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    ろまん

    @Roman__OwO

    pixivに投稿中のものをこちらでもあげたり、新しい何かしらの創作を投稿したりする予定です。倉庫です。

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    ろまん

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    【あとねこ/おおねこ】恋愛の類が介在しない関係を数年続けてきたある日、音子ちゃんが唐突に阿鳥に婚姻届と指輪を渡してプロポーズする話です。現世にはいない大外の存在が大きく関わっています。
    ※トゥルーエンド軸
    ※特ストの内容も反映されています
    ※一部倫理のない描写があります
    pixivにも同じものを投稿しています。

    独善的マリアージュ「君は繋ぎ止めたかったんだろう? 塚原音子」

     そう言って、今夜も大外さんはその綺麗な顔を歪めて、皮肉げに微笑んだ。



     

     いつからか恒例の待ち合わせ場所となったカフェの店内は、いつもと変わらず落ち着いた雰囲気に満ちている。
     小さく流れるジャズの洒落た音色を妨げる者は誰もおらず、聞こえてくるとすれば、マドラーがカップに触れてカチャ、と響く音くらいだ。
     時刻は午後三時を過ぎたあたり。目の前に座る人物の右側は窓から差し込むあたたかな日の光で包まれ、左側へは薄く影を落としていた。その様はまるでどこぞの美術館に収納されている絵画のような仕上がりで、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。
     そんな絵画のような美しき人物――もとい阿鳥先輩は、宝石のような深い青の瞳で、ある一点を眺めたまま固まっていた。

     先輩の視線の先にあるのは、小さなダイヤモンドの粒がついた指輪と、ピンクの婚姻届だ。

     ちなみにこれらは私が差し出したものだった。ピンクの婚姻届は雑誌の付録。指輪は身銭を切った。この状況で渡すにはやや値段的にも大きさ的にも物足りない代物だけど、仕方がない。公務員の安定した薄月給ではこれが限界なのだ。それに、高級なものであればあるほど先輩は受け取らないだろう。そう考えれば妥当なラインではなかろうか。
     さて、無事にテーブルに指輪と婚姻届を出せた。あとは言葉を尽くすだけだ。
     『サンキュー』の恋愛シチュエーションPVを脳内に思い浮かべながら真剣に見えるだろう表情を作り、正面にいる阿鳥先輩を見つめる。その変化を感じ取ったのか、阿鳥先輩もただでさえ伸びている背筋をさらにピンと伸ばした。

    「阿鳥先輩」
    「え? な、何?っていうかこれは――」
    「私と結婚してくれませんか?」
    「ああ、結婚ね……。って、……は?」

     阿鳥先輩は瞳がテーブルに溢れ落ちてしまいそうなほど大きく目を見開き、さらには口までぽかんと開けてしまった。だがそこはさすが美形。私だったら間抜けとも評されてしまいそうな顔になっても、十分絵になった。
     固まったまま動かない姿は彫刻みたいだな、などと考えていると、やっと先輩は忘れたままだった瞬きを再開した。どうやら事態を把握したらしい。「ええ!?」と声を上げて、今度は頭を抱えてしまった。
     いつもの役割を反転するように「ここ店内ですよ、騒いじゃダメです」と先輩を軽く注意すると、すぐさま先輩は「ああ、そうだよね……」と声を潜めながら返事をする。こういうところがやっぱり真面目だ。
     そのまま手元に置かれた指輪と私の顔を交互に眺めること数度。ようやく先輩は口を開いた。

    「な、なんでいきなり音子ちゃんは俺にプロポーズしたの?」
    「そんなのパイセンのことが好きだからに決まってるじゃないですか」
     私がそう言うと、先輩は眉を下げて困惑を顔に浮かべた。
    「いや……嘘だよね? 音子ちゃん別に俺に恋愛感情持ってないでしょ」
    「ええー? そんなことないですよ。めちゃくちゃ好きですよう」
    「かなり棒読みなんだけど……?」
     はて。私としてはかなり感情を込めたつもりだったのだが。どうやらうまく伝わらなかったらしい。
     その後も幾度か言葉のキャッチボールをしたのだが、互いにうまくキャッチできていないようだった。
     暫くして、深く深く溜息を吐いた阿鳥先輩は、少しだけ目つきを鋭くして私を見つめた。

    「………音子ちゃんさ、何か企んでるんだろ」

     訝しげな顔で此方を見てくる阿鳥先輩を見て、まあそりゃそういう反応になるよなあ、と他人事のように思う。だってこの数年間、キュンキュンするような甘酸っぱい空気とか色っぽい雰囲気とか、私達の間には一切流れなかった。というかまず阿鳥先輩とそういう仲になることを想像すらできない。たぶんそれは先輩も同じはずだ。
     私からプロポーズしておいて言うことではないが、かなり無謀な申し出だと思う。
     やっぱりちょっとはそういうときめきシチュエーションを構築してからことを運べば良かったのだろうか?詰めの甘さは私の欠点だ。先輩は少し抜けたところがあるから、意外とそういう雰囲気を出せばすんなり信じ込んでくれたかもしれないのに。いやでも牛丼屋並みの回転率を誇る人だから、恋愛経験の差で最初から無理だったかもしれない。
     そう考えながら無言のままでいる私を見て、阿鳥先輩は再びハァ、と溜息を吐いた。
     
