のちのこころにくらぶれば 食堂は混みあっていた。
なかには召喚されて三日のうちに見知ったものもちらほらとある。そのうちのひとり、槍を携えた武人に三成は清少納言のいどころを聞いた。
和漢典籍に通じる才女であれば、おそらくは友誼を結ぶ手立ても知っていよう。
先ほどクコチヒコに友の作法について学んでくると大見得を切った手前、断じて手ぶらでは帰れない。
よし、と三成はおのれを鼓舞するべくこっそり握り拳をかためた。
こちらは終生を戦に明け暮れた身、そもそも文華の道には暗い。平安貴族の風流を学べたならおそらくは今後の役にも立つ。なるほどカルデアも捨てたものではないなと、そんなことを考えつつ三成は教えられた方角へと足をすすめた。
食堂のなかほど、とりわけ賑やかなところがある。
よく見れば女性がふたりきり、ひとりは静かに本を読んでいて、もうひとりがひたすらにしゃべり続けているのだった。
読書する女性はなぜだか片目と腕に治療の跡がある。艶やかな黒髪を肩に流し、紺の洋服を身に纏っていた。
もうひとりはなにやら奇体ないでたち、とりどりの色をした髪が大仰な身ぶりにつられてひょこひょこと跳ねている。
武人の言によれば、おそらくこのふたりのどちらかが清少納言のはずだった。
さて、と三成はしばし黙考する。
この三日、カルデアで出会った者には奇矯ななりのものも少なくはなかった。そもそも利休からしてあの珍妙さでは、清少納言がどれほど傾いていようとおかしくはない。
おまえ新しいものにはだいたいびびるけど慣れてくるとわりと強いよな、とかつて太閤に言われたことを思いかえしつつ、三成はゆっくりと彼女たちに歩み寄った。
「失礼、清少納言殿はいずれかに」
声をかければ、ふたり揃ってこちらを見返してくる。はーいはーいと色とりどりの髪をした少女が手を挙げた。
「アタシちゃんでーす。だれ?」
平安の御世、朝廷にそのひとありと謳われた才女にはおよそ似つかわしくないその振る舞いに三成はたじろぐ。とはいえさきに信長から「ここは謎時空じゃから」との忠言を得ていたこともあり、そういうものなのだろうとどうにか我が身を納得させる。
「失礼、私は石田の」
「あ、知ってるちゃんマスが新顔きたって言ってた、なんだっけ、石田、ええとイッシー」
「石田三成様でございますよ」
かたわらの女性がそっと口添えするのに、あーそうだったそうだったと清少納言は拳を打つ。
「そんで石田のみっちゃんがアタシちゃんに何の用?」
みっちゃん、と絶句するこちらには構うことなく、清少納言はあれっみっちゃんはいや? みっちょんにする? どっちがいい? と首を捻っている。
と、黒髪の女性が本を閉じ、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません石田様。驚かれたでしょう、ああ、申し遅れました。私は紫式部と申します」
紫式部といえば清少納言と並び平安の世に名を馳せた人物と、三成はどうにか我に返る。
「こちらこそ御無礼をいたしました」
頭を下げれば紫式部はいえいえと慌てたように両手をふった。そのさまは可憐で、まさに平安美人の名にふさわしい。
「お気になさらないでください。ところでなぎこさんもおっしゃるように、あの、石田様はこちらにご用事があおりなのでしょうか」
ああ、と三成は頷く。
「当地には和漢典籍を能くされる清少納言殿がおいでと伺い、この三成、是非ともそのお知恵を拝借したく罷り越した儀にございます。紫式部殿もおいでとは僥倖、どうぞ御二方にご教示をいただきたい」
「はあ。よくわかんないけど、そんで何?」
清少納言はブラブラと椅子の上で足を遊ばせている。いざ時やよしと、三成は勢いごんで話を進めた。
「はっ、友とはいかにしてなるものかと」
「は?」
清少納言がぐしゃっと顔をしかめるかたわら、紫式部がまあと両手を頬に添える。
「インテリ紳士風の美青年からおともだちのつくりかたを尋ねられる、それはきっとほんとうはあなたとお近づきになりたいという遠回しのサイン、どうしましょう、これはロマンスのはじまり……!」
「は、この三成、御二方にはかなうべくもなく凡愚にしてお言葉をはかりかね」
「あ、気にしないでいまかおるっち中二病まっさかりの文学少女設定だから、ほっといてほっといて。んー、みっちゃん、よくわかんないけどとりあえずそこ座ったら?」
「はっ」
「いやそういう武士っぽいノリいいから、あ、武士か」
指ししめされるまま空いた椅子に腰をおろせば、清少納言はにっこりとする。ちいさな拳がこちらに向けられたかとおもえば、ちょんと肩をつつかれる。
「はい、これでアタシちゃんとみっちゃんはおともだちー。ついでにかおるっちとみっちゃんも友達になっとく?」
