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    takeke_919

    @takeke_919

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    takeke_919

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    初めて本腰入れて書いたゴスワイのお話ということで、再掲にはなりますが展示として上げちゃいます。

    #gwtonly2022
    #K暁

    瞳の先に、桜花の幻影を見ゆ。人がごった返す渋谷スクランブル交差点前。

    待ち合わせ時間よりもやや早くに到着してしまった暁人は通行人の邪魔にならないよう傍に避けつつ、手頃な花壇の縁に腰掛ける。
    スマホに目を落としている人、同行者と会話に花を咲かせている人、通話している人、多様な人々が足速に自分の前を通り過ぎて行く。

    いつもとなんら変わらない見慣れた光景をぼんやりと眺めていると体の前に掛けたボディバッグから僅かな振動が伝わった。…きっと待ち人からの連絡だろう。
    鞄の中からスマホを取り出しホーム画面を確認するとメッセージアプリに新着メッセージが届いている。

    『悪い、5分遅れる』

    内容は至極簡潔。

    『分かった、駅前の花壇のとこね』

    待ち人──KKからの連絡に自身の所在も含めてメッセを返すと数瞬のうちに『了解』と返事が来た。そのことを確認してから再びボディバッグにスマホを仕舞う。

    何故KKと渋谷の駅前で待ち合わせしているのか。理由は単純、これから買い物に赴くことになっているのだ。『買い物』とは言っても私用ではない。というのも、以前から使用していたアジトの資料収納棚が先日遂に満杯になり、新しい物を購入してくるよう凛子からお達しが出たのだ。

    確かに先日からアジトを訪れるとソファの傍やローテーブルの上に調査書やらファイリングされた資料やらが積み上げられていた。あのままの状態では散らかるばかり、目当ての資料を探すのも一苦労だろう。そこで白羽の矢が立ったのがKKと暁人だった。言わずもがな、KKは散らかす本人であるからというのが理由。暁人が選抜された理由は凛子曰く『KKだけだと色々と不安だから』だそうだ。
    勿論、それを聞いたKKは不満そうだったが…。
    『面倒臭がらずに機能性とデザイン性を兼ね揃えた物を貴方一人で選んでこれるのか?』と、凛子に懇々と詰められていた。あれに意を唱えられる人は早々居ないだろう。

    暁人としても、別に嫌でも無かったので二つ返事で引き受けるに至ったのだ。

    待っている間に目の前にあるコーヒーショップで飲み物をテイクアウトしておいてもいいかもしれない。KKは甘いものがあまり得意ではないらしいからブラックか、甘さ控えめのものにして。自分は少し小腹が空いているからスイーツ寄りの物を頼もうか。そんなことを考えながら、足元に落としていた視線を再び雑踏に塗れる交差点に向けた時だった。

    「……え?」

    誰かが佇んでこっちを見ている。
    黒くて長い髪に白いワンピースを着ていることから女性だろうか。その表情は窺えなかった。

    それもその筈、自分の居る場所からそれなりに距離がある。なのに自分は"見られている"と感じた。雑踏の中に佇んでいるのに、行き交う人よりその姿がはっきりと視認できる。そこで暁人はある一つの結論に至った。

    (……生きてる人間じゃあないんだ…。)

    誰一人として彼女にぶつかる事はない。否、気付いていない、見えていないと表した方が正しいだろう。きっと自身も他に倣って気付かないフリをした方が良いに違いない。頭ではそう理解しているのだが、見られていると分かった瞬間から金縛りに遭ったかの様に体の自由が利かないのだ。

    (これはちょっとヤバい…かも…)

    いつの間にか、流れ出した冷や汗が頬を伝い、緊張の所為か瞬きが増える。その時、ある事に気付いた。気付いてしまった。

    女性が次第に自身に近付いていることを。

    視線を外したり、瞬きをすると女性との距離が縮まっていく。それに恐怖を覚えないわけではないが体も動かないし、対処出来そうなKKはまだこの場にいない。

    だったら自分でどうにか切り抜けるしかないだろう。

    思い切って目を瞑る。

    視界に闇が広がり、一瞬にして人々の雑踏の音に包まれる。話し声、笑い声、足音……。その中にカツン─カツン─といやに響く高い音が一つ。直感的に件の女性のハイヒールの音だと気付く。着実に近付くその音に耳を傾けていると急に音が止まった。

