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    鯖目ノス

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    鯖目ノス

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    TLに飛び込んできた「逃げようとする受けの隣に席をとるブチギレの攻め」に滾った結果ノリと勢いのやっつけ仕事話。
    湧き出る愛が怖くて逃げる暁人君と逃げられたら追いかける習性の執着KKおじさん

    #K暁

    とりあえず気つけにコーヒーを一杯 昼過ぎに乗り込んだ車両は時期外れもあってテレビで見るよりもずっと閑散としていた。
     最低限の着替えと旅行に必要なくらいの日用品を詰め込んだボストンバッグは膨れているが見た目よりも軽い。斜めがけに背負っていた鞄を頭上の荷物入れに押し込むと一気に肩の重さが抜ける。これから非日常へと逃避するにあたって、鞄の中身は唯一最低限の日常の片鱗だ。自分が『知らない世界』に溶け込んで戻り切れない、なんてことのないように打った楔だ。そう言うと大変仰々しい限りだが、そう思わなければ東京に戻る気持ちが消えてしまうかもしれないから。

     二人掛けの窓際。窓には駅のホームと次の新幹線を待つ人の列。大型連休でもない平日のホームもまた広さを持て余すほどまばらな数が行ったり来たりしている。
     スマホを耳に当てて通話している若い女性がキャリーバッグを転がして横切っていった。ちらっと見えた表情は明るく、浮足立った爪先は彼女の膨らむ期待を思わせる。
     女性の姿が窓枠から消えたところで反対側から急ぎ足の男が腕時計と前方を交互に見ながら忙しなく通過していく。やや膨らんだビジネスバッグを見る限りこれから出張だろうか。少し疲労も見えるが覚悟を持った仕事人の姿は素直に応援したくなった。

     ぼんやりとホームを眺めるだけでも周りの観察をしてしまうのは最近身に着いた職業病だろうか。癖づけるよう言われ続けたからかもしれない。座り直そうと肘置きに力を入れたところで左手のあたりからかちゃ…と固いものがぶつかる音がして不意に意識が逸れた。
     手首にぐるりと巻かれた夜の色をした粒。別れ際最後に見た双眸の色。振り払いたくても脳裏に焼き付いてじくじくと痛むあの人と同じ色。
     見えないよう右手で覆い隠すけれど冷たい石の感触がその存在をありありと感じさせた。忘れるために旅に出るつもりだったのに、どうしてもおいていけなかった自分が悪いのだけれど。


     昨日、KKに別れを告げてきた。突然、いきなり、突拍子もなく、告げたのだ。
     理由なんてあげ連ねればいくらでも言えた。男同士だから、年齢差がありすぎるから、似合わないから、自分よりも似合う人がいるから―――、……家族が、いるから。
     KKが理解してくれるまで、了承するしかないと思わせるほどの一言が出るまでたくさん、たくさん。思ってもないことだって言った。雨に打たれたときみたいな息苦しさを胸の内に溜めながら、何が何でも離れなければと思うまま無我夢中で。

     これでいいはずだ。これでなければいけなかったはずだ。自分に縛られる前に、自分が縛ってしまう前に彼を解放しなければいけなかった。

    (ああでも、好きじゃないからと嫌いだからは言えなかったな)

     嘘でも言えなかった。浮かんですら来なかった。言ってしまったらもうお互い忘れられないから。
     腹の底で深く抉れた海溝のような欲がいつだって口を開けている。これに呑まれてしまったらきっと人間には戻れない。そう思ってしまうような黒々とした夜がマレビトと同じ匂いを纏って自分の中にある。
     なんでもないときにふと気づいてしまったが最後、その存在を忘れることも手放すこともできない。恋や愛とラベル付けするには淀んで黒ずんでいて、それがどうしても恐ろしかった。

