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    巨大な石の顔

    2022.6.1 Pixivから移転しました。魔道祖師の同人作品をあげていきます。

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    巨大な石の顔

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    サンサーラシリーズ第三章。江澄の姿絵をめぐる魏無羨視点の話。ほんのり忘羨があります。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #魏無羨
    WeiWuXian
    #少年組
    juvenileClass

    明知不可而為之(一.五) 暦の上で夏が終わろうとしていたとき、山深い雲深不知処へ秋はとっくに訪れていた。
     月は叢雲に隠れた暗闇で鈴虫が涼やかに鳴いている。それがより一層この人里離れた仙境の静寂を引き立てていた。
     宿坊の一室でろうそくに火を灯して少年たち三人は膝を突き合わせていた。就寝時間である亥の刻はとうに過ぎていた。
    「お前たち、外叔父上と沢蕪君の続報を知りたいか?」
     得意そうな金凌を前に、小双璧はごくりと喉を鳴らした。静粛とした仙境に似つかわしくない下世話な話を彼らは始めようとしていた。
     姑蘇藍氏の領地で合同の夜狩りを終えた金宗主は、客坊へはいかずに座学のときのように彼らの部屋に滞在するのがここ最近の彼の習慣だ。金凌にとって時折夜狩りは目的というよりも雲深不知処へ泊まる口実になっている。仙子は雲深不知処にいる犬嫌いの住人のために今宵は金麟台でお留守番だ。
     金凌がそばにおいた行李を開けあるものを取り出そうとしたまさにそのとき、宿坊の戸が大きく開け放たれた。たちまち夜着だけでは寒いくらいの秋風が入ってろうそくの炎を揺らした。
    「それ俺も知りたいんだけどなあ」
     戸によりかかって、天子笑を担いで魏無羨が笑っていた。
    「魏先輩!」
    「景儀、声が大きいよ」
    「家規破ってこんな夜遅くに男子会かあ。懐かしいな。おっさんだけど俺も仲間に入れてくれよ少年ども。藍湛には内緒にしといてやるからさ」
     元少年は部屋の住人たちの許可を得る前にずかずか入ると、彼らのそばに座って一緒に床に置かれたろうそくの燭台を囲んだ。
     いつもならこの時間帯は夫とともに眠っているが、夫の藍忘機は宗主代理として聶懐桑に呼ばれて昨日から不浄世へでかけている。
     用件は極秘だそうで魏無羨も同行しようとしたものの、江澄に口移しで花のしずくを飲ませた罰として静室から出ないようにと言われていたので雲深不知処へ残留となった。
     だから今夜の夜狩りにも同行していない。もっともここ最近は魏無羨や温寧がついていなくとも少年たちは自力で邪祟や妖魔に対処できるようになっていた。
    「そろそろ沢蕪君の禁言術は解いていい頃合いだろう? 本人が帰ってきたことだし」
     夏の盛りの頃、藍思追と藍景儀に頼んで江澄と沢蕪君の様子をこっそり見に行ってもらったのだが、当の本人に発見されてしまいかたく口止めされてしまったようで、何も申し上げられないと魏無羨は報告されてしまったのである。
     その沢蕪君は最近金麟台から帰還した。
     出発時は苦行僧のようで一人で御剣もできないくらい衰弱していたが、帰りは単身御剣して戻ってきた。少しやつれてはいたが血色はよく髪もぬばたまのように光っていた。それでいて以前よりもどこか憂いを帯びていて――まるで苦しい片想いをしている娘のような――おかげでますますその秀麗さが際立っていた。まばゆい光沢を放っていた絹布が、いつのまにか深く濃い藍にでも染められたようだ。
     暦で秋を迎えたら閉関を解くと金麟台から戻ってきた沢蕪君は藍家のお偉方に告げた。
     あれほど人とのかかわりを断っていた人がどういう心境の変化が起きたのかそこに江澄が深く関わっているならば俄然気になるのは人情というものだ。
     少年たち三人は顔を見合わせてからやはり沈黙をしてしまった。いったい本当にあの温厚な人にどんな恐ろしい目に遭わされたのだろうと魏無羨は逆に興味を掻き立てられた。
     藍景儀が最初に怯えた表情で口を開いた。
    「本人が帰ってきたから余計言えないんだよ……」
    「魏先輩、どうかどうかこの件に関しては何卒ご容赦ください」
