギリさんに林檎のウサギさんを作って頂き、あわよくば食べさせて貰いたいであります!」
     カンタロウは一度言い出すと、ナギリが何と言おうが引き下がらない男だった。
     丸にすら不評であった林檎のウサギを再現するのは、ナギリにとって気が進まなかったが、あまりに何度も食べたいであります! 本官もナギリさんが作ったウサギさんを見たいであります! と煩い為、ナギリは根負けしてウサギの形をした林檎をカンタロウの為に作ってやった。
     カンタロウはその林檎のウサギを前にして、感動を顕わにしながら写真を沢山撮った後、やはり頭から食うか尻尾から食うかで長々と悩み始めた。
     やはりそうなるのかと、ナギリは彼なりの善意で林檎のウサギが乗った皿をカンタロウの手から奪い、食べ易いように包丁で小さく八つ裂きにしてやった事で、カンタロウに泣かれたのだった。

     人間の食事は味や栄養だけでなく、見た目にも色々と気を使わなくてはならない繊細なものらしい。
     ナギリにとって食事とは、腹が膨れれば良いだろう程度の認識のもので、それでいて自身の生命を維持する為には必要不可欠な行為であった。
     血液の摂取と同じように、人間の食い物も腹さえ満ちれば良いのだと思っていたが、丸に会う為にロナルドの事務所を訪れ、その度にドラルクの振舞う料理を食べる面々を見ている内に彼はその認識を改めた。