    いる。それも目の前に。

    俯いたまま、そっと瞼を持ち上げる。視界の上部に白いハイヒールの爪先部分が映り込んだ。覗き込まれていなかったことに僅かに胸を撫で下ろす。
    目を開けた瞬間、眼前に人ならざる者の顔面が、だなんて間違いなく叫び声を上げていたところだ。…まぁ、覗き込まれていなかったとて目下問題は何も解決していないのだが。
    ヒシヒシと上から視線を感じる。今顔を上げれば確実に目が合うだろう。……どうにかしなければ。

    焦る思考を無理矢理抑え込み、何とか頭を回転させる。

    ふと、以前KKに言われた言葉を思い出した。


    ⬜︎

    『人間でも言える事だが…目が合うってことはな、お互いを認識し合うって事と同義なんだよ。だから相手が怪異や化け物だった場合、目が合っちまったらその瞬間否が応でも相手と自分の間に縁が結ばれちまう。
    相手が自分より格下だったらとっとと祓っちまえばいいんだが…。相手の力が推量れない時、又は格上だった時、大概はそう簡単に祓えないと思え』
    『え、じゃあどうすればいいの?』
    『方法は二つある。一つは相手の弱点を見つけること。骨は折れるが…弱体化させれば祓えないことはない』
    『もう一つは?』
    『相手の希望を叶えてやること、だ』
    『…そんな事で?』
    『…これが"そんな事"どころの話じゃねぇんだ。例えば相手が悪霊だとする。ソイツがオマエを取り殺すことが希望だったら、黙ってそれに従うのか?』
    『あ、そっか…』
    『悪霊なんてのはな、生きてるってだけで妬みやら恨みやらを容赦無くぶつけて来やがる。よく考えもせず、承諾しちまって痛い目見るのは自分だぜ。ま、死んじまったら後悔しても遅いけどな』
    『だったらどうすれば…』
    『要は、希望の内容をコッチがコントロールしてやればいいだけの話だ。
    …さっきの悪霊で例えるとだな。相手はこちらを取り殺すのが希望だがこっちだっておめおめおっ死ぬ訳にゃあいかねぇ。だから、髪の毛でも靴でも何でもいい。その時身に付けているモノを自分の身代わりにしてこう言ってやれ。『コレは自分の身代わりだ。この手を離れたその瞬間、それは死を意味する』ってな』
    『…でも、それだと取り殺された事にはならないよ?』
    『勿論、これはただの置き換えだ。十中八九相手は渋るだろうな』
    『それって不味いんじゃ』
    『取り殺されて死のうが、手を離れた瞬間死のうが、結果は同じ【死】だ。そこに違いはねぇ。そういうルールにしてやればいいんだよ。譲らねぇ、揺らがねぇ、確固とした意志を悪霊にぶつけてやるんだ。…いいか、暁人。相手に飲まれるな、逆に飲んでやれ。そうすりゃ、自ずと活路は見える筈だ』


    ⬜︎


    まさか、土壇場にこんな事を思い出すとは思わなかった。それでも一か八かやってみるしかないだろう。

    一度、大きく息を吸って吐き出す。意を決して、俯いたままだった顔を持ち上げた。
    …ソレには顔が無かった。顔が有る筈の部分にはぽっかり穴が開き、ただただ真っ暗な虚空が広がっている。それでも目が合っている事は理解出来た。

    飲まれてはいけない、ビビるな、主導権を握ってやれ。自分で自分を鼓舞し、普通の人に話す様に話し掛けてやる。

    「…僕に何か用?」

    平静を繕って放った言葉は、意外にも震えてはいなかった。

    「さっきから僕のことを見てたみたいだけど」
    『………。』
    「どうかしたの?」
    『………。』
    「何か伝えたいの?」
    『………。』