    「音子ちゃんはきっと、俺には何も教えてくれないんだろうね」

     先輩は呆れたようにそう呟く。やっぱりお怒りになってしまったのだろうか?そうだったらひたすら謝り倒すしかない。そういうのは得意だ。
     けれど、予想に反して阿鳥先輩の表情はいつもとあまり変わっていなかった。むしろわずかに微笑みをたたえている。

    「まあ……いいよ」
    「え? 私、何も言わなくていいんですか?」

     意外な返答に驚く。阿鳥先輩は変なところでなかなか押しが強いから、今回も聞き出すまで尋問されるのを予想していた。別に失敗したところで仕方がないとダメ元で行ったプロポーズだったのだ。
    「うん。音子ちゃんが言わないなら、俺が秘密を暴けばいいからね」

     だから、結婚しよう。

     そう言って、阿鳥先輩は世界最高の美術館に展示されている有名な絵画のような笑みを浮かべた。先輩が微笑むだけで、店内のセンスの良い内装が彼の美を引き立たせるためだけに整えられた背景になってしまう。
     
    「え、マ……マジですか……?」
     今度は私が目を見開く番だった。
    「うん。音子ちゃんがプロポーズしたんだから驚かないでくれる?」
     そうだ。確かに私がプロポーズをした。しかし、ダメ元で告げたことがこうもアッサリと進んでしまうと、逆に拍子抜けするというかなんというか。
     そもそも結婚ってこんなに簡単に決めていいものなのだろうか?阿鳥先輩は人の数倍…いや下手したら数十倍ほど恋愛経験に恵まれてきたとはいえ、感覚としては一般に近いものを持ち合わせていた気がしていたけれど。だって相手はトキメキもしなければまず付き合ってもいない、ただの後輩兼友人のようなものである私だ。
     なんだか、こうも危機意識がなくて大丈夫なのだろうか、と一気に心配が込み上げてきた。相変わらずどこか危うい人なのだ。もし困った美人に迫られたら、なし崩し的に既成事実とか作られてしまうんじゃなかろうか。

     そんな私の憂いを一切感知していない先輩は、指輪には手をつけないまま婚姻届だけを持って、それをじっくりと眺めていた。そして生来の真面目さによりどんどん結婚の話を進めようとしていく。頼もしすぎる。
     それにしても、地に足がついている感覚がない。だからか、するすると進み行く話にも私は不思議なほど順応してしまっていた。

    「で、いつこの婚姻届を出したいの? まず、挙式したい?」
    「えーと、先輩はしたいですか? 結婚式」
    「俺は……音子ちゃんのドレス姿にそこそこ興味はあるけど、それくらいかな。でもどうせ音子ちゃんはメンドくさくてしたくないんだろう?」

     私のドレス姿にどの種類の興味を抱いているのかわずかに気になったけれど、話がズレてしまいそうなので突っ込まないでおく。それにしてもそこそこ長い付き合いになっただけあり、先輩も私の性格をまあまあ理解してくれているようだ。
    「わあ、さすがですね。ぶっちゃけメンドくさいと思ってます。あと、婚姻届はできれば早めに出したいです」
    「了解。今からでもいいけど、さすがに休日に印鑑は携帯してないからな。あ、名字はどっちにする?俺が変えても良いけど」
    「いえ、大丈夫です。言い出しっぺの私が変えます」
     阿鳥先輩は名字にこだわりがないのだろうか。事前に調べてきたところ、「法律婚するカップルの九十六パーセントは女性が男性の姓に変える」というから、てっきりそのまま私が変える流れになると思っていた。まあ本音を言えば、この手続きをすると仕事で不都合が起こりそうで心からやりたくない。
     しかし、阿鳥先輩は「阿鳥先輩」であって、その呼び方は変えたくなかった。逆に、阿鳥先輩は「音子ちゃん」呼びだから私が変えたところで何も変わらない。だから、私が変えた方が良いのだ。

    「別に良いのに……。まあ、譲らないんだろうね。証人にアテはある?」
    「あー、やっぱりチョロまかす訳にはいかないですかね」
     言った瞬間、阿鳥先輩がものすごく呆れたような顔をした。「無理に決まってるだろ……」と疲れた声色で諭される。残念。チョロまかすわけにはいかないらしい。
     別に私の親に頼んでもいいけれど、頼んだらきっと結婚式とかドレスとか、家同士の挨拶とかその他もろもろの社会的行事をすることを勧められてしまうだろう。私はなるべく目立たず何もせず進めたいのだ。
     どうしようか迷っていると、阿鳥先輩が助け船を出してくれた。
    「俺がお願いすれば証人になってくれそうな知り合いが何人かいるから、頼んでみるよ」
    「わーい! ありがとうございます!」
     持つべきものは人脈のある先輩である。