    「お前の作った飯を食う時の丸は……よく笑う」
     丸だけでなく、ロナルドと吸血鬼ドラルクを監視する為に事務所の床下に潜んでいる関係上、度々おやつをご馳走になっているヒナイチもドラルクの料理を口に運ぶと笑みが浮かんでいる事にナギリは気が付いた。
     それが幸せそうな笑みであると、その時のナギリは言葉にする事が出来なかったが、ドラルクは彼が言いたいと思っている事を理解したようだった。
    「美味しい料理は人間を幸せにするからね。吸血鬼にとって料理は獲物である人間を客として住処に誘う基本のキなのだよ。料理で相手の警戒心を溶かし、魅了し、篭絡して吸血する為に覚えて置いて損はしないよ。見たまえ! あのふにゃふにゃに蕩けた顔をしながら夢中で私の作った料理を頬張る者達を! 人間だけじゃなく、使い魔も吸血鬼も心底美味しいと感じる料理の前では無力! 私の料理にはそんな凄まじい力があるのだよ!」
     吸血鬼にとって料理は獲物を誘う為の基本で、美味い飯は、人間や使い魔や吸血鬼さえ幸せに出来る。
     ナギリにとって、そんな吸血鬼の基本など聞いた事もなかったが、確かに普段ドラルクを事あるごとに殺しているロナルドですら、ドラルクの料理を食べている時はドラルクを殺す手を止めて飯を食うのに夢中になっているので隙が生じていた。
     料理で篭絡して人間から血を吸う。そんな手段もあるのかと衝撃を受けると同時に、ナギリは料理で人間や吸血鬼、使い魔までも幸せに出来るのだと、丸の顔を見て理解した。
    「栄養バランスを考えるのも大事だよ。人間は栄養が偏った食事をしていると直ぐに血の味が悪くなってしまう。ロナルド君も放って置くと体に悪いものばかり食べているからね。君、あんな質の悪い油を使った揚げ物や炭水化物ばっかりの食事をしていたら、後十年もしない内に病気を患って健康診断で最低評価を食らうんじゃないか?」
    「うっせえな! 食った分動いてるから大丈夫だよ!」
     ロナルドはドラルクの言った事を否定していたが、ナギリは事務所から帰ってからも、ドラルクの言っていた事が頭から離れなかった。
     吸血鬼であるナギリは何日も血液や人間の食い物を口にしなくても生きていられるが、人間は毎日飯を食わなくてはならない。なのに、質の悪いものを食っていたら、病気になって、最悪の場合は死んでしまう。そんな事を今更ながらに気付き、ナギリはカンタロウの食事を思い出した。
     これまでカンタロウの選んだ飯について、量が多くて同じものばかり食い続けている事に気付いていても、それ以上深く考えられなかったのだが、ナギリはこの時、カンタロウがかつての自分である辻斬りナギリのような吸血鬼に襲われて死ぬのではなく、日々の食い物が原因で病気を患って死ぬかもしれないと想像した。
     それはナギリを非常に嫌な気分にさせた。そんなもので人間のあいつは死ぬのかと思うと猛烈に腹も立った。
     腹の底から沸き立つような苛立ちが吸血鬼特有の執着心から来るものであれば、ナギリはカンタロウを自分の所有物と認識している事になる。
     自身の所有物、分霊体を失った時にだって、ナギリはこんな気持ちにはならなかった。こんなものは吸血鬼の執着心などですらない。もっとドロドロと粘っこくて喉に絡むような、気持ちが悪い、吐き気すら感じるような酷く身勝手な感情をナギリは何時の間にか腹の内に飼っていた。ナギリがこんな感情を向けてしまうのは、カンタロウにだけだった。辻斬りだとバレた際に一度諦めようと思ったが、ナギリはずっと、丸とは別の理由でカンタロウが欲しくて堪らなかった。
     血刃で引き裂いた相手だと認識してもなお、自分に執着する人間。辻斬りナギリを忘れずに捜し続けた唯一。
     子を孕む女のような機能すらないナギリのような凶悪な吸血鬼を家の中に招き入れて、生涯を二人で生きたいなどとほざく間抜け。
     そんな馬鹿をナギリはカンタロウしか知らなかった。
     他に居たとしても関係ない。辻斬りナギリが今までどんな事をして来たか、それらを全部知った上で傍に居たいと望んで、ナギリが欲しかったものを与えてくれる相手を、ナギリはカンタロウしか知らない。
     吸血鬼にされた時も、血刃で人間を襲った時も、ナギリに選ぶ余地などなかった。丸だって他の吸血鬼のものだったから、ナギリは選べなかった。だけどカンタロウだけは、選んで欲しいとナギリの前に手を差し伸べた。
     逃げなかったあいつが悪い。ナギリから離れるどころか近付いて来て、自分を選んで欲しいなどと言うのだから、ナギリだってお前が欲しいと、手を伸ばしてカンタロウを選んでしまった。カンタロウは自身が押し切ったと勘違いしているが、ナギリはカンタロウを自分で選んだのだ。辻斬りだと知った時に逃げるなら見逃してやったのに、カンタロウは本当に底抜けの大馬鹿者だった。そんな馬鹿とは、たったの数か月ぽっちの監視期間とやらだけでさよならをしてやれなかった。
     愛だの恋だのは知らないが、カンタロウは人間の寿命限界ギリギリまで生きてナギリの傍に居なければならない。ナギリのカンタロウが、質の悪い食事などで寿命を縮めるなどあってはならないのだ。これはカンタロウの為ではなく、ナギリ自身のエゴだった。野菜より肉が好きだとか知った事ではない。泣こうが喚こうが人間の体に良いものを食わして世界一の健康体にしてやると、ナギリは勝手に決めたのだった。

     後日、ドラルクはナギリから質の悪い油ってのは何だ? から始まり、人間の体に必要な栄養とコンビニの弁当など食えなくなるような美味い料理の仕方について大量の質問責めをナギリから矢継ぎ早に食らって砂になった。

    【4】

     カンタロウは普段、職場である新横浜警察署内にある食堂で肉がメインの定食を頼むか、弁当を買って食べていた。
     野菜はあまり好きではないので、千切りキャベツやブロッコリーが付け合わせにあると、隣に座って食事をしている年上の先輩の皿に移して、替わりに肉を頂戴する事もある。
     普段は何も言わずにおかずの交換に応じてくれる先輩が、十回に一回か二回は怒る事もあるので、毎回そのような事を繰り返している訳ではないが、少し肉と炭水化物に偏った食事をしている自覚はあった。
     なので、警察の独身寮に住んでいる時は、休みの日は寸胴鍋にカレーを作って普段不足している野菜をモリモリ食べて不足分を補っていた。
     ジャガイモは好きだし、人参と玉ねぎも炒めると甘くて美味い。勿論、肉もたっぷりと入れるし、お米は大盛りにしておかわりもするので、炊飯器いっぱいに炊いたはずのお米は直ぐになくなってしまう。
     吸血鬼対策課に所属し、毎日のようにトラブルが起きる新横浜中を駆け回っている自分にはそれぐらいのエネルギーが必要不可欠だと思っていたので、カンタロウにしてみればこれは悪い事だとは思っていなかったのだが。