     藍思追は震えながら土下座する。
    「お前はだから沢蕪君に口止めされてないことなら教えてやるからこいつらを困らせるなよ」
     思いのほかしつこい魏無羨に金凌は呆れて言った。
     赤々と燃えるろうそくの火に、金凌は行李から取り出した三枚の紙のうち一枚を照らした。
    「沢蕪君が帰った日の夜に、外叔父上と久しぶりに食事しているときこれを見せたら涙を流したんだ」
     それは江宗主の姿絵だった。姿絵の彼は眉間に深い皺はなく赤い欄干にもたれながら腕を組み背後の蓮池を振り返って穏やかに微笑んでいる。あまりに慈悲深い微笑みに背中から後光でもさしていそうだ。
     金凌によると蘭陵金氏領内だけで売られている江宗主の姿絵だという。
     あまりにも魏無羨の知る江澄とかけ離れていて「おいおい誰だよこれ?」と彼は思わず腹を抱えて笑いだしそうになった。藍儀景も「美化しすぎだろこれ」と頬をひきつらせていた。
     藍思追に「しぃっ。気を付けて」と声を立てないように二人は注意される。
     金凌は声をひそめて言う。
    「俺だって初めて見たとき驚いたけどそんなに笑うことないだろう。お前らは知らないだろうが叔父上にだって優しいところはあるからな! それにこの姿絵が巷で人気になってくれたおかげで叔父上宛に金麟台へ毎日花が届くようになったんだ。妖狐の毒霧に倒れたばっかりのときは農民たちに花一本差し出されるのも嫌がられていたのに」
     もっともそのときには花のしずくを飲む必要がないくらい江澄は回復していたという。それでも江宗主は花の贈り主へ丁重に礼状と雲夢の菓子を返していたそうだ。
     あいつが礼状ね、と魏無羨は意外に思った。西瓜の返礼に蓮の実をなぜか頑なに女の子たちに差し出さなかったのに変わったものだ。
     どこの輩が江澄を菩薩のごとく描いたのか魏無羨はこのときだいたい察しがついていた。姿絵には思った通り白木蓮と署名されていた――沢蕪君の絵師としての名である。
    「叔父上は、この涙は煮込んだ肉に辛子をつけすぎたせいだって言っていたんだけどさ。皿の辛子はほとんど減ってなかった」
     その光景がありありと想像できて魏無羨はやはり笑うしかない。意地っ張りは変わっていないようだ。
    「叔父上の様子がおかしかったから見せなかったけど、叔父上の絵と対になっている姿絵もあってだな」
     今度は夜叉と題された姿絵を明かりに照らした。漆黒の衣をまとった美しい男が黒い蓮池から上半身を浮かび上がらせ、まがまがしく冷淡な雰囲気を漂わせている。蓮の花の茎をくわえて世をせせら笑っている彼は、みるからに邪悪極まりなく、顔の造作はどうみても沢蕪君だった。品行方正を絵に描いたような彼が絵の中ではあるが蓮池の泥を現したかのような妖魔に身をやつしていた。
     この絵は江澄の姿絵と対になって飾られていたせいで、今蘭陵金氏内では蓮池の主である夜叉が江宗主に恋をしているという物語が流行しているそうだ。民衆というのは風見鶏のようにそのとき誰かが吹かせた風に流されもするが嗅覚は存外鋭いなと魏無羨は思った。
     二枚並べると、夜叉の冷ややかな視線がちょうど江澄に向いていた。江澄と夜叉を並べると夜叉はどこか淫らな表情で江澄を誘っているようでもある。
     姿絵ではあるが恋文と何ら変わらない――菩薩のように美しい君を夜叉となって私は誘いたい、心ゆくまで君とまぐわって髪一筋まで私のものにしたい。といったところだろうか。
    「こりゃあどうみても沢蕪君は江澄に惚れているな」
     魏無羨が断言すると、少年たち三人は同時に頷いた。禁言術をかけられていても頷くことはできるのだ。
     あのとき――花のしずくを口移しで飲ませていたとき今にも魏無羨を刺し殺してきそうな恨めしい顔といい、思った通りだ。少年たちに口止めしたのも魏無羨に余計な詮索をされまいと警戒したのだろう――観音廟以来、魏無羨は江澄と一度も言葉を交わしてはいないからだ。
     だが沢蕪君が金麟台から去って数日後、江澄の微笑んでいる姿絵は突然販売中止になったという。今は夜叉だけが姿絵の屋台に一人寂し気に残っているのだそうだ。
    「妙なことは他にもあって」
     金凌は話を続けた。
     沢蕪君が金麟台から帰還した日の前夜、彼が江宗主の部屋から走って出てきたのを見かけたと当日の夜回りの門弟から報告が後日あがってきたという。そのとき沢蕪君は尋常ではない様子だったそうだ。
     その次の朝、つまり沢蕪君が発った朝、彼の部屋近くの庭に雷が落ちた跡があると別の門弟から当日報告もあった。前夜満天の星空に雲は一切かかっていなかった。