     その後、こんなに事務的でいいんだろうか?と考えてしまうほど、まるで流れ作業のように結婚の手続きは進んでいった。
     阿鳥先輩は普段から万年筆を携帯しているらしい。綺麗な字で文字を記入していった。私の丸文字がその横に並ぶのはアンバランスで、書いている間もなんだか婚姻届に向かい合うというよりバイトのシフトを記入するときに似た気分だった。まるで現実感がない。

     あらかた記入が終わって、印鑑が必要な箇所と証人欄だけ空けておく。
    「この婚姻届、俺が預かってていい?」
    「はい、お願いします」
     うん、と受け取った阿鳥先輩は、私が持ってきたクリアファイルにそれを丁寧に挟むとバックのなかに閉まった。
     残されたのは、グレーのケースに入った指輪だ。ここまで触れないということはやっぱり突き返されるのだろうな。と、思ったけれど。

     阿鳥先輩はケースから指輪を取り出して、あろうことかそれを左手の薬指につけた。

    「あ、ピッタリだ。すごい」

     その指輪はハミルトンホテルのチーフコンシェルジュである阿鳥先輩が身につけるには到底釣り合わないような金額で買ったものだけれど、先輩はまったく気にしていないようだった。
     阿鳥先輩はそのまま外さずにコーヒーをひと口飲んだ。白くて細長い指を絡め取るようにして嵌められた指輪は、まるで先輩そのものを閉じ込めているみたいだ。
     その光景を見て、私のなかに何かが込み上げてくる。けれどそれがどんな類の感情であるのか、今は考えたくなかった。
     ただじっと見ていられなくて、手元にあるクリームなんとかフラッペを飲み干した。ああ、めちゃくちゃ甘い。

     その後は近況なんかを話したりして、ごく普通に、いつも通り過ごした。本当に何も変わらない日常だった。さっきまで人生を左右するかもしれない非日常イベントが起こっていたというのに。


     時計の短針が五時を指し示した頃、ミニライブのゲストをするらしい阿鳥先輩が私のぶんもまとめて会計をしてくれて、解散となった。
     店を出て最寄駅まで一緒に歩き始める。
     私達にはかなりの身長差がある。当たり前だが脚の長さも全然違う。隣に並んで歩くといつも阿鳥先輩は私に歩幅を合わせてくれていた。こういうスマートなところがおモテになる理由なのだろう、と感心する。
     信号待ちの間、何気なく横を見ると、女性向けブティックの壁に飾られた広告が目に入った。あれは、私が婚姻届を手に入れるために購入した雑誌の広告だ。
     ブーケを持って幸せそうに笑っているウエディングドレスを着た女性が今月号の表紙らしい。気合いが入ってるな、と考えてああそうかと納得する。今は六月。ジューンブライドの季節だ。

     「結婚しなくても幸せになれるこの時代に――」というよく知られたコピーが配置されたそれを見てふと思う。

     でも、「あの人」はそもそも阿鳥先輩とは結婚できなかったんだよなあ、と。

     何故なら法律によって同性間の婚姻は認められていないから。
     まあでも、あの人にはそういう方向性の願望はなかっただろうけど。だって結婚したって他人と同じにはなれない。阿鳥先輩を食べて同化したい、という私だけが理解できたあの人の願望。阿鳥先輩の身体を、命を害してでも同化したいという欲求を、私は持たない。それは、あの人だけが持っていた願望だった。
     そしてこの世界での結婚は、私だけができて、あの人にはできないことだった。
     この世にはない黄昏ホテルで、社会の制度の何もかもが機能しないあの場所で、一度同じ時を過ごし、一か八かで運命を交差させたあの瞬間から、こんなにも私達の道は分岐してしまった。そう。私だけが理解者足りえた彼を、他でもない私が地獄へと蹴落としてから。

     気がついたら、口が動いていた。
    「阿鳥先輩は、結婚したかったですか?」
    「……俺、今日音子ちゃんとするって決めたよね?」
    「願望です、元々の結婚願望。ありました?」
    「……そうだな。できるかな、っていうよりいつかしているものって感じだったかな。願望は特にないけど、きっとしているだろう、というか。嫌じゃなかったらたぶん誰かとはしてたんじゃない? って、まさに今日音子ちゃんと決めちゃったな……」
     でも、ここ数年誰とも長続きしないから無理かもって思いはじめてたんだ、と阿鳥先輩は付け足した。

     入れ食い状態の先輩のことだから、確かに結婚するのは簡単だろう。けれどすぐ振られてしまうところを見るに、結婚はできてもすぐに離婚してしまいそうだ。容易に予想できる。
     でもさ、と先輩は続けた。
    「みんなそんなもんじゃないのかな。その時々のタイミングっていうか……。できたりできなかったり。結婚って、多かれ少なかれ流されてするものじゃないの?」