    黙りとは、また新しい展開である。KKから聞いた話だと、もっとグイグイ来られるものかと思っていた。これは少々困ったな。希望を聞いて叶えないと、きっと解放はされないだろう。5分どころか体感では10分は優に経っている筈だが…。KKが一向に現れないところを見ると、自分達だけ時間の流れが違うのか、将又気付かない内に相手の領域に引き摺り込まれてしまったのか。

    兎も角、今出来ることと言えば話し続ける事ぐらいだろう。そうして、再び何か話し掛けようとした時だった。

    『貸して…』

    ノイズの走ったような音と共に、辛うじて女性だと判断出来る声が耳に届く。

    「何を貸して欲しいの?」

    生白い腕がスッと持ち上がり、ゆうるりと暁人を指差す。

    「僕?」

    目か、耳か、全てひっくるめた体か。……それとも魂か。もう少し噛み砕いて聞く必要がありそうだ。

    「僕の何を貸して欲しいの?」
    『貸して』
    「何を?」
    『貸して』
    「…言ってくれないと貸せるものも貸せないよ?」

    『………からだ、貸して』

    『体を貸して欲しい』ということは、きっと暁人の体を使って何かをしたいということなのだろう。

    「貴女は、僕の体を使って何をしたいの?」
    『行きた…い』
    「何処へ?」
    『見…たい…行きたい……』
    「うん、見に行きたいんだね」

    どうやら彼女は、"何か"を見る為にある場所に行きたい様だ。だが、まだ頷く訳にはいかない。彼女の思っていることをもっと照らし合わせなければ。

    「どうして、見に行くのに僕の体が必要なの?」
    『………。』
    「大丈夫、貴女の思っている事を聞かせて?」
    『……でき…ない…』
    「何が出来ない?」
    『離れ…たい。戻る…戻る、離れられ…ない』


    『帰りたい』


    最後の言葉だけが、何故かとても澄んだ音となって暁人の耳に届く。切なくて、悲しくて、酷く胸が締め付けられる様な音だった。

    この人は悪い人じゃない。
    ただこの場所に縛られて、帰り道が分からなくなっているだけだ。

    いつの間にか恐怖といった感情は鳴りを潜め、暁人はそう確信を持っていた。最後に、もう一つだけ聞いておくべきことがある。

    「ねぇ、教えて?貴方は"何を"見に行きたいの?」

    『………。』

    暫しの沈黙の後、彼女は小さな、本当に小さな声でこう言った。

    『桜を見に行きたい』と。

    「…分かった。凄く桜の綺麗なところを知ってるから、僕が連れて行ってあげる」

    あの場所なら、桜の季節じゃない今でもきっと見られる筈だから。

    「…だから、"入ってもいいよ"」

    その言の葉を聞き届けた彼女の姿が、音も無く黒い靄へと変化する。

    その光景を最後に、暁人の意識は暗転した。


    ⬜︎

    「ったく、凛子のヤツ…ついでにっつって色々頼みやがって。相変わらず人使いの荒いヤツだ」

    ボソリとぼやきながら押し付けられた『買い物リスト』なるモノをおざなりに上着のポケットへと突っ込む。グシャリと紙擦れの音がしたがそんなのは瑣末事だろう。結果、中身が確認出来ればどうという事はない。
    すれ違う人間の多さに早くも気疲れを覚えつつ、待ち合わせ場所である渋谷の駅前へと足早に向かう。
    遅れる旨を伝えた時には既に到着していると返信してきた相棒。待たせた事で怒るような器の小さいヤツではないが、歳上の矜持としてあまり待たせ過ぎるのも憚られた。ま、本人としてはそれこそ気にも留めない事なのだろうが。

    人波を掻い潜り、漸く目的地へと辿り着く。いつもと同じ場所、駅前に植えられた花壇の一角に待たせ人──暁人がいる筈だ。

    そう思ったKKは花壇の一角に目を向けたのだが、其処に暁人の姿は無かった。

    (いねぇ…。どっか店でも行ってんのか?)