「は、いえ、友とはそのように単純なものではなく、ともに刻苦勉励しともに艱難辛苦を耐えてこそ」
「えー? いいじゃんいいじゃん、あ、とりまなんか飲む? みっちゃんコーラとか飲んだことある? コーヒーとか似合いそう似合いそうー、ねえねえ苦いの平気?」
「お心遣い誠にいたみいる、なれどこの三成まずは友に関する作法を学ばねば」
「だから作法ってさー。うーん、あ、じゃあさ、みっちゃん指出してさ、そんでともだちになりたい子と指くっつけてト・モ・ダ・チ、っていえば友達になれます。なんかそういうのライブラリで観た。みんなで観たあとちゃんマスとマシュがトモダチーって指引っつけあってしばらくそれで遊んでたから実績ありありいけるいける、やってみー」
「! その作法ぜひともご教示いただきたく、してどの指が適切か」
「んー、あの宇宙人指4本だったからなあ」
「ではまず指をひとつ削ぐところから、やはり真の友となるにはそれほどの儀式が必要ということか」
「いや違いますけど」
うーんどうしよっかなーと腕を組む清少納言のかたわら、紫式部があの、と声をさしはさむ。
「石田様のお心のうちは存じ上げませんが、おともだちのなりかたというのは教本があるようなものではございませんよ。互いを信じ、誠実に向き合い、打ちとけあってより友情というものが紡がれてゆくのでしょう」
「そーそー、アタシちゃんとかおるっちみたいにねー」
「そうですね、なぎこさんにはよくしていただいております」
イェーイとハイタッチするふたりを前に、三成はしかしと首をかしげる。
「この三成、いちど和睦を結んだ相手にも背を向けられることは茶飯事であり、殿下にも、また先日は織田様にもおまえ友達いないだろというお言葉を賜りましたので、……友と呼ぶ相手にどう接していいものか」
「何それそんな失礼なこと言うやつにはなぎこさんがお友達だよー友達いるもんねーって言っときな。って、あーいるんじゃん友達。どれどれどんな子? どこ住み? 芸能人ていうとどんなタイプ?」
「孤独な美青年にできたはじめてのおともだち……! 慣れないながらも不器用に純粋に互いの距離を近づけようとする、ロマンスの香りを感じます…!!」
それぞれに盛りあがるふたりを前にして、どうすればよいものかと三成は戸惑う。
こほんとひとつ咳払いをすれば、興味津々という言葉をいっぱいにはりつけたようなふたつの顔がこちらを向いた。
「いえ、ですから、……あれは私のようなものにはじつに過ぎた友なのです。私は知らぬうちにひとの勘気を買うたちのようですし、そもそも情という捉えどころのないものは合理的でなく不得手というか、ですから互いに情を結んだという確信を得られかつ永久的にそれが失われないという安心確実な方法はないものかと」
こちらの言葉をどう受け止めたものか、ふたりはなにやら顔を見合わせる。しばらくののち、おそるおそるというように紫式部が片手をあげた。
「……あの、石田さまけっこう怖いことおっしゃってません?」
「申し訳ありません、どうにも曖昧なものが苦手な性分で」
「ああ、そういう感じですよね、なんだかこうとっても理系男子って雰囲気ですよね、でもですね、ええと友情というのはそのように一方的に他者を縛りつけるものではありませんしそもそもそんな都合のいいものが」
「ジャジャジャーン、あるよー」
「あるんですか!?」
紫式部が全力でつっこみの手を入れるのをさらりとかわし、清少納言は椅子から飛び降り仁王立ちとなった。
いったいなにがはじまるものかとその場の目が集まるなか、清少納言はおもむろにポケットから小瓶を取り出し頭上に掲げてみせる。
「アタシちゃん特製ラブラブ薬ー。これに好きな相手の涙とか汗とかそういうのをちょちょっと入れて三日三晩お祈りをするとあら不思議、天下無敵のお薬に! あとは相手に飲ませるだけで効果はほぼ一生もの! さらに追加で閨房用も! 定子様も愛用、効果はお墨付きだよー」
どうだい、と胸をそらせる清少納言に、あの、と紫式部がそっと指摘する。
「なぎこさん、それ藤原家と朝廷のトップシークレットでしたよね……?」
「あっ、忘れてた! そうそう、アタシちゃんが実はお薬使いで閨房指南のプロだったことは朝廷の最高機密なんでした! アタシちゃんが鳥辺野に晒されたら薫っち陣中見舞いに来てね! ま、とりあえず出しちゃったもんはしょうがないし、みっちゃんどうする?」
「なぎこさん、いろいろ申し上げたいことはあるのですが、そもそもひとさまの体液を口にするというのはなかなかハードルが高いのではないかと」
「友の膿の入った茶なら飲み干したことがあるが」
「あるんですか!?」