    「今までの情報をつなぎあわせると、江宗主がご自分の絵を無断で描かれたのを知って怒って紫電を片手に沢蕪君を追いかけられたといったところでしょうか」
     藍思追がいたって常識的な推理を披露した。金凌は首を振った。
    「叔父上そのときはまだ走れなかった」
     江澄の部屋を走り去ったという藍曦臣の姿に、目隠ししていた魏無羨に初めて口づけした後木を殴り倒していた藍忘機がちらっと重なったが、江澄が紫電をふるった動機がみえてこない。
    この姿絵をみて怒らず、涙まで流したということはあの江澄もまた沢蕪君に何かしらの感情を抱いていそうだからだ。断袖に嫌悪感があったはずなのにどういう心境の変化が起きたのだろうか。祠堂での口論を苦く思い出す。あれがきっかけで金丹の秘密を江澄に知られてしまった。よみがえっても墓場まで持っていくつもりだったのに。
    「とりあえず、あいつは元気なんだな」
    「ああ、今は金麟台中を歩き回っている。俺のやることにあーだこーだちょっかい出すようになってきたから今日は姑蘇へ逃げてきた。沢蕪君が金麟台にいたときは、同じ敷地に俺がいることなんか忘れているんじゃないかってぐらいちっともかまいにこなかったのに沢蕪君がいなくなったらこれだもん。勝手がすぎる」
     叔父の過干渉に甥っ子は複雑な表情を浮かべていた。久しぶりにかまってもらって嬉しいが都合の良さに呆れもして面倒でもあるといったところか。御剣できるようになったら蓮花塢へやっと帰るそうだ。
     いちばん聞きたかったことを金凌から聞けて魏無羨は胸をなでおろす。
    蓮花塢を離れたとはいえ、江宗主が蘭陵金氏と姑蘇藍氏の合同の夜狩りで妖狐の毒霧を吸って瀕死だという知らせを真夜中に受けたとき彼は正気ではいられなかった。
    江澄とは袂を分かったとはいえ、彼はやはり長い時間を一緒に過ごした大切な存在だった。友ではない、家族と呼んでいいかはもうわからない――向こうも魏無羨のことをどう思っているかもはやわからないがそれでも彼が窮地に陥ったら助けてやりたいと魏無羨は思っていた。もちろん江澄本人にはわからない形で。これ以上借りを作らせる重荷を感じさせたくはない。
    「ところで」と金凌は外叔父によく似た人の悪い笑顔を浮かべた。
    「他にも面白いものがあるんだ」
    隠していたとっておきのものを見せびらかすように、金宗主は三枚のうち残り最後の絵をろうそくの赤い光に照らした。
     なんとそれは藍忘機と魏無羨が熱く見つめあって抱き合っている姿絵だった。
     てっきりこんなものが世に広まっているのを知ればこの恥知らずもさすがに恥ずかしがるかと思いきや、魏無羨は苦笑いを浮かべてこめかみを掻いた。
    「ああそれ? 実は聶懐桑に頼まれて俺が描いたんだ」
     驚きの声が三重奏になって、真夜中の雲深不知処に響き渡ったのは言うまでもない。
    「藍湛への贈り物を買う小遣い稼ぎがしたくてさあ。あいつはいくらでも小遣いくれるだろうけど、あいつの財嚢からあいつへの贈り物を買うって格好がつかないだろ? 懐桑のおかげで誕生日祝い数十年分ぐらいは稼げたな。お前らもちろん藍湛には内緒にしてくれよ。あいつに知られたらきっと『君はそんなことしなくていい』って怒って一年間ぐらい静室から出してもらえ、なくなる、だろうから……」
     話している途中から冷たい風が背中に吹き付け、目の前では少年たちがみるみる青ざめていく。ゆっくり振り返るとなんといつのまにか戸が開いていて背の高い人影が立っていた。風でゆらめくろうそくの炎が映し出したのは魏無羨が今いちばん顔を合わせたくない藍忘機だった。帰宅は明日の予定だったはずなのに。
    「お、おかえり藍湛。帰ってくるの、は、早かったなあ」
     魏無羨は頬をひきつらせながらも陽気に夫を迎えるが、いつものようにただいまと返ってはこなかった。いつになく機嫌が悪そうな藍忘機は無言で道侶の体をひょいとかつぎ上げると静室へ連れ帰った。
     翌日少年たち三人は逆立ちをして家規を書き写さなければならなかった。なんで俺までと金凌は何度も誤字が見つかっては書き直した。彼がやっと金麟台へ帰れたのは三日後になったそうだ。
     魏無羨のほうは静室から無断で出たことが清河から帰ってきた夫にばれて彼から罰として寝台から一週間ほど起き上がられなくされ、贈り物用の財嚢を渡されたという……。

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