    暁人のことだ、待っている間に飲み物の一つでも買いに行こうと思ったのかもしれない。だったら此処で待っていれば直に戻ってくるだろう。今度は彼が待つ番だった。

    「入れ違いになっちまったか…」

    花壇の縁に腰掛けつつKKは一人、ごちた。

    駅前に着いて5分経過。
    一度スマホを取り出しメッセージを送る。

    『着いてるぞ』

    胸ポケットから煙草を取り出し箱の底をトントンと軽く叩く。頭一つ飛び出た一本を咥えようと口を近付け、やはりやめた。

    『ちゃんと喫煙所で吸わなきゃ駄目だよ』

    以前、暁人に言われたこの一言が頭を過ったからだ。大人しく煙草を再び胸ポケットに仕舞うが些か口寂しいというか…手持ち無沙汰だ。こんな時、いつもなら隣にいる相棒からガムなり飴玉なりを代替品として貰い受けるのだが…。現状それは望み薄だろう。

    暁人からの連絡が入っていないかスマホを確認するも未だ返信は無く、既読すら付いていなかった。

    10分経過。連絡は未だ無い。
    その事にKKは違和感を覚え始める。
    ここまでお互いの連絡が付かないことなど、未だ嘗てあっただろうか。しっかり者でマメな性格をしている暁人は連絡を怠るようなタイプでは無い。もし一度この場を離れて戻って来るのに時間が掛かっているのならそれを伝えてくる筈だ。だのに今はそれが無い。その上此方から送ったメッセージを読んだ形跡すら見受けられないのだ。という事は、つまり……。
    KKはある一つの事態に思い至る。

    (…暁人のヤツ、何かに巻き込まれやがったな)

    連絡が無いのは、既読が付かないのは暁人がそれを行える状態ではないから。

    一体"何に"巻き込まれたのか。それが人間的なモノなのか霊的なモノなのか今すぐ判断は付けられないが、恐らく後者の方が可能性大だろう。
    人が多く集まる場所にはそれに比例するように多くの情念も溜まりやすい。この場所にそういった存在がいたって何ら可笑しくは無いのだが…。

    (それにしたって…んなピンポイントで巻き込まれるかねぇ…。相変わらずオレの相棒殿はよぉ)

    "視える"ことに気付かれたのか、それとも暁人のお人好しが発動したのか。どちらも考えられそうだがとどのつまり、彼の陥っている現況は変わらない。

    深い溜息を吐き、KKは重い腰を上げる。

    いつまでもこの場で留まっていても仕方がないと判断したからだ。早急に霊視でもして暁人の跡を追った方が得策だろう。
    KKは指先に意識を集中させる。自身の中に流れるエーテルの力を大地に落とし込み、暁人の行方を探る為に。

    そうしてエーテルの雫を地面に落とそうとした、まさにその時だった。

    まるで彼の行動を遮るかの様に、手中にあるスマホが僅かに振動を伝える。集中させていた意識がその所為で一度途切れてしまった。

    「何だよこんな時に…」

    若干の苛立ちを覚えつつも覗き込んだ端末のディスプレイ画面、其処に表示された文字列にKKは僅かに目を見張る。

    「ある意味グッドタイミングだぜ、…クソが」

    駅前広場に背を向け、足早にある方角に向かって歩き始める。しかしてそれは、確固とした足取りであった。スリープモードにした端末を上着のポケットに仕舞い込む。もうスマホも、霊視すら必要はない。

    KKは既に、己が赴くべき場所が分かっているからだ。

    本人が送ったのか、それとも別の何かが送ったのかは分からない。それでも、自身が今すべき行動は示された場所に向かう事だ。

    スマホの画面に表示された文字列、ただ単語の連ねられたそれらは一見しただけでは意味が分からないだろう。…だがそれは、『KKと暁人』以外の人間が見た場合のみ。彼等両者間では、ただの単語でも十分意味を成したのだ。何故なら彼等は実際にその場所で目にした事があるから。

    ディスプレイ画面に映し出された文字列、その内容は───

    『うたがわしょうてんがい』

    『こうえん』

    『さくら』

    ⬜︎

    『歌川商店街』『公園』『桜』

    この三つのワードで思い起こされる場所など、彼処しか考えられなかった。冷たい雨の降り頻る長いながい暮夜、その中で血の様に赤い花を付け一本だけ狂い咲いていた桜の大木。その目前には悲嘆に暮れ、項垂れる庭師の姿があった。