     そうかもしれませんね、と私は適当に相槌を打った。しかし果たしてそうなのだろうか、私にはよくわからない。
     そういえば私もそういった願望はなかったな、と気づく。かねてから美少年と美少女とともに全員ラブアンドピースなチームをつくりたい、という想いはあったけれど、どう考えてもこの国の法律はそれを認めてくれないだろう。私の恋愛観と結婚という制度はどうにも相性が悪いらしい。なら自然と願望もわかないというものだ。
     ああ。でも今日阿鳥先輩にプロポーズをしたのは自分だ。願望、というならこれは初めて抱いた結婚願望だろう。

     その後、先輩とは駅でお別れをした。
     人生を変える一大イベントの約束をしてきたはずなのに、最後までいつもと変わらないテンションだった。私も、阿鳥先輩も。
     ただ、夕日に照らされて煌めく阿鳥先輩の薬指の指輪を見ると、ああ自分はやってしまったんだな、と思い知らされた。



     一人暮らしをしている小さなアパートに帰ると、すぐさま眠気が襲ってきた。
     プロポーズという慣れないことをしてしまったから気疲れしたのだろう。まあプロポーズに慣れている人間なんてそうそういないだろうが。いたら会ってみたいものだ。
     部屋着に着替えて、趣味丸出しの、ルリさんがいうにはサイケデリックな柄のベッドに寝転がる。このアパートは年季の入った建造物であるため壁や天井には点々としたシミが目立つ。寝転がると自動的に眺めることになる天井のシミは、ところどころ顔にも見えた。右端のやつなんか地獄にいる切子もどきに似ていて最悪に愉快だ。
     そんな風にとりとめもなくあちらこちらに思考を行ったり来たりさせながら、やっぱりなんだか指輪を買ってしまったあたりから頭がふわふわとして夢の中にいるみたいだ、と思う。まだやることはたくさんあるのに、思考とは裏腹に瞼は重い。
     そのまま、意識は深く深く沈んでいく。



    「塚原さん」
     名前を呼ばれて目を開くと、見覚えのある光景が視界に飛び込んできた。ここは瑪瑙さんや切子さんがいつも居る場所。バーカウンターだ。今はいないようだけど。
     ……って、いやいやちょっと待て。どういうことだ?瑪瑙さんや切子さんがいる場所。と、いうことは、つまりここは、黄昏ホテル?

     ともすればたった今、私の名前を読んだのは……。瑪瑙さんでも切子さんでもなく、かといって支配人でもルリさんでもなく、阿鳥先輩でもない声だった。残りはあの人しかいない。
     わずかに緊張を帯びて強張る身体を無視して、首を横にまわす。
     分かりきっていたことだけれど、私の隣のカウンターチェアに座っていたのは――大外さんだった。
     咄嗟に立ち上がろうとしたが、できない。今私が自由に動かせるのは、どうやら首から上だけらしかった。それに、大外さんも私に暴力を振るったり殺そうと向かってきたりする様子もない。格好も地獄へ行った者とは思えないほどに身綺麗なままだった。

     これは、黄昏ホテルにいたときの記憶だろうか?夢と記憶が混濁しているのだとすれば、こんな奇妙なシチュエーションが出来上がることにも納得がいく。
     しかし、それでもまさか大外さんが出てくるとは。これまで一度だって私の夢になんて現れなかったくせに。
     よりにもよって、今日。

    「君は、何故人が他人と婚姻関係を結びたがるかわかるかい?」
    「………はい?」

     唐突な質問に面食らう。なんてタイムリーな話題なのだろう。こんな会話、ホテルでしただろうか?記憶にないなら、私がただ忘れているだけか、夢かの二択だ。
     記憶によって構築されたのか夢によって創造されたのかどちらかわからない存在であるところの大外さんは、私がどんな回答をするのかを楽しみに待ち侘びているようだった。綺麗な顔に笑みを浮かべて、私が回答するのを待っている。自分が望んだ答えを出すはずだと、妙な期待を寄せられている。
     どうしよう。私は期待されると、なるべくなら応えたくなってしまうくらいには調子の良い人間だ。例え相手が殺人犯だとしても。


     大外さんの問いは、人が結婚したくなる理由。
     おそらく一般的には、たった一人の相手を独占したいからとか、そういう方向の回答になるような気がする。そもそも「結婚」という文字には結びつけるという漢字が入ってるし。私の「チームを作りたい」という恋愛観が理解されないのだから、きっとそうなのだろう。たった一人を独占するための契約。