     普通に過ごす分には無視するだけでよかったと思う。でも彼がいつだってすぐそばにいるから。いつだって手に届くところにいるから、逃げなくてはいけなかった。少しでも面影を思わせるものから離れなくてはいけない。
     思い立ったら行動は早かった。別れを告げたその口で、一時間もしないうちに新幹線の予約をとって、宿を探し、数日間の休みをとった。そうでもしなければ決意が揺らぐかもしれなかったから、その前にすべて決めてしまった。予約完了のメールを見つめて自分に何度も言い聞かせて、夜が明けるのを待ち続けた。
     KKから何度もメッセージが届いていたのけれど一度でも見たら気持ちが揺らいでしまいそうだったからスマホの通知音ごと切ってしまった。気持ちが落ち着いたら見るから今は許してほしい。

     発車時刻まではもう少しだけかかる。自分がしばらく旅に出ることは麻里と凛子には伝えてある。逆に言えばその二人にしか自分からは伝えていない。
     麻里は特になにも聞いてこなかった。なにか考えがあるからというのをくみ取ってくれたからだろう。ただ気を付けてねとお土産楽しみにしてるとだけ返してくれたから正直安堵した。もしかしたら気づいていたからかもしれないけれど、深く追求されないだけありがたい。
     凛子からも理由は聞かれていない。元々どこかで休みをとるように言われていたし、バイクの話をしているときに少し遠出したいという話をしていたから旅行で東京を出ることに関しては聞くまでもないと思ってくれたのだろう。

     KKは、別れを告げてから自分のことを考えてくれただろうか。……ああいけない、またKKのこと考えてる。時間を持て余すとすぐ彼のことを考えようとしてしまうのは悪い癖だ。癖になるほど彼のことを考えてしまっている。愛用のタバコの香りがすぐわかるくらいには染みついてしまっているからなおのことひどい。
     
     (KKは今どうしてるのかな)

     考えてしまうのならいっそ考え続けてしまおうか。飽きるまで考え続けたら嫌になってくれるかもしれない。そう希望をもって思案に耽るけれどどうしたって気持ちは変わってくれない。
     隣にいるときに見える横顔が好きだ。真剣な目が好きだ。目を細めたときに目尻に寄るシワが好きだ。たまに子供みたいに笑う口元が好きだ。感極まると肩を組んできて触れる温かさが好きだ。ニコチンの匂いに混じる彼の香りが好きだ。ワイヤーを手繰る掌が、エーテルを操る指先が、終わったあと頭を撫でる力強い手が大好きだ。
     時折見せる、心から愛おしそうで熱いまなざしが好きで―――すごく怖い。

     別れを切り出したときも黒々とした目が、恍惚と熱い温度のまま細められた瞳が怖かった。自分の中にある深い深い感情と同じ色をしていて、いつか混ざってしまって飲み込まれそうで恐ろしい。考えるほどに背中が粟立ち指先が震える。
     恐怖だけでは決してない。怖いという感情に混じって悦びも同じくらい感じていた。だからこそ自分は彼から離れなければと思ったのだ。この気持ちが育ち切る前に、彼が飲み込まれる前に別れなければならない。気持ちに折り合いをつけなければ。化け物に転じてしまう前に。

     大きく息を吐いたところで視界の端に見知った青が見えた気がした。愛用し続けているせいで布が草臥れた青いコート。トレードマークとも言えるあのコートが横切った、気がしたのに。
     窓に張り付いて周囲を見回したけれどそれらしき影はない。見間違い? 知らないうちにそうだったらいいと思ってしまったのだろうか。まだ肌寒い風が吹く季節だから似たような服装の人ぐらいいてもおかしくない。
     ふっと息を吐いて座席に沈み込む。幻覚まで見えるなんて末期だ。KKのことばかり考えているからそんなふうに見えてしまうのだろう。折角の旅路なんだから最初から旅先に想い馳せていればよかったのだ。

    「隣いいですか」

     気分転換に何か音楽でも聞こうかと無線イヤホンを探していると横に人の気配を感じた。車内は閑散としているから他の席もあっただろうに、わざわざ窓側に人がいる席を取らなくてもいいのにと思わなくもない。
     どうぞ、と返そうとして顔を上げたとき記憶に新しい青と思い馳せた黒が同時に飛び込んできた。

