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    鯖目ノス

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    6月のK暁デー「お題:星に願いを」で書いたもの
    天の川の夢をみるあきと君と生き霊になって枕元に訪れるけけ

    #K暁

    あまたカササギの背を渡り「うん、わかった。……それはもういいから。あの、さ……―――ううん、お土産楽しみにしてるね」

     他愛もない話。満天とは言い難い星空を頭上に据えて立つ屋上は少々蒸し暑さを感じる。うっすら噴き出る汗が額や喉元を通ってどうにも不愉快だ。そう、だから気分がよくないのは風があんまり吹いてくれないからで、決して喉元につっかえている言葉のせいじゃない。決して。
     電話を切り一呼吸、目印にした真っ赤なネオン看板に隠れて適当に座ったところでぬるい夜風が頬を撫でた。風上には見慣れた天狗がすいすいと飛んでいるがどこか憐れみというか慰みのようなものが伺えて、さっきのそよ風は「元気出せよ」という気持ちが乗っているような気がした。があがあと鳴いている意味は正確にはわからないけど。
     
     半透明の屋根越しに御嶽商店街のまばらな人通りが見える。通りには一か月ほど前から色とりどりの吹き流しやくずかごなどの紙飾りが並び、それを人々が見上げては楽しそうに声を上げていた。羽を広げた鳥の飾りが揺れて羽ばたいて見える。この華やかな飾りも明日には撤去されてしまうだろう。
     7月7日の午後8時、世間でいうところの七夕の夜。都会の人工的な光で見えないけれど、広がる夜空には無数の星が並び立ち様々な色合いで川を作っている。クリスマスやお正月ほどの規模ではないものの祭りの好きな日本人はこの一日の夜に星を見上げて思いをはせた。子供たちは覚えたての文字で願いを綴り、恋人たちは誰もが知るロマンチックなおとぎ話に心ときめかせている。星煌めく大河の対岸で何かも手に着かなくなるほど愛した相手との一夜の逢瀬に。

     本当だったら今日は仕事の相棒で、師匠で、恋人のKKと出かけるはずだった。郊外になるけど大きなお祭りをやるから見に行こうかと珍しく誘ってくれたから何か月も前から準備した。日取りも合わせて交通機関とか観光施設とかも調べてカレンダーとかリマインダーにもセットしてた。
     それで一週間ほど前、申し訳なさそうな顔を凛子さんに依頼書の入った封筒を渡された。場所は飛行機や電車を乗り継いで行くような山間の集落らしい。断るにはひっ迫した現状でできるだけ早く来てほしいとのことだったので仕方なく受けることにしたのだ。
     出かけ際KKが「三日もかけずに帰ってくるから大丈夫だ」と言ってくれたものの、依頼書を読む限りでは三日どころか一週間は少なくともかかるだろうと容易に想像ができる。結局先ほど疲れ切った声のKKから「今終わったから明日の早い電車で帰る」と電話がかかってきた。その電話に沈んでいた心が動いたもののやはり諸手を上げて喜ぶことはできなくて、子供じみた駄々が湧く自分に嫌気がさす。

     (……コンビニ寄って帰ろ)

     おもむろに立ち上がり天狗に手を振る。短冊にお願いごとでも書きたいところだけれど、今書くものを手に取ったら飲み込んだ恨み言もうっかり書き出してしまうかもしれない。飲み込んだなら適当に缶コーヒーでも買って飲み干せば腹に落ちて消化されるだろうし、一晩寝れば気も晴れるはず。ほとんど自己暗示のようなものだが、そうやって納得することにした。