    「これからお前の飯は俺が作る」
     カンタロウに向かって、ナギリはそう言い放った。
     カンタロウがナギリと最初に出会った時、彼は銃も通じない不死の化け物だった。鬼神のような恐ろしい吸血鬼、辻斬りナギリ。
    そんな吸血鬼に襲われて、腹を裂かれ、手も足も出なかった悔しさをバネに武者修行をして自身を鍛え直し、超大型対吸血鬼用の武器であるパイルバンカーを手にして新横浜に舞い戻ったカンタロウは、情報の乏しかった辻斬りナギリの貴重な目撃者である辻田と出会った。
     その辻田にカンタロウは恋をした。彼と一緒なら神出鬼没である辻斬りナギリを捕まえる事が出来ると信じていた。
     まさかその辻田が、辻斬りナギリと同一人物であるとは思わなかったのだ。それまで食べていたトンカツがブロッコリーだぞと言われたぐらい混乱した。
     ミニスカポリスだと英語で説明が書いてあったから選んで見た映像の中身がミニスカートのお嬢さんとポリスメンの絡みだった時の裏切られたような衝撃を感じましたとVRCの面会室で項垂れながら激白したカンタロウに対して、吸対の先輩や上司は哀れみの目を向け、言われた本人には、こいつ頭がおかしくなったんじゃないか? こんな所じゃなくて病院に連れて行けと心配されてしまったが、この時の発言は同時期にVRC内に収容されていた吸血鬼Y談おじさんの仕業であったと後に判明した為、カンタロウの発言は有耶無耶にされた。
     カンタロウの失言はなかった事にされたが、辻田に感じていた恋心は彼が辻斬りナギリだと判明した後もカンタロウの中から綺麗さっぱり消えてなくなってはくれなかった。
     正体を偽られていたが、カンタロウは何度も辻田に助けられた。辻斬りナギリが逮捕されてから、捜査の過程で彼がどうして人を襲っていたのか調べて行けば、彼を深く憎んでしまうかもしれない。
     辻田さんと言う支えを失い、心許なく揺らいでいた自身の恋心は、このまま消えてしまうのかもしれないとカンタロウは危ぶんでいたが、寧ろ子供の頃に突然吸血鬼に襲われて転化してしまい、自身を害そうとする退治人達から身を守り、生きる為に必要な血を欲して人間を襲っていた過去を知ってしまえば、弱々しくなっていた恋の炎はこれまでよりも強く、高尾山より高くシンヨコハマニウムを溶かす程の温度で激しく燃え上がった。
     そうして、紆余曲折しっちゃかめっちゃか無理を通して被害者と加害者がどうのこうのと言う周りの雑音を騒音で吹っ飛ばし、カンタロウは現在更生したと見なされてVRCから出されたナギリと共に暮らしている。
     稀に、辻斬りナギリを非難し、一緒に暮らしているカンタロウに対しても非難の目を向ける者もいるが、辻斬りナギリとカンタロウは加害者と被害者、それだけの関係でない事をカンタロウ自身が知っているのだから、他人にどう思われていようが、好いた相手と共に暮らせてカンタロウは毎日が幸せだった。