    『俺の桜を助けてやってくれ』

    彼はただただ切実に、そう願っていた。だから暁人がその願いを聞き届けたのだ。
    桜に憑いた穢れを祓い拭うと血の様だった赤い花は消え去り、大木も、その周りに植えられた桜達も本来の姿を取り戻した。
    自身の事を世話してくれていた庭師にまるで餞別とでも言うかの様に、その身を薄桃色に染め上げて。

    渋谷スクランブル交差点から北に位置する商店街、その中にある一つの公園の入り口にKKは立っていた。彼の視線は真っ直ぐ、公園の中心に向けられている。
    其処には一本の桜の木が植えられており、その前で一人の男が佇んでいた。既に落葉し細い枝のみであるその木をじっと見上げている。

    「……暁人」

    漸く見付け出した己の相棒の背に声を掛けるも、返事はない。…というよりも、KKの存在に気が付いていない様だ。そっと距離を詰めもう一度その名を呼ぼうとした時だった。

    『…凄い』

    声がした。

    それは確かに暁人の口から出た言葉であった。暁人の声であった。…しかし、KKにはそれが暁人本人の声であるとは到底思えなかった。言うなれば暁人以外の"何者か"が彼の体を、声を使って話している様な、そんな印象を抱いたのだ。
    …つまりはそういう事であろう。

    「…誰だ、テメェ」
    『彼の言った通り、本当に綺麗ね』
    「質問に応えろ。誰だって聞いてんだ」

    KKの声色に僅かな怒気が帯びる。そんな彼の存在をまるで気に留めていないと言わんばかりに、暁人であって暁人なざらるモノは言葉を続けた。

    『この子の目には、ちゃんと桜が映ってる。…よっぽど目が良いのかしら』

    ただ未練を残しているだけの霊体なら会話は可能だが、それが悪霊となれば話は別だ。
    目か、体か。それともその命か。
    暁人のそれらを狙ってコイツに近付いたのなら会話の余地は無い。問答無用で祓うだけだ。

    右手を構えて臨戦態勢をとるKKに、目の前の人物は特に焦った様子も無くゆるりと振り返った。

    『…そんなに怖い顔をしないで。この子を害するつもりなんて毛頭無いわ』
    「…どうだかね。生憎と、オレはソイツ程お優しくは無いんでな。信じてやる道理はねぇ」
    『せっかちな人…というよりも、それだけこの子のことが大切って事かしら?』
    「…あ?」
    『図星ね』

    くすくすと忍笑いするその姿は間違いなく暁人なのだが、醸し出す雰囲気が別人のそれだ。不愉快極まりない。

    「一丁前に煽りやがる。それだけ祓われてぇってか?」
    『恩を仇で返す様な事もしないわ。この子のお陰で、私はあの場所から離れる事が出来たんだもの。……それとも、貴方はこの子の善意を無下にするつもり?』
    「…いちいち癪に触る言い方しやがんな」
    『こうでもしないと、容赦無く祓いそうだもの』
    「(…コイツ本当に霊体か?何だこの図々しさは)」

    仕草や口調から、暁人の中に入り込んだ霊が女である事はすぐに判ったが、自信満々に言い放つその様が仲間内の一人と重なって思わずウンザリする。…女とは得てしてこういった生き物なのだろうか。
    …いや、そんな事より今は暁人だ。

