初恋の追憶○月×日
きょうも--ちゃんとあそんだ。-----。----------。--ちゃんとはなすのはとてもたのしい。
*
6月14日
好きな人ができた。彼を見た瞬間、鈴の音がして懐かしいような、もどかしいような。淡く優しい色が落ちてきたようだった--
ファルガーは書く手を止め、考えに耽った。詩的すぎるだろうか。
日課として印象に残った出来事を書き留めているこの日記だが、今日の出来事に浸り、思わず小説のような書き出しを綴ってしまった。
しかし、自分の他に見るものは誰もいない。と開き直って書き綴る。
一目惚れの相手は、シュウ先輩。一つ上の学年だ(名前は友人に呼ばれていて、学年はタイの色見て知った)。
委員の仕事で図書室の戸を開けると、先輩は窓際で友人を待っているようだった。ふわり光る風に靡くその髪と、透き通る肌が綺麗だった。
また会えるだろうか。
6月17日
闇ノシュウ。
何度口にしても飽きない名前だ。
放課後の廊下で、再び彼を見かけた時は息が止まったかのようだった。彼も同じ方向へ行く様子で、勇気を出して質問をしたり自分のことを話したりした。
最初は少し戸惑った様子の彼も、話すうちに表情がほぐれ、明るい笑顔で自身のことを話してくれた。
次に会ったら何を話そう。
自分の恋愛経験のなさが悔やまれる。同時に初恋の相手が彼であることを嬉しくも思う。
6月23日
今日も話すことができた。
廊下ですれ違うたびに会釈をしていたが、ここ数日は、話しかけたりかけられたり。日に日に距離が縮んでいる気がして浮かれてしまう。
いつも友人といる様子だが、あちらから見つけた時には、ぱたぱたと駆け寄ってくれる。軽やかな足音が可愛らしい。
6月27日
昼食を一緒に食べた。
食事も綺麗にする人だ。いつもと変わらない惣菜パンも先輩と一緒だとより美味しい、というのは浮かれ過ぎだろうか。
好きなもの、興味のあるものについて、お互いに教え合った。最近見てるアニメの話も楽しそうに聞いてくれて、優しい人だと改めて思う。多少の緊張はあれど、先輩との時間は心が安らぐ。心地よい空気感は彼の内面から出る魅力だと思う。
7月3日
明日は先輩に頼まれたおすすめの小説を持っていく。本を読むのが苦手と言っていた彼に時間を掛けて見繕ったが、気に入ってもらえるものはあるだろうか。
読みきらなくとも、自分の好きに興味を持ってくれたことだけで嬉しいが、一節でも彼の琴線に触れるものがあったら良いと思う。
追記:
いつもの夢を見た。
二人の子供が、森の湖畔で駆け回っている。楽しそうに話しては走り、また止まっては笑い合う。
この夢の最後に鳴る鈴の音が、どこか儚さを纏って意識を現実へと引き戻す。
7月8日
夏休み明けの文化祭について、クラスで話し合いが始まった。
シュウ先輩のクラスの出し物について聞くと、秘密と言われた。悪戯に笑うその仕草も美しかった。
本を貸した日から、時間が合えば一緒に下校をするようになり、話す時間が増えて嬉しい。
先輩も自分との時間をプラスのものとして捉えてくれているだろうか。そうだったらいい。
7月9日
文化祭の買い出しに行くのだと、交換したてのメッセージアプリに通知が来た。
初めて学校の外で会うため、緊張して行ったが、シュウ先輩の同級生もおり、グループでの買い出しだった。
途中、手分けして買い物をする流れになり、先輩と二人になった。私服で街中を歩く彼はいつもより自由でリラックスしているように見えた。
「見て見て、あれ知ってる?」「ここのスイーツ食べたことある?」「ねぇねぇあれすごいね」
無邪気に話してくれる新たな一面を知れた良い日だった。
7月10日
またいつもの夢を見た。
最近は頻度が多いように思う。