     VRCに収容されているナギリに何度も面会を申し込み、ここを出たら自分と一緒に暮らして欲しいと頼み込んだカンタロウに、それは監視か罰なのか? と聞き返したナギリに対して、どちらでもないと答え、あなたの事が好きで愛してしまったから、これからの人生を自分と共に歩んで欲しいのだと熱心に訴えたカンタロウに、押しに弱いナギリが頷いてくれたので、カンタロウは面会時にこっそりとハンマースペース内に忍ばせていたパイルバンカーでVRCの壁を粉砕してナギリを拉致し、誰の目も届かない場所に彼を監禁して罪に問われるような事をせずに済んでいる。
     同居に関して、カンタロウはいささか強引に事を推し進めた自覚はあったが、どうしても彼を一人っきりにしたくなかった。
     しかし、カンタロウの望み通りにナギリと一緒に暮らせるようになると、色々と不都合な事も発生した。主にカンタロウの下半身のパイルバンカーが元気になり過ぎて、性的な事に疎いナギリを困惑させたのだった。
     カンタロウにとって辻田さんは経験豊富で頼りになる年上のちょっとエッチなお姉さんのように見えた事もあったのだが、実際のところ、彼は小学生の頃に吸血鬼にされてから壮絶なサバイバル生活をしており、一般的な男子が中学生や高校生の頃に経験するような平穏な学生生活はおろか、恋愛も経験しておらず、思春期なんだそれは食えるのか? 状態だったので、恋愛方面に関しては初心と言うより無知でピュアッピュアの幼女の上を行く天使ちゃんだった。
     性教育もまともに受けていなかったので、体は成人済みでも中身はお子様。つまり強引に手を出したら本官はお縄を頂戴するのでは? という有様だった事もあり、カンタロウは大慌てで昔自分が習った保健体育の教科書を引っ張り出したり、図書館で本を借りたりしてナギリにそれらの知識を教えてみたもの、彼はカンタロウから教わった内容をペーパーテストでは満点が取れても、まだ実感は出来ていないようだった。
     自身に向けられる情愛、それに伴う性的な衝動についても、よく分からないのだと、時折、カンタロウに対して申し訳ないような顔をしている。
     吸血鬼対策課の上司から、ナギリとの関係はどうかと聞かれた際、カンタロウはナギリとの恋愛成就については半ば諦めておりますと建前を述べたものの、本音としてはこれから先、共に生活をしていく内にあわよくば、ワンチャン、吸血鬼特有の執着からでも良いので、好きになって貰えるような事があれば良いなあと、全く諦めていない悪い大人であった。

     そんな風に想いを寄せているナギリから突然飯を作ると宣言されて、カンタロウは狂った。
     好きな子にご飯を作って貰えるのなら、それがどんなものでも、例え見た目が異世界の神話生物に酷似したオータム書店の方々がおススメされるパンのような異形であろうと、砂糖と塩酸ナトリウムを間違うようなお茶目な姿を披露されたとしても、本官は必ずそれを笑顔で完食してみせるであります! と脳味噌にゼンラニウムの花が満開に咲き誇りゼンラ・ゼンラとゆっくりとしたステップからサンバのリズムで激しく踊るまでにエキサイトした。
     浮かれ過ぎてパトロール中に何度も電柱にぶち当たったカンタロウは、同行していた年上の先輩に悪いものでも食べたのか? と心配されたが食べるのはこれからでありますし、悪いものとは全くもって正反対であります! と誰かに自慢したい気持ちも相まって、いつもより大きなクソデカボイスで叫んでしまい、滅多に怒らない先輩の鼓膜を破りかけた。
     パトロール中に先輩の鼓膜を損傷させそうになったカンタロウは、お説教モードが発動した先輩と上司に反省文を提出しなければならなくなり、普段より帰りが遅くなっしまった。