    「その体の持ち主はどうしてる。無事なんだろうな?」
    『当たり前じゃない。体を明け渡してくれた時から眠っているわ。…でも、もう少しで目が覚める筈』

    再び桜の木を仰ぎ見ながらそう宣う女。
    『もう少しで目覚める』という事は、どうやらコイツはもう直暁人の体から出て行くつもりらしい。

    「……体なんて貸りて、一体オマエは何がしたかったんだ」
    『あら、聞いてくれるの?意外と優しいトコあるのね』
    「一言多いな…」

    やっぱり聞かなきゃ良かったと、思った所でもう遅い。桜を見ながら、女はポツポツと話し始める。

    『…気付いた時には、あの交差点に居た。彼処、人だけは途絶えないでしょ?だから私、すれ違う人に話し掛けたの。…でもね、だーれも私の事なんか気が付かなくって。しかも一定の距離から離れられないし。…ホント最悪だった』
    「…地縛霊ってワケか。死因は事故死か?」
    『知らないわ、だって覚えてないんだもの。場に囚われるって、あんな感じなのね。…見えない、聞こえない、右も左も分からない。自分がどうしてあの場所に居るのか、消える事が出来ないのか、何もかもが分からなくて、どうしようもなくって。そうして彷徨い続けてた時に、偶然この子と目が合ったの。
    目が合った瞬間、頭にかかった靄が晴れるみたいに思考がハッキリし出したのを覚えているわ。しかもこの子、ご丁寧に色々聞いてくれるんだもの。…お陰で大事な事を思い出せた』

    桜に向けていた視線を暁人の手に向けた女は、まるで慈しむかの様にその掌を撫で摩る。

    『…もう、思い残す事はないわ』

    呟く様に小さくそう溢した瞬間、淡い光の粒子が音も無く暁人の体から湧き上がる。それと同時に、まるで糸が切れたように頽れる彼の体を咄嗟にKKが受け止めた。

    「っぶねぇ…!」

    後ろから抱き抱えながら、二人揃って地面にずるずると座り込む。

    「んのヤロウ!もっと丁寧に扱いやがれ!」

    自分達の頭上辺りにふよふよと浮かぶ霊体に向かって先の行動を咎めるKKだったが、当の本人は『貴方なら必ず受け止めてくれると思ったから』等と宣う始末。豆腐に鎹とはまさにこの事を言うのだろう。
    マジで祓ってやろうかと、憤懣を覚え始めたその時、腕の中の存在が僅かに身動いだ。

    慌てて視線を下げたKKの視界には放心し虚げな顔の暁人が映った。

    「…おい暁人、暁人」

    名を呼び、意識の覚醒を促す為に柔くペチペチと頬を叩く。すると、ぼんやりとしていたその表情が次第にハッキリとしたものへと移り変わっていった。

    「…けぇ…けぇ…?」
    「おう、目は覚めたか?」
    「……う…ん。ねぇ、ぼくと一緒にいた人…は?」
    「…オマエなぁ、他人の前に先ず自分の心配しろっての」
    「今はKKがいるから、大丈夫…かなって」
    「オマエ…ほんと…!そういうトコだぞ…!」
    「…ん…?」
    「自覚無しかよ…達悪りぃ」

    色々と言いたい事はあるのだが、ぽやぽやとした様子で小首を傾げる暁人にKKは何も言えなくなってしまう。自分への信頼をこれ程にまで体現されているのだ、無理もないだろう。
    何処か落ち着かないように頭をガシリと掻くKKだったが、ぶっきらぼうに空中を指し示した。
    ゆうるりと持ち上げた視線の先には件の女性が淡い霊体となって浮かんでいた。欠損一つないその姿を目にした瞬間、ふにゃりと暁人の相好が崩れる。

    「…よかった、これでもう大丈夫だね」
    『貴方のお陰よ、本当にありがとう』
    「僕はただ、貴女に体を貸しただけだよ」
    『ふふ、根っからの善人っていうのはきっと貴方みたいな人のことを言うんでしょうね。…だけど、貴方は少し許し過ぎね。私が言うのも何だけれど』
    「そうかな…?」
    『聞き分けの良い者ばかりじゃないもの。貴方の、その優しさに付け込む輩がきっと出てくる。…だから、どうか気を付けて』
    「うん、肝に銘じておくよ」
    『貴方もちゃんと見ておいてあげなさいよ。大切なら、喪いたくないなら…ね?』
    「…言われなくとも、オレはずっとそのつもりだ」

    女は二人それぞれに言の葉を投げ掛ける。それが生者に干渉出来ない彼女の、せめてもの謝礼なのであろう。

    彼女はそっと、暁人の頬に手を伸ばす。

    「安心して。貴女にはもう見えている筈だよ」
    『…えぇ。もう迷わないわ』
    「真っ直ぐ前だけ見てな。…そうすりゃ、其処此処に道標はあるはずだぜ」
    『…そうね。ふふ、やっぱり貴方、根は優しいのね』
    「…るせぇよ」