内容は平和で穏やかな印象の夢だが、なぜか目覚めた後、もの寂しさに襲われる。
覚醒と共に夢の記憶が薄れていくのがもどかしい。
7月12日
今日も先輩と昼食を一緒に食べた。不定期に恒例となったこの距離感が温かい。
話題は様々で、彼が最近聞いている音楽のこと、自分が好きなアニメが映画化することなど趣味から、家族のことまで。先輩のご家族は地方出身だと言う。自分の親戚にも同じ地域出身の人がいたので、また新たな共通点だ。
幼少期はどんな子供だったか、聞くと「好奇心旺盛で一途な子供だったと思うな。一途なのは今も変わらないかも…?」へへ、と笑った頬は少し紅潮していた。
先輩には好きな人がいるのだろうか。だとしたらそれはどんな人なのだろう。
普段は卒のない人だが、彼と想い人との間に自分が入る隙があるだろうか。
7月17日
本が返ってきた。残り一冊は読みきることができなかったと申し訳なさそうにしていたが、自分の好きなものに興味を持ってくれただけで嬉しいと返すと、ほっとしたように笑ってくれた。
特に時間をかけて選んだ二冊を読みきってくれたことが、心が飛び上がるほど嬉しかった。
読めなかった本の内容が気になると言うので、簡単に説明すると目を輝かせながら聞いてくれた。単に活字のジャンルとの相性が合わなかっただけらしい。(書くのはどうかと聞いたところ、日記を記しているそうだ。共通の習慣があることにまた浮かれた)
「せっかく選んでくれたのに。ごめんね、」しゅんと沈む表情と「でもふーちゃんのお話だったらいくらでも聞ける気がする」話を楽しんでくれる表情。どちらも愛らしかった。
7月20日
放課後、下駄箱で待っていると、鞄に付いている鈴の音が先輩の登場を示した。
ふと気になって、別れる前に鈴の購入場所を聞いた。彼は少し迷った様子で口を開いた。
「覚えてない…?」
躊躇いを含みながら見上げる表情はどこか寂しそうで、この感情はどこかで感じたことのあるものだった。しかし問いへの答えは見つからずに彼はそのまま帰路へ立った。
ファルガーはペンを置き、もう一度深く記憶を探った。先輩の表情と鈴の音、何かが掴めそうで掴めない。それが近くにあるのか遠いのか距離すらもぼやけていて輪郭だけが薄く滲んでいく。
チリン、と音がした。先輩からのメッセージの通知だ。
『土曜日、いつもの場所で待ってる』
いつもの場所。時折、待ち合わせをするのは下駄箱、だがこの日から夏休みに入り学校は休校だ。
脳内に微かに鳴る鈴の音が、視線を部屋の引き出しへ向けた。その引き出しは、幼少期の思い出のものや幼い頃に使っていたものを入れている場所。
徐に取り出した自由帳には、幼い字で書かれた日記があった。この頃からファルガーは日記を書ていた。ページを捲り日を遡る。
そして、見つけた。
幼い頃、ファルガーはよく親戚の別荘へ遊びに行かせてもらった。そして、そこで出会った少年と毎日のように遊び、仲を深めた。
彼と過ごす時間は特別で、二人の時間が一生続けばいいのに、と幼いながら切に願った。親から近くの神社で買った色違いの鈴のキーホルダーをもらい、その翌日に彼は前触れもなく去って行ってしまった。
埃をかぶってもなお、きらきらと光る思い出が蘇り、ファルガーは2度目の恋に落ちた。
引き出しの端には小さなお菓子の空き箱。中には、先輩と色違いのキーホルダーが仕舞われていた。
チリン、彼の温もりを彷彿とさせる軽やかな響き。
あの頃いつも会っていた場所といえば、何度も夢に出てきたあの湖畔だ。
彼との思い出を夢のままにはしたくない。
*
6月17日
ふーちゃんに会った。
学校の廊下で声をかけられて立ち止まる。何度も夢に見た再会に、時が止まったかと思った。
何年振りだろう。すっかり背も伸びて青年になっていた。