    「ただいまであります!」
     予定していた時刻より遅くなったカンタロウをナギリは玄関で出迎えてはくれなかった。
     カンタロウが家に帰れたのは午前十時。吸血鬼の苦手とする太陽がとっくに昇り、夜を活動時間にしている吸血鬼達が眠りについている時間だった。
     ナギリも普段なら眠っている時間なので、彼の眠りを妨げないようにそ~っと音を立てないよう気を付けながらリビングに向かったカンタロウの目に飛び込んで来たのは、ソファーに座ったまま転寝しているナギリの姿だった。
     カンタロウに宣言した通り料理をしていたのか、ナギリはパジャマ代わりに着ているフード付きのスウェットの上にエプロンをしていた。
     エプロンはカンタロウが普段使っていたもので、スウェットはカンタロウも色違いのお揃いを着ている。そう、自分とお揃いの服を好きなお相手が着て無防備に眠っているのだ。帰宅早々理性が窓を割って飛び出し、獣の様に襲い掛からなかった事を褒めて貰いたい。
     慣れない料理に疲れたのか、普段は眠っていても人の気配に敏感なナギリは、カンタロウが近付くと直ぐに飛び起きていたが、今日は深く眠りに落ちているようで、カンタロウが傍に近寄っても目を閉じたままだった。
     リビングにあるテーブルの上には、ナギリが作ったのであろうカンタロウの為の食事がずらりと並んでいたが、カンタロウは一人でそれを食べる気にはなれなかった。胃袋は空っぽで、本当は今直ぐにでも頭から全部骨まで食べてしまいたかったが、手を出さずに我慢した。
     彼の作った料理を、自分がどんな顔で食べるか見て欲しかった。愛だの恋だのが分からないと言う彼に、カンタロウは今身の内に湧き上がるこの喜びをどうにかして伝えたかった。
     手を合わせて作ってくれたナギリに感謝して口に入れ、舌で味わって飲み込んで、あなたが傷を付けた俺の腹に手を重ねて、今、ここにあなたの作ってくれたものが俺の体の中に入って肉になり血になり骨になり、俺を生かす全てのものになるのだと、そう教えたらどんな顔をされるだろうかと、カンタロウは考えながら思った事をそのまま口にしていた。
     カンタロウの独り言を寝たふりを必死に続けながらも、顔が真っ赤に、それこそ耳まで美味しそうな色に染まってしまったナギリの方が、テーブルの上に並んでいるどの料理よりも美味そうで、とうとうカンタロウの理性は荷物を纏めて自家に帰ってしまったので誰も止める者がおらず、先にナギリの方をペロリと全部食べてしまったのは不可抗力であった。