     ただ、大外さんにとっては結婚というのはステータスを誇示する手段なんじゃないかと思う。
     もしこの人が現世で生きていたら、私が一生出会うことがない程の、ナイスバディで黒髪ロングヘアの超絶美人で頭も良くて実家が太くて高収入!みたいなステータス値がカンストしてる女性といずれ結婚したのだろう。そんなことは大外さんが同時に付き合っていた五人の彼女の肩書きや、犯して殺した女性達を見ればわかる。だから、おそらくロマンチックな響きがする回答なんか求めてないはずだ。

     そのときふと、阿鳥先輩が結婚を「流されてするものじゃないの?」と言ったことを思い出した。その言葉はなんだか印象に残っていた。
     私には、他人に流される、という感覚が実体験としてよくわからない。黄昏ホテルにも自分の顔を保ったまま訪れたようだし、生来ゴーイングマイウェイな性格なのだ。だから、自分の人生のことは全て自分で決めたい。
     しかし、阿鳥先輩も大外さんも私とは違うようだった。他者評価だったり客観的目線で考えてから選び取るもののように考えている。
     まるで自らを進んでベルトコンベアの上に乗せているみたいだ。

    「……操られてるから、とか?」

     思わず口をついて出ていた。
     いや操られてるからって何だ。どこぞのディストピアだ、そう自分へと突っ込む。
     冗談で言ったつもりは少しもないけれど、滑った気しかしない。しかし、何故か大外さんはその回答を受けて、満足げに微笑んでいた。
    「ふふ、まあ悪くない回答だよ。正解を言うとすれば確かに、仕組まれているからだ、と僕は答えたからね」
     なんと、当たらずも遠からずというラインだったらしい。しかし「仕組まれている」というのはどういうことなのだ。私は首を傾げて大外さんにこの疑問について尋ねた。
    「結婚したいと思うように? 誰に仕組まれているんですか?」
     大外さんは顎に手を当てながら、目線を合わせてきた。カウンターで隣り合っている状態だから、かなり距離が近い。

    「誰か…という個人というより、この世界さ。男女は番うことで社会の構成員たる子を生み、この国を存続させていく。そのサイクルを効率よく稼働させるためにあるシステムが、婚姻だからね」
    「うはは、夢もクソもないこと言いますね」
    「仕方がないだろう? それが事実なんだ。僕だって美しく優秀な妻を見つけ、美しく優秀な子を育む義務がある。大外家にふさわしい人間をね」

     ああ確かに、この人は顔立ちは綺麗なのだ。阿鳥先輩と並んで見劣りしないほど。両親からの遺伝なのだろう。大外さんが自分の容姿をどう思っているかは知らないが、客観的に見て整った容姿だとは十分自覚しているようだ。武器にしていたからこそ何人もの女性を嬲れたたのだろうし。

    「大外さんのお嫁さんになる人生ってかなりハードモードでしょうね」
    「まさか。僕が諸々の欲求解消のためだけに使う女と、『大外』の名を継ぐ女の扱いを同じにするとでも? 良い関係を築けるよう最大限の努力をするに決まっているじゃないか」
    「うへぇ、最悪ですね」

     しかし本当にこの人はどうしてこんなに……。と、ふいに考えそうになって、やめた。私は、私だけは大外さんを詮索したり、同情したり、そんなことはしない。絶対に。
     だって私は今、この人と刺し違ってでも地獄に落とすことを選んだからこそ此処にいる。夢でしか大外さんに会うことができないこの場所に。

    「……でも、なんでいきなりそんな話を?」
    「いや、特に意味はないよ。僕にはね。でも君にはあるだろう?」
    「私に? どうしてですか?」
     大外さんはすっと目を細めた。私の目の前に位置する口角がじわじわと上がっていく。

    「だって、君は今日遥斗さんに結婚を申し込んでいたじゃないか」

     私は思わず絶句した。
     これは、私の記憶じゃないのか?
     ここまでの大外さんとの会話には、私の脳では到底思いつかないような考えが次々と出てきた。だから私は、これは実際に黄昏ホテルで交わした会話なのだと思い込んでいた。つまり、記憶の再生なのだと。
     なのに何故「今日」の話をし始めた?
     もしかして。ここからは記憶ではなく夢のパートになるのだろうか。無意識下の意思や、願望や不安や期待や色々なものが混ざり合って生まれるのが夢だとしたら。
     私の脳が作り上げる「大外聖生」は、一体何を話すのだろうか。私は何を大外さんに話させたいのだろうか。私は何をこの人に言ってほしいのか、言ってほしくないのか。まったく何もわからない。
     そんな私の混乱を他所に、大外さんはにこやかに話し続ける。ご機嫌に。朗らかに。

    「君は、遥斗さんを繋ぎ止めたかったんだろう? 彼のため、というふりをして本当は自分のために」

     大外さんがカウンターチェアからゆっくり腰を上げる。私は立ちあがろうとしても動けないのに。
     大外さんはそのままテーブルに片手をついて、まるでわたしを閉じ込めるように覆い被さった。鼻先がぶつかりそうになるほど、身体が密着する。しかしどこも、少しだって私達の身体は触れ合っていなかった。なんだか泣きそうになる。私はこの人に何をさせたいんだ。
     私はこの人と共に地獄に落ちてやらなかったのに。