    「よ」

     軽く手を上げにやりと覗く太い犬歯に言葉が続かない。音のない悲鳴をあげそうになりながら体が石のように硬直していくのを感じた。

    「なッ……なんで?」
    「なんで、ねえ?」

     おいてきた現実がいまここにいる。どこからどう見てもしばらく前に別れを告げてきたKK本人だ。
     コートを脱いで頭上の荷物棚に押し込む体を上下上下と眺める。さきに入れたボストンバッグの真横にわざわざ自分の旅行鞄を置くあたりぬかりない。奥に押し込められた荷物の息苦しさは今まさに自分が置かれている状況と重なってやや居心地が悪い。
     
    「少し話をする必要があると思ってな。休みもぎとってきた」

     どっしりと通路側の席に沈む男を前に口をぱくぱくと開け閉めする。あんなに休みとれと言われてもそのうちと流してきたくせに。
     しかし今は逃げなくてはいけない。頭の中で危険信号がけたたましく音を立てている、が逃げ道は男自身の体で塞がれている。空席が多いし大丈夫だろうと窓際の席を取ったのがアダになった。どうあがいたって逃げ道はない。追い打ちをかけるように発車時刻を知らせるメロディが車内中を華々しく飛び回っている。深く考えるまでもなく、詰んだ。

    「どうやって隣の席なんか」
    「悪いが予約画面を見せてもらった。ほとんど空席だったから隣を確保するのなんざ簡単だったぜ。ああついでに言えば宿も人数二人に変えてあるからな」
    「宿も!? あ、いやでも予約の変更メールとか来てないし」
    「そんなもんメールの送り先変えたに決まってんだろ」

     スマホの通知切ってくれたおかげでバレなかったしなとしれっと返される言葉の一つ一つに絶句する。この分だと道中撒こうとしても先回りされるに違いない。そう悟ったと同時に口の先をわなわなと震わせ頭の先から血の気が引いていくのをただ感じ取ることしかできなかった。

    「は、犯罪だ……」
    「おいおい元刑事つかまえてそれはないだろ」

     はははと口で笑う男の目は鋭利に細められ少しだって逸らされない。それどころか目の奥から垣間見える感情の波が怒りに燃えているのがありありとみて取れて非常に恐ろしい。もしかして今乗っているのは新幹線じゃなくて地獄行き列車なのかもしれない。長らく警察として働き今も探偵の真似事のような仕事をし続ける男を前に最初っから逃げるなんて選択肢は悪手でしかなかったのだ。

    「ま、せっかくの旅行だ。旅費は出してやるから二人で楽しもうや」

     その言葉に応えるように車両がガタンと音をたてる。肘置きに置いたままの手を上から重ねられてはもうどうしようもない。左腕に巻かれた黒い数珠に落とした目の柔らかさに絆されそうなのを目頭を押さえて堪える。
     旅は長い。日本海でも眺めながら物思いにふける予定は崩れたわけだし、市内観光でもしようか。……いや、その前に宿に籠ってオハナシアイをすることになるだろうから初日は無理だろうけど。むしろ二日目以降動ける体力が残っているかも怪しい。

     やけに上機嫌な横顔を覗き見て、それでも好きなんだよなと理解させられたような気分に吐いた小さなため息を車内販売のアナウンスがかき消した。
     重ねた手の温かさを求めてこちらから絡めた指にKKが零した笑みも一緒に。


     夜になり現地に着いた足でそのまま予定していたホテルに着いたわけだが、自分が初めに取ったはずのシングルの部屋ではなく男二人余裕で寝転べそうなベッドを目にした途端以降のすべてを察する。手から滑り降りた荷物に目もくれず踵を返した身体を強い力で引き留められて、重い鍵の音と共に寝具に投げ飛ばされてさすがに降参してしまった。
     口角を引き攣らせてどうにか伝えた言葉に、覆いかぶさり見下ろす彼は静かに却下した。

    「気付け薬も効かないくらい、溺れさせてやるよ」



    END.




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