     空虚な胸中にデザートもコーヒーも慰めにならないまま目を閉じた、と思ったのだが。次に目を開けたら眩しいほどに煌めく星々が広がっていた。

    「天の川……?」
     
     銀や金に輝く光の粒。紺色の空を光で藤や菫に染めなだらかな曲線を描く川が流れている。おかしいと思ったのはそれが頭上はるか上ではなく爪先のすぐそば、足元に屈めば手が届く距離にあったことだ。
     なるほど、これは夢か。普段ならそれすら気付くこともできないものだが、雄大な流れを前に頭の先に上った考えがストンと腑に落ちた。不思議なものだけれど、悪い気がしない。東京の中心地にいるとなかなか見ることのできない美しい景色に思わず見とれてしまう。夢だと気づいたのに覚めないならそのまま満喫してしまおうと、その場に腰を下ろしたら天の川の川床までよく見えた。
     煌めく星は理科の教科書だと石のつぶてだと書いてあったが、拾い上げた星は透明な水晶の形をしている。やけに文学的な世界だとかざした水晶の星は嬉しそうにぴかぴか光って輝きを増している。何度か手の中でくるくる回したらそのうち川の水の中に戻した。
     こんなにも幻想的で美しいのに、ひとり川岸に立っているだけというのはなんだか無性に悲しかった。見せたいと思う人はそばにはいない。思い浮かべるのは早いのに、思い馳せるたびに遠く感じる。もう、ひとりの過ごし方なんて思い出せないのに。

     川べりを辿り川上へ歩き始めると、さっきまでなかった大きな木を組み合わせたような機械が足場の悪い河川敷に危なげもなく立っていた。近くまで寄って観察してみたがどうやら古い機織り機のようだ。

    (機織り、というと織姫かな)

     まだ織っている途中のようだが素人目に見ても仕立てのいい反物ができあがっている。紺と紫で染められた糸の間に輝く銀の装飾はまるで天の川そのものを写し取ったように美しいが、しかし物悲しさも感じる。うっすら濃い部分は涙の染みたあとなのか、ただの模様なのか。いけないとわかっても止められず手に取った瞬間、誰に命じられたわけでもなく織機の前に座っていた。
     夢の中というのは都合よくできているのだろう。やったこともない機織りはとても手に馴染んだ。KKに憑りつかれたときともまた違う、織らされているわけでもなく織るべきと思うままに指が進んだ。そこからはあっという間で、どういうものになるかわからないまま織りかけの布は白黒模様の羽を広げた鳥を描いて見事な織物になった。
     
     これを自分が織ったのかと唖然としていたら鳥の模様は急に羽ばたいて飛び立った。慌てて立ち上がり追うものの焦っている手では止めることもかなわず、白黒の鳥は大きく羽を広げ広い夜空へと飛び去ってしまった。
     これはもしかしてよろしくないのでは?夢の中の出来事とはいえ、折角繊細に折られた織物から鳥を逃がしてしまったとなるとあまり腹の据わりがよくない。追いかけるべきかと見回したとき、離れた場所に人影が見えた。
     光源が天の川の星々だけなのであまりよく見えないが、川面を眺めている姿は女性だろうか。見慣れない服装だが高校生のとき現国の授業で開いた資料集で似たようなものを見た気がする。いや、むしろもっと幼い頃妹にせがまれて一緒に読んだ絵本にこんな姿の女性がいたはずだ。
     飛んでいった鳥について聞けないかと歩を進めたとき、頭上を数多の羽音が一瞬で通過していった。思わず片目を閉じて身構えてしまったが、羽ばたきが女性の前で音を止まったことに気づいて目を見開いた。

    「鳥の橋」

    『どこからともなく現れたカササギたちが悲しむ織姫のために橋になってあげました』

     うろ覚えながら小さな子供の声で読み上げる記憶がよぎる。もしかしてさっき飛んでいった鳥はあの橋を作るために織物から抜け出したのではないだろうか。
     思案に耽る間に川岸で憂いていた女性は顔をあげ迷いなくカササギの橋に足を伸ばして、あっという間に駆け出していった。あれが織姫だというなら行先は彦星のもとだろう。この一夜のために長い一年を過ごした彼女の胸中は想像することもできない。たった一週間離れている自分でもこれだけ苦しいのだから。




     「―――会いたい」

     はたと目を開けた。
     眼前に広がるのは雄大な大河ではなく黒々と影を落とす室内だった。カーテンの隙間から元気のいいネオン看板と信号の光が差し込んで部屋の輪郭を赤や青に映し出していた。ちらちらと乱反射する光がしぱたかせているのが視界に入って、ぼやけたまま凝視すると窓際に水晶が置かれていた。そういえば随分前に天狗から依頼の報酬として譲り受けたものをそのまま置いてしまったのだった。いつもなら事故防止のためビロード生地でカバーしてるのだが、閉め忘れた窓から入って来た風でめくれてしまったのだろう。
     体を起こすのも億劫でなんとなくぼんやりと眺めていたわけだけど、直射日光もあたりづらいし後でいいかと力を抜いた。