    「君は、僕とも遥人さんとも違う。自分本位に、自分の意思に従ってどこにだって――地獄にだって行く覚悟のできる人間だ。そんな人間がどうしてそんなことをした? 勿論そんなの、自分のために決まってるじゃないか」

     目に見える全てが揺らいできた。視界に映る大外さんが、マーブル模様を描くようにぐちゃぐちゃになっていく。
     それでも脳内に声は響き続けた。


    「どうだい? 塚原音子」

     
     次に目を開けたとき、目に見えたのは私の部屋の天井だった。
     勢いよく起き上がると、身体は汗でぐっしょりと濡れていた。スマホを見ると時刻は午前一時。風呂を入る余裕は十分あった。
     それにしても、今の夢はなんだ。何故大外さんが夢に現れたのか。いや、私が何故大外さんを夢に出したのか。
     私が地獄に突き落とした、私の運命の相手。
     だからこそ、あの人と私は――。







     今日はいよいよ阿鳥先輩と婚姻届を出す。
     いつものカフェで落ち合い、婚姻届の記入ミスがないかを確認してから共に役所へ向かうことになっていた。そう決めたのは勿論阿鳥先輩だ。どうせ提出するときに確認があるのにその前に自分達でミスがないかチェックするなど、私には考えつきもしなかった。
     互いに予定が合う日に出すことにしたら、あろうことか仏滅になったけれど。まあ互いに六曜を気にするタチでもないので別に良いだろう。
     それに、縁起の悪い日に出す方が私達らしい。阿鳥先輩とは、あの世でもこの世でもない場所で出会った仲なのだから。

     あの夢は、あれから毎晩見た。少しずつ違うけれど、大外さんはだいたい同じことを言ってくる。全部を鮮明に覚えているわけじゃないけれど。
     毎回毎回あの人は私に問うのだ。「君は自分のために遥人さんを縛り付けたいのだろう?」と。

     婚姻届の記入欄を確認する阿鳥先輩の薬指には、相変わらず指輪が嵌めてあった。窓から差し込む光が小さなダイヤモンドに反射して、先輩の指にプリズムを作り出している。
     少しして、阿鳥先輩が「うん、大丈夫だね」と呟いた。記入漏れもミスもなかったようだ。だから、あとは提出するだけ。
     たったそれだけで私は先輩と結婚できてしまう。――私の意志さえあれば。
     
    「じゃあそろそろ役所に向かおうか。それとも音子ちゃんはまだここでゆっくりしたい?……音子ちゃん?」
    「………あ! ハイ、すぐ行きましょう」
     いけない。阿鳥先輩に名前を呼ばれているのにボーッとしてしまっていた。心配そうに「大丈夫?」と訊かれたので大丈夫です、と返す。本当に何も問題はないのだ。
     ただ、大外さんが毎夜夢に現れるだけ。そのせいでたまにボーっとしてしまうことが増えただけ。
     会計をするために立ち上がろうとしたそのとき、また毎夜夢に現れるあの人の声が脳内にこだました。「縛り付けたいんだろう?」と。まるで呪文のように。


     気がつくと、私は阿鳥先輩の左手に自分の右手を重ねていた。私の手が影になり、プリズムが消える。
     そのまま先輩の手の関節を、指を、ゆっくりとなぞった。先輩の方から私のいる方向へと手をなぞりながら、指輪を薬指から外していく。阿鳥先輩は一瞬驚きを浮かべて、その後はただ無表情にその動きを眺めていた。

     互いの手が完全に離れた頃、場を支配しているのは沈黙だった。抜き取った指輪をどうしていいかわからず、私はただそれを握り締めていた。
     まるでここだけ世界から切り離されたみたいだ。そう思うくらい、静かだった。
     何か、何か言葉を発しなければ。そんな使命感だけに突き動かされて、口を開く。
    「阿鳥先輩、」
    「音子ちゃん、まさかここまできてやめるとか言わないよね?」
     私の言葉に被せるように阿鳥先輩は言った。私は何も答えない。答えられなかった。何十秒か、はたまた数分か、時間感覚がわからなくなるほどの間無言でいると、阿鳥先輩は無言を肯定だと取ったらしい。綺麗な顔を手で覆って「あー、やっぱりこうなるのか」と呟いた。そこでとうとう私も「やっぱり……?」と声を出した。


    「まあ、一旦落ち着こう」
     婚姻届は、クリアファイルに仕舞われてしまった。先輩の家のゴミ箱にでも破棄されるのだろうか。
     代わりにテーブルの上には新しく頼んだコーヒーとアップルパイが置いてあった。これは私の奢りだ。申し訳なさから奢らせてほしい、と私が頼んだ。いつもは先輩が奢ってくれることが多いけれど、今日は阿鳥先輩も遠慮しなかった……というよりは阿鳥先輩は優しいから素直に私の奢りたい、という簡単な謝罪欲を受け入れてくれたのだ。私はただその優しさに甘えた。