    『…まさか、こんな穏やかな気持ちにもう一度なれるなんて思ってもみなかった』

    出会った時に感じた、あの悲しさや孤独感は一切感じられなかった。囁く様に溢れたその言葉は、本当に彼女の心根なのだろう。暁人とKKは確信した。彼女はもう大丈夫だと、迷いはしないと。


    『…ありがとう。温かくて、優しい人達。…さようなら』


    女性の霊体が淡い光の粒となって消え掛かる。触れられている感触も、体温もそこには感じられない。それは生者と死者との間には絶対的な隔たりがあるから。
    けれども暁人には頬に触れる掌の感触も、その温かさもどちらも分かったような気がした。

    ⬜︎

    「…大丈夫か?」
    「ありがとう、さっきよりもだいぶマシになったよ」

    公園のベンチに腰掛けた暁人に水の入ったペットボトルを差し出しながらKKが問い掛ける。あの女性が成仏するのを見届けた後、地面に座り込んだままだった暁人を一先ず立たせてやろうと腕を引き上げたまでは良かったのだが…。

    「ま、待ってKK…!脚に力が入らない…」

    満足に立ち上がることすら出来ない程、体に力が入らない状態であったのだ。このまま地べたに座らせておくわけにもいかず、KKが肩を貸し公園内のベンチまで運んでやった次第である。

    「…ま、悪霊に堕ちかけてた霊体をテメェの体ん中に入れて元に戻したんだ。大方、精気でも吸われたんだろ」
    「…そういうものなの?」
    「知らん。オレはオマエと違って、他の人間体ん中に入れた事はねぇからな」
    「……KK。もしかして怒ってる?」
    「…さて、どうだかね」

    否定せず濁すという事は、少なからずその感情があるという事なだろう。しかしこの時抱いていたKKの感情は『怒り』とは似て非なるものだった。

    「……ったく、オレ以外の霊(ヤツ)ホイホイ入れやがって…」
    「……ん?今なんか言った?」
    「…なんでもねぇよ」

    要はこの男、拗ねているのである。

    不思議に思いながら、暁人は受け取ったペットボトルの蓋を開封する。意外にも弱い力で開いたソレは、きっとKKが自身に手渡す前に予め緩めておいてくれたのだろう。何とも、本当に不器用な人だ。
    ふ、と柔らかく笑んだ後、水を口に含みコクリと嚥下する。冷たい水が喉を伝い落ちる感覚が随分と心地良かった。

    「…ねぇ、KK」

    立ったまま様子を見ていたKKにポツポツと暁人は語り始めた。

    「…あの人に触れた時、凄く悲しくて、寂しい気持ちになったんだ。ここがぎゅって締め付けられて、世界に一人だけ取り残されたみたいだった…」

    無意識だろうか、心臓の辺りを握るその手にぎゅっと力が篭る。伏せられたその瞳はきっと彼女の事を悼んでいるのだろう。暁人はあの霊をその身に招いた事で、記憶の断片を垣間見たのかもしれない。

    「…同情したか?」

    しかし暁人はふるふると首を横に振った。

    「同情…とは少し違う気がする。あの感情を何て表せば良いのか、僕には分からないけど…」

    恐らく、暁人の中であの霊と共感する何かがあったのだろう。それは彼自身にしか理解出来ないものだ。

    「それで、お優しいお暁人くんはどうにかしてやろうと思ったってワケか」
    「あのまま放っておくときっと良くないモノになっちゃうって思ったから。…それに」
    「なんだ…?」
    「あの人言ったんだ。『桜を見に行きたい』って。
    場所に縛られて動けないみたいだったから、僕の体に入ってもらってこの公園に連れてくる方法しか思い付かなかった。此処の桜なら、花見せてくれるかなって」
    「…なるほどね。そんでオマエの目論見通り、コイツらはその花をオマエの目に見せて、あの霊体は無事に成仏。若干の支障は来したものの、貸し与えた体も無事返却されてめでたしメデタシ…ってか?」
    「…なぁんかさっきから言葉の節々に棘があるんだよな」
    「気の所為だよ、気の所為。…んな事よりもうそろそろ動けるだろ?」
    「あ、うん。問題ないよ」
    「だったら頼まれモン買いに行くぞ。遅くなって凛子のヤツに小言言われんのはオレなんだからな」
    「ふふ、そうだね。行こうか」