ふーちゃんは覚えていない様子だったが、相変わらず優しい目をして話す人だ。
懐かしい記憶が蘇ってきた。
ふと、シュウは筆を止めて懐かしむ。幼い頃から書き続けてきた日記。きっかけは幼い頃、親の里帰りに連れられて行った地方での思い出。一つ年下なのに自分と同じかそれよりも大人びた空気を纏うふーちゃんに恋をした。日記を書き始めた、というのを聞きこっそり真似事のようなことをしてその習慣は今の今まで続いている。
また会えるかな。
望みを込めて書いたそれは、数年分の思いが篭って熱を持った。
6月24日
廊下ですれ違えば話す仲になった。普段はクールな印象だけれど、目が合うと必ず嬉しそうに微笑んでくれる所が好き。再会してすぐにまた心を奪っていくのはずるいな、とも思う。
シュウ先輩、彼の口から出るそれは丸みを帯びて耳に届く。
7月4日
ふーちゃんがお薦めの本を貸してくれた。
小難しいものを選んでしまったかもしれないから、読みきれずとも気にしないでほしい、と気遣い付き期限なしで渡してくれた。
純文学、SF、エッセイ。三冊三様のラインナップにふーちゃんの優しさが滲み出る。
7月8日
文化祭は和菓子屋をすることになった。自分も和装をしてウエイトレスをやるよう友人に半ば強引に決定させられた。あまり前に出るのは得意な方ではない。
恥ずかしさも相まってふーちゃんには秘密などと勿体ぶった言い方をしてしまった。
当日は一緒に回りたい。
7月9日
クラスの買い出しの日。荷物が多くなるからと各々友人を呼ぶことになった。
先日、交換したメッセージアプリから勇気を出して送信した。返事が来なければ消せばいいと数分ごとに通知を見ながらそわそわしていると、すぐに既読がついた。
途中、ふーちゃんと二人行動になり一緒に街を歩いた。
昔に戻ったようで楽しかった。少しはしゃぎ過ぎてしまったかもしれない、反省。
7月16日
ふーちゃんに借りた三冊のうち二冊を読み切った。驚くべき快挙だ。
読書感想文でも最後まで読みきれたことがないのに。好きな人だからだろうか、それともふーちゃんの選書センスだろうか。
残り一冊はどうしても思うように進まず、貸してくれた時の言葉に甘えてこのまま返すことにする。
楽しんで読めた二冊の作家さんについても聞いてみよう。綴る言葉は自分にすんなりと入ってくるものだったから。
そしてなにより、好きなものを語ってくれる彼の表情が愛らしい。
7月20日
キーホルダーを指摘され、昔のことを尋ねた。微妙な表情の彼に言及はできなかった。
一息吐いて手を止めた。
ふとカレンダーに目を向けると、今週末から親と共に懐かしい地へ赴く予定が記されている。
携帯を開き、宛先を入力する。
思い出してくれるだろうか。一抹の、けれど日に日に膨れる想いを込めてボタンを押した。
*
○月×日
きょうもふーちゃんとあそんだ。すきなえほんをみせてくれた。ぼくもしょくぶつのなまえをおしえてあげた。ふーちゃんとはなすのはとてもたのしい。ふーちゃんのわらったかおはすごくかわいい。
約束の場所で懐かしいページを捲る。ファルガーを真似して書き始めた一冊目の日記だ。この頃から彼の笑顔が好きだったのだと擽ったい気持ちになる。
とその時、耳に馴染んだ鈴の音が届いた。
音の先を探すとそこには、ファルガーがいた。
息が上がって紅潮した頬にあどけなさが残る。
「ふーちゃん」
来てくれて嬉しい、と思わず抱きついた。瞬間の戸惑いののち、優しく抱きしめ返してくれる。
それから、二人して湖の淵に腰掛けた。
見つめ合って数秒、唇が重なる。
ずっと好きだったんだ。
どちらからともなく出たそれに二人して吹き出した。
そっと繋がれた小指だけが二人の縁を物語っていた。