    「……音子ちゃんはさ、俺を守るために結婚を持ち出したんでしょ」
     アップルパイが半分ほどの大きさになった頃、阿鳥先輩が口を開いた。
    「俺が秘密を暴けばいい、とか言ってたのに悪いけど、音子ちゃんが俺に結婚を申し込む理由なんて最初からそれくらいしか思いつかなかったよ。だって……この世界で再会してからずっと、音子ちゃんはいつも俺の身の安全を最優先にするでしょ?」

     ああ、なんだ。とっくに当初の意図はバレていたのか。それにしても阿鳥先輩は私のことをよく見ていてくれているんだな、と少し驚く。
     そう。私は、阿鳥先輩を地獄に手違いで送ってしまったあのときから、ずっとあの絶望を再演しないようにいつだって注意を払ってきた。といっても四六時中共にいるわけじゃないから、気を配れる範囲だってたかが知れているけれど。せいぜい月に一、二度会うのが限界だ。大外さんのように部屋に盗聴器を大量にしかけたり、ストーカーしたりはできない。あくまで私は合法的に阿鳥先輩を守りたいのだ。

    「確かに私は阿鳥先輩を守りたくてプロポーズを計画しました。でも、阿鳥先輩といると楽しいからっていうのも本当です。私は先輩のこと好きですからね」 
    「……うん、ありがとう。それにしてもいきなり結婚を申し込むなんて、ぶっ飛んでるけどかなり堅実な手段だよね。音子ちゃんらしくて音子ちゃんらしくないところが、やっぱり音子ちゃんらしい、っていうか」
     警察官になるって宣言したときと同じだ、と阿鳥先輩は笑った。
     ヤることヤっちゃった私という人間を、マトモな場所に繋げておくための手段。それが警察官になることで、結婚に踏み切ろうとしたこと。それが私らしいと阿鳥先輩は言う。
     ……ああ、そうか。
     ようやく大外さんが夢で言っていたことの意味がわかった。

    「……でも、阿鳥先輩を守りたいっていうのは本当の理由じゃなかったみたいなんです。大外さんに言われてやっと気がつきました」
    「えっ、大外さん夫妻の……息子さん? 俺を殺したっていう……。でも彼は……」
    「そうです。私が地獄に落としました。だから本物の大外さんに言われたわけじゃない。私が脳内でつくりだした大外さんです」

     大外さんは地獄にいる。だから、夢に出てくるのは私の記憶のなかにいる大外さんであり、私の意思や願望が詰め込まれた、大外さんではない大外さんだ。でも、私はあの人の唯一の理解者だった。だからきっと、世界中のどの人間よりも再現度の高い「大外聖生」という人間を生み出せている、はずだ。

    「君は遥斗さんのためと言って自分のために彼を縛り付けたいんだろう、って、夢のなかであの人が私にそう言ったんです」
    「……そうなの?」
    「ハイ。最初は意味がわからなかったけど、たった今分かりました。……阿鳥先輩、先月T塚で殺人未遂事件が起きたの知ってます?」
    「ああ、うん。ニュースにもなってたよね。確か警察官が発砲して捕まえたんじゃなかったっけ」
    「そうです。あれ撃ったの、私の同僚なんですよ」
    「ええ!?」

     先月、私の実家のあるT塚で殺人未遂事件があった。刃物を持った男が通りすがりの女子学生の腹部を刺したのだ。不幸中の幸いというべきか、刃物は深くは刺さらず、女子学生の命に別状はなかった。そしてその場面の第一発見者は、パトロール中の警察官複数名だった。
     警察の存在に気づいた男が血に塗れた刃物を持ってそのまま逃走しようとしたため、早急に捕らえる必要があった。男がまた他の人間を刺す可能性があったからだ。私はその複数の警察官のうちの一人だった。

     あのとき、私はすぐさま拳銃に手をかけた。一切躊躇わずに。失敗して殺してしまう可能性は一瞬考慮したけれど、そこには恐怖も戸惑いもなかった。
     けれどそのとき共にパトロールをしていた先輩に「塚原は被害者につけ!」と指示されたために、私は拳銃から手を離して被害者の止血と救急車を呼ぶことに徹した。発砲音が聞こえたとき、先輩が撃ったことを察したけれど、その後合流したとき先輩の顔は真っ青で手は震えていた。そうなるのは当然だ。練習と実践はまったく違う。それに、日本の警察官はほとんど拳銃を使用しないのだ。発砲経験なんてないに等しい。

    「そのとき再確認したんですけど、私、人を撃つことに躊躇いも恐怖も感じないんです。たぶん撃った後も平然としてます。一回覚悟キメちゃったからかなあ。やっぱり私、大外さんの言う『こちら側』にいつでもいける人間っぽいんですよね」
    「いや……でもそれは、警察官としては優秀で立派なことじゃないか」
    「うはは、ありがとうございます。……でも、あのときかな。これは阿鳥先輩に繋ぎ止めてもらわないとマズいかも、って思ったんです」

     阿鳥先輩は、何も言わずにコーヒーに口をつけた。しかし目線だけは逸らさずにこちらを見つめ続けている。

    「私は、私だけは。大外さんと同じ側に行っちゃダメなんですよ。少なくともこの世にいる間は。私は大外さんと同じになる道を選ばなかったから」

     どうもしなくてもいずれ地獄に行く男だった。けれど、地獄に突き落としたのはあの男自身の死ではなく、紛れもない私だ。
     きっと、あの人の人生に初めて現れた理解者が私だった。私の人生で初めて現れた運命も、あの人だった。おそらく、私があの人の理解者として運命を共にする道がどこかにはあったはずだった。
     でも私は選ばなかった。その道を拒絶したのだ。それはあの人を拒絶したことと同義だった。
     だから、私だけは決してあの人と同じ側に行くわけにはいかない。覚悟を決めて選んだ道を、今更外れるなんてことは絶対にできない。
     そんなの、地獄に落としたあの人にも、過去その道を選んだ私自身にも失礼で、侮辱的だ。

     しかし、だからといって、道を踏み外さないように阿鳥先輩に繋ぎ止めてもらおうなんて。阿鳥先輩に対して失礼な行為だった。自分の間抜けさにうんざりする。
     阿鳥先輩には幸せに穏やかに長生きをしてほしいのだ。そのために必要な自由を、私は守らなければならなかったのに。

    「でも気づけて良かったです。危うく自分のために阿鳥先輩の人生を侵害しちゃうところでしたよ」

     目線をさげると、すでに阿鳥先輩の飲んでいたコーヒーのカップは空になっていた。すごい。ブラックコーヒーは苦いのに。大人になったら平然と飲めるようになると思っていたけれど、私は未だに自ら進んで飲むことはなかった。
     そういえば、結構喋ったから喉が渇いたな。マシュマロ入りココアに手をつけようとして、右手に指輪を握り締めていたことに気がつく。手のひらには指輪の跡がついている。これ、どれくらいで売れるのかな。安物とはいえ、ダイヤモンドはダイヤモンドだ。


     そんなことを考えていると、阿鳥先輩の手が私の右手に伸びてきた。さっきと逆だ。
     まるで恋人繋ぎのように指が絡むと同時に、阿鳥先輩は私と視線を交差させた。
     表情はいつになく真剣だ。

    「俺は、別にいいよ。音子ちゃんに縛られても。たぶん不自由には思わない」
    「………」
    「どこに行けばいいかわからなくなると、いつも音子ちゃんが目の前に現れるんだ。地獄でもそうだった。それに、音子ちゃんがもし大外さんのいる場所に行きそうになったときは、俺がいつでも引き上げてみせるよ。あの夜の駅と同じように」
    「……ダメですよ、先輩。まさか私に恋してるわけじゃないんですから――」
    「どうだろう、そんな風に考えたことなかったけど……。でも、恋人とは一人も長続きしなかったけど音子ちゃんとの関係は何年も続いてるよね。俺の人生にこんなに食い込んできた女の子は初めてだし、一緒にいて楽しいなって素直に思う。……これからも一緒にいられたら嬉しいし、心強いよ」

     阿鳥先輩の左手は、私が握っていた指輪を掠め取っていく。先輩の肌には再びプリズムが宿った。虹のように輝くそれはとても綺麗で、なんだか泣きそうになる。
     そういえば虹は、幸運とか自由の象徴なんだっけ。
     私がその指輪を渡したのは、阿鳥先輩を縛り付けるためで、私自身を先輩に繋ぎ止めてもらうためで、大外さんと違う人生を歩むためだったのに。
     自分本位な私の行動に巻き込まれた先輩にとっては、不幸で、不自由なものであるはずなのに。

    「返事はしなくていいよ。何も言わなくたって構わない。でも、この指輪だけは俺にちょうだい」

     あと、次に会うときはコーヒーを一杯奢ってね。そう言って、阿鳥先輩は笑った。


     本当に先輩は、私に甘かった。
     誰よりも幸福になってほしい人なのに。
     自由に、平和に、長生きしてほしいのに。
     そんな人が、私との「次」を約束しようとする。私が人生に介入してくることを、許容しようとする。
     ああ、きっと私はこれからもこの優しさに甘え続けてしまうのだろう。私自身の身勝手な願望とか、決意のために。
     この世界で生き続けていく限り、ずっと。


     幸か不幸か、私達を繋げるものは、見えないけれど確かに存在しているようだった。
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     そんな穏やかな日々を積み重ねた先で迎えた、半年前のアイスクリームの日。
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