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    スヅキ

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    《赤い退治人をねらい撃ち!2》展示小説。

    期間中に間に合いませんでしたが、半ロナ強化月間のお題「その日は雨が降っていた」で書かせていただいた作品です。
    Twitterにも投稿してあります。文章はそのままです。

    テーマソングはTulipとSingin' in the Rain☔️

    #半ロナ
    half-lona

    育花雨 その日は雨が降っていた。
     
    「傘持って行かないの?」
     巡回に行こうとドアに手を伸ばした所でドラルクが指摘した。ロナルドは少し考える素振りをして振り返った。
    「あー……まぁ、これくらいなら大丈夫だろ。邪魔だし」
    「でも段々激しくなるらしいよ、雨」
    「いいっていいって。行ってきます」
    「……いってらっしゃーい」
    「ヌーヌー」
     雨の日は吸血鬼もあまり出歩かない事を考慮して、直ぐに帰ってくるつもりの発言なのかもしれないと、ドラルクとジョンはロナルドを送り出した。
     
     ポツポツと降っていた雨はやがて、サ――ッと音を立てて街中を包んでいく。
     ロナルドは、とある店の軒先で雨宿りをしながら空を眺めた。
     真っ黒い雲は、これから更に雨が激しくなるのかもしれないと連想させた。これ以上降られるのは、ロナルドにとっても望まない所である。小雨過ぎず土砂降り過ぎない、このまま適度な雨が降っていて欲しいと空に願った。
     
     さて、そろそろかと、ロナルドはスマホを取り出して時間を確認すると、目の前のまばらに揺れる色とりどりの傘を注視した。
     こうも雨が降っては、吸血鬼どころか人間もあまり出歩かないだろうと思ったが、それなりに人通りがある。
     
     暫くすると、傘と傘の向こうに頭一つ分程高く掲げた傘が見えた。
    (あ、あれかな……背が高いと見付けやすくて助かるぜ)
     日本人男性の平均身長より少し高いその人陰が、徐々に近付いて来て待ち人であるのを視認すると、ソワソワしだすのを気取られないよう自分の足元を見やる。
     
     普通に、冷静に、なんて事ない様に……ロナルドがドキドキする己の心臓に言い聞かせていると、目の端に靴が一足立ち止まった。
     そして、ゆっくりと視線を上げて行くと、金色の双眸とぶつかった。
    「よ、よぉ! 半田」
    「何だ貴様。雨宿りか?」
    「そ、そうなんだよ! まさか雨降ると思わなくて」
    「貴様が出る頃にはもう降ってただろ」
    「いや、こんなに降ると思わなくて」
    「ふん。まぁいい。じゃあな」
    「待って待って待って!」
     踵を返して立ち去ろうとする半田の制服の裾を掴んでロナルドは引き留めた。
    「お前も今日はもう仕事上がりだろ?」
    「だったら何だ」
    「俺も帰るとこだったんだけどさ……傘、入れてくんない?」
     一緒に帰ろうというお誘いだが、やっぱりどうしても少し不安になってしまい、ロナルドは伺うように半田の顔を見た。しかし、その顔からは何も読み取れずにまた俯く。

     そこで、まだ半田の裾を握ったままだった事に気が付いた。雨に濡れた己の腕を離す事も出来ずにどうしようかと逡巡していると、伸びた腕が撓んで白い制服が近付いた。
     ロナルドが、チラリとまた半田の顔を伺うと今度は笑っていた。それはもうニヤリと。
    「どうしてもと言うなら入れてやってもいいぞ」
     その態度に、ロナルドはちょっとムッとして口を尖らせた。
    「なんだよ、イジワルしないで最初から入れろよ」
     いつまで経っても大なり小なり俺をイジメないと気が済まないらしい目の前の男に、内心ホッとした事を悟られないよう、ロナルドはそそくさと傘に並んで入ってやった。
     
     また少し雨脚が強くなったようだ。
     ロナルドと半田は、二人で並んで歩きながら今日あった事や今度行きたい店などを話していた。歩くスピードがゆっくり感じるのは雨の所為か、それともこの男もこの時間を惜しんでくれているのだろうか……。

    「あ、そうだ。寄りたいとこあるんだけど良いか?」
    「トイレか?」
    「違ぇわ。あの店、新作をジョンが気になってたんだけどさ、この雨だろ? ドラ公じゃ外出れなくて……」
     俺も気になるから買いに行きたいと、ロナルドは隣を見やった。
    「あぁ、新作が出たのか。ならお母さんにも買って行けば喜ぶかな」
     じゃー決まりな! と笑って、二人は揃って進路を逸れた。