    ベンチからすっくと立ち上がった暁人、その両足はしかと大地を踏み締めている。心配する必要はもうないだろう。

    「…あ、そうだ」

    先に公園の出口に歩き始めていたKKがふと暁人を振り返る。

    「暁人、オマエはアジトに着いたらまず説教な」
    「…え、なんで!?」

    これには暁人も瞠目せざるを得まい。驚愕に染まる彼の表情にKKは口元に弧を描いて愉快そうに笑った。

    「ハハッ、さぁてね?自分の頭で考えてみな。因みにオレからじゃあねぇぞ?…んー、そうだな。凛子と麻里辺りが適任か?」
    「は、はぁっ!?」
    「シンキングタイムはアジトに着くまでだ。せいぜい頑張んな」
    「わ、訳が分からない…!」

    説明してよ!と背に投げ掛けられる言葉をまるっと無視し、KKは再び歩き始める。

    その頭で、その心でしかと考えるがいい。己の取った行動がどれほど危険を伴ったものであったのかを。オレが何故怒りに似た感情をオマエにぶつけたのかを。…どれほど心配したのかを。

    叱られ、諭され、心配され。そうして理解するがいいさ。

    「おーい、置いてくぞー。暁人くんよー」

    未だ公園の中で困惑げに思考に耽る暁人を顔だけ振り返って呼び掛ける。

    「ちょ、待ってよ!KK!」

    此方に向かって駆け寄る暁人。その背後に、ひらりと一枚の花弁が舞い落ちる。


    何処かで女の穏やかな笑い声が聞こえた気がした───




    おまけ


    当初の予定よりも大幅に手間取ってしまったが、収納棚も凛子からの頼まれモノも一つとして欠く事なく無事購入する事が出来た。
    これにてアジトでの資料積み上げ問題は早急に解決するだろうと、暁人は呑気に構えていた…のだが。遅くなった理由をアジトで自分達の帰りを待っていた凛子と麻里に尋ねられたことにより、その雲行きが一気に怪しくなる。
    公園で投げ掛けられたKKからの言葉を顧みるに、包み隠さず正直に全て話すのは要らぬ心配を生むだけだと暁人は思っていた。だから上手く言葉を濁しながら伝えるという考えに至っていたのに。
    そんな暁人の心中など全てお見通しのKKは先手を打つ。彼が何か話す前に、無情にも大きな爆弾を投下したのだ。

    「…理由なんて、お優しい暁人くんが彷徨う霊体の為にわざわざ『体を貸して』、心残り叶えて、成仏させてから買いもん行ったからに決まってんだろ」
    「け、KK…ッ!?」

    心臓を縮み上がらせながら自身の隣に立つKKを見詰めるも、彼の人はジト目で己を見下ろすのみ。その瞳が雄弁に「テメェ今隠そうとしただろ」と語っているもんだから、図星の暁人はぐうの音も出なかった。

    「…ほう?『体を貸して』ねぇ?」
    「…お兄ちゃん?詳しく説明してくれる、よね?」

    嗚呼、KKに向けた視線を前に戻せない。
    きっと目の前に立つ女性陣は、その背に般若を従えているに違いないだろうから。

    「…ま、自業自得だな。甘んじて受けろ」

    ぽんっと肩を叩きながら、それはそれは良い笑顔でKKは言い放つ。それはつまり、この場に暁人に救いの手を差し伸べる人間は誰も居ないという意味であった。



    その後、偶々出ていたエドとデイルがアジトへ戻ると部屋の中央に仁王立ちする凛子と麻里、両人の前に正座する暁人と、その三者をソファに座りながら自身のスマホで撮影する絵梨香、そしてその光景を眺めながら部屋の奥で収納棚を組み立てるKKという何ともシュールな光景が広がっていたとかいないとか…。







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