     眠る、眠る。崩れる。悲しくて、苦しくて、息もできなくて。考え事も雫に混じってシーツに流れていけばいいのに。しみ込んでいずれ天の川の一滴に変われば数多の水晶の星に磨かれてきっと星空を輝かせるから。それならきっとこんな弱さはなくなるはず。

     鼻を鳴らしたとき、肌をかさついた指が滑る感触がした。しばらくそれがよくわからなくて動かずにいたけれど、指先は頬を滑り目尻へとたどり着いてまつ毛に絡まった水滴を拭う。さすがに瞼を震わせてゆっくりと目を開くと、ベッドに座ってこちらを見降ろす男の影が見えた。
     普段ならここで飛び起きていただろう。ただでさえ頼りになる年上はいないし心の支えもない。取り乱したりはしないだろうが臨戦態勢に移っていたはずだ。しかし目の前の影は害を与えるそぶりもなく穏やかに寄りそうだけだったため、敵意を向ける必要はないと思った。
     さらに言えば、この人影が纏う黒煙のような揺らめきを知らないわけもない。

    「……ふふ、会いに来てくれたんだ」

     申し訳ないって思ったの?と続ければ輪郭しか見えない影は気恥ずかしそうに頬を掻いてみせる。仕草ひとつでささくれだった気持ちが上向きになるなんて簡単なものだ。大きな声は出せないので袖で抑えながらくすくす笑っているとやけくそな手付きで頭をわしわし撫でられた。照れ隠しだろう。

    「ね、けーけぇも会いたいって思ってくれた?」

     寝ぼけ混じりで舌ったらずみたいになるから余計に子供みたいだ。いやだな、もう大人なのに……でもこういうときくらい子供みたいに振舞ったっていいんじゃないだろうか。こども扱いしてくる大人が相手なのだからなおのこと。
     
    「僕はね、やっぱり会いたかったよ。だって楽しみだったから。KKとでかけるの、すごく楽しみにしてた」

     撫でていた手が止まって離れていきそうだったから両手で持って頬に当てた。影だから体温とかはわからなかったけれど慣れ親しんだタバコの匂いがしてまた泣いてしまいそうだった。なんとなくバツが悪そうに頭を掻くシルエットに愛しさが喉元までせり上がってくる。ぶつくさとなにか言っている気がするが声までは届かず、口をもごつかせて目を逸らしている。きっと口にする言葉は思いつく限りの謝罪の言葉。言い慣れてないから言いにくそうだ。

    「いいよ。その代わりめげずにまた誘ってよね」

     目を閉じて掌にすり…と頬ずりする。頭上で零れた苦笑に歪んでいた心の隙間が満たされていくようだった。
     何故織姫が一夜のために長い時間を待てるのか分かった気がする。きっと、どんなに退屈な悠久も逢瀬のひと時への期待が上回るから。

    「ねえ身体に戻ったらさ、早く声が聞きたいし朝一で電話してよ。」

     それだけで待てるよ。そううわ言混じりで零すとKKの影は開いた手で頭を撫でた。もうあんまり感触もないけど混ざる髪の動きが眠気を誘う。日の出も近い時間だし、影も戻る時間だ。遠い距離を生き霊を飛ばしてでも会いにきてくれた、その気持ちで十分。もう寂しくない。嘘、でも今は待ち遠しい。
     瞼が下りていくと同時に揺らぎ始めた影が屈んだ。目尻に何か柔らかいものが触れた?でも確認しようと思った頃には手招きする微睡みから抜け出せなくて。
     もう一度夢を見に沈んでいくところでたくさんの鳥が飛び立つ音がした。


     また目を覚ますとしたらきっと彼のコール音。約束を守れたなら相棒様をねぎらってあげてもいいかもしれない。

    (次があったらこっちから会いに行ってやろう)

     一仕事終えたカササギたちが仕方がないと鳴いた。



    END.
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