    (お前、なんだかんだ言って俺に乗ってくれるよな)
     ロナルドは、にやける顔を隠すように帽子の鍔を眼前に下げた。しかし、いくらかロナルドの方が身長が高いのが災いし、半田からはそのにやけ顔がバッチリ見えている事にロナルドは気付いていなかった。
     
     実は、雨の日にこうして一つの傘を二人で共有するのは初めてではない。
     始まりは本当に偶然だった。傘を忘れて途方に暮れていたロナルドと、偶々通りかかった傘をさす半田桃。その時も、入れろ、入れないの言い合いの末に半田が折れた。透明のビニール傘だったから、高身長でガタイの良い男二人が並んで入るには小さ過ぎて、結局身体を半分ずつ濡らして帰った。
     その次も多分偶然だった。違ったのは、半田の傘が透明から色付きに変わっていた。その時は何とも思わなかったロナルドだが、そうやって何度か同じような状況が重なると分かる事もある。肩が段々濡れなくなった。お互いの身体が触れ合う部分が増えた。
     気付いてしまったら、もう抜け出せなかった。
     それからは、半田と遭遇しそうな日には天気予報が雨を告げようと傘を忘れる事にした。
     半田は公務員なのでそれなりに勤務時間は把握しやすかったし、ロナルド自身も粗雑かつあまり荷物を持ちたくない方だったので傘がなくても自然を装うのは簡単だった。
     まぁ、流石にここまできたらバレてるのではと思うが、半田はその事には触れずに今日も傘を二人で共有させてくれているのだ。
     
    「買えて良かったな半田。新作だから売切れも覚悟してたんだけど」
    「あぁ、雨だから客足も遠のいたんだろ」
     買った袋をホクホクと眺めていたロナルドは、はたと気付いた。
    「あ、悪い。傘、俺が持つよ」
     半田の傘とはいえ、ずっと持っていて貰ったのだ。交代するのは当然だろう。入れてもらっている身だしと、ロナルドは傘の柄を受け取ろうとした。
    「いや、いい。俺が持つ」
    「お前だって荷物あるじゃん。俺も持つって!」
    「うわっ! バカ! 離せ!」
     二人で押し問答をしていると、通常よりも大きな傘はバランスを崩してしまった。それをまた二人で追いかけようと同時に動き出す。

    「……」
    「……」
     お互いに目を見開いたまま動けなくなった。傘は無事だったが、口と口が触れ合った気がする。なんならまだくっ付いてる気もする。いや、そんな訳ないか。ロナルドの思考回路がグルグルし出した時、今度は明確に唇を押し当てられた。握った傘の柄にギュッと力が篭ると同時に、半田の手にも力が加わってロナルドの手に半田の手が重なっているのだと知った。
     ロナルドは完全に何もかもの動きを止めた。目も閉じられないし、きっと心臓も止まった。

     えらくゆっくりとした動きで半田が離れて行く。
     雨が降っていて良かった。傘が不透明な上に大きくて助かった。こんな道の往来で他の人にでも見られたら、明日から後ろ指を刺されて暮らさねばならない。
     
    「は、はんだ……」
     それ以上言葉が紡げなかった。それなのに目の前の金色から目が離せない。何か言って欲しいけど、何も言って欲しくないような……縋る思いでロナルドは半田を見つめた。
    「ロナルド」
    「はぃ……」
    「帰るぞ」
    「はい?」
     半田は何事もなかったかのように傘を奪うと、進行方向へ向き直った。
    「ちょっ、まっ……」
     そのまま歩き出しそうな半田を慌てて呼び止める。傘を持っていかれてはお土産が濡れてしまう。
     
     わたわたしてるロナルドの空いた片手を半田が握った。
    「行くぞ」
    「えっ」
     手を引かれて歩き出したロナルドは、今度は握られた手から目が離せなかった。顔が熱い。どうしよう。物凄い勢いで込み上げる感情があった。触れ合う肩を更に寄せた。握られた手をギュッと握り返す。
     
    「好き」
     
     それはとても小さい声だった。ともすれば雨の音に掻き消えてしまう程に。
     それでも、いくらかロナルドの方が身長が高いのが幸いして、それは半田の耳にしっかりと届いた。
     
    「俺もだ」
     
    「ふへへ、ふはははは」
     ロナルドは笑いを堪えきれずに、半田の肩に顔を押し付けた。
    「おい、バカやめろ! 歩きにくい!」
     大丈夫だ、俺も歩きにくい。何も大丈夫ではないわ! と、縺れるようにして歩く二人の姿は、数少ない通行人の的となった。
     
     
     
     おわり
     
    【育花雨】美しく咲くんだよ、と慈しみながら降る細かい春の雨。
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