「膿かー、みっちゃんやるー、アタシちゃんのお薬に使うのたいてい汗とかだから、膿っていったら、うーん効果どのくらいあるかなー」
「おふたりとも少々落ち着いていただけません!?」
紫式部の切なる叫びに周囲の人々が何事かと視線を向けてくる。えーアタシちゃんもみっちゃんも落ち着いてるじゃんと清少納言が小首をかしげ、三成がそれにならおうとしたところで、ふいと人混みをかきわけてくるものがあった。
おっふわふわがきたぞ、と清少納言が嬉しそうにする。
クコチヒコはこちらを見るなりふうと大きな息をついた。そうしてぐいと腕を引いてくる。
「面倒をかけた。失礼する」
ひとこと言うや、腕もろともに三成を連れてゆこうとする。
唐突なことに三成はぼんやりとして、それからはっと我に返った。いったい何事かと、その場にとどまるべく囚われていないほうの手でテーブルの端をつかむ。がたんとテーブルがゆれて、わーと清少納言が驚いたような声をあげた。
みあげれば相手はこちらより頭ひとつぶん高い。背丈の差は歴然といえ武人としての力量まで劣るわけではないと、三成は勢いよく毛むくじゃらの手をふりはらった。
そのままクコチヒコのまえに仁王立ちとなり、ぐいと睨みあげてやる。
「私は御二方にけして離れぬ友の作法について教えを賜っているところだ、邪魔立てするならおまえでも許さんぞ」
「……そもそも誰との友誼について聞くというのだ」
「? おまえだが」
あたりまえのことを聞くなとなおも睨めつけてやれば、クコチヒコが深いため息とともに天を仰ぐ。
勘弁しろという声が耳をかすめた気がしたが、たずねかえそうとするよりさきクコチヒコがふと身をかがませた。ぐっという唸り声とともに、こちらに向かってふたたび伸びかけた右手を左手が押さえる。前も見たなその仕草、とぼんやりと眺めていると、なぜだか紫式部がキャアと黄色い声をあげた。
「あれは伝説の厨二ポーズ! 荒ぶる善悪ふたつの魂が内側で激しく戦っていらっしゃるのですね!」
「わりと本人必死だと思うんでやめてあげてくださいねー」
いつの間に現れたものか、斎藤がへらへらと笑いながら紫式部を諫める。
その背後にはマスターやマシュもいて、なんかすごいことになってる、とふたりでそっと両手を握りあっていた。
「クコチヒコさんがいきなりダッシュしていったから何かと思った」
「そうですね、ところで今はなにをなさってるんでしょうか」
「……なんか……葛藤してる?」
「何かお悩みなのでしょうか、マスター、私たちにできることがあれば」
「いや、掘り下げんといてあげて、もうあのひとたちのことほっといてあげて」
信長が遠い目をしてつっこむのにマスターとマシュはええーと揃って小首を傾げる。
そのかたわらで紫式部もまたごめんなさいと斎藤に頭を下げる。
「申し訳ありません、ちょっと同じ厨二スメルをお持ちの方かと興奮してしまい、不躾なことをいたしました」
「あー、いやすいません、まあ言っちまえばオレも関係ないんですけどね」
そうつけ加えて、斎藤はそのまま三成とクコチヒコとをまとめて食堂の外へと押しだそうとする。
「なんとやらは犬も食わないってねー。鴨さんの差分でちょっとお節介焼いちゃいましたが、まあとりあえずハイ出ていった出ていった、あとはどうぞいろいろとおふたりで積もるお話もあるようですしね、お若……くはないけどオレより千年レベルで歳上ですけどなんかもうそんな感じのおふたりでね、いやもういろいろめんどくさいから早くどっか行って自分らでどうにかしてくれっていうか」
「あ、三成いるし! どこに雲隠れしてたんだし、茶々やっと見つけたんだしー」
「オウいたいた、おっクコチヒコもいるじゃねえか、酒盛りは終わってねえぞてめえら揃ってとっとと茶室に来やがれ」
「うん、なんかこうなる気はしてたよねー」
笑みを顔面にへばりつかせた斎藤から突き飛ばされるように森と茶々へと我が身をバトンタッチされ、三成はただ呆然とするよりほかなかった。おまえほんと突発事態弱いよなーと太閤の呆れ顔がふいと脳裏をよぎる。
森に俵かつぎにされそうになるのをすんでのところで我に返る。自分で歩く、とふりきれば、なぜだかかたわらにいたクコチヒコがふっと笑ったようだった。
「なんだ」
「いや、なんでもない」
「なんだ、言え」
「なんでもないと言っている」
「ハハハうるせえなおまえらまとめて串刺しにしちまうかァ?」
「なんでお主そうやって自分で地雷ばら撒いて自分で踏むの?」
どやどやと賑やかに出ていく一団のなかにあって、バイバーイと見送る紫式部と清少納言の声は、だから三成に届くことはなかった。
「で、結局どれがみっちゃんの友達?」
「さあ、全員じゃないですか?」