    【5】

     ゴミ溜まりのような路地裏で誰にも見向きもされず捨てられていた雑誌の一ページに己の存在を見つけて高揚した。
     恐ろしい吸血鬼としてでもいい。辻斬りナギリでも構わないから、誰かに自分の名前を覚えて欲しくて、切望した名前を何度も呼ばれて求められて、傷付け、人生を狂わせたにも関わらず、なおも執着を向け、女の様に口説かれ続け、肉体から何から何まで、ナギリの全てを欲しいと願うカンタロウと肌を重ねて、情が移ったのだろうか。
    情事の際にカンタロウが好きだと言えばナギリも好きだと言いたくなった。愛していると言われたら自分も同じだと思えた。
     ドロドロと自分の中に澱んで溜まっていた醜悪な感情が、カンタロウが自分に向けるようなものになれたのなら、腹の中でだけでなく、口から外に出して甘い言葉を吐いて、カンタロウを喜ばせてやりたかったのに、初めての性的な行為に翻弄されて、肉体に触れられながら出せたのは、言葉にならないような呻き声にしかならず、ナギリはちっともカンタロウから向けられた情愛に対して、想いを打ち明けられなかった。
     その気になれば全身から血刃を出して接触を拒む事が出来るナギリがそれをせずに、男であるナギリが同じ男であるカンタロウに押し倒されただけで、易々と股を開くはずもないと態度で分かれと思わないでもないが、散々自分は恋や愛が分からないと言った後である。
     妙な勘違いをされては堪らない。罵詈雑言なら幾らでも口からするすると出て来るが、カンタロウが好きだと、愛していると自覚したから求めに応じたのだと言っておかなければいけない気がしたのに、結局途中で気をやってしまい、ナギリは抱かれている最中にそれらを伝える事が出来なかった。
    だから目を覚ましたナギリは、醜態を晒した気まずさと気恥ずかしさを胸の内に抱えながらも、同じ布団の中にカンタロウが寝ていたら、好きだと言ってやろうと思っていたのだが、寝返りを打った先にカンタロウはおらず、布団は既に冷たかった。
    寝過ぎたのだろうか? と痛む腰を庇いながらゆっくりと布団から身を起こし、ナギリは布団の横に放置されていたスウェットに着替えた。フードの付いているこの部屋着はカンタロウと色違いのお揃いで、昨日までは特に気にせず着ていたものだが、カンタロウも自分と同じものを着ているのかと意識すると、今日はそれを身に付けるだけでも、ナギリは何だか恥ずかしくなった。
     スウェットの上に身に着けていたエプロンも、カンタロウに脱がされたのだと思い出して赤面したが、エプロンを見てカンタロウの為に料理を作っていたのを思い出し、ナギリは寝室からリビングに向かった。
     リビングにあるテーブルの上には、昨日ナギリが作ったはずの料理はなかった。
    料理だけでなく、カンタロウの気配もリビングにはなく、風呂場を覗いても、トイレにも居なくて、玄関まで辿り着いたナギリは、カンタロウの靴が無くなっているのに気付いて落胆した。
     時計を見れば、まだカンタロウが出勤するには早い時間であった。
     自分が寝過ぎた訳ではなかった。本来ならまだ、カンタロウは寝ているか、起きていても家に居るはずの時間なのに、ナギリを置いて何処かに行ってしまった。
     ふらふらとリビングに戻り、もしかしたら吸対から緊急の呼び出しでもあったのではないかと思い直して、ナギリはカンタロウの靴の無くなっている玄関から、リビングに戻った。
     もし、吸対に呼び出されたのなら、眠い中叩き起こされて飯も食えず、腹を空かせて帰って来るかもしれない。 
    そう思い付き、何か作ってやった方が良いかもしれないと冷蔵庫を開けたナギリは凍り付いた。
     昨日、ナギリがカンタロウの為に作った料理が冷蔵庫の中にあった。
     ラップをされて冷蔵庫の中で冷たくなっている料理は、一口もカンタロウの腹の中に入らなかったのだ。
     吸血鬼であるナギリが作った料理は、カンタロウの口に入って、血や肉になるんじゃなかったのか。
    体を繋げる行為の最中、カンタロウはナギリに自分の血を吸って欲しいと強請った。ナギリは言われるがままカンタロウの肩に噛み付き、カンタロウの血を自分の腹に収めたのに、カンタロウはナギリの作った料理を食わずに放置した。
     美味くなかったのか。抱いてみたものの、やはり男で、吸血鬼のナギリなど好みに合わなかったのか。欲しいと求められて有頂天になったナギリを捨てる事で、精神的に傷付けるのが目的だったのか。これが漫画家になりたいと夢見ていたカンタロウを襲い、夢を奪ったナギリに対する復讐だったのだとしたら、随分な策士だと冷静に考える頭とは裏腹に、腹の中は怒りで煮え滾っていた。
    騙したのか。全部嘘か。執着も、恋も愛も、吸血鬼であるナギリが自分に執着したと同時に失わせる事で弱体化させるのが目的だとすれば、ナギリは今、カンタロウの思い描いた通りになっているだろう。怒り狂いたいのに、全身から力が抜けたように力が入らなかった。
     腹に穴が開いて内臓が引きずり出され、開いたところから体内の血がどんどん失われて行くような酷い倦怠感があった。
     カンタロウが策を巡らせて計画的にナギリを捨てたのであれば、ナギリは酷く惨めな苦痛を感じながら、このままずっと生きて行かなくてはならない。
    じくじくと、心臓が痛む。額や掌から、血刃が飛び出しそうなのに、手足に力が入らず、それすらも出来なかった。
     ナギリがカンタロウに体を許さなければ、好きにならなければ、カンタロウはまだ機が熟していないと判断して、ナギリの傍にずっと居て、ナギリを必要として、愛を囁いてくれたのだろうかと彼は思った。
     銀の杭を体に打ち込まれたように熱くて、苦しくかったが、それでも求められてナギリは嬉しかった。
     性交の衝動は嵐のように激しくナギリの精神を振り回したが、カンタロウの熱い手で何もかもぐちゃぐちゃにされながら、縋り付く肉体があるのに安堵した。
     カンタロウを好きになって、体を繋げたりしなければ、ナギリがカンタロウに執着して、愛したりしなければ、
     セックスがどんなものか知らずにいられたのに、ナギリは誰かに恋をして、好いた相手と肌を合わせたくなる気持ちを知ってしまった。
    けれど、恋や愛を知った同時に、ナギリは想い人から捨てられたのだ。それが悲しくて憎らしくて苦しくて堪らない。恋や愛など知らないままでいれば良かったと悔やむと同時に、激しく後悔した。
    ナギリがドラルクのような料理上手の吸血鬼だったら、同居初日から美味い飯をたらふく食わせてカンタロウの胃袋を掴んで懐柔出来たかもしれない。
     あるいは性的な事に詳しければ、手練手管を駆使して骨抜きにしてやり、手放すのが惜しいと思わせる事も出来ただろう。
     それらが出来なくとも、せめてか弱い女や子供のように、庇護欲を掻き立てるような見た目であれば、捨てられずに済んだかもしれないが、ナギリは見た目も態度も大きくて、顔だって可愛くもない老け顔のおっさんだ。
     人間は恐怖を強く感じる場所で出会った相手に対し、恋愛感情を抱く事があるらしい。
     カンタロウが最初からナギリを罠に嵌めて捨てる気でいたのではなく、本当にナギリに恋をしていたとしても、恋愛感情を向けたのは、辻斬りナギリに恐怖を感じていたカンタロウに起きた一時的な気の迷いだったのかもしれない。
     ナギリはカンタロウが自分に向ける感情が変わる事はないと無意識に過信していた。
     人間の気持ちなんて、簡単に変わる。ナギリのような吸血鬼を欲しがる人間はカンタロウしかいなかったのだから、ナギリはどうにかしてカンタロウの気を引いて関心を自分に向け続て貰えるようにしなければならなかったのに、ナギリはそれを怠った。
     ナギリが愛や恋を理解するまで、カンタロウがいつまでも待ってくれる保証など何処にもなかったのだ。
     いつまでも煮え切らないナギリの態度に愛想を尽かされ、ようやく応じたセックスもカンタロウの期待通りの成果が出せなかったナギリに見切りを付けて出て行ってしまったのかもしれない。
     今更そんな事に気付いて、ナギリは笑い出したくなった。
    こんな事になるなら、面と向かってカンタロウに好きだと言えば良かった。
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    ゆき(ポイピク)

    DONE宇宙警察カンタロウ×元殺し屋忍者ツジタと地雷ロボ・マルの話。
    殺し屋忍者陵辱が混じりますが、うちは物凄くぬるめなので激しめがお好きな方は各自脳内でハードプレイに変換して下さい。可能な限りカンタロウのtntn以外入れたくなかったんです。人工知能含めフィクションです。

    ところでバイオカジキ丼とかある世界の料理ってどんなのでしょうね?バイオブロッコリー丼?流石にカンタロウ泣きそう。
    宇宙警察カンタロウ×元殺し屋忍者ツジタと地雷ロボ・マルの話 地雷として爆破する運命から逃れた地雷ロボ・マルは第二の人生を食道楽に費やす事に決めた。
     食欲旺盛なマルに付き添いながら、殺し屋忍者もまた殺しを生業とする忍者集団から抜けてただの忍びのツジタ(偽名)となり、マルの胃袋を満たす新たな食を求めて宇宙を渡り歩いていた。
     全宇宙に指名手配されている殺し屋忍者を捕まえる為にあちこち彷徨っていた宇宙警察のカンタロウは、宇宙嵐に遭いマルと離れ離れになってしまったツジタと出会い、彼が自分の探していた殺し屋忍者とは気付かないまま、宇宙嵐によって飛ばされてしまったマルを探すのを手伝った。
     途中、宇宙ジャングルに生息する触手型生物にツジタが襲われ、彼のぴっちりとしたスーツが溶かされあられもないお姿を目にしてしまった事もあり、カンタロウはツジタを意識してしまうようになった。
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    ゆき(ポイピク)

    MOURNING没供養。新しい生活に馴染むのに必死で、1人での生活、生きてるだけで精一杯で他人との恋愛についてまだ考えられるような余裕がなかった時の辻田さんにアプローチしまくってフラれたカンタロウが、娯楽を楽しめる程度に生活に余裕が出来たり、他者との人間関係に意識が向くようになるまで待ってリベンジするような話が書きたかったが途中で失速した没です。
    付き合うにはまだ早かった ケイ・カンタロウは辻田にフラれた。

     正確には彼が辻斬りナギリだと判明した後、それでも辻田さんが好きです!と告白した後に、VRCを出た後は本官ちで一緒に暮らしましょう!と言ったのだが、嫌だ無理だと断られたのである。
     長い観察期間に問題を起こす事もなく、これ以上の過度な付き纏いはストーカー扱いになるぞと上司や同僚達に叱咤され、カンタロウは泣く泣く辻田への過度な接触を控えるようになった。
     同じ新横浜の街に暮らしている身であり、退治人見習いになって仕事をするようになった辻田と吸血鬼対策課のカンタロウはお互いの仕事現場が被る為、仕事中に街中で出会す事は多かったが、プライベートでは全く会えずにいた。
     顔見知り以上、友人以下。辻斬り被害者と加害者である部分を取っ払ってしまえば、カンタロウとナギリには同じ街で暮らしているだとか、吸対と退治人見習いとしての仕事上の関わりしかなく、カンタロウからは兎も角、ナギリからカンタロウに仕事のない日まで会わないかと誘われるような事もなく、このまま一時のお付き合い(辻斬り捜査)で終わってしまうのかと、カンタロウは未練たらしく辻田への想いを捨てられずにいた。
    1616

    ゆき(ポイピク)

    MEMO
    蕎麦屋官ナギ(そばにいたいといってくれ)60歳近くになって官。父が定年退職したら蕎麦屋をやりたいと言っていたのを最近になって自分もその気持ちが分かるようになったであります!なので退職したら高尾山の麓で蕎麦を打とうと思うので、その時が来たら…と言われて一緒に蕎麦屋をやりませんかと言われると思っていたナは見た目が出会った時と変わらぬ若々しい姿のままだった。現場から退いた官とは違い、まだまだシンヨコでもベテランの退治人として現役で活躍していた。ずっと憧れていた退治人になり、シンヨコのヒーローになれたナさん。そんなナさんを本官の我儘で引退させるなんて駄目でありますねと、食べに来て下さいと言う官にナはえっ?と困惑した。てっきり着いて来て欲しいと言われると思っていたのが突き放されたように感じたが、それは日に日に増していった。二人で暮らしていた家から徐々に物が減って行き、とうとう官は一人で蕎麦屋を初めてしまった。将来を約束していた訳ではなかった。ただずっと一緒にいるのだと思っていたナは仕事に身が入らず、官が開いた蕎麦屋をこっそり覗きに行った。あんな奴が一人で店なんか出来るはずがない。四苦八苦していたらほらな、俺が居ないと駄目だろうと手を貸してやろうと思っていたのに、官の店には既にパートのおばちゃんがいて店は十分回っていた。お前!お前!!俺以外の奴を店で雇ったのか!とブチギレるナ。感情がぐちゃぐちゃになり店をぶち壊してやりたくなったが次第に捨てたれたんだと思って蕎麦は食わずにシンヨコに逃げ帰った。暫く元気がなくなり休業状態になったナを心配して会いに来た丸とドに吐き出しながら、ずっと同じ姿だから駄目なのか?同じように老けないと一緒に居られないのか?と言うナ。ちょっと違う気もするけど試してみたら?と見た目を変える方法を聞いて官と同年齢ぐらいの爺さんに変身するナ。この姿で会いに行こうかと思うものの、自分以外の女を連れ込んだ官に感じた怒りが忘れられず、やはりあの店は潰す!と官の蕎麦屋の隣に自分も蕎麦屋を開店させて官が作るより美味い蕎麦を作って潰してやる!店も一人で切り盛りしてやる!!と奮闘すると、何と!お隣のお蕎麦屋さん大繁盛であります!本官も頑張らねば!!とより一層奮起してしまいライバル蕎麦屋としてバトル事になってしまう官ナギ?官ナギになってねぇわ!
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