ハピエスト・バースデー! 陽が落ちるのが早くなった冬の日。
イルミネーションが建物をカラフルに彩る通りを二人で歩いていると、隣にいるまりあが横で突然こう言った。
「ねえ、すずちゃん。『お誕生日おめでとう』って、とーってもかわいい言葉ですよね!」
いきなりだったのですずは戸惑ったが、少し考え込んだ後、確かに生まれた日をお祝いするのは「かわいい」ことかもしれないな、と思った。
だって誕生日は、誰かを祝っても、誰かに祝われても、しあわせな気持ちになる日だ。まりあの価値観に照らし合わせれば、間違いなく「かわいい」ものに違いなかった。
「うん、そうだね。かわいいと思う」
すずがうんと頷くと、途端にまりあはうれしそうな笑みを浮かべた。笑った瞬間に溢れた白い吐息が、イルミネーションに照らされて紫や黄色に光る。かわいいな、とぼんやり思った。
さて、まりあがいきなり誕生日の話を持ち出した理由を、すずはすでに知っていた。
何せ今日は十二月六日。すずの誕生日なのだ。
本日のすずは、年に一度のスペシャルデイである誕生日を楽しく過ごしつつ、いつにも増してまりあ尽くしのスペシャルな日を過ごしてもいた。こんなことを言ったら、えも先輩あたりに「そんなの一年中そうじゃん!」と返されてしまいそうだけれど。
まりあがすずに「おめでとう」を贈ってくれたのは、零時になった瞬間からだった。
日付けが変わった途端バースデーメッセージが送られてきたのを皮切りに、まりあは登校前に黒川家まで直接誕生日を祝いに来てくれて、昼も自作のお菓子を渡しに教室まで足を運んでくれた。
ちなみに放課後の現在も、こうしてまりあと共にディアクラウンに向かって歩いている。
はてさて。まりあの口から今日だけで一体何回の「おめでとうございます」を聞いただろう! 「かわいい」と同じくらい聞いた気がするから相当だった。
それでもまりあは毎回毎回心を込めて、真剣に、幸せそうに「おめでとう」と言ってくれるから、すずはそれを止められなかった。だって、純粋にうれしい。きっとまりあは、この後も何かを用意してくれているのだろう。
冬用ブーツでアスファルトをコツコツと鳴らしながら、すずは尋ねた。
「ねえ、まりあ。もしかしてまだ祝ってくれるの?」
「はい、もちろん! だってまだろうそくの火にフーッてするすずちゃんのかわいい姿を見てませんからね。それに、チャンネルでの配信がまだです!」
「すずのバースデー配信か。みんな見てくれるかな?」
「何言ってるんですか……! こんなにかわいすぎるすずちゃんのお誕生日ですよ? リングマリィを好きでいてくれるみなさんも、きっとコメントやいいねでお祝いしてくれます!」
「そっか……そうだとうれしいな」
「ふふっ、大丈夫かわいいです! これからも二人でかわいいとかっこいいを広めるたびに、おめでとうって言ってくれる人たちはもっともっーと増えていきますよ!」
そう話すまりあは、なんだか誕生日を迎えた当人であるすずよりもうれしそうだった。寒さで赤く染まった鼻先は冷たそうなのに、頬はりんごみたいに色付いている。
「それに、『お誕生日おめでとう』や『ハッピーバースデー!』は、特別かわいい言葉なんです。みんなをかわいく幸せにする魔法の呪文を、みんな言いたいって思ってます」
「……ん? さっきの『お誕生日おめでとうはかわいい』って話の続き?」
すずが首を傾げながら尋ねると、まりあはこくりと頷いて、柔らかく微笑んだ。
「まりあがすずちゃんに会えたのは、すずちゃんがこの地球にかわいく生まれてきてくれたからなんです。もしすずちゃんが別の宇宙や、地球じゃない星や、お月さまの裏側に住んでいたら、まりあ達が会うのはもっと大変だったでしょう?」
――どんなに遠く離れてたって、まりあは絶対すずちゃんに会いに行っちゃいますけど!
まりあは無邪気にそう言うと、すずの手を取って握りしめた。
「だから……『お誕生日おめでとう』って言葉は、すずちゃんへのおめでとうの気持ちをかわいくあらわす言葉でもあるけれど、かわいいすずちゃんに出会うことができたたくさんの人たちへの『おめでとう』でもあるんですよ」
「まりあ……」
手袋の布地を隔てているのに、繋いだ手からは不思議とまりあのぬくもりが伝わってくる。優しくあたたかいそれは、すずの肌から心まで、じんわりと沁み込んできた。
「だから、まりあは今日、たくさん『おめでとう』を言いたいです! あっ、でもありがとうございますとも思ってます! かわいいかわいいすずちゃんが生まれてきてくれてありがとうって!」
「ふっ、あはは! ありがとう、まりあ。でも今日だけは、おめでとうって何回も言ってよ。ありがとうは一年中言えるけど、おめでとうってなかなか言えないでしょ?」
――だって、次に言うのは五月になっちゃうし。
すずがマフラーに顔を埋めながらそう呟くと、まりあが小首を傾げて不思議そうな顔をした。
「五月、ですか………? はっ!」
すずの言いたいことが伝わったのだろう。まりあが目を見開いて、すずを見た。カラフルな光を目一杯吸収した瞳が、キラキラとより一層輝く。
「そうだよ、五月はまりあの誕生日でしょ? ……ねえ、そのときは、すずにもたくさん『おめでとう』って言わせてね」
そして来たるべき日には、まりあへの「おめでとう」と、まりあと出会えた自分自身への「おめでとう」の気持ちをいっぱい込めて、感謝の言葉を贈るのだ。
すずが心の中でそう決意すると、繋いだ手がギュッと優しく握られた。
隣を歩くまりあが、イルミネーションにも負けない眩しい笑顔ですずを覗き込む。
「では、まだまだ言わせてください! すずちゃん、かっこよくてかわいいお誕生日おめでとうございます!」
「うん! ありがとう、まりあ。これからもよろしくね。」