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    鯖目ノス

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    鯖目ノス

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    ずっとやりたいなと思いつつ牛歩進行で書いてた話。
    楽しいだけでできてるので途中しっちゃかめっちゃかなのは許して

    #K暁

    スペルバトルっぽいやつがやりたかっただけ『今からキミたちには言霊とエーテルをリンクさせるデバイスを使った模擬戦闘を行ってもらう』

     始まりはエドが右手で再生したボイスレコーダーの音声だった。

    『エーテル濃度の高い空間に適合者が入ると異常現象が起こりやすいのはキミたちも知っての通りだと思うが、ボクは常々この現象をなにか利用できないかと考えていてね。エーテルと結びついた適合者の視覚や聴覚に影響し現実を捻じ曲げるのならその出力の方向を逆転させれば空間をこちらの味方につけることもできるんじゃないかと思ったんだ。キミたちも知っての通り、呪物や悪霊からウテナ空間が生み出されることもあるがこれも所謂それらの物、人、あるいは土地など強い意志が満ちたエーテルと結びついて発生するものだ。キミたち適合者は普通の人間よりエーテルとの親和性が高くより影響されやすい。それはつまり逆にエーテルに強く干渉ができ、ひいては空間への干渉を実現できるのではないかという仮説が立てられる』

     恐らく録音したときも一息だったのだろう。やや高ぶったような熱のこもった声色が刻まれた録音機器からはこちらが理解するよりも早く紡がれる言語の濁流がつらつらと流れ続けている。どうやら海外にいる別のエーテル研究機関の知り合いからテスト起動の依頼を受けたとのことでやや興奮気味らしい。

    「エドの知り合いそんなすごいの作ってたんだね」

     ほとんど聞き取れなかったけど、と小さく零す暁人の横で彼以上に目を回している絵梨佳がコクコクと頷く。正直エドが興奮気味に話す内容は大学の講義よりも難しい。ごめんもう一回言ってを何度繰り返したか。慣れているKKは胸の前で腕を組んで思案しているが、若者たちは残念ながら目を回している。

    「言ってしまえば言霊による戦闘だ。習得には訓練が必要だがエーテル回路を通じて撃ちだされるショットと違って射程に縛られにくく、使い方次第では攻撃や防御以外の使用も期待できる」
    「なんだか漫画の世界の話みたいだね」
    「イメージとしては近いな。まだ試作段階だからどこまで実現可能かはわからないけれど、これが現実的になれば前線近くまで出る必要はないし練度不足でもできることがある」

     あ、と声を上げた暁人と絵梨佳はお互いに目を合わせる。未成年で戦いに出にくい絵梨佳や新参故に実力でいえば未だKKには遠く及ばない暁人には願ってもない話だ。

    「ちなみに試作品のデバイスがここにあるが、まだ試運転を何度か重ねたところでね」

     目を細めてにやりと笑う凛子の手に掲げられたデバイスに息巻いた二人は一も二もなく飛びついた。傍らで説明書らしき束をパラパラとめくっていたKKははしゃぐ若者を前にため息と共にデバイスに手を伸ばした。




     一同は河童ヶ池のガレージがあるビルに移動すると、会議室程度の広さの殺風景な空間に通された。コンクリの壁にLED蛍光灯が反射して少々眩しい。白っぽいグレーに目が慣れた頃にようやく辺りを見回すと会議用のデスクに寄り添うビルのようなデスクトップPCが視界に飛び込んできて驚きのあまり思わず呻いてしまった。

    『テストにあたって体調や気分が優れない場合は事前に申告してほしい』

     デスクにずらりと並べられたイヤーフック型のヘッドセットにも似たデバイスが当該の機器なのだろう。プロゲーマーが座っていそうなリクライニング型の椅子のすぐ横に頭と手足に取り付けるVR機器のようなものも並んでいるが、もしかしてテストはバーチャル世界で行われるのだろうか。エドに促され機器類を順番に装着していく最中、横にいた凛子が同じように取り付けているのが横目に見える。おや、と思い口を開いたと同時に意識が途切れ、目を開けた頃にはVRデバイス越しの殺風景だった空間が光彩豊かなデジタルで彩られていた。

     ピクセルチックなパキッとした外観の表面を瞬きする間にさざ波が撫で、現実と見紛うほど緻密に再現された公園が現れる。非常に既視感のある風景は思い出すまでもなく当たり前の日常に溶け切った風景。凛子と絵梨佳が暮らしている団地のすぐそばにある霧が丘公園だ。有名なタコのすべり台は傷一つまで残さず再現されているように見える。現実と違うところとすれば天の声としてエドの音声が空から降ってくるところくらいなものだ。
     近くに構えた猫又の屋台にはさすがに店主の姿はないものの、店先にはコレクションが並んでいるところまで描写されている。これだけ再現性が高いと店番もなしに開いている屋台に猫又が肝を冷やすだろう。

    「こんだけ精工にできてると外だと思ってタバコに火つけちまいそうだ」
    「そもそも公園は禁煙だろ」

     ワイシャツとコートのポケットを叩きながらKKがそう零すとすかさず暁人から釘を刺される。健康診断の結果を見られてから特にタバコの本数に目を光らせてくる相棒に思わず口を閉じて目を逸らした。
     二人ずつキャッチボールでもするような距離をとって向かい合わせに配置されたところを見るにシミュレーションは2対2でやるのだろう。向かい合った暁人と絵梨佳のすぐ後ろにKKと凛子が保護者の立ち位置で配置されているのも何か意図を感じる。

    『これから模擬戦闘におけるルールを説明する。キミたちにはまず二人一組のペアになりそれぞれ攻撃役と指示役を担ってもらう。攻撃役はその名の通り言霊で相手を攻撃する者、指示役は後ろから戦闘の指示をする者だが相手の攻撃を受けるのは指示役だ』
    「え、直接こっちにダメージが来るわけじゃないの?」
    「依頼主や関係者を守りながらの戦闘も視野にいれているからね。それに攻撃役の口を物理的に塞いで即終了じゃ訓練にならないでしょう」

     なるほど、と深く頷いたところで耳にかけたデバイスが赤と青に光った。これが組み分けなのだろうか。KKと暁人が青、絵梨佳となぜか模擬戦闘用の結界内で同じくデバイスを耳につけた凛子が赤だ。

    「なんで凛子までいるんだよ」
    「この空間の作成にはあたしも一枚噛んでるからね。シミュレーション用のバーチャル空間はテスト中誰も出入りができない。誤作動があったときにエンジニアの一人でもいないとすぐに対処できないだろう?」

     そういう彼女のかんばせには科学者チーム特有の好奇心が滲んでいる。立派な建前の裏側であけすけな本音が見え隠れする様はKKの苦手とする彼女の一面だ。

    「緊急停止用のセーフティーワードを持ってることも含めてあたしがここにいるべき理由は数えきれないほどあるけど、何か異議はあるかしら」
    「はあ…わかった好きにしろ。だが、重大な異常が発生した時点で即停止させろよ」

     凛子が手をひらひらと揺らして了解の意を示す。やり取りがどうにもなにか起こりそうなフラグを感じざるを得ないのだが、優秀なエンジニアがいるのだから何もシミュレーション以上の何かが起こらないと信じたい。

    「立ち位置的に私と暁人さんが攻撃役でいいのかな」
    「あたしは元から指示役しかできないからそれでいいわ。あなたもいいでしょ」
    「ダメージを肩代わりすんのは気が進まねえがな」
    「でも誰かを守りながら戦うのはちょっと懐かしいかも」

     後ろからの指示を聞きながら戦うのは二心同体で駆けたあの夜を思い出させる。鬼を呼ぶために犬を守ったりマレビトに襲われた木霊を守ったり。引きはがされたKKをこちらに引き寄せつつ口裂数体と戦ったのも懐かしいが、今でこそ実力差故に背中を任せるより追いかけるほうが多い。場合によっては庇われながらということもあるし、むしろ守られることのほうがほとんどだということを考えれば郷愁にも近い感情が湧いてくるのも必然だろう。

    『ではそろそろはじめようか。各組役割とパートナーを宣誓したら戦闘シミュレーションを開始する』

    「はい!攻撃役絵梨佳、指示役は凛子です!」
    「攻撃役暁人、指示役はKKです」

     各人の宣誓に反応するように耳のデバイスが強く光を放つ。暁人と絵梨佳の発色するLEDパーツから光が飛び出すと各々のパートナーのデバイスに飛び込む。まるで火を灯したようだと思ったのもつかの間、再び全員のデバイスが輝き飛び上がった光が中間あたりでぶつかり合うと宙に飛び上がり四方八方へ霧散して飛び散った。合図の花火にも思える光が地面に着地すると空間が波打って張りつめた空気が周囲を覆う。冷たく清廉な空気は神域に入った時を想起させた。

    「今はシミュレーションだけど本番では周囲の影響を考えて簡易結界を張ることになる。エーテル濃度を上げる意図もあるから今のうちに慣れておいて」

     頷いて深く呼吸すると冷たく爽やかな空気が肺を満たした。心臓が酸素を運ぶたび血管の中を流れていくのがわかる。滅菌室、と言ってしまうと過言かもしれないがそう言って納得できる程度に鼻腔から吸い込んだ空気が変わったような気がする。もしかしたらこちらの知らぬ間にエドかデイルが空気清浄機のスイッチを入れただけかもしれないが。

    「…ところで始めるはいいけど、具体的に何すればいいの?」
    『攻撃のイメージを口に出せばいい。風を吹かせたければ風、突風、竜巻など規模や形状を想像しながら該当する言葉を言うんだ。イメージがあまり抽象的すぎると処理する装置がエラーを起こしたり意図しないものが出力される可能性があるのでできるだけわかりやすいほうがいい』

     イメージはより鮮明に、言葉はより明確に。そのあたりはあまり得意ではないなと暁人は少し苦い表情のまま眉間にシワを寄せた。対照的に目を輝かせたのは絵梨佳だった。

    「わかったやってみる。“立てないくらいの突風!”」

     彼女が高らかに声を上げた途端、言葉にエフェクトがかかったように響きわたる。波状の音が肌を震わせると同時にびゅうと音をたてて暁人達に向かって目も開けられないほど痛い風がぶつかった。まるで空気の壁。押し出されてしまいそうな圧に顔を腕でガードするもののいつ飛ばされてもおかしくないほどの風圧だ。足に力を入れていても吹き飛ばされてしまいそうで、膝をつくしかその場に留まれない。

    「ぶえっ…ぺっぺ!!口に砂が入った」
    「ごめーん二人とも大丈夫?」

     念のため言っておくがここはバーチャル空間だ。強い風も口に入った砂利も意識下で『そうなった』と思い込んでいるだけにすぎず実際に起こっていることではない。吹き付ける風が肌を突き刺すような痛みも実際は半催眠状態で微弱な電流を受けているためにそう思ってしまうだけだと事前にエドから説明されていた。
     しかし実際受けてみると視覚情報もあいまって本当に強い風に苛まれているように思えて喉が引き攣る。今回は訓練も兼ねた実験段階だとして、後々これを現実でできるようになるということだ。これは思ったより大変なことをしているのではないだろうか。

    「暁人、立てるか」
    「…うん、大丈夫。ごめん驚いて動けなくて」
    「とりあえずの小手調べだ。次は防御なり反撃なりしろよ」

     うん、と頷いてみせたものの相手は絵梨佳。先ほど暁人自身が受けた威力を出すにはいささか気が引ける。さらに言えば想像力という点で現役の女子高生を凌駕できる気がしない。こういう適応能力やら技術習得やらはやはり年若いほど有利なわけで。
     
    (突然やってみろって言われても思いつかないもんだよな)

     少し考えたところでやはり経験したことのあるものを具現化することから始めてみようと思い立った。
     風、エーテルショット…を真似るのは芸がない。突風、つむじ風…あ。

    「“鎌鼬”」

     吐き出した言霊が口から漏れた途端、温度を持ったのを感じた。
     命を吹き込む、と言えば過剰かもしれない。しかし間違いなく言葉に体温があり脈動するのを感じたのだ。その証拠に言い終わった瞬間暁人の周囲につるりとしたシルエットが形を成し浮かび上がった。

    「あぁ?」
    「なるほど、そう来たか」
    「えっそういうのでもいいの?」

     KK、凛子、絵梨佳の順に声が上がる。まさか生き物を呼ぶとは思っていなかったのだろう。驚きの声が返ってくるのは存外気分がいい。とはいえ本物というわけではなく言霊で呼んだ形だけの存在だ。シミュレーション用のモデルであるため指示がない以上ふわふわと浮いているだけで動くことはない。

    「いいね。自然現象をもとにした言霊ばかり想定していたからいろいろやってもらえるのは有難いよ」
    「あ、大丈夫でした?」
    「むしろテスト運転としては望ましいものだ。動きを見たいから早速動かしてもらえるかしら」
    「わかりました。ええと……“まっすぐ進んで風を起こして。キミの出せる強い風で”」

     声をかけるとキュウと鳴いた鎌鼬が一回転してそのまま対面の二人に向かって突進していった。挙動だけ見ればまるで意思をもった個体に見える。これはあくまで暁人が作り出したイメージだが、逆に言えば彼自身の中で鎌鼬のビジョンが作り上がっているということだ。漠然としたものではない、形ある姿。つまり本物と大した差はない、ということになる。
     瞬きの間に距離を詰められ防御の言葉は口をつく前に舞い上がる葉をも切り刻む風によってかき消された。さきほど絵梨佳が起こしたものよりも鋭く、一点に固まった風圧が二人の間の空気をかき混ぜて周囲のものを切り刻んでいく。それは絵梨佳と凛子も同様だった。

     ガシャンという金属音が4人の間に響く。公園に似つかわしくないほどの重さに狼狽えたのは攻撃を仕掛けた側の暁人である。

    「だっ大丈夫ですか!?」
    「ああ。少し痛みはあるが問題ない」
    「私も大丈夫!びっくりしたけど遠慮しなくていいよ!」

     記憶通り鎌鼬のイメージで仕掛けたので女性二人に傷をつけたのではと罪悪感に顔色を悪くした暁人だったが、当の二人はけろっとした顔で手を振っている。現実なら風で肌を切っているところだが、今回はテストということと未成年が参加していることも考えて傷などは描写しない設定にしてあるのだろう。その代わりに視認できるダメージ表現として指示役の凛子の左手首にはどこから伸びているのか、重々しいシルバーをぎらつかせた鎖と黒い手枷がはめられていた。

    「いい趣味してるぜまったく」
    「視覚的にはわかりやすくしてあるだけよ。これは一定以上のダメージが入ったとき発動して手枷から足枷、首輪、アイマスクと順番に拘束されていく。相手の指示役を完全拘束した時点で勝敗が決まると思ってほしい」

     現在拘束されているのは凛子のみ。先ほどの鎌鼬の風で入った分だけだが、累計7回発動させれば勝利ということだ。とはいえ、相手も防御するわけだからそう簡単な話ではないのは明白だろう。
     ちなみに攻撃を受けるとそれに合わせた電流が流れるようになってるけど指示役のあたしとKKにだけ流れるように設定してあるから心配しないで、と追加で答えるとあからさまにKKが顔をしかめた。若者が痛い思いをしないで済むのはいいが、自分が受けたいのかと言えば別問題だ。
     
    「さ、ここまではチュートリアルよ。ここからが本番だから二人とも本気でやって頂戴」

     左腕の鎖を鳴らし凛子が親指を立てる。手加減は必要ないと切れ長の目元で好奇心がぎらりと輝いた。







     バーチャル空間では時間の概念は感じられない。太陽の位置はまるで変わらず、もういくら言葉の応酬を続けたのかもわからなくなった。

     現在凛子につけられた拘束具は両腕と右足。対してKKにつけられた拘束具は両腕両足と戦局は拮抗するものの絵梨佳凛子ペア側が優勢だ。
     ここまで暁人とKKが追い込まれたのは絵梨佳の回避性能と反射スピードの速さからだった。暁人との差は片手で数えられるくらいだがこの中で一番若い絵梨佳は攻撃からの判断力が高い。自らに向かってくるものがどういったものなのか瞬時に判断し、それを回避すべきか遮断すべきかの回答を出すことができる。初めこそ鎌鼬の風を受け止めていた彼女だったが、攻撃をいなす術に気づいてからはどれだけ隙をついたとしても決定打にはならない。まさに猫のような戦い方と言えた。
     だからといって暁人の実力が低いわけではない。彼の持ち味としては観察力と順応性だ。考えも柔軟なのでKKの指示をよく聞き攻勢をかけられる。さらに言えばイメージからの実現性は高いほうだ。初めに妖怪の召喚を会得してからは鮮明に想像された妖怪たちを適材適所に配置することができる。攻撃には鎌鼬・河童・鬼、防御には塗壁、反射には唐笠小僧などKKも知ることのなかった妖怪の習性をよく理解しているようだ。ときには一反木綿が視界を横切り集中を削ぎ、木霊の木の葉が鋭利な風と共に前方へ向かっていったときなど感嘆の声が上がった。さらに先ほどなど一瞬の隙を作るため視覚の感知できるギリギリの場所に座敷童を配置し笑い声で意識を逸らすという離れ技までみせた。彼の生み出す者でこれまでどれだけの妖怪たちと交流してきたのかがよくわかる。

    「模擬戦闘だけれどこれだけでも二人の戦い方がよくわかるわね。絵梨佳は俊敏な動きで一手を決めるスピードタイプ。暁人君はひとつずつ死角を埋めながら活路を見出すテクニックタイプだ」
    「うちの暁人君は我慢強いからな。だがいつもの一射必殺の癖が出てるみたいだ。そういう奴に判断する間を与えない速さは少々堪えるな」
    「けどそれだけ反応速度が速い人は焦りから調子を崩される。さっき視界を遮られたときにパニックになったことで相手を見失い連続で二撃入れられた。一度はどうにか貫通力を押さえ込めたけれどそこでおろそかになって二度目はもろに食らってしまった」

     後ろで若い二人を観察していた年長者たちは淡々と分析を広げている。肩で息をする絵梨佳と暁人にはこの分析は図星でしかなく、どちらとも息を詰まらせていた。いずれも当たっているからこそ今後の課題になる。絵梨佳は焦りから踏み込みすぎる癖を、暁人はペースを崩されると判断が鈍ることを直していく必要がある。幸いにしてどちらも経験値でカバーできることだ。
     
     右手を握りこんだ暁人の肩に鎖で動かしづらい手を置き後ろから言葉をかけた。

    「そう落ち込むな。今できねぇってことは今からできるようになるってことだ。最初っから無理ってんならもっと前に見切りをつけてる。勘でやってるオレと違ってオマエはコツを掴むのが得意だろ?これが克服できればオマエはもっと強くなれる。オレが保証する」
    「……強くなれる?」
    「ああそうだぜ相棒。オマエはまだまだ成長期だ。青いところだってあるがオマエならすぐオレのところまで来れるさ」
    「また戦えるようになるかな。あの夜みたいに、KKの横で」
    「!……絶対にな。楽しみに待ってるよ、暁人」

     湧き上がる熱に目元をくしゃくしゃに歪めるKKに背中を押され、暁人は俯いていた顔を上げる。あの夜に東京タワーでくじけそうになったときの感覚によく似ていた。

     一方、攻め手の止まった絵梨佳もまた暁人同様に己の欠点を自覚して目を閉じていた。そんな彼女の背中を叩いたのは姉のように慕う凛子だった。

    「アナタは昔からよく焦って突っ走ってたね。こっちがいくら止めても効かん坊で、こうと決めたら動かない。だから何度もぶつかった」
    「……」
    「でもそれもアナタの持ち味。それをもう止める必要もない。あとは、そうね。いいところで投げやりになったり雑になるところを直せばアナタは他の人ができないことができるようになる。アナタにしかできないことが」
    「私にだけ?」
    「そう。大技なKKとか慎重になる暁人君とは違うアナタの得意を必ずあたし達が頼るときが来るから。そのときは頼りにさせてちょうだい」
    「ふふ、じゃあ絶対ものにしないとね」

     少女めいた彼女らしい笑顔に凛子も笑みをこぼす。いつまでも守られていたくない、だから強くなりたいと言った絵梨佳。背に囲い傷つかないようにしていたかったけれど、彼女の強みを知った今それは必要のないことだと真に理解した。ならば大人として、妹のような存在の彼女にしてあげられることと言えば認めて、背中を押してあげることだ。

     両者上がり切った呼吸を整え、改めて相手を見据える。悪いところをつい見てしまうから自分の未熟さが露呈する。焦らず、ゆっくりと。大空へは枝葉を広げる若木は必ず大樹へと育つのだから。

    「よし、オレの指示で動いて見ろ」
    「あたしの策に乗ってくれない?」

    「わかった。何をすればいい?」
    「うん。凛子に任せる」

     一言二言、両者の間で交わされると一拍置いて同時に顔を上げた。

    「いくよ!“空からたくさんの雹が降る!逃げ場はどこにもない、雨宿りはさせてあげない!”」

    『まずは相手の意識を空に向けさせる。人間は上か下のどちらかしか見えないから足元が疎かになるわ』

     晴れ間にも関わらず氷のつぶてが容赦なく降り注ぐ。ただそれだけでは決定打にはならない。

    「“逃げるつもりはない。いつだって彼らが傍にいるから。天狗の風はどんな嵐よりも強い!”」

    『絵梨佳は先行を取ってくるはずだからどんな攻撃が対応できるようしっかり動きを見ろ。常に警戒を怠るな。気を逸らしたところに打ち込まれるぞ」

     風を纏って現れた天狗がぎゃあと鳴いて翼を大きく広げ羽ばたきだす。途端に強力な竜巻が票を巻き上げその威力を大きく削いだ。だがそれで終わるわけもなく、天狗が鳴きエーテルへ帰っていくと同時に絵梨佳が声を上げる。

    「“上ばかり見てると足元をすくわれるよ。蛇のように音もなくアナタを狙って離さない”」
    「“それは通らない。塗壁、キミが守ってくれる限りどんな存在も通ることができない”」

     ぬおおと声を上げて暁人の前に塗壁が現れた。それによって足元を這っていた蛇のような鎖は動きを止められた途端力なく地面に伏せる。しかしそれを絵梨佳は狙っていた。

    「“目の前にくぎ付けになって見えてない。そこは行き止まり、ここは迷路。自分で作った壁に阻まれて進めない!」

     塗壁は防御性を上げるがその代わり一時的に視界を遮る。同時に動きを制限する言霊を使い攪乱させる凛子の策はその隙をついて一撃を入れるというものだった。比較的簡単な策だが集中しているほど意外とはまりやすい。言霊を紡ぐにも言葉のくみ上げ、イメージの具現化という工程を踏むためかなり集中力を要される。仕掛ける絵梨佳も同様のため単純な策にしたが成功率の高いものだったのが功を奏したようだ。
     完全にペースを崩された暁人は取り囲まれた透明な壁に困惑し、うまく次の言霊に繋げられない。

    「構えろ暁人!」

     KKが声を上げるのを耳が拾った。しかし頭が処理してくれるまでのラグを困惑するシナプスが作る。それはつまり対応が遅れるということ。

    「“道は―――ッ”」
    「“道はある。けれどそれを知っているのは私だけ。その道を作れるのは私だけ”」

     先んじて音が飛び込んだ。その次に衝撃。

    「“彼らは来る。道を辿って、彼らだけの抜け道を通ってアナタを捉える。たくさんの影が、たくさんの命が壁を上り辿りつく。弾んで、飛び上がって、小さく鋭い爪をもって引き裂く!”」

     数えきれない数の小さな体躯。その姿を正確に捉えるにはあまりにも速すぎて理解するのが遅れてしまった。色とりどり、柄の違うたくさんの猫が波のようにどこからか押し寄せて飛び掛かってきていた。ようやく気付いた頃には鋭利な爪がいくつも襲い掛かる手前で、守ることも避けることも考えられない。

    「ぐっ……!!」
    「くそ!」

     ひとつひとつは決して重いものではない。しかし無防備な状態で何十、何百とも言えない猫が敵意をもって襲ってこればダメージは蓄積する。強い一撃は入れられなくとも断続する衝撃や痛みに覆われればそれに匹敵するものだ。
     一通り猫の襲撃が止んだ頃にはKKの首に分厚い革の首輪がかかり鎖を揺らしていた。

    「っは……、ごめんKK」
    「いや大丈夫だ、気にすんな」

     とは言ったものの致命的な一撃をもう一度受けてしまえば勝負は決する。相手はあと一回受けてしまえる状態だ。

    「だがここまで追い込まれちゃ会心の策でもないとな」
    「でも今の僕じゃ絵梨佳ちゃんの速さに追いつけない。凛子さんは僕の癖を見破ってるみたいだし、それこそ盤面をひっくり返せるようなパワーがないと」

     唸り声すら聞こえてくるほど頭を悩ませる暁人にKKは声を出さず思案していた。
     ひとつひとつ慎重に盤面を見回し隙を伺う戦い方は高所から正確無比に狙う技が体に染みついているからこそできる。物陰に隠れながらの視界が遮られる一瞬を突かれた速さからの一本だ。どれだけ壁を作ろうとその隙を狙われては守る手段もない。ここでもう一つ罠を張れればと思わなくもないが、それだけの腹黒さを持ち合わせていないのがこの青年だ。そこをカバーするのも汚れ切った大人なわけだが。
     しかし盤面をひっくり返すか……と記憶を浚う。速さを売りにする手合いは押し返されると弱い。だがその強さは今の暁人には出せない。ともなると―――

    「―――暁人、ひとつ考えがある。乗ってくれるな」
    「……KK?」

     KKが耳打ちする。二言、三言。理解した暁人はハッと目を見開き唇を軽く噛んだあと決心したように頷いた。
     それを対面の絵梨佳と凛子も見ている。何をしようというのかという恐れと好奇心。上がる口角にぎらつく目は獲物を狩ろうと体を低くする猫と似ている。そこに止められるほどの冷静な判断力を保った者はいない。鼠を追い込んだ猫はその抗おうとする姿を前に喜びに震える。
     その鼠が噛みつくチャンスを虎視眈々と伺っているなどとわかっていても、だ。

    「作戦会議は終わった? ならそろそろ仕掛けてもいいよね!」
     
     絵梨佳が高らかに声を上げる。その横に立つ凛子も満足な結果を得られたのかこれで決着がつくと踏んで笑みを湛えていた。

    「“この一矢は心臓を確実に貫く。光と同じ速さで飛べばどんな壁も、どんな風もこの直線を遮ることはできない。だからこれで終わり”」

     開いた両手のひらの上に細長い光の筋が現れる。いつも扱う光の矢にも似た形状は鏃の先を向けられた暁人から見ればどれだけの威力なのか容易に想像ができる。暁人だからこそ、その貫通力を知っていた。これが当たれば間違いなく、負ける。
     だから。だからこそ。

    「暁人!」
    「“湧き立つ霧は深く、目の前を白く染め上げる。一矢射るつもりでも霧中では当てるべき的は見つけられない!”」

     一息に言い切った言霊は周囲に重く圧し掛かる霧を発生させた。一寸先、目鼻の先すら白く濁って見通すことも難しい。苦し紛れの煙幕だろうか。しかし当たると宣言した光の矢は放たれれば終わる。そこに目くらましなど無意味だ。
     こちらが言霊を練り上げようと息を吸うところで霧の向こうから詠唱のようなものが聞こえた。しかし異様なのがそれが二人分の声が重なっていたこと。

    「「“同一、反転、合わせ鏡。二つ心の同じくし体を内に外に、外に内に我が身は翻る”」」

     微かに聞こえた言葉に凛子が喉を鳴らす。
     彼女はこの言葉を、このコマンドを知っていた。

    「止まって絵梨佳!」
    「“見つけられなくても見つけ出す。この矢はもう標的を決めた!”」

     凛子が声を上げたのと絵梨佳の手から光の矢が飛び出したのはほぼ同時だった。
     深い霧をかき分けるよう残像を引きずり雷撃にも似た一撃が奔る。もはや止める手立てはないと一目見るだけでわかった。凛子が絵梨佳の肩を掴んだ頃にはすでに矢は人影の胸の前に辿り着いていた。あとは当たるだけ。

    「“孤独な輝きなどでは胸を打つことは叶わず。行くべき道のりを忘れただ闇の中に消えゆくのみ”」

     霧の向こうから聞こえる地を這うような低音が暗闇を呼ぶ。力強く放たれた矢は消えかけの線香花火のように力なく地に落ち消えさった。

    「“疾風迅雷。駆ける一迅はうねり、数多を飲み込み光さえも糧として強大な災いとなって反転する。瓦解し再構築の隙も与えずぶつかり続け、忘れる暇も与えないままオマエに降り注ぐだろう”」

     霧を吸い込むようにつむじ風は竜巻となってそれまでの戦いで周囲に散らばった瓦礫を巻き上げる。やがて木よりも高い渦となって身をくねらせながら走り絵梨佳たちへと襲い掛かった。

    「“ぼ、うぎょ…、鉄壁ッ———”ふせ、げない……ッ!」
    「絵梨佳!」

     咄嗟に凛子が絵梨佳を引き寄せ庇う。これはシミュレーションだから実際に瓦礫を蓄えた竜巻がぶつかるわけではないし攻撃役の絵梨佳にダメージは入らない。そうわかっていても凛子は動いてしまった。激痛を再現した電撃が背中に走り一瞬息が詰まったが、抱え込んだ少女の頭を離すことはできなかった。
     瞬く間に過ぎ去った災害とも言える暴風のあと、凛子の首には重い鎖に繋がった首輪がかかっていた。

    「凛子、ごめんなさい」
    「謝らなくていいわ。あれじゃ止めようがない」
    「でもなんで急にあんな……」

     顔を上げた絵梨佳は竜巻によって霧が晴れて見えるようになった相手の姿に驚愕し、絶句する。

     両手両足と首に重厚なベルトが巻かれ長い鎖を垂らし怠そうに背中を丸めて片膝をつく暁人。そして反対に身軽そうに背筋を伸ばし地面に仁王立ちしてコートの裾を風に揺らすKKの姿がそこにあった。

    「えっなに? どういうこと?」
    「アナタ、交代のコマンドを使ったわね」
    「ご丁寧に教科書に書いてあったからな」

     シミュレーションに入る前、アジトで暁人と絵梨佳が息巻いていたときに渡されたデバイスの説明書をパラパラと見ていたKKだったが、ふと目に入った攻撃役と指示役を入れ替えるコマンドを覚えていたのだ。入れ替わり戦の想定でバトンタッチ用に入っていたコマンドだが試運転の最中に使用されるとは思っていなかった、と凛子は眉間に手をあてて大きくため息を吐いた。

    「立てるか暁人」
    「……なんとか。でも、結構キツいよこれ。全然体が動かないし、KKも凛子さんもよく平然としてられるよね」
    「ま、鍛え方だな」

     鎖や拘束具へのイメージも相まって余計に重く感じるのだが、そもそも拘束に対して暁人自体が耐性が低いのかもしれない。あの夜に般若の手下に鎖で拘束されたことはあるが、余程そういう趣向でもないかぎり普通これだけの拘束具を何度もつけることはないわけだから当たり前とも言えるだろう。
     と、何かに気づいたKKがふらつきながら立ち上がろうとする暁人の脇に手を差し込んで持ち上げた。これには虚を突かれたような顔で固まる。 

    「ちょ、KK」
    「……入れ替わって気づいたがオマエ、オレが被るべきダメージがいくらか流れ込んでるだろ」

     なに?と声を上げた凛子に、暁人を抱え直しつつ手短に説明した。 
     KKと暁人はあの夜の事件の名残で多少なりとも魂が繋がっている。今回デバイスの試運転のためバーチャル空間での模擬戦闘を試みたわけだが、意識だけを飛ばした結果肉体の隔たりがなくなり当たったエーテルが暁人に流れ込みやすくなったようだ。実際、役を交換したはずのKKにも少なからず息苦しさや体のだるさが圧し掛かっていた。
     何故申告しなかったのか問われると、暁人は気まずげに目を逸らして「流れ込んでくる分のダメージがKKに返ってほしくなかったから」と零す。これには聞いていた全員が頭を押さえた。我慢強さがここに来て悪い方向に出ている。苦しさや痛みを一人で背負おうとして妹に苦言を呈されたのを忘れてないはずだが。
     これは改良の余地があるとマイクを切っていたエドがテストの中止を申し出る。しかしこれに首を振ったのは暁人のほうだ。

    「いえ、続けてください」
    「しかしあまり続けるとキミが持たなくなる」
    「それならきっとダメになる前にKKが終わらせると思うので大丈夫だと思います」

     そうだよね、と首輪からぶら下がる鎖を鳴らして暁人は目を細める。相棒を信じてる。彼なら間違いなく勝って終わらせると。ここから一撃も暁人に入れず勝利すると。
     一瞬虚を突かれたKKであったが、彼が身の内に隠した負けん気と自分へと絶対的な信頼に鋭利な犬歯を剥き出しにして笑った。

    「ああそうだな、宣言してもいい。ひとつたりとも傷つけさせないってな」

     それは宣戦布告でしかない。言わばホームラン宣言。一切の攻撃を通さず勝負を決するということだ。この言葉に絵梨佳はいっそう闘志が燃え上がった。

    「よーし、暁人さんには悪いけどこの勝負勝たせてもらうからね!」
    「オレにも少なからずダメージは入るんだがな……。まあいい、かかってこい絵梨佳」

     語られることは少ないがこの二人もまた師匠と弟子の関係である。故に遠慮はなくお互いの強みをよく知っている。ギラギラと目を輝かせた双方の周囲には反応したエーテル結晶が色とりどりに集まって浮かぶ。KKの気の昂ぶりを魂のつながりから感じ取った暁人は眩しそうに見つめた。






    「それでずっと本読んでるの?」

     ところ変わって幽玄坂のアジトである。テレビの前、ソファに深く座り込んで小説にかぶりついて読む絵梨佳の姿があった。彼女の前には机の上に積み上げられた本が大きな山を作っている。
     学校の用事が終わり帰宅する前にアジトに顔を出しに来た麻里は何事かと兄に小声で問いかけたところ、言霊を使ったデバイスの実験でKKに大敗したと返されて深く納得した。

     あのあと攻勢に出た絵梨佳だったが経験も実力も培ってきた語彙力も上のKKにことごとく防がれ、一撃すら入れることも叶わないまま敗北した。
     確かに絵梨佳の速さは反撃の隙を与えない。が、KKは力のベクトルを経験から読み、受け流しつつその力を倍にして打ち返した。非常に単純な策だが速さと貫通力を上げるほどその力を飲み込み返ってくる。そのうちに絵梨佳の集中力とスタミナは削られてしまった。
     まさに鎧袖一触。言霊を紡ぐほど己の言葉選びがどれほど生易しいものか思い知らされた絵梨佳は帰りの道中、図書館に寄りKKに良さそうな本を見繕ってくれとねだり制限冊数ぎりぎりまで本を借りてきた。その結果が机の上に立つ本の山脈である。

    「いいなあ、私もやりたかったよ模擬戦闘」
    「仕方がないだろ。学校の用事だったわけだし」
    「うーんまあそうなんだけどね」
    「今デバイスの再調整してるから終わったらまたテスト作動するって言ってたし、そのとき参加させてもらえよ」

     そうさせてもらうーと高らかな声を上げた麻里はとうとう唸り声を上げ始めた絵梨佳の横を陣取った。年近い少女たちの周囲はすぐにきゃあきゃあと笑い声で彩られる。多少なりとも引きずっていた悔しさも麻里と話しているうちに話のタネに代わりいずれ思い出話の花に変わるだろう。

     楽し気な空気に水を差さないよう少女たちから離れた暁人はエドとあーだこーだと議論し終わったKKの横になんとなく移動してみた。「鎖やら首輪やらは胸糞悪いからやめとけ。せめて点数表記にしろ」という直談判は聞き入れてもらえたのだろうか。少々難しい顔をしているので参考にするくらいの返事しか得られなかったのかもしれない。

    「どうだった?」
    「『危機感を煽る目的でデザインされたものだが印象が悪いなら検討しよう』だと」
    「まあ、見てていい気分ではなかったね。完全拘束」

     KKの一撃がクリーンヒットした瞬間、突然出現した拘束具が凛子の視界を遮った。そこから一瞬制止したのち、声一つあげずに膝から崩れ落ちた彼女の姿は思い出すだけでも胸が締め付けられる。倒れ込む凛子の横で悲鳴のように名前を呼んだ絵梨佳の声も悪印象の一端だろう。模擬戦闘終了のアナウンスがかかるまで暁人もKKもその場から動けず、まして声一つ上げられなかった。それほどに衝撃が強く、重く圧し掛かる光景だったのだ。
     もしあのときKKの進言を跳ねのけ自分で戦い続けていたとしたら、完全拘束の状態で地面に伏していたのは―――

    「あんまり唇噛むなよ」

     横からの聞きなれた声に意識を戻される。気づかないうちに肩に力が入っていたらしく、顔を上げたときに引き攣れて痛かった。
     胸ポケットとズボンのポケットを探りながらKKが窓際に向かう。その背中を目で追いかけていたら振り返ったKKと視線がかち合った。人目をかきわけてベランダでタバコを吸いに行くのだろう。特に何も言わないが暁人も来るだろうことをわかっているみたいだった。
     一歩外に出てガラガラと引き戸を閉め切れば部屋の中とは切り離されて、東京に息づく人の営みが遠く香ってくる。建物の間から沈みゆく太陽が覗き見える。もうすぐ夜の世界だ。

    「悪かったな」

     風に乗って空へ上る煙を眺めていたらそんな言葉がかけられた。

    「なに、藪から棒に」

     あえて知らぬ顔で返してみる。些細な抵抗で、青臭い矜持だ。そんなもの、彼に通じるわけないのに。

    「最後まで自分の力で戦いたかっただろ」
    「……まあ、ね」

     あの盤面であれ以外の手はなかった、それはわかっている。わかってはいるのだが結局それは自分を納得させる口実でしかなくて。その実態は『今の暁人の実力では勝てない』ということだ。いっそ野生的とも言える判断力で先手を取る絵梨佳と、現状から判断して最善手を探る暁人では相性が悪い。むしろ五分五分まで持ってこれただけでも結果としては上々だ。
     その反面、決定打に欠けていることを思い知った。考え得る最善の一手を打ったとしても、それを看破された瞬間築いてきた牙城は儚く崩れ去る。そんな盤面が何度もあったと、棋譜を読む限り簡単に読み取れる。
     絵梨佳とKKが言霊を交わすのを見て己の弱さを自覚させられ、同時にこの間に入っていけないことがなによりも悔しかった。

    (早く強くならないと)
     
     口を閉ざした暁人の隣でKKがベランダの柵にもたれた。ギシリと音をたてた金属が耳の奥で残る。

    「オマエはどう思ってるかはわからんが正直オレは結構嬉しかったんだぜ。全幅の信頼ってかんじでよ」

     呼び出された妖怪たちは暁人の願いに従って戦った。傍らで見ていたKKとしてはエーテルが作り出した偽物とはいえ少々妬ましくも思えた。
     けれどあのとき『KKなら勝ってくれる』と信じて託してくれたこと。すべて背負い込む癖が何度も顔を出しているが、あの瞬間かち合った目の強さにどんなときよりも気持ちが昂ったのだ。この仕事を始めてから同じ言葉を聞いてきたというのに暁人にそう言われた途端指先まで湧き出る気力に満ちたのを感じたのだ。これが活力でないならなんだと言うのだ。自己満足でしかないかもしれない。いっそ張り切りすぎたかと思えるくらい力が入ってしまった。

    「我儘を言わせてくれるならオマエにもっと寄りかかってほしい。頼られたいんだよオレは、オマエに。いずれ独り立ちできるくらい強くなるだろうが、どれだけ強くなってもな」

     強くなりたいと暁人は願った。頼ってほしいとKKは望んだ。双方は一見相容れないかもしれない。けれど暁人は“KKと並び立つために”であり、KKは“暁人のために”だ。元を辿ればどちらも“傍にいたい”ということだった。
     強くなって一人で戦えるようになっても、戦うときは二人がいいと言葉には出さないが暗に語っている。ここまで言ってきてKKは恥ずかし紛れに再びタバコを咥えた。
     
     暁人の頭の中でうまくピースとして噛み合ったところで憂いがするりと風に乗って剥がれる。いっそ一皮むけた気分さえある。いっそ清々しい。
     口を滑らせすぎたKKはもうなにも語らないだろう。らしくないと背中に後悔の片鱗すら見える。いつも大きくて遠い気がした後ろ姿がこんなにも近くて思わず身を寄せたくなった。

     一歩、空間があった場所に立つ。背を向けて宙に煙をくゆらせているからこんなに近くに立っていることなんて知りもしないだろう。だから、少しだけ大胆になってみたかった。
     頭を傾けて背中にもたれてみたら欄干を掴んでいた手がぴくりと震えた。

    「なんだよ」
    「寄りかかってほしかったんでしょ?」
    「物理的な話じゃねえよ」
    「嫌ならやめる」
    「嫌とかじゃねえ」

     軽やかに会話が交わされる。目を瞑れば背中越しに鼓動が伝わって心地がよかった。

    「ねえ、また模擬戦闘やるなら今度はKKが相手してよ」
    「いいのか? なおのこと手は抜かないぜ」
    「じゃあ勝つのは難しいかな」
    「どうだろうな。案外オレみたいな力押しの人間は俯瞰して盤面の把握が苦手だったりするから、オマエの不意打ちには手を焼くかもしれん」
    「負けるかも、とは言ってくれないんだ」
    「バカ野郎。男が試合の前から負けのこと考えるもんじゃねえんだよ」
    「ふふ、そうだね。だったらKKに負けないよう……圧勝できるよう鍛えなきゃ」
    「いい心意気だ。頑張ってみな」
    「あ、ならKKのオススメ教えてよ。僕も本読んで勉強するから」
    「いいぜ、絵梨佳にも教えてないとっておきがあるからよ」

     まだ力になるには頼りないかもしれない。そんな自分に期待してくれるのが面映ゆくてつい笑ってしまう。背中越しに伝わる震えにつられて見えない角度でKKもまた満足げに笑みをこぼした。
     暗く紫に染まる空の下でいつか、遠くないいつかでKKにも寄りかかってもらえるくらい強くなれたらと願わずにはいられなかった。



     後日デバイスの調整が終わったとのことで適合者4人で再び模擬戦闘を行ったところ、接戦を繰り広げた三者を差し置いてまさかの才覚を表した麻里が圧勝した。
     尊敬の眼差しを向ける絵梨佳と才能豊かな伊月兄妹に驚嘆するKKの横で兄としての矜持が崩れかけた暁人がしばらく落ち込んだのは言うまでもない